第百十四話:特別講演会

 そして気づけば迎えてしまった、特別講演会当日。

 速水の件に関しては牙丸きばまる先輩と十分に打ち合わせができたと思っている。

 とはいえ内容が内容なので、まだ学校に向かっている最中だというのに、俺の胃は既に痛かった。


(計画は問題ない……とは言っても、ストレスばかりはどうにもならんな)

「ツルギ、ポンポン痛いっプイ? ボクのお腹吸うっプイ?」

「遠慮しとく」


 俺の頭にはカーバンクルが乗っているが、他の人には見えていない。

 というかお前、俺の頭上を定位置にする気か?

 男子高校生が可愛らしい緑色のウサギを頭に乗せるとか、絵面が酷いぞ。

 それが許されるのは女の子と男の娘だけだ。


「ツルギくん、おはようございます」

「おはようソラ」


 身内ことチームメイトも合流してきた。学校が近い証拠だな。

 アイも合流してきたし、らん九頭竜くずりゅうさんと一緒に遅れて来た。

 ……九頭竜さん、友達と一緒に投稿できて嬉しそうですね。

 メチャクチャ顔が蕩けてるぞ、華の女子高生よ。


「おはよう天川てんかわ

「あぁ……おはよう」


 速水も来た。

 今日はこいつのフォロー頑張らなきゃな。

 と言っても、速水自身は何も知らないんだけど。


 気づけば聖徳寺しょうとくじ学園の校門が目前まできていた。

 当番の先生が朝の挨拶している。

 その中に1人、よく知る人物も混ざっていた。


「おはよう諸君。今日も一日研鑽に励んでくれ」


 まつり誠司せいじだ。

 六帝りくてい評議会は生徒会みたいなものだし、所謂会長ポジションのコイツがいるのも変な事ではない。

 これまでも普通にあったからな。


「おはよう、天川君」

「おはよう、ございます?」


 なのに今日は、わざわざ俺の名前を呼んで挨拶してきた。

 おかしな事ではないはず……なのに政帝の笑顔を見て、俺は妙な違和感を抱いていた。

 なんで今日に限って?

 今日は特別講演会件もあるから、俺が警戒心を出し過ぎているだけか?


「……ん?」


 ふと、俺は変な事を感じてしまう。

 今さっき、政誠司視線は……俺の頭上にも向いていなかったか?


「……気のせいかな」


 小さなモヤモヤは残ってしまうが、ひとまず俺は下駄箱へと向かって歩みを進めた。





 午前中は普通に授業。

 サモンの専門学校とはいっても、一般科目もある。

 一限目から順番に「数学」「英語」「体育」「古典」となっている。

 特別講演会は午後からだけど……俺が文句をつけたい箇所はそこじゃない。


(なんで体育の後に古典をブチ込んでるんだよ! それは居眠り不可避じゃねーか! 誰だよこんなクソ時間割作った奴!)


 だけどそれはそうとして、考える時間はあるな。

 頭の中で反芻するべきは、計画の再確認。


 今日は昼休み終了後、すぐに全校生徒が講堂に集められる。

 そこで特別ゲスト講師こと、速水リュウトが登場するという流れだ。

 これだけでも面倒なんだけど、牙丸先輩から聞いた最も厄介な要素がある。

 それがランダムに選ばれた生徒とプロ選手によるエキシビジョンファイトだ。

 要するにプロの腕前を近くで見ようという施策。


 これらの流れは全て牙丸先輩教えてくれた。

 その上で俺達は計画立てたというわけだ。

 まず根本的な問題として速水を兄に近づけてはならない。

 特に今回の講演会の場合、万が一エキシビジョンファイトに選ばれてしまうと取り返しつかないからな。

 なので俺は、講演会が始まる直前のタイミングで速水を連れ出す。

 移動中だと不自然すぎるし、一度入ってからトイレとか理由をつけた方が自然だろう。


(講堂の近くで牙丸先輩が待機してくれている。事情説明は先輩といっしょにして……後の事はその時に考える)


 牙丸先輩もスタッフ役の生徒に事情説明はしてくれると言っていた。

 なら速水を連れ出す事そのものは簡単だろう。

 懸念事項があるとすれば、速水が暴走する可能性くらいか。

 そこは俺と牙丸先輩でなんとか抑えよう。


「ツルギくん? 授業終わりましたよ」


 ん、気づけばもう昼休みに入ったのか。

 ソラに声をかけられてようやく気がついた。

 もう特別講演会まで時間もない。さっさと昼食を済ませて……


「……なぁソラ、そのデカい紙袋って」

「お昼ご飯です! 今日は購買のサンドイッチです」

「ちゃんと他の奴の分残ってるよな? ソラさん、無言にならないでソラさん!?」


 ソラの胴体くらいある紙袋に詰められたサンドイッチ。

 というか、そのサイズの紙袋どこで入手したんだよ。





 そして昼休みが終わり、講堂への移動が始まる。

 生徒数が多いからな、移動だけでも時間がかかる。

 一通り全員移動した後に、先生欠席者の有無を確認するから……それが終わったら速水を連れ出す。

 だから今は耐え時だ。


「それでは講堂へ移動するでござる!」


 伊達先生に指示されて、クラス全員で講堂へと移動する。

 俺はこっそりとポケット入れてあったスマホに目を通す。

 牙丸先輩からのメッセージが入っていた。

 どうやら向こうも準備はできているらしい。


「天川、少しいいか」


 速水が声をかけてきた。

 タイミングがタイミングなだけに、心臓に悪い。


「なんだ?」

「今日の特別講演会だが、プロ選手とのエキシビジョンファイトがあるという話だろ」

「あぁ……そうだな」

「対戦相手はランダムに選ばれるとはいえ、万が一もある……本当に加減はしろよ」

「安心しろ。気が向いたらする」


 俺がそう答えると速水は「不確定と言い切るのか」とため息をついていた。

 だが事実だし、なんなら今日は俺がファイトする事はない。

 もちろん、速水がファイトする事もない。


 そして講堂に到着して席に座る。

 本来なら今日の講演会の内容について、歓談でするんだろうが……それは叶わない願いだな。

 なんとか俺は速水の隣の席を確保してある。

 周りを見ればそろそろ全校生徒の着席が終わる頃だ。

 あとはタイミングを見計らって速水を連れ出すのみ。


 その時であった。スタッフ役をしている生徒一人、俺の方へと駆け寄ってきた。


「一年A組の天川君かな?」

「はい、そうですけど」

「三年のワン先輩が呼んでるから行って欲しいって」


 牙丸先輩が?

 もうすぐ速水を連れ出すタイミングなのは先輩も分かっているはず。


「牙丸先輩はなんて?」

「今日の事で緊急の話があるって伝言を預かってます」


 緊急か、となれば只事じゃないな。

 仕方ない、少し計画にズレは生じるけど、牙丸先輩のところに行くか。


「悪い速水、ちょっと行ってくる」

「お前いつの間に暴帝と仲良くなったんだ?」

「色々あったんだよ。先生には後で来るって言っておいてくれ」


 それだけ言い残して、俺は一度講堂を出ることにした。

 流石にこのタイミングで呼び出すとなると、相当急ぎの要件だろう。

 講堂を出て、本来なら速水を連れ出した後の待ち合わせ場所である講堂裏に移動する。

 そこには既に牙丸先輩がいた。


「牙丸先輩!」

「天川、緊急だと聞いたけど何があったんだ?」

「えっ、先輩が呼び出したんですよね? 緊急の要件だって」

「いやいや、キミが呼び出したんだろう?」


 何か噛み合わない。

 というか俺達二人とも呼び出されている?

 数秒の沈黙が流れる……そして俺は背筋が凍るような感覚を味わっていた。


「先輩……もしかしてスタッフの生徒に呼び出されました?」

「あぁ……という事はキミも」


 何が起きたのか気がついた瞬間、俺と牙丸先輩は大急ぎで講堂に向かって駆け出した。

 やられた。誰かが俺達を妨害してきた。

 建物の扉を開けて、講堂に入る。


 そこで俺達が目にしたものは、明らかに予定を前倒して開始されているエキシビジョンファイトであった。


「どういうことだ……何故もうファイトが開始して」

「嘘だろ……なんでよりにもよって」


 舞台上立つのは二人のファイター。

 一人は黒い髪をオールバックにした、今日の特別ゲスト講師である速水リュウト。

 そしてもう一人は……その弟、速水学人がくとだった。


「牙丸先輩、確かエキシビジョンの抽選券って」

「速水学人には渡すなと厳命していたさ! 何故、彼がファイトステージに立っているんだ」

「俺が知りたいですよ!」


 でも誰が、なんのために?

 その時ふと、俺はある人物が目に入った。

 恐らく今日の司会進行をしていたのだろう……ステージ下で、政誠司が満足そうに二人を見ていた。

 まさか……とは思いたいけど、アイツならやりかねない。


「誠司……まさかアイツ!」


 どうやら牙丸先輩も俺と同じ考えに至ったらしい。

 情報が流れていたんだ、よりにもよって政誠司に。

 だが今は一度この怒り堪えよう。


(幸いにして今の速水なら、あの兄のデッキにだって十分に勝てる余地がある)


 今は速水が冷静にファイトして、勝利する可能性に賭けるしかない。

 どうやら先攻は兄の方らしい。

 先に攻撃できるなら、手札次第で速水の1キルも望める。


「ボクのターン。メインフェイズ……〈マジシャン・ブラット〉を2体召喚。召喚時には、どちらも系統:《元素》を宣言しておこう」


 〈マジシャン・ブラット〉P4000 ヒット1


 速水リュウトの場に召喚されたのは、白い衣服に身を包んだ2体の魔法使い。

 ステータスは比較的一般的。普通に見れば軽いジャブのようにも見える。

 だけど……問題はそこではなかった。


「なんだあのカード。リュウト選手がいつも使っているものではないね」

「なんで……よりにもよって……」

「天川、あのカードを知っているのか?」


 速水リュウトはいつものデッキではない、全く異なるデッキを使っている。

 それだけではない。俺はあのカードを……あの系統を知っている。


「あれは系統:《ジャスティス》のデッキです」

「ジャスティス?」

「専用能力の名前は【執行】……召喚時に系統を一つ宣言しておくんですが」


 俺が牙丸先輩に説明していると、速水のターンが始まっていた。

 そして気づいてしまう。速水が既に、冷静さを失い始めている事に。


「メインフェイズッ! 俺は手札の魔法カード〈ヴォルカニックエレメント〉と〈シーエレメント〉を――」


「ダメだ速水! 【合成】を使うなぁぁぁぁぁぁ!」


「――【合成】!」


 声は、届かなかった。

 速水は手札の魔法を2枚墓地に送って、モンスターを合成召喚しようとする。

 しかし、それは通らない。


「ボクはこの瞬間〈マジシャン・ブラット〉の【執行】を発動!」


 速水リュウトは策にハマった獣を見下ろすかのように、嬉々として能力の発動を宣言した。


「相手が魔法カードを発動した時、それがこのカードを召喚した時に宣言した系統を持っているなら……手札を1枚捨てて無効化できる」


 白い魔法使いの力によって、速水の元素魔法は力を失い、粉々に砕け散ってしまう。

 当然ながら【合成】に失敗した以上、速水の手札は意味もなく2枚失った事になる。


「天川……まさかあの系統の能力は」

「見ての通りです。宣言した系統の能力を無効化する事に特化したカード……それが【ジャスティス】です!」

「確か弟君の方のデッキは」

「魔法カードによる召喚を主軸にしたデッキ。当然その魔法カードは系統:《元素》で固められています!」

「バカな! こんな場面で相性有利なデッキをわざわざ持ち込んできたというのか!?」


 速水はJMSにも【元素】で出場しているから、デッキタイプそのもの知る事は容易だ。

 だけど速水リュウトが元々使っているデッキでも、プレイング次第では勝つ事は不可能ではない。

 そんな事、仮にもプロなら容易に想像がつくはずだ。

 だったら何故、今このファイトで【ジャスティス】なんて過剰に有利になるデッキを持ち込んだんだ?


「ならもう一度【合成】を!」

「もう1体の〈マジシャン・ブラット〉の【執行】を発動。それも無効化だ」


 再び【合成】に失敗してしまう速水。

 それでもモンスターを召喚したが、兄の発動した魔法によって除去されてしまう。


「……ターン、エンド」


 恐らく、このファイトを見た生徒の大多数はこう思ったはずだ。

 速水リュウトというプロの技術高さ。そして足元にも及ばないAクラスの生徒と。

 だが、分かる者には分かったはずだ。

 これはもはやエキシビジョンファイトではない。


 速水リュウトという邪悪による、悪意に満ちた公開処刑であると。


 故に、ここから先のファイト内容は……記録に残すべきではない。

 ただただ、速水学人というサモンファイターは、手も足も出ずに嬲り殺しにされる。

 その気になれば一撃で終わらせる事が可能な場面であっても、速水リュウトという男は……わざわざ1点ずつのダメージしか与えなかった。


 ファイト終了のブザーが鳴る頃には、とうの昔に速水の戦意も心もズタズタにされていた。



 速水学人:ライフ1→0

 速水リュウト:WIN



 この後のことは、上手く記憶に残っていない。

 俺と牙丸先輩は席に戻され、特別講演会が続いていた。

 だが何も入ってこない。隣の席の速水に声をかけても無言のまま。

 返事も感情も……なにもかも消え去っているように思えた。

 だからこそ俺は、ひたすらに自分の判断ミス呪い……そして、速水学人の命が心配になっていた。


 繰り返さないようにしていはずだったのに……上手く、いかなかった。

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