第二十三話:きっと、これでいいんだ

 トーナメントも無事に終わって、放課後になる。

 俺はさっさと家に帰ろうと思ったのだが……クラスメイトに拉致された。

 で、今何をしているのかと言うと。


「野郎ども、宴だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


 誰が音頭を始めたのか、気づけば教室で祝勝会が始まっていた。


「てかみんな準備早いな」

「「「どうせ天川が上位だと思って、予め準備してました!」」」

「気ぃ早すぎだし、期待しすぎだろ」


 認めて貰えたと思えば聞こえは良いかもだけど。

 そもそも他の奴が上位に食い込む可能性を捨てないでやれよ。

 あとクラスメイトの皆さま、テンション高いね。

 教室でお菓子やらジュースやら広げながら、完全にどんちゃん騒ぎである。


「つか先生止めないのかよ」

「先生いわく、今日だけはOKだそうです」

「へー。って赤翼さん」


 小さいから一瞬気づかなかった。


「はいジュース。天川くんの分です」

「ありがとーって、いやいや。そういうのは俺がやるから!」


 紙コップにジュースを注ごうとする赤翼さんを、俺は慌てて止める。


「えっ、でも」

「俺2位。今日の1位であり主役は君。OK?」

「えっと、確かに優勝できましたけど……なんだか落ち着かなくて」

「勝者の特権だろ。もっとドンと構えていいと思うぞ」

「うぅ~、難しいです」


 やっぱり赤翼さんは、こういう場面には慣れてないんだな。

 というか、まだ勝利の実感を持てていない節すらある。


「あの……天川くん」

「ん?」

「ありがとうございます。私とファイトしてくれて」

「いやいや。トーナメントの都合と赤翼さんの頑張りの結果だろ」

「それでもです。私、天川くんとのファイトがすごく楽しかったんです」


 赤翼さんは、まるで小さな子どもの様に目を輝かせている。


「サモンがすっごく楽しくて。〈聖天使〉を使うのが楽しくて。この子たちと一緒に戦うのが、楽しくて……だから」

「本当に自分がデッキを受け取っていいのか。なんて考えてないか?」

「……はい」

「赤翼さん。資格ならもう十分に持ってるだろ」


 そうだ。あれだけ〈聖天使〉を使いこなした。

 そして約束通りに、ランキングの1位にもなった。

 これ以上何が必要なのか、逆に教えて欲しいくらいだ。


「赤翼さんは、ちゃんと目標を達成したんだ。だから細かい事は考えず、堂々とそのデッキを使えばいい」

「天川くん」

「俺はな、楽しくファイトしてくれる人が増えれば、それでいいんだ。だから赤翼さんは、自分に素直になって、思いっきりファイトを楽しんでくれればいい」

「……ありがとうございます。天川くん」

「ツルギ」

「はい?」

「呼び方。ツルギでいい」

「えっと……えぇ!?」


 赤翼さんの顔が真っ赤になった。

 そんなに変な事言ったか?


「い、いいんですか?」

「別にいいだろ。だって俺たちサモン仲間だし、もう友達だろ?」


 硬直する赤翼さん。

 えっ、もしかしてそう思ってたの俺だけだった!?

 だとしたら恥ずかしい上に、泣くんだけど!


「あの、赤翼さん?」

「……ソラです」

「ん?」

「私の名前、ソラ、です……ツルギくん」

「うん。じゃあ……ソラ」

「はいです!」


 うーん、女の子を下の名前で呼ぶのは少し恥ずかしいな。

 でも……ソラが笑顔を向けてくれた瞬間、そんな事はどうでもよくなった。

 きっと、あの時の選択も間違ってなかった筈だ。


「……あの、ツルギくん……あの時」

「ソラー! いっしょに写真撮ろー!」

「あっ」

「ほら、呼ばれてるぞ」


 俺はソラの背中を軽く押す。


「は、はい……あの、ツルギくん」

「なんだ?」

「本当に、ありがとうございました!」

「……そう思うなら、サモンを楽しむ心を忘れないでくれよ」

「はい」


 そう短く言い残して、ソラは女子グループの中へと入っていった。

 いいよね、未来ある若者って感じだ。

 あと華やかさを感じる。


「おい天川! お前はこっちだァ!」

「男は男同士で語り合おうぜ!」

「……」


 両腕を掴まれて、男子の集団に連れ込まれる俺。

 やだー! 俺も華やかな世界がいいよー!

 だがそんな心の叫びも虚しく、俺は男子グループの中でもみくちゃにされるのだった。





 ジュースを飲み過ぎると、トイレに行きたくなるものだ。


「アイツらめ~、ジュース飲ませるにも程があるだろ」


 やたら構ってくる男子集団を上手くかわしながら、俺はやっとの思いでトイレに居た。

 あぁ、癒される。

 トイレって神が生み出した楽園なんじゃね?


 そんな事を考えていると、男子トイレの扉が開く音がした。


「隣、失礼するぞ」

「……せめて一個空けろよ、速水」

「そう硬い事を言うな」


 隣のトイレで用を足し始める速水。

 ちなみに速水はトーナメントで3位になった。


 これが皆のテンションが高かった最大の理由。

 ランキング上位3名を、俺達二年A組が独占したのだ。

 どおりで先生もやたら喜んでいたわけだよ。

 生徒と一緒に宴会に参加してたし。


「速水も頑張って抜け出してきたのか?」

「まぁ、そんなところだな」

「だよな~。お前ももみくちゃにされてたし」

「天川程ではないさ」

「言うじゃないか」


 用を足し終わり、手を洗う。

 隣では速水も同じ事をしている。


「祝われるのはいいけど、少し戻るのが億劫な感じするな」

「そうだな……なぁ天川。一つ聞いてもいいか?」

「なんだ?」


 藪から棒に。


「あの決勝戦なんだが……お前、最後に何を握っていた」

「……なんの事だ?」


 ハンカチで手を拭きながら、平然を装う。

 えっ、なに? 気づかれてるの?


「とぼけるな。最後のターン、お前の手札は1枚あっただろ」

「まぁ、そうだな」

「あれは何か、防御カードだったんじゃないのか?」

「……なんでそう思うんだ?」

「簡単な話だ。負けられない決勝の舞台。あの状況なら誰でも焦りを覚える筈だ。なのに天川、お前はステージ上で表情一つ変えていなかった」

「それはほら、ポーカーフェイス的な」

「赤翼の最後の攻撃の時、お前は一瞬手札を見て、何かを迷っただろ」

「……あぁ、そうだな」


 完全に見抜かれてる。流石は優等生だ。

 これはもう隠しきれない。

 俺は召喚器から一枚のカードを取り出して、速水に見せた。


「〈トリックミラージュ〉……それが最後の手札か」

「あぁ。このカードはモンスター1枚を犠牲にして、発動ターン中に受ける全てのダメージを相手に反射させる魔法カード」

「あの時天川の場にはモンスターがいた。赤翼のライフ3で〈エオストーレ〉のヒットも3だった。それを発動していれば」

「俺の勝ちだったな」

「何故発動しなかった! 赤翼の事を馬鹿にしているのか!」


 速水に胸倉を掴まれて、詰め寄られる。

 まぁ、普通に考えればそうなるよな。


「逆だ速水。ソラの事を考えたからこそ、俺は発動しない事を選んだんだ」

「何?」

「あの場面で発動すれば、俺は勝てた。だけどそうすればきっと、ソラはデッキを受け取ってくれなくなる。俺がどう説得しても、きっと無理に返してきた」

「それをさせない為にか」

「俺はあくまでサモンを楽しむ人間に力を貸したいだけだ。ランキングに関しては必要最低限の成績があればいい。それに……」


 これがある意味一番大事なこと。


「お前、ソラを曇らせてまで勝ちたいと思うか?」


 多分、この世界では異端の考え方。

 だけどデッキを俺に返せば、きっとソラの表情は曇った。

 それが一番、俺にとっては許し難かった。


「一人の女の子が救われたんだ。なら、良い事じゃないか」


 俺がそう言うと、速水は掴んでいた胸倉から手を離した。


「……お前の考えは理解した」

「なら助かる」

「だがッ! 俺は一人のファイターとして、その行為を褒めることはできない!」

「……まぁ、そうなるよな」


 それは俺も重々承知の上だ。


「だから天川、約束しろ。次に赤翼と戦う時は、本当に全力を出す事を」

「言われなくても、そのつもりだ」


 次がいつ来るかは分からない。

 だけど、その時が来たからには、俺は全力でソラとぶつかる。

 それは俺の中で決定事項だ。


「あぁ速水。一応言っておきたいんだけど」

「安心しろ。赤翼には何も言わない」

「……ありがとな」

「お前の為ではない。委員長として、クラスメイトに配慮するだけだ」


 そう言い残して、速水は男子トイレを去っていった。

 本当に、そうしてくれると助かる。

 真実は俺達の中だけで止めよう。

 大切なのは、ソラの心を守れたことだ。

 だから……


「きっと、これでいいんだ」


 次からは迷う理由も無い。

 なら早いうちに、ソラに再戦の約束を取り付けてもいいかもしれない。

 俺はそう自分に言い聞かせながら、教室へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る