第百十一話:暴帝とのお話①
合宿が終わったと思えば、不審者に絡まれて、挙句変な誤解をされてしまう。
そんな頭痛案件もようやく鳴りを潜めて、俺はようやく普通の学園生活に戻っていた。
「ヘイヘイヘーイ! そこの一年生、ちょっとボクとお茶してかなーい?」
戻って欲しかったなぁ。
現在放課後の下校時。俺の目の前には評議会序列第3位のプレイボーイ。
金髪イケメン高身長の三年生、
「……先輩、俺は男と茶をしばく趣味はないんですが」
「奇遇だね、ボクも野郎同士のお茶なんてゲロ吐く程嫌なんだよ」
「だったらなんで誘ったんだよ!?」
アンタはいつも取り巻き女子とギャグ空間作ってるだろ!
よく見たら今日に限って取り巻き女子いないし。
つーか俺この先輩と直接話すの今は初めてですけど!?
「どうしてボクが誘ってるかって? それは勿論、キミに興味が出たからさ」
俺は無言で尻をガードした。
「安心してくれ、ボクにそっちの趣味はない」
「言い方が不穏なんですよ」
「すまんすまん。だけど君と話をしてみたいのは本心さ」
なんて言ってるけどよー、一応この人評議会では政帝寄りの人なんだよな〜。
まぁ『今は』だけど。アニメでは後々味方側になって助けてくれるんだよな。
そして普通に強い。デッキが強い。獰猛な獣さんつよい。
「近くにオススメの喫茶店があるんだ。ボクが支払うから、一緒に来てくれないかい?」
軽く周りを見てみるが、取り巻き女子はいない。
評議会関係と思われる生徒もいない。
という事は本当に俺に興味があるだけと判断していいって事か。
「俺はあんまり面白い人間じゃないですよ? それでも良ければ」
「ハハハ、上手い冗談だ! キミは革命家だろう、
そう言ってこちらに視線を向けてくる牙丸先輩。
これは多分アレだな。合宿で俺が政帝の誘い断ったの知ってるな。
まぁ、せっかくアニメキャラとじっくり会話できる機会なんだ。楽しむだけ楽しんでやろう。
万が一の時は……いつでもデッキは抜けるしな。
「それじゃあ行こうか。コーヒーは好きかい?」
「ブラック至上主義です」
「それは最高だ。ボク達の舌はよく合うよ」
それはどうも。同レベルのグルメを名乗っておくよ。
警戒心そのものは完全には解かない。
どうせ今日は一人なんだ。とりあえず牙丸先輩後について行く事にする。
「学園の近くはサーガタワーも近いからね。飲食店の選択肢はいくらでもある」
「学生価格を探すのに苦労はしますけどね」
「観光地の運命さ。割り切るしかないね」
夕方の街を歩きながら、爽やかに笑い飛ばす牙丸先輩。
今のところ含みとか敵意は無いっぽいけど、そもそもの真意が見えないな。
本人は俺と話がしたいなんて言ってるけど、今の時点でどこまで信じていいのか。
「着いたよ、ココだ」
「……」
到着した喫茶店の看板を見上げて確認する。
店名は『和メイド喫茶 浪漫』か。
「さぁ入ろう」
「メイド喫茶かぁぁぁい!」
「おや、初めてかい? 優しくしようか?」
「ファーストコミュニケーションの場としての不適切ランキング第一位だよ! もっと他になかったんですか!?」
「えぇー、だって他の店って女の子少ないじゃーん」
ダメだこの先輩。女の子と自分の下半身に思考を支配されている。
というか俺もメイド喫茶とか前の世界ぶりだよ。
しかも前の世界でも数回しか行ったことない素人だよ!
オムライスに萌え萌えきゅんとか、そういうノリには乗り切れないよ。
「先輩、他の店」
「ハーイみんな! ボクが来たよー!」
「話聞けや」
仕方ない腹括るか。
俺はとりあえず牙丸先輩の後に続いて店に入った。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
「やぁアカリ、君は今日も美しいね」
「あっ牙丸様だ、お帰りなさいませ」
「久しぶりだねアキラ! 君にオススメされた映画は最高だったよ。隣に君がいなかった事が唯一の不満点だけどね」
先輩、店のメイドさんを口説くなよ。
そういうのって良くないんじゃなかったの?
ほら奥からなんか偉そうな人……というかメイドさんが出てきたじゃん。
メイド長?
「やぁツカサ。ボクが来たよ」
「来るなら事前に言え。メイドの子達が色めいて大変なんだからさ」
「なら君がボクの相手をしてくれるかい?」
「冗談は脳みそだけにして」
牙丸先輩を軽くあしらうメイド長。
スゲーな、色々と。
「で、今日は連れがいるって事は」
「奥の席、空いてるかい?」
「運が良いね、空いてるよ」
「じゃあそこへ案内よろしく」
そして俺と牙丸先輩は、店の奥の方にある席に案内された。
奥といっても一般的な奥とは違う。
どちらかと言えば、ちょっとした個室のような席だ。
まるで密談に適しているかのような場所。
「コーヒーを2つ、ブラックで」
気づいたら牙丸先輩が全部注文しちゃってたな。
注文をメモして、メイド長的な人も下がってしまう。
となると、ここからが本題というわけか。
「さて、ようやく落ち着けたわけだけど」
「先輩は俺から何を聞きたいんですか?」
「そう警戒しないでくれ……と言っても、今は無理なのかな?」
「そうですね。【
「一年生だからといって思慮は浅くない、か……尚更気に入ったよ」
今気に入られても反応に困るんだけどな。
まぁ少なくともこの人は、女子にだけは余計な事しないという信頼はあるんだけど。
……いや、ナンパ的な意味では女子の方が危ないわ。
「誠司から色々と聞いたよ。アイツの誘いを手酷く振ったんだって?」
「そうですね。倒すべき相手の下につく趣味はないんで」
「評議会補佐への加入は、次期皇帝選出の際にも有利に働く場合がある……それを知っていて蹴ったのかい?」
うーん、やっぱりそこは突かれるか。
俺も後で調べて知った事だけど、評議会補佐への加入は六帝入りだけではなく、学校成績の面でも有利になるらしい。
なんて言っても、俺の選択は変わらないんだけど。
「実力を持ってして玉座を奪う。そっちの方がカッコいいじゃないですか」
「本当にそれだけかい?」
「俺がまだ何か含んでいると?」
「ただの邪推さ。少なくともキミは身の程知らずのバカというわけではないだろ」
おっとこれは想定外。
王牙丸という男は想像以上に勘がいいみたいだ。
「何を企んでるんだい?」
「ほんの少し風通しのいい未来。あとは流れで考えますよ」
実際俺の考えなんてこんなもんだし。
本当の目的とか諸々は言ったところで信じてもらえない。
なら今できる精一杯の回答はこれしかないな。
「ハハハ! これは確かに凪ちゃんが嫌うタイプだ」
「あっ、やっぱり俺あの人に嫌われてるんですか」
「すごい嫌われ方してたよ。もう顔見ただけで襲いかかりそうな感じ」
怖いなぁ、戸締りしとこ。
てかアニメ通りとはいえ、
そんな会話をしている内に、注文したコーヒーが来た。
俺も牙丸先輩もブラックで飲む。
「うーん、流石の味だね」
「香りも良く、酸味が強いホットに適した豆が使われている」
「良い味覚を持ってるじゃないか、天川ツルギくん」
「牙丸先輩こそですよ」
うん、美味しいコーヒーだ。
これはまた来ちゃうかもな……メイド喫茶でなければ。
一人で入るにはハードルが高いよ。
「一年生の合宿が終わるとね、六帝評議会では次期皇帝候補のついて語り合う場があるんだ」
コーヒーカップを皿に置いて、牙丸先輩は語り出す。
「基本的には合宿における成績上位者だね」
「つまり、さっさと試練を突破した俺達が対象と」
「そういう事さ。ここだけの話、ボクたちが閲覧する資料の中には幾つかの個人情報なんかも含まれている」
「急に怖い事言わないでくださいよ」
「悪用なんかするつもりはないから、安心してくれ」
本当かな?
「閲覧可能な情報の中には、公式大会での戦績もある」
「俺の戦績でも気になったんですか?」
「気にならない方がおかしい。無名の中学校から突然現れた超新星。それまで公式大会での勝利記録なんかほとんどなかった仲間を連れて、JMSカップ優勝まで達成している。まるで御伽噺じゃないか」
「努力ですよ。アイツら自身の努力です」
「あくまで自分は何もないと?」
「自分のことなんて、案外言語化できないもんですよ」
俺がそう言うと、牙丸先輩は「違いない」と言って笑みを浮かべた。
まぁ実際、自分自身の力なんて一番正確に伝えるのが難しいからな。
下手な説明するくらいなら誤解でもしてもらった方が気も楽だ。
「天川ツルギ。キミは言葉にはできなくても、自分自身の技量は正確に把握できているみたいだね」
「まぁ、感覚でしかないですけど」
「じゃあそんなキミに、一つ質問をしても良いかな?」
改まってそう言う牙丸先輩。
答えられる簡単な質問なら良いんだけど。
「速水学人。キミのチームメイトでもある彼も、自身の努力だけで上り詰めた男なのかい?」
「……どういう意味ですか?」
「速水リュウト、この名前を聞いた事くらいはあるだろ」
嫌な名前が急に飛んできたな。
知らないわけがないだろ、速水のお兄さんなんだから。
「知ってますよ。テレビにも出てくる有名人ですからね」
「評議会で速水学人の情報を見た。確かに彼は速水リュウトの弟らしいね」
だけど……と牙丸先輩は続ける。
「あの時は気づかなかったんだけど、少し気になる事があって調べたんだ……そして見つけた」
そう言って牙丸先輩はスマホの画面と、一冊の雑誌の見開きを俺に見せてきた。
どちらも速水リュウトというプロサモンファイターへのインタビュー記事である。
何故こんなものを今出してくるのか?
俺はとりあえず記事の内容に目を通して……酷く後悔した。
「速水リュウトは自分の両親についてはインタビューでも触れる事は多い。だが兄弟についてはほとんど触れた事がなかった」
「……なんだよ、これ」
「評議会で閲覧できる情報……ましてや家族構成に関しては虚偽記載をする余地も意味もない」
牙丸先輩が何かを言っているが、ほとんど耳に入ってこない。
インタビュー記事そのものは『プロ選手が語る支えてくれる家族について』というありふれた内容。
だが問題はそこではない。
インタビューに記載されている速水リュウトの答え……その全てにおいて、このような旨の記載があったのだ。
『自分はずっと両親と三人暮らしの一人っ子である』
弟である速水学人の存在には触れていない。
それどころか最初から居ない存在であるかのような答え。
恐らく牙丸先輩の本命はこれ。
俺から速水学人という一年生の背景を聞きたかったのだろう。
「天川ツルギ。キミは確か小学校の頃から彼とは同じ学校なんだって?」
「はい……」
「無礼を承知で聞きたいんだが、速水学人は間違いなく」
「速水リュウトの弟です……間違いありません」
「……そうか」
難しそうな表情になる牙丸先輩。
基本的に根は良い人なんだよな。
とはいえ、このタイミングで速水について聞いてくるのも不思議だ。
俺がそう考えていると、牙丸先輩が口を開いた。
「二週間後に、学園に特別講師が来るのは知ってるね?」
「はい。毎年プロ選手を呼んでやる恒例行事だって聞いてます。呼ぶ人は当日まで内緒で……」
そこまで言って、俺は強烈に嫌な予感がした。
それだけはやめてくれと願ったが、呆気なく打ち砕かれた。
「速水リュウトだ。今年の特別講師は」
「……そう、ですか」
これは当日色々と手を回す必要があるな。
忙しくなる。速水と兄はまだ合わない方が良い。
万が一不用意に会えば……いや、それは思い出さないようにしよう。
変えられるなら、変えなきゃだめな事あるんだ。
「天川くん。もしよければ教えてくれないか?」
「速水の事ですか?」
「うん、勿論ボクは絶対に他言はしないと約束する。仮にも六帝評議会の人間だ。生徒を守るために必要な情報は得ておきたいからね」
それに……と牙丸先輩が続ける。
「キミ自身のためにもなるんじゃないかな?」
「俺自身、ですか?」
「こういう役職いるとね、人間を読み取る力がついちゃうんだよ。自分だけで抱え込んで他人を頼らないようにする人間ってのはね、想像以上に崩れやすいものさ」
「……」
「だから話してみないか? キミ自身のガス抜きも兼ねてさ」
俺はコーヒーを飲みながら少し考える。
牙丸先輩自体は悪い人じゃない。約束も守ってくれる可能性は高い。
だけど政帝との距離を考えると悩ましい。
最終的に袂を分つとはいえ、今の時期だと不確定要素も多い。
思考をする……それを邪魔するように浮かんでくるのは前の世界の記憶。
高校一年生の……ちょうど今くらいの出来事だ。
速水と同じ学校に進学していたクラスメイトから突然電話がかかってきて、それを伝えられた。
速水が……自殺したと。
原因は知っていた。何が速水を苦しめたのかも知っていた。
だから俺はこの世界に転移した時、速水には違う道を歩んで貰いたかったんだ。
だけど……現実は甘くなかった。
ただ少し形が違っただけだった。速水を苦しめる元凶が、少しだけ形を変えただけだった。根本なんて何も変わっていない。
だけど今は一つ、明確に違う点がある。
サモンという、俺が手を貸して未来を変えられるかもしれない可能性の力。
あんな結末にはさせたくない、その一心で速水を鍛えた。
(それでも……元凶といきなり対峙したらどうなるか)
今最も懸念している事。
それらを踏まえて牙丸先輩に話すか否か。
もしも牙丸先輩が力を今の時点で貸してくれるなら心強い。
けどそうでなかったら……
「すみません」
それが、俺の答えだった。
アレは……あの惨状は軽い気持ちで知っていいものじゃない。
「そうか」
「先輩の気持ちはありがたいんですけど……速水の話は、気軽に教えられるような内容でもないんです」
「それを教えてくれただけでも、キミを頼った甲斐があったよ」
「お兄さんの件に関しては俺が頑張ります。だから先輩は」
「そう言わないでくれ。一度は乗ろうとした船だ。少しの手助けくらするさ」
そう言うと牙丸先輩はコーヒーを飲んで、再びこちらを見てくる。
「彼とお兄さんが直接合わないように、配慮できるように動くよ。それは約束させてくれ」
「……お願いします」
実際俺だけじゃ限界もあるからな。
牙丸先輩が動いてくれるなら、それも頼った方が良いのかもしれない。
「しかし、キミがそこまで言い淀むとは……相当酷い背景だったんだね」
「まぁ……そうですね」
酷いなんてもんじゃなかった。
前の世界でも、そして今の世界でもそうだ。
速水学人という少年は、10歳で両親に捨てられたんだぞ。
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