第百十五話:悪意ある会談
特別講演会が終わり、放課後となる。
普段は落ち着いた雰囲気の
「
序列第3位、
感情に任せて、
だが当の誠司はどこまでも落ち着いていた。
まるでここまで想定内と言わんばかりに、口元には笑みさえ浮かべている。
「つもり、とは?」
「惚けるな! 一年の速水
「あぁ……そうだったね。ならアレは悲しい事故だよ」
「それを未然に防ぐのがボク達の役割だろうがッ!」
皇帝としての役割を故意に放棄したともとれる行為。
それは牙丸にとって、最も忌むべき行為でもあった。
故に、たとえ相手が政帝であろうとも怒りをぶつける。
「何故彼がファイトステージに立っていたんだ。抽選券はそもそも配布しないようにスタッフにも厳命していたはずだろ!」
「一人だけ仲間外れにするのはよくないだろ。だから
そこまで聞いて、牙丸は何が起きたのかを理解してしまった。
つまり誠司は最初から速水学人がステージに立つように仕込んでいたのだ。
エキシビジョンファイトでは、ゲスト講師が宣言した番号の抽選券を持つ生徒がファイトをする。
政誠司という男は、事前に速水学人が入手する抽選券の番号を伝えていたのだ。
そして計画通り、速水リュウトの対戦相手として選ばれてしまった。
「お前……本当に何を考えてるんだ」
「より良い明日に向けて、必要なファクターだよ」
「あの公開処刑が必要だとでも言うのかッ! アレのどこがッ!」
「偶然だよ牙丸。全てはただの偶然……残念な事故だ」
「……速水リュウトが使っていたデッキ、あれはなんだ?」
誠司の胸倉を掴みながら、牙丸は問いただす。
「公式試合で一度も見せた事がないデッキ。それも速水学人のデッキを容易にメタできるカードで構成されていた。あのデッキもお前の差し金かッ!」
「それに関しては回答を控えさせてもらうよ。最近は守秘義務も煩くてね」
「お前ッ」
それは殆ど自白に近かった。
速水リュウトが使ったデッキ、そして必要な知識を授けたのは全て、誠司だったのだ。
どのような結果になるのか、それも全て想定した上で誠司は事を実行したということだ。
牙丸は自身の中に燃え盛る怒りが、一気に噴火する実感を得た。
「誠司ィ!」
右の拳で、牙丸は感情任せに誠司の顔を殴ろうとする。
しかし誠司は冷静にその拳を片掌で掴んで防いでしまった。
「すまないね。この後にはちょっとした会談が予定されているんだ。顔は綺麗にしておかないと失礼になってしまう」
ただ面倒ごとをあしらいたい、その感情を一切隠そうともしない誠司。
その態度が牙丸をさらに苛つかせていた。
すると執務室の扉が開き、一人の女子生徒が入ってきた。
「誠司様、会談のお時間が迫っています」
「あぁ、もうそんな時間か。すまないね牙丸、今日はここまでだ」
そう言うと誠司は胸倉を掴んでいた牙丸の腕を、自身の力のみで退かしてしまった。
さっさと身だしなみを整える誠司。もはや今の牙丸には興味すらない様子であった。
扉の前で表情も変えずに待つ凪。彼女も牙丸に対して特別関心を向けている様子がない。
まるで道をあるく虫に気を取られないかのように、牙丸の行動を咎めようともしていなかった。
「……誠司、お前はどこに行くつもりだ」
「行き先は何も変わっていない。理想の世界だよ」
「これが、お前の進みたかった道のりなのか?」
執務室を後にしようとする誠司に、牙丸は振り向くこともなく問いかける。
誠司は決して表情を変えることなく、その問いに答えた。
「何も変わっていない。始まりから今まで、何も」
「行きましょう、誠司様」
お互いに、去る者の姿は見ない。
袂を分つかのように、言葉も交わさず背を向け合うのだった。
◆
学園を出て、誠司と凪は人気の無い路地に足を運ぶ。
訪れた場所はいいかにも怪しい雰囲気の酒場。
アングラな場所である故か、高校生の男女が訪れても咎める者はいない。
柄の悪い大人が品のない声を上げながら酒を呑んでおり、凪はそんな光景に眉を顰めてしまう。
そんな彼女を特に気にはせず、誠司はカウンターの店員に一枚のカードを提示した。
「二人分、お願いします」
黒い会員カードを確認した店員は小さく頷き、誠司と凪を裏に続く扉へと案内した。
扉の向こうには長い階段と通路が続いている。
誠司と凪が入っていった事を確認すると、店員は扉を閉めて鍵をかけてしまった。
薄暗い通路を慣れた様子で進む二人。
そして道の果てには、大きな観客席へとたどり着いた。
円を描くように席が並んでおり、その中央では2人のサモンファイターが戦っている。
ここは所謂、地下ファイト施設。
違法な賭けファイトを楽しむ富裕層と、訳あって地下ファイターに堕ちた者達が集まる場所である。
「誠司様、あちらの席です」
地下ファイトそのものには関心が少ない二人。
さっさと目的の人物が座っている場所へと向かっていってしまった。
「お待たせいたしました。速水リュウトさん」
「気にしないで。ボクもさっき来たばかりだから」
黒髪オールバックの男、速水リュウトの隣に誠司は座る。
凪は誠司の隣に座って、静かに周囲を警戒していた。
「しかし意外でしたね、プロの方でもこのような場所を指定してくるとは」
「慣れた様子で来た君達ほどではないよ。ボクはたまに遊びに来るだけさ」
もちろん観客側でね、とリュウトは続ける。
そんな彼に対して、誠司は決して笑顔を絶やさなかった。
「本日は本当にありがとうございました。例のお願いまで聞いていただいて」
「良いの良いの、アレ掃除はボクの役目だから」
「役目……ですか」
するとリュウトは口元に下卑た笑みを浮かべて、嬉々として語りだす。
「元々アレは両親が作った失敗作。ならせめて役割を持たせようと両親も考えてね、子供の頃は使い勝手のいいボクの踏み台にしていたんだけど……どうやら最近は変に自我を持ってしまったみたいでね」
「その始末をつけたかった、と?」
「その通りで、所有者が片付けをするのは当たり前の行動。どうせならアレの心を正しく折っておいた方が面白そうだったからね。例のデッキを貸してくれたのは本当に感謝しているんだよ」
「気に入っていただけたのなら光栄です」
ニコニコと笑顔浮かべる誠司。
だがその内心は酷くドロドロとした、黒いものが溢れていた。
「でも良かったのかい? 評議会のトップが公開処刑のお手伝いなんて」
「僕の目的はその先ですので、アレも必要な過程ですよ」
「怖い怖い。でも掃除手伝ってくれるなら君はすごく良い人だよ」
「そうですね……掃除というのは、本当に大切だと思いますよ」
どこか含みを持つ誠司だが、リュウトは気づかない。
彼にはそこまでの聡明さは無かった。
「そうだ、例のスポンサー話もよろしく頼むよ」
「えぇお任せください。裏の人間でもよろしいのでしたら」
「全然ウェルカムだよ。表のスポンサーはコンプライアンスとかうるさいからね。裏の人がついてくれるなら色々自由に遊べる」
「それは、良かったですね」
「女遊びとかさ、表の人は中々理解してくれないんだよ。ちょっと手を出しただけで大騒ぎ。本当にバカばかりだ」
決して言葉にはしない。
だがリュウトの言葉を聞いていた凪は、心底彼を軽蔑していた。
そして会談が進んでいく。
とは言っても、後半はほぼリュウトによる自身の武勇伝語りであった。
「おっと、僕達はそろそろ時間なので」
「あー、もうそんな時間なのか」
「今日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました」
「ボクの方こそ、また色々とよろしくね」
そう挨拶を交わすと、誠司と凪は一礼して観客席を後にした。
リュウトはまだ賭けファイトが残っていると言い、残る事選ぶ。
外に出るための通路を歩く誠司と凪。
もう他の者に声を聞かれることも無いだろう、そう確信した凪は口を開いた。
「下衆でしたね」
「そうだね。でもね凪、ああいう力を持つ愚か者は利用しやすいんだよ」
「こちらの計画にですか? では何故、例のカードについて話さなかったのですか?」
ウイルスカードの存在を、誠司はリュウトに一切話していない。
それについて凪は疑問を呈した。
すると誠司はどこか冷たい声で、こう返す。
「アレは、僕達の世界に必要な人間だと思うかい?」
「思いませんね。失礼いたしました」
「分かってくれれば良いんだよ。あのカードは僕達がこれから創る世界への招待状なんだ。良き友となる望みがなければ、受け取る資格はないよ」
「剪定ですね。今の世界は悪人が増えすぎました」
「その通りだ。だからこそ新たな世界への方舟には、選ばれた者しか乗せられないんだよ」
そう言うと誠司は「さて」と呟いて立ち止まり、凪の方へと振り返った。
「凪、速水学人は僕達の良き友になってくれると思うかい?」
「はい……誠司様の御慈愛があれば、必ずや」
「そうか。なら仕込みを頼んでも良いかい? きっと彼はこの施設に来てくれる信じているよ」
「お任せください」
再び歩みを進める二人。
誠司は制服のポケットから1枚カードを取り出して、それを見つめる。
ウイルスカード〈【暗黒感染】カオスプラグイン〉。
いずれ訪れる未来に想いを馳せて、誠司は心を踊らせていた。
(もうすぐだ……僕達が、真に優しい世界を創り出す日は)
その悲願のためであれば手段は選ばない。
結果が得られるなら、過程はどうでもいい。
それが政誠司という男を動かす、絶対の思想であった。
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