第百十二話:暴帝とのお話②

 急激に嫌なものを思い出した。

 ほとんどが前の世界の事とはいえ、重なる箇所が多過ぎる。

 だからこそ変えたい未来もあるとはいえ……一筋縄でいくはずも無いんだ。

 牙丸きばまる先輩が手を貸してくれるとはいえ、最後に布石を打つのは俺だろうし。

 改めて考えれば考える程、可能性が広がり過ぎてしまう。

 俺がそうやって頭を抱えていると、コーヒーのおかわりが運ばれてきた。


「温かいコーヒーは心を落ち着かせてくれる。いずれ玉座を狙うなら、今のうちに覚えておいて損はない」

「評議会は、心労が絶えなさそうですね」

「残念ながらね」


 新しく運ばれてきたコーヒーを一口飲む。

 少しだけ気は楽になったように思える。


「改めて、特別講師の件は約束する」

「お願いします」

「重い空気のまま話すのももったいない。どうせなら軽く一戦しながらにしないか?」


 そう言って牙丸先輩が取り出したのは、剥き身のデッキ。

 基本的にこの世界でファイトを挑む場合は、召喚器に入れた状態でするのが通例だ。

 剥き身のままテーブルに置くという事は、アナログなファイトのお誘いか。


「アナログファイトの経験はあるかい?」

「むしろそっちの方が多いですよ」


 そう返しながら俺は自分の召喚器からデッキを取り出す。

 さては牙丸先輩、最初からファイトする流れを作るつもりだったな。

 よくよく見ればここ、二人席にしてはテーブルが妙に広い。


「召喚器は便利だし色々と都合もいい。だけど時にはこうして、静かなファイトをするのも味わい深いだろう?」

「全面的に同意ですね。たまにはこういうのも悪くないです」


 今となってはどこか懐かしい動作で、デッキをシャッフルする。

 転移後は召喚器のオートシャッフルばっかりだったからな。

 ちゃんとシャッフル後は、お互いに相手のデッキもシャッフルする。

 ライフ計算はスマホで十分。初手5枚を引いて、久しぶりのアナログなファイトが始まった。


「1ターンだ」


 突然、牙丸先輩が妙な事を言い始めた。


「ボクの1ターンを耐え抜く。それがキミの勝利条件だ」

「随分とハンデをくれるんですね」

「後輩を相手にする時のボクの流儀なんだ。付き合ってくれるかい?」

「なくても問題ないハンデですけど、流儀まで言われたら付き合いますよ」


 で、先攻は俺なわけだけど。

 さーて、実質派手に動けるのはこのターンだけだからなぁ。

 何してやろうかな。


「キミから見て、まつり誠司せいじという男はどう映る?」


 ん、このタイミングか。

 まぁ今日はカジュアルでのんびりなファイトだから良いけど。

 しかし政誠司についてか。


「確かな実力とリーダーシップを持ち合わせる。絵に描いたような有能サモンファイターですな……表向きは」

「裏含んでいる、と?」

「感覚ですね。合宿で俺を誘ってきた時も、意味不明なくらい先の景色を眺めてる感じでした」


 まぁこのくらいの回答が無難かな。

 アニメ知識である程度アイツの考え方を知っているとはいえ、全部答える意味もない。

 それに俺は、特別嘘もついてないからな。


「先の景色か……誠司はずっとそんな感じだな。遥か彼方を眺めて続けて、絶対正解の道を選び続ける」

「その正解はあくまで、政帝にとっての正解では?」

「否定はしきれないね。とはいえ聖徳寺しょうとくじ学園のシステムは弱肉強食。勝者がいれば敗者だって生まれるんだ」

「問題は敗者への向き合い方、じゃないですか?」


 俺は人のこと全く言えた義理じゃないけど。


「メインフェイズ。〈【紅玉獣】カーバンクル〉を召喚」


 カードをテーブルに置いて、俺は話を続ける。


「弱肉強食。勝者と敗者。どんな世界でも切り離せない事象……だからこそ勝者には背負うべき責任が生まれる」

「その通りだ。故に六帝りくてい評議会の規約、その一文目にはこう刻まれている」


――皇帝は弱き者を守護し、未来の開拓を行う義務を全うする存在である――


「ボク達は所謂生徒会のような存在であると同時に、生徒全員の模範、そして守護者でなければならない」

「今の政帝はその義務を全うしている……って先輩から言ってくれると嬉しいんですけど」

「肯定も否定もできないかな。正直に言ってしまえば評議会といえども守れる生徒には限界がある。実際に心が折れて退学していく生徒なんて毎年少なくないからね」

「そこには政帝に敗北した者も含まれている……」

「六帝入りした者は皆、誰かしらを折ってるよ。とはいえ誠司の場合は数も多かったけどね」


 何かを思い出すような表情を浮かべる牙丸先輩。

 詳細な描写がアニメには無かったとはいえ、断片的な情報から当時の時点で推測はできていた。

 先輩が気にかけていた生徒も、政帝に敗北して心を折られたんだろう。

 だが学園だけに限らず、この世界はカードゲーム至上主義の弱肉強食社会。

 勝者には限りなき栄光を、敗者には泥のような屈辱が与えられる。

 主観では理不尽でも、それがルールなんだ。


「キミの言うように、誠司は序列第1位としてよくやっていると思うよ……ただ最近は、思うところあってね」

「それで、俺に聞いてきたんですか?」

「まぁね。合宿で直接対峙したキミから政誠司という男がどう見えたのか聞いてみたかったんだ」


 なるほど。

 自分や普通の生徒ではない者の所感を知っておきたかったってとこか。

 確かに並の生徒じゃあ、今の政帝の裏なんて感じ取れないだろうしな。

 恐らく牙丸先輩自身が今抱いている所感、それにに対する否定を俺に言って欲しかったんだろう。

 だが残念、その望みは叶えられない。


「俺の答えは、お望みの品でしたか?」

「真逆だったね。でもお陰で少しスッキリはしたよ」

「そうですか……ターンエンドです」


 俺がターン終了を宣言すると、牙丸先輩は意外そうに驚いていた。


「モンスター1体の召喚だけでいいのかい?」

「単純な見た目に底なしの奥深さ。それがサモンの醍醐味ですよ」

「ならその言葉を信じてみよう。楽しませてくれよ……ボクのターン。スタートフェイズ、ドローフェイズ」


 牙丸先輩の手札が6枚になる。

 メインフェイズに入るや、先輩は2枚のカードをテーブルに置いた。


「〈槍術のシンカ〉と〈博識なるシンカ〉を召喚するよ」


 〈槍術のシンカ〉P3000 ヒット2

 〈博識なるシンカ〉P1000 ヒット1


 召喚されたカードに描かれているのは、槍を構えた兵士と大きな本を持った学者。

 まぁアニメ通りだな。

 牙丸先輩デッキは【暴君】という攻撃性が非常に高いデッキだ。

 先輩が1ターン耐えろって言ってきたのも、このデッキの後攻1キル率を考えれば当然でもある。

 ……これより後攻1キル率が高かった母さんの【炎獣】って本当に何なんだろうな。


「召喚コストとして、手札1枚とライフ2点を支払う」


 牙丸:ライフ10→8 手札4枚→3枚


 おっと、この召喚コストは。

 先輩いきなりエースカードを出す気だな。

 てか今コストで面倒なカード捨てたな?


「〈【獰猛なる暴君】サヴェイジ・ネロ〉を召喚するね」


 〈【獰猛なる暴君】サヴェイジ・ネロ〉P13000 ヒット3


 テーブルに置かれたカードは、真紅のマントを身につけ、獅子の頭を持つ獣人の王。

 獰猛さの権化のような絵のこいつこそ、牙丸先輩のデッキの切り札だ。

 てか初手で理想のパーツ揃ってる引きの強さはなんなの?


「アタックフェイズ……さぁ、蹂躙を始めようか」


 おっと、派手なのが来るぞ。


「アタックフェイズ開始時に〈サヴェイジ・ネロ〉の【王技ワンドライブ】を発動。〈サヴェイジ・ネロ〉以外のモンスターを手札に戻すよ」


 牙丸先輩の手札に戻る2体の臣下シンカ

 これが【王技】の発動条件。自分の他のモンスターを全て手札に戻す代わりに、発動ターン中は莫大な強化を得る能力だ。


「〈サヴェイジ・ネロ〉の【王技】によって、このターンこいつは【貫通】を得て、パワーとヒットが2倍になる」


 〈【獰猛なる暴君】サヴェイジ・ネロ〉P13000→P26000 ヒット3→6


 この豪快さ、自分でやる分にはカッコいいんだけどなぁ。

 敵に回すと途端に面倒臭くなる。

 そして【暴君】の何が厄介なのかというと、手札に戻った奴らがココから効果を発動する事だ。


「【王技】で手札に戻った〈槍術のシンカ〉の効果を発動。このカードを手札から捨てて、キミの場にいる〈カーバンクル〉を破壊するよ」

「……通します。ただし〈カーバンクル〉は効果で手札に戻ります」


 これこれ、コストで戻ったら効果発動するんだよアイツら。

 というか〈博識なるシンカ〉の効果は使わないんだな。

 あれは【王技】で手札に戻ればデッキから1枚ドローできるはずだけど……。

 これは牙丸先輩、本当に俺の実力を試したいだけだな?


「それじゃあいくよ。〈サヴェイジ・ネロ〉で攻撃」


 攻撃宣言をされたヒット6の怪物。

 あれは【2回攻撃】も持っているから、全て食らえば負ける。

 俺は手札を確認して、少し考えた。

 理論的な事を言えば、手札にある〈ダイレクトウォール〉を使えば全て終わらせられる。俺の勝利条件はこのターンを耐え切る事だからな。

 ただし相手は仮にも六帝評議会序列第3位。

 生半な手が通じるなんて甘い考えは捨てるべきだ。

 だったら今切るべきカードは……


「手札から魔法カード〈スクランブルゲート!〉を発動。手札からモンスター1体を召喚します」

「出すのはさっきのウサギちゃんかな?」

「正解です。〈カーバンクル〉を召喚してブロックします」

「だけど【貫通】のダメージを受けてもらうよ」

「残念ですけど〈カーバンクル〉の戦闘では【貫通】のダメージは発生しません」


 そう言うと牙丸先輩は大袈裟に「上手いもんだね」と褒めてくる。

 余裕だな、自分の勝ちはまだ揺るいでいないと思っている。

 まぁこの世界基準なら何も変な感覚ではないな。


「〈サヴェイジ・ネロ〉で2回攻撃だ」


 ヒット6でもう一度攻撃。

 これを食らっても俺のライフは4残るけど……あれ牙丸先輩の手札にモンスターを回復させるカードがあるな。

 現在、牙丸先輩の手札は3枚。

 その内1枚は〈槍術のシンカ〉。さらに1枚が追撃用の魔法カードだと考えれば……問題は最後の1枚か。

 記憶の中から【暴君】に入っていそうなカードを全て引き出す。

 今最も牙丸先輩を安心させる1枚は……アレだろうな。

 なら対策できる。


「俺の場にモンスターがいないので、魔法カード〈ダイレクトウォール〉を発動します。アタックフェイズを強制終了させたいんですけど、通りますか?」


 考えこむ牙丸先輩。

 恐らく先輩の手札には、魔法カードを無効化する手段があるはずだ。

 それを使ってきたら俺もカウンターをする。

 最後には〈ダイレクトウォール〉の効果が適用されて、俺の勝ちだ。

 思考を続け、牙丸先輩はチラリと俺の方を見てくる。

 どうせカウンターのカードを切ると俺は予想していたが……その予想はあっさりと裏切られてしまった。


「……なにもないよ。ボクの負けだ」

「ありゃ?」


 まさかの敗北宣言。普通に〈ダイレクトウォール〉通っちゃったぞ。

 いやいや、それは無いだろ。

 この人に限って策も無しに突っ込んで来るとは思えない。

 特に防御カード対策とか【暴君】を使う上で必須の思考だぞ。


「先輩、本当に使わなくて良かったんですか?」

「何をだい?」

「俺、先輩は手札に抱えてると思ってたんですけど……〈大圧政〉のカード」


 俺がそれを指摘すると、牙丸先輩キョトンとした表情になる。

 そして数秒後、やれやれといった様子で諦めたように1枚のカードを見せてきた。


「やっぱり持ってたじゃないですか〈大圧政〉」

「まさか見抜かれていたとはね」


 先輩が使わなかったカード〈大圧政〉は、所謂【暴君】専用の魔法カウンターだ。

 自分の場に【王技】を使ったモンスターがいる間は、コスト無しで相手の使った魔法カードを1枚無効化できる強力なカード。


「それ撃てば俺の〈ダイレクトウォール〉を無効化できて6ダメージ。コストで墓地に送ってた〈謀略のシンカ〉を使えば、エンドフェイズに追加で6ダメージ与えて先輩の勝ちだったじゃないですか」

「墓地まで見てたのか、合宿をトップで生き残ったのも納得できるね」


 だけど……と牙丸先輩は続けてくる。


「そこまで理解してなお、キミというファイターは全く動じていなかった」


 そう言うと牙丸先輩は自身の手札全てこちらに見せてきた。

 やっぱりあったか、自分のモンスター1体を回復させる〈リブート〉カード。


「キミが発動した〈ダイレクトウォール〉に対してボクが〈大圧政〉を撃った。そう仮定するとキミは〈大圧政〉を無効化しなければ負けていただろう……何を握っていたんだい?」


 そこまで言われてしまえば、こちらも手札を見せねば無作法というもの。

 俺は手札に残っていたカードを全てテーブルに置き、牙丸先輩に見せた。


「これは……〈グラビトントラップ〉か」

「モンスター1体を疲労させる魔法です」

「なるほど、こちらが〈サヴェイジ・ネロ〉を回復させたら対抗して撃つつもりだったのか。そしてもう1枚のカード、こっちがキミの本命だったか」


 そう言って牙丸先輩が視線を向けたカード。

 そこにはオレンジ色の九尾の狐であり、カーバンクルの名を持つ進化モンスターがあった。


「カーバンクルには、カウンター特化の進化形態もあるんですよ」

「記録でも見せてもらったけど、キミの相棒はいくつ進化形態を持っているんだい?」

「白状すると7体です」

「ぶっちゃけるね〜。しかし7体の切り札か、まるで誠司のデッキだな」


 隠し球はまだありますよーっと。

 本当にヤバくなったら、転移直前まで使っていた俺の本来のデッキを持ち出してやる。

 具体的には俺のデッキが【幻想獣】から【カーバンクル】に名前が変わる。


「底の見えない一年生……だけど自分の技量も正確に把握している。案外キミのようなファイターが一番恐ろしいのかもね」

「俺はバケモノより、楽しくファイトができる子どもで居たいですよ」

「嘘じゃなさそうだから、好感も持てる」


 悪戯小僧のような笑みを向けてくる牙丸先輩。

 どうやら信頼は得られたらしい。いい事だ。


「天川、改めて忠告をしておく……政誠司には気をつけろ」

「言われなくても、そうしますよ」


 時間も過ぎてきたので、俺達は喫茶店を後にした。

 本当に牙丸先輩が払ってくれたよ、なんだか申し訳ない。

 帰る方向は違うので、俺はその場で先輩と別れて駅に向かって歩く。

 すると突然、デッキのカードからカーバンクルが姿を現してきた。


「プイっ、やっと帰るっプイ?」

「そうだな……てかお前今日は随分静かだったな」

「プ〜イ、なんだかこの町にいると急に眠くなるんだっプイ」

「なんだそりゃ?」

「いつもじゃないっプイ。たまーにっプイ」


 なんか不安になるな。

 これはアレか? 政誠司がウイルスばら撒き始めた合図か何かか?

 だったら早く解決した方が良いのかもだけど……何事も下準備は必要だからな。


「やる事多いなぁ」


 ふと後ろを振り向いて、見上げてみる。

 もう駅も近いというのに、サーガタワーはよく見える。


(一度、三神みかみ博士に相談してもいいかもな)


 そんな事を考えながら、俺は駅に向かって歩みを進めた。

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