第五十二話:受験勉強ゼラニウム

 JMSカップも無事終わり、気づけば季節は秋の始まりになっていた。

 中学三年生の秋……それは、受験勉強の追い込みが始まるシーズンである。


速水はやみ……英語を教えてくれ」

「その程度の問題は自分で辞書を引け」

「アイちゃん……数学教えてください」

「その問題はね……」


 現在俺の家に、チーム:ゼラニウムの四人が揃っている。

 もちろん見ての通り、受験勉強のためだ。アイはわざわざ遠方から電車で来てくれている。

 ちなみに四人とも志望校は聖徳寺しょうとくじ学園である。

 やっぱりファイターたるもの、サモンの名門学校に進学したいよね。


 それはそれとして……


「なんでサモン専門学校に一般科目の試験があるんだよ」

「何を言っている天川てんかわ。仮にも高校だぞ。あるに決まっている」

「聖徳寺学園って、難易度だけで言えば高専に近いですよね~」


 ソラが弱々しい声で言ったが、その通りだ。

 普通に試験問題が難しい。特に英語。

 アレか? グローバルなサモンファイターを育てるとか、そんな方針なのか?


「まぁ天川は一般科目の勉強に集中できるだけ、まだマシだろ」

「そうね。ツルギなら実技試験とルール試験は問題無さそうよね」

「むしろその二つでツルギくんが点を落とす光景が思い浮かばないです」


 聖徳寺学園の入試は一般科目の筆記試験と、サモンのルール試験。

 そして一番重要視される実技試験がある。

 実技というのは、当然サモンファイトだ。


「実技とルール試験で満点取ったら、一般科目免除してくれねーかな」

「馬鹿を言うな……いや待て、本当に馬鹿を言うな」

「ツルギくんなら、本当にその二つで満点取りかねないですね」

「ツルギ……貴方どれだけサモン漬けで生きてきたのよ」


 失礼な。俺はごく普通のサモンファイターだ。

 ただし前の世界基準でだけどな。


「実技試験かぁ。デッキどうしようかな」


 流石に試験で1killは不味い気がする。

 となれば正攻法な感じで戦うのが無難か?

 幸い今はカーバンクル・ドラゴンもデッキに入れているし、適度な派手さもある。


 それに……いざとなったら、2枚目の進化形態もある。


「あっ。そういえばアイは実技試験のデッキどうするんだ?」


 ちなみに今のアイは栗色の髪をツインテールにして、メガネをかけている。

 俺がふと疑問に思った事を口走ったら、アイが机に突っ伏した。

 しくしくと泣く声が聞こえる。


「しくしく……私は貝になりたい」

「なぁ天川。アイはどうしたんだ?」

「いやその、この前サモンの制限改訂があっただろ?」

「あぁ……そういえば、アイちゃんが使ってた魔法カード、禁止指定になりましたね」


 ちなみに禁止になったのは〈不平等契約〉だ。

 流石にあのインチキスペックはこの世界でも許されなかったか。

 ともかく。制限改訂の影響で、アイのデッキは弱体化を受けてしまったのだ。


「とりあえず泣き止めよアイ」

「弱くなった私なんて、誰にも必要とされない」

「病みすぎだろ。墓地肥やしカードなら他にもあるじゃんか」


 俺達も愛用している〈デストロイポーション〉とか色々ね。


「相性良さそうなカードなら紹介するし、なんなら余ってるカードで良ければ俺のをあげるし」

「えっ」


 急にアイが顔を上げた。

 泣いてたせいかな? 顔が赤い。


「だからそんなに落ち込むなって。あとで俺の部屋に案内するからさ。一緒に考えよう」

「えっ、あの……ツルギの部屋に?」

「あぁ。カードは色々あるからさ。墓地肥やしに使えそうなの何枚かピックアップするぞ」


 何が余ってたかな……俺は記憶を引きずり出しながら考える。

 それはそれとして、アイの顔が真っ赤だ。

 知恵熱でも出てるのだろうか?


「天川、お前いつか刺されるぞ」

「えっ、なんで?」


 カード仲間のデッキ調整を手伝うのって、そんなにダメか?


「ツルギくん……私も一緒に行っていいですか?」

「えっ? アイが良ければ」

「いいですか?」


 ソラさん。圧が凄まじいです。あと目からハイライトが消えてる気がします。


「心配無用よソラ。私はツルギとでデッキ調整をするわ」

「いえいえ。そういう事でしたらツルギくんのである私もお手伝いしますよ」


 お二人さんや、なんか妙なワードを強調してませんかね?

 あと気のせいか、火花が見えるんですけど。アニメ世界効果か?

 というか二人ともそんなに俺のカードに興味があるのか。

 やっぱりこの世界の住民は根っからのサモンファイターだな。


「三人とも、勉強する手が止まっているぞ」

「おっと、いけね」


 俺はそそくさと英語の問題集に手を付ける。

 うん、やっぱり難しい。元国文系大学生は英語が苦手なのだ。

 ちなみに数学はもっと嫌い。


「……気分転換に教科変えるか」


 このまま英語を見続けていたらおかしくなる。

 俺は問題集を閉じて、新たに歴史の問題集を開いた。

 これなら気持ちも楽だ……現代以外はな。


「(何度見ても、現代に入った途端歴史がカオス極まっている)」


 現代に入るという事は、モンスター・サモナーが登場してくるという事だ。

 UFコーポレーションの設立から、モンスター・サモナーの発売日、果ては最初の世界チャンピオンの名前等々。

 試験問題として聞かれる内容が破天荒すぎる。

 まぁ、バニラモンスターのフレーバーテキスト聞かれないだけマシかもしれないけど。


「(しっかし、他の歴史も大概面白い事になってる)」


 歴史上の偉人の横には、それをモチーフにしたカードの紹介が書かれている。

 余談にも程があるだろ。

 まぁこの辺の時代は、問題だけなら普通だからな。心が癒されるよ。

 俺はほっこりした気持ちで問題集を解いていく。


 ちなみにソラとアイはまだ笑顔をぶつけ合っている。

 何がしたいんだこの二人は。


「む。天川、ここのカードの処理はわかるか?」

「あぁ。それはな……」


 俺が速水に処理手順を教えようとした、その時であった。


 pipipi! pipipi!


 召喚器が何かの受信音を鳴り響かせてきた。

 それは俺の召喚器だけではない。四人全員の召喚器がそうであった。


「あら、なにかしら?」

「なんでしょう?」


 ソラとアイは自分の召喚器を手に取る。

 俺と速水も勉強を中断して、召喚器を手に取った。

 すると、召喚器から自動的に仮想モニターが展開される。


「不具合の類……ではなさそうだな」


 仮想モニターにはUFコーポレーションのロゴが映し出されていた。

 数秒待つと、ロゴが消えて一つのメッセージが映し出される。


『0303 Armed』


 一見すると意味の分からないメッセージ。

 映し出されたのはこれだけ。

 速水やソラ、アイも困惑している。


「これ、なんでしょう?」

「UFコーポレーションのロゴが入っているな。広告か?」

「数字は日付かしら? 英単語は……アームド?」


 三人は首をかしげるばかり。

 だが俺には、このメッセージの意味が分かってしまった。


「ツルギくんはどう思いますか?」

「……さぁな。わかんねーや」


 嘘をつく。今はきっと、種明かしをするべき時ではない。

 それにしても……ついに来るんだな。


「(アームドカード……モンスター・サモナーの新時代)」


 どうやら高校生活からは、新しいサモンの時代に突入するようだ。

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