第百十六話:欠席の日

 あの特別講演会から三日が経過。

 間に土日を挟んでいたが……速水は今日、学校に来ていなかった。

 俺はスマホのメッセージアプリを立ち上げるものの、速水に送ったメッセージに既読はついてない。

 マメな性格のアイツからは中々想像できない事態。

 それだけメンタルをやられているという事なんだろう。


「速水くん、お休みですね」

「そうね。あのファイトは酷すぎるわ……あのプロの男、本当に彼のお兄さんなの?」


 ソラとアイも速水を心配している。

 流石にこの二人はエキシビジョンファイトの異常性に気づいていたみたいだ。


「アタシもなんか嫌な感じだったなぁ。あのプロの人すっごく変な感じだったもん」

「変な感じ、ですか?」

「ファイトを楽しんだり、勝つために頑張るんじゃなくて、弱い相手を虐めて楽しんでる……そんな感じ」


 らんの所感を聞いて、ソラは納得したように首を縦に振る。

 アイも同様に感じていたようで、肯定的な様子を見せていた。


「というか速水くんのお兄さんがプロファイターなんて、アタシ初めて知ったよ!」

「それは私もね。彼あまり自分の事は話さないから」


 藍とアイの言葉を聞いて思い出した。

 そういえば二人は速水に兄がいた事を知らないんだったな。

 まぁ、速水自身が語らないなら俺達から言う必要もなかったし。


「ソラは知ってたかしら? あの兄の存在について」

「はい。とは言っても詳しくは何も」

「あれ? でもソラってツルギくんや速水くんと同じ中学だったよね?」

「私は中学二年生からの転校生だったので」


 俺もたまに忘れそうになるんだよな。

 ソラは転校生だったって話。だって転移してきたのが、ソラが転校してきた後だもん!


「という事は……一番事情をよく知る者は」


 アイがこちらに視線を向けてくる。

 まぁ、そうなるよな。前の世界も含めれば、この場では俺が一番事情を知っている。

 なんなら今の世界での差異も含めて知っている。

 だからこそ……


「ねぇツルギ。あれは何?」

「……見た通りだよ。速水の兄だ」

「そうじゃなくて、何があったのかについてよ」


 言えるかよ。あんな話。


「悪い……あんまり公言できる内容じゃない」

「……それだけ酷い話ってことかしら?」

「そうだな。聞かない方がいい」


 俺がそう言うと、アイは「そう」とだけ言ってそれ以上掘り下げてはこなかった。

 こういう線引き上手いあたり、流石は元芸能関係だと思うよ。


「ツルギくん。あの暴帝ぼうていの先輩はなんて?」

「メッセージでやり取りした。政帝せいていが実質的に自分の犯行だって認めたってさ」

「なんのために……」

「わからない。可能性はいくつか思いつくけど、推測でしかないからな」


 ソラは信じられないものを見たかのような反応をしている。

 まぁ普通はそうだよな。

 仮にも六帝りくてい評議会のトップ、言い換えれば全校生徒の頂点に立つ人間がやった蛮行。

 この世界の常識で考えれば、本来ありえない事態。

 だけど現実には起きてしまった事態。

 そして政誠司の犯行動機、その一つとして考えられるのは……俺に対する報復。


(あの男なら、やりかねない)


 少なくとも、それも含んだ複数動機があると見ていいと思う。

 叶うなら政誠司に直接会いに行った方がいいのだろう。

 だけど牙丸きばまる先輩曰く、このタイミングであの男は一週間ほど学校を休んでいるらしい。評議会の出張業務だとか言って。

 ……いやアニメでもそういう描写あったけど、学生の出張業務ってなんだよ。しかも一週間休みってアホか。


「う〜ん? うぅぅぅん?」


 ふと藍の方を見ると、彼女はメチャクチャ頭を捻っていた。

 いかにも普段使わない脳の部位を使ってますといった感じだ。


「ねぇツルギくん。アタシちょっと気になることがあるんだけど」

「なんだ?」

「速水くんのお兄さん、エキシビジョンファイトでいつもと違うデッキを使ったんだよね?」

「そうだな。パッと見じゃ分かりにくいけど速水への個人メタデッキだな」

「そのデッキって、政帝の人が渡したんだよね?」

「あぁ、牙丸先輩が聞き出したって」

「なんで渡されたデッキを使ったんだろう? プロなら普段のデッキで速水くんに勝てるよね?」


 藍の呈した疑問。それを聞いてソラとアイも「たしかに」といった様子を見せた。

 恐らくあの公開処刑が印象に残り過ぎていて、そこまで気づかなかったんだろう。

 言いたい事はわかる。プロが試合で使うデッキを使えば、もっと手っ取り早く勝てるイメージは十分に強い。

 なんなら借り物のデッキを使うにしても、もっとオーソドックスなビートダウンを使う方が自然だ。

 ましてや兄が弟にあんな戦いするなんて、普通なら想像もつかないし納得もできないだろう。


「…………」


 だけど、速水リュウトという人間を知っている者としては、何一つ違和感は無かった。


「納得できてしまっている、という顔ね」

「そうだな。アイツならやるだろうなって簡単に想像できた」

「ツルギがそう言うという事は、以前からそういう男なのね」

「……アイツだけじゃ、ないけどな」


 俺がそう言うと、アイは何かを察したように口を噤んでしまった。

 ソラも似たような感じだ。


(……放課後、アイツの家に行くか)


 これは一度直接顔を見に行った方がいい気がする。

 勿論、俺一人でだけど。





 そして放課後になる。

 俺はさっさと教室を出て、学校を後にした。

 駅までの道のり、夕方の街並みが目に入る。

 広がっているのは、ごく普通の日常の数々。

 幼稚園児くらいの子どもの姿も見え、母親と手を繋いで帰路についている。


(平凡……だけど、この世界に限っては僅かに非凡に寄る、か)


 中学二年生から現在にかけて、この世界の社会情勢というものは色々と学んできた。

 カードゲーム至上主義という世界は、わかりやすく勝敗がつく。

 そして同時に、敗者には容赦がなさ過ぎる世界でもあるんだ。

 時には生まれてすぐに、取り返しのつかない敗者の烙印を押される子どもも存在する。


(この世界……児童養護施設の数が、前の世界より少し多いんだよな)


 幼少期から当然のようにカードに触れる機会に恵まれる世界。

 言い換えればこの世界は、幼少期の時点でファイターとしての強弱を見定められてしまう事も珍しくない。

 ファイターとしての強さは、将来的な地位の強さにも直結する。

 そうなると何が起きるのか……勝敗というわかりやすい判断材料を与えられてしまった親は、我が子をどのように扱うのか。

 結果は児童養護施設の数に出ている。


(ファイターとしての才能がない子どもを捨てる親……決して少ないとも言い切れないのが、この世界の闇だよな)


 引き取ってくれる親戚がいれば運がいい方。

 いなければ……想像するまでもない。

 そういう意味では、引き取ってくれる親戚がいた速水は運がいい方なのかもしれない。

 だけど、そんなのは外野の勝手な評価だ。意味も価値もない。


(……そういえば藍も施設出身だったな)


 ふと思い出す、アニメでの物語。

 今の藍は養母と二人暮らしなのだが、元は施設育ちだとアニメでも断片的に語られていた記憶がある。

 特に悲壮感のある背景とかは語られていなかったけど、もしかしたらという可能性だけは頭に浮かんでしまうな。

 ……流石にないだろうけど。


(なんなら藍のお母さんって、普通に良い人だからな。おかげで藍の明るさに繋がってるんだろうけど)


 人間社会、光があれば闇もある。

 今向き合うべきは闇の方。

 とりあえず電車に乗って、速水の家に行くとしよう。


 そう思って改札に向かおうとしたんだが……なんか後ろにいるんだよなぁ。

 コソコソと白くて小さいシルエットが身を隠しているな。


「……ソラ、なにしてんだ?」

「ぴゃあ!?」


 隠密行動に失敗したソラは、観念したように俺の元にやってきた。


「えっと、ツルギくんと一緒帰ろうかと思いまして」

「本当は?」

「……速水くんに会いに行くんですよね?」


 流石に見抜かれていたか。


「なんで一人で行こうとしたんですか?」

「知らない方がいい事もあるんだよ」

「チームメイトです。それに友達です。心配するのは当たり前だと思いませんか?」


 ソラは真剣な表情で俺に訴えかけてくる。

 気持ちはわかる。きっとアイや藍も同じだとは思う。

 だけど、あれは高校生が知るような内容じゃない。


「気持ちは理解できるけど、本当に知らない方が」

「嫌です。何も知らないで後悔はしたくないです」

「なら嫌なことは全部俺に――」

「ツルギくんに押し付けてしまうのは、もっと嫌です」


 ハッキリと言い切られてしまった。


「友達のこと、チームメイトのこと……嫌なことを全部ツルギくんだけに押し付けて、自分だけ受け身でいたくはありません」

「ソラ……」

「進むか逃げるか、私は自分の意思で判断したいです」


 真っ直ぐな目で、言われてしまう。

 これは……回れ右なんてしてくれそうにないな。


「……覚悟だけは、しておいてくれよ」

「はい」

「それから、後悔するぞ」

「するなら知ってからです」


 俺はソラと一緒に電車に乗り、速水の家へ行くことにした。


 いつもの駅から一駅手前で降りる。

 速水の住んでいる家は、駅から少し離れている場所にある。

 俺はソラを連れて、目的地へと向かった。

 そして駅を出て十数分で到着。


「ここですか」


 ソラは初めて見る速水の家にそう呟く。

 とは言っても、速水の家はごく普通の一軒家だ。

 外見だけは、だけど。

 俺がインターホンを押して少し待つと、一人のお婆さんが玄関から出てきた。


「あらあらツルギ君、久しぶりねぇ」

「お久しぶりです。学人がくと君はいますか?」

「ごめんなさいねぇ、学人ちゃんならさっき出かけちゃったばかりで」

「そうですか……」


 出迎えてくれたのは速水の祖母だ。

 どうやら運悪く当人とは入れ違いになったらしい。


「あら、そっちのお嬢さんは?」

「初めまして。速水くんのチームメイトの赤翼ソラです」

「あらあら貴女が。学人ちゃんからお話しは聞いてるわ」


 ソラを笑顔で歓迎してくれているお婆さん。

 だけどすぐに、俺達が来た理由も察したのだろう。

 少し顔が暗くなった。


「二人とも、学人ちゃんを心配して来てくれたのね」

「はい。あのアイツは」

「昨日までずっと部屋に篭ってたわ。ご飯も食べてくれなくて……」


 予想通りというか、予想が外れて欲しかったな。

 にしてもアイツどこに行ったんだ?


「立ち話もなんでしょ。よければ上がっていかない?」

「いえ、気持ちは嬉しいんですが……俺達は今日は帰ります」


 隣に立つソラを見て、俺はお婆さんの申し出を断る。

 恐らくお婆さんも俺の考えには気づいたんだろう。

 小さく「そうかい」と寂しそうに呟いていた。


「学人ちゃんには二人が来たよって伝えておくわね」

「すみません、お願いします」


 そして俺とソラは礼をして、速水の家を後にした。

 ある程度離れた頃か、ソラが俺に質問をしてきた。


「ツルギくん、どうして早く帰っちゃったんですか?」

「……」

「ツルギくん?」


 道中ずっと無言だったせいかな。

 ソラが不安そうにこちらを見上げてくる。


「ソラ……さっきお婆さんが出迎えてくれただろ」

「はい。速水くんのお婆さんですよね?」

「そうだ。アイツは小学校の頃から祖父母と三人暮らしなんだよ」

「三人、暮らし?」


 どうやらソラにも違和感が伝わったらしい。

 両親が共働きで家を空けがちという訳ではない。

 両親と死別しているという訳でもない。

 そして、小学生の頃から一人だけ祖父母と暮らしている。


「酷い話ってやつだ。お世辞にも気分の良い話じゃ――」

「教えてください」


 また、真っ直ぐな目をしている。

 覚悟は既に決まっていると言いたげなソラ。

 既に警告は十分にしてきたつもりだったんだけど……流石にこれはもう、正直に伝えた方がいいかもしれないな。


「もう一度だけ言うぞ。気分の良い話じゃない」

「それでも、お願いします」


 なら、話すしかない。

 俺も腹を括ろう。


「少し遠回りしながらでいいか?」


 脳裏には、前の世界での結末が浮かんでしまう。

 だけど今はその痛みは堪えよう。

 必要なのは今の世界における速水の物語。


「どこから話そうか、そうだな……じゃあ」


 速水学人という人間が生まれた理由から話そう。


 速水リュウトという才能を磨くために、踏み台として両親に作られた人間。

 そして、僅か10歳で全てを踏み躙られた少年の話を。

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