第百十三話:あといくつの放課後で……

 牙丸きばまる先輩とのファーストコンタクトから少し時間が経過。

 気づけば季節も6月に突入した。

 祝日の無い月だけど、学校行事はしっかりとある。

 そう、牙丸先輩と共に懸念していた行事『特別講演会』だ。


「それでは皆の衆。来週の特別講演会についてでござるが――」


 終礼のHRで、甲冑姿の担任こと伊達先生が行事に関する連絡事項を伝えてくる。

 実をいうと、この『特別講演会』について俺は詳細を知らない。

 何故ならアニメでは合宿終了後に描かれた話は全て、1話から2話で完結するウイルス感染者との戦いが続いたからだ。

 恐らくこの『特別講演会』というのは間に起きたイベントなんだろう。俺も年間行事表とかで知ったし。


「特別講演に来てくださるプロ選手は当日まで秘密! 皆の衆は予想して楽しむでござる!」


 まさかゲスト講師が速水のお兄さんとはな。

 流石にそれは予想外だった。

 一応テレビの中継とかで見たから、速水リュウトの使用デッキは知っている。

 内容的には基本に忠実とも言える、シンプルなデッキ。

 多少の初見殺しやパワーカードも絡めているから、この世界なら十分以上の強さを発揮できるだろう。

 まぁ前の世界では中堅クラスのデッキだったけど。


(……何も知らないで終われば、一番良いんだけど)


 ふと速水の方に視線を向ける。

 プロからの学びと聞いて、速水は見るからに気合いが入っているようだ。

 だけど相手は、速水が最も冷静でいられない相手。

 一応今の速水のデッキなら十分に勝てる余地はあると思う……ただしそれは、速水が冷静さを失わないという前提が必要だけど。


(元々【元素】デッキは高い状況判断能力を求められる代物。速水はそれを使いこなせる冷静を持ってはいるが……今回ばかりは信じ過ぎるのは厳禁だな)


 まだまだ速水には伸び代があるんだ。

 だったら今すぐに因縁と戦うよりは……回避して牙を研いだ方が良いだろう。

 また牙丸先輩と相談して、速水を講演会から引き離す適当な口実をでっち上げるか。


(ゲスト講師が誰なのか知ったら、速水は絶対に血相変えて勝負を挑みそうだからな)


 そういう確信があるからこそ、真実は言えない。

 その日その時間まで伏せ続けるってのも、結構もどかしいもんだな。


「それから最後に警戒情報でござる! 近頃この学園付近で地下ファイトの勧誘が目撃されているでござる! 皆の衆は決して近づかないように」


 地下ファイト? アニメでも少し触れられてたな。

 確か文字通り、いかにもな路地裏の酒場……の地下にあるファイト場。

 いわゆる違法な賭けファイトをする者が集まるアングラ空間だったか。

 アニメでは確か……政帝がウイルスカードをギャングに売りつけるシーンで映ってたんだっけ?

 背景事情があるとはいえ、本当に碌なことしないなあの男は。手段選べよ。


「それでは本日のホームルームはここまで! 終幕!」


 そう言うと伊達先生はどこからか拍子木を取り出して、カンカンと鳴らしてから教室を去っていった。

 どんな演出だよ、歌舞伎かよ。


「ツルギくん、これから一緒にカードショップ行きませんか?」

「おっいいぞ。フリーファイトしにいくか」


 白くて小さいシルエットこと、ソラからお誘いを受ける。

 やはり青春とは美しいものだな。女子からカードショップに誘われるんだぜ。

 でもせっかくなら他のメンバーも誘いたいな。


「速水ー、一緒にカードショップ行かないか?」

「天川、俺は馬に蹴られたくないから遠慮させてもらう」


 なんだよ〜、男同士カードで死合おうぜ〜。

 ところでソラさん、なんでホッとしてるんですか?


「えっ、カードショップいくの!? アタシも行きたい!」

「じゃあらんは参加だな。派手にやろうぜ」

真波まなみちゃんも誘っていい?」

「いいかソラ?」

「はい……好きなだけ、呼んでください」


 気のせいかな、ソラが真っ白に燃え尽きてる。

 元々白いけど更に真っ白になったぞ。驚きの白さ。


「ねぇツルギ、良ければ私も一緒に行ってもいいかしら? 切実に」


 露骨に申し訳なさそうな様子で同行を願い出てくるアイ。

 うん、これアイが何を考えてるのか予想ついちゃったぞ。


「アイ……念の為に聞くけど、カードショップの後は」

「お願いしますウチに来てください」

「ま た か」


 うん分かってたよ。ラブコメ展開的なんかじゃなくて、アイがまた生活力ZEROをやらかしたんだな。

 今度は掃除か? 飯か? それとも潜伏してた黒く光るGが増殖して、飛翔までいったか?


「なぁソラ。一つ提案があるんだけど」

「ごめんなさい。ツルギくんに任せたいです」

「アタシもちょっと遠慮したいかなーって」

「ソラ、藍、その辺りにしてちょうだい……私の心がボロボロになってしまうわ」


 気持ちだけは理解しよう。

 だがなアイ、その前に生活力を鍛えてくれ。本当お願いします。

 つーかこの様子だとソラと藍は見たんだな。アイの部屋を。


「速水、お願いがあるんだけど」

「この流れで俺が手伝いを了承すると思うか?」

「1ミリも思えないな。俺が悪かった」

「ねぇ、お願いだから私の心を傷つけないで。次からは頑張るから」


 そう思うなら生活力と知識をつけてくれ。

 4月に俺が行った時の惨状を忘れたとは言わせないぞ。

 台所なんかモザイク必須な状態だっただろ。


「ソラ、藍……カードショップの前に100均寄ってもいいか?」

「はい。ツルギくんも頑張ってください」

「ツルギくん、君の犠牲は忘れない!」


 二人とも何がなんでもアイの部屋には行かないという鋼の意思を貫いているな。

 あと藍、俺が犠牲になる前提にするのやめろ。

 ちなみに九頭竜さんはアイと同レベルの生活力なので絶対に参加させない。


「……ところでアイ、一つ聞きたいんだけどさ」

「なにかしら?」

「生ゴミはちゃんと捨ててるよな? おい目を背けるなこっちを見ろ」

「ゴミ出しって……難しいのよ」

「お前なんで一人暮らし始めたんだよ」


 前にも思ったけど、ご家族も生活力ZEROで娘を解き放つな。

 最低限の仕込みくらいしてくれ。怠った結果がこれだよ!

 えっ、俺今日はその尻拭いもするの?


「速水くーん、やっぱり一緒にきてよー」

「もう一度言うが、俺は無粋な真似をしたくはない」

「なんだよ無粋って!?」


 というか速水なんか震えてない?

 何かを恐れている?

 視線の先なんて、ソラが無言で笑顔浮かべてるくらいだろ。


「天川……女子に囲まれてる」

「見ろよあの面子を。無邪気な距離バグ巨乳元気っ子の武井ぶいさんに、元アイドルでクール系巨乳の宮田さん」

「そしてロリコン達の希望の星、赤翼あかばねさんもいるぞ」

「さっき竜帝の名前も出てたぞ」

「なぁ、やっぱりオレ達で処さないか? 童貞の敵だろアレ」


 おいコラ聞こえてるぞクラスメイトの男子ども。

 俺は望んで女子に囲まれてるわけじゃない。たまたま身内が女子ばかりってだけだ。あと俺も童貞だからな。

 それとソラさん、笑顔のまま邪悪な氣を解放するのやめてください。普通に怖いんです。


(つーか藍の評価よ。距離バグって……)


 アニメでも片鱗はあったけど、藍って誰にでも友好的に接するんだよな。

 それこそ距離感ガン詰めする勢いで。恋愛感情も当然皆無で。

 武井藍よ、お前はこれまで何人の男の初恋を奪ってきたのだ。


(アニメではなかったけど、冷静に考えたら男子から告白されたりするんだろうな〜……いやそうもならないか)


 一瞬頭の中に、藍に告白して振られる男どもの図が浮かんでしまう。

 だけど今のこの世界だと、最も考えられるパターンは……ツララ先輩と九頭竜さんが事前に始末しにくる、だな。

 絶対100%間違いなくそうなる。

 だからやめとけ男子。若い命をいたずらに散らすんじゃない。


「それじゃあ早くいこーよ! ファイトしたいファイトしたい!」

「大型犬ってこんな感じなんだろうな」


 はしゃぐ藍を見て、思わずそう呟いてしまう。

 とりあえず、放課後のお楽しみタイムといきますか。

 ただし……


「アイ、お前は後でお説教な」

「確定事項なのね……」


 確実に前回と同じような惨状だろうが!

 お説教回避コースなんて存在しません。


(速水の件といい……しばらくは考える事が山積みだな)


 そんな現実に頭を悩ませながら、俺達は学校を出るのであった。



 ちなみにアイの部屋は前回以上の惨劇になっていたので、泣くまでお説教をしました。

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