第三章:受験生編
番外編02:アレどんなアニメだっけ
季節は夏真っ盛り。
土曜日の健全な中学生は、冷房の効いた部屋でデッキ弄りに勤しむものだ。
当然俺も例外ではない。
JMSを優勝したとはいえ、次は入試でのファイトが待っているからな。
常に準備を怠ってはいけない。
……というのは建前で、実際は一般科目の勉強から逃げたいだけだったりする。
仕方ない。中堅レベルの文系学生に過度な学力を求めるものじゃないんだ。
俺は実技で点を稼ぐ男。
素晴らしきかな、カードゲーム至上主義世界。
「それはそうとして……」
俺はぼんやりと自室の小型テレビに目をやる。
適当につけていたテレビにはアニメが流れているが……特に変わった事はない。
いや……アニメに大きな変化が無いことが奇妙なのかもしれない。
「この世界ならカードゲームアニメ専門チャンネルがあるかもとか思ったんだけどな〜」
現実はそうでもなかった。
むしろカードゲームアニメの数は少ないくらいだ。
あれだけドラマやらバラエティやらに侵食していたサモンも、アニメに関しては常識の範囲内でしか出てこない。
「このサモン激推し世界でサモンを出さないあたり……アニメ会社の権力って物凄く強いのか?」
まぁそれはともかく。
結論としては、アニメは本当に普通のものしか放送されていない。
強いて言うなら、たまにサモンとのタイアップ企画をやっているくらいか。
「ドラマなんかサモン塗れになってて、卯月が吐きそうになってたからな。こっちはまだ平和か」
だがいつ侵食が始まるか分からない。
念のために覚悟だけはしておこう。
俺がそう考えていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「お兄、今いい?」
「どした」
入ってきたのは我が妹の卯月だ。
どうせデッキ相談か世界に対する愚痴だろう。
存分に付き合ってやろうではないか。
「あのさ、お兄……覚えてたらでいいんだけど」
ドアを閉めて、神妙な表情を浮かべる卯月。
なにごと?
「あのアニメって、どんな内容だっけ?」
「今流れてたのか? ちゃんと見てないから分からないけど、アフロ頭の主人公がヒトデ手裏剣を投げまくって――」
「そっちじゃなくて! モンスター・サモナー!」
おっと、これは失礼。
「えーっとつまり、この世界の話に関してか?」
「そういうこと。教えて」
「卯月も見てただろ」
「うろ覚えだから。教えろ」
「もう少し丁寧に頼んでくれ」
「クローゼットの下。自作の二重底」
「なんでも教えるので勘弁してください」
卯月よ、何故健全なる男子中学生の秘密を掴んでいるんだ。
「で、どの辺から聞きたいんだ?」
「とりあえず主要人物から。自己防衛に必須」
「へいへい。と言っても今がアニメ本編の時期なのか不明なんだけどな」
俺は不気味なほど薄れていない記憶を引き出して、卯月にアニメ『モンスター・サモナー』の内容を説明した。
「世界観は説明不要だから省くな。まずは主人公の
「ホビーアニメでは珍しい女主人公なんだよね」
「そうそう。赤髪ボーイッシュな美少女。絵に描いたような元気っ娘で、勉強はダメでスポーツは得意。説明不要なくらいサモンに熱中しているな」
「男児アニメの主人公を美少女化させただけみたい」
卯月さん、それ前の世界でも散々言われてたから、突っ込まないであげて。
「第一話で聖徳寺学園を受験して、第二話で入学する。使用デッキは【勝利】だな」
「たしかライバルの子と一緒にスターターが出てたよね」
「そうそう。意外と強くて評判良かったデッキだ。【勝利】は条件を満たすと大幅な強化を受けるのが特徴だな」
「それで? 物語での主人公は?」
「一年生編の序盤は普通に学園もの」
「トンチキ思考しかいない学園ものは普通じゃない」
膝を蹴られてしまった。
いや言いたいことはわかるぞ、俺も正直トンチキ世界だと思っているから。
でも楽しいんだよ。
「で、最初はちょっとしたトラブルをファイトで解決とかそんな話だったけど……後半から大事件が起き始める」
「ウイルス事件だっけ?」
「そうだ。詳しく語ると長いから簡単に説明するけど、特殊な電子ウイルスが含まれたカードが学園にばら撒かれるんだ」
「それが現実に起こるのはシャレにならないんだけど」
ごもっともです。
大事件なんかフィクションで十分なんだ。
「で、ウイルスカードを使ってしまうと感染。力に溺れた闇堕ち状態のようなものになる」
「それ事件終わったら感染した人、全部黒歴史にしたくなるでしょ」
「言わないでやってくれ。俺もそう思うから」
「それで、主人公ちゃんがウイルス事件を解決すると」
「正確にはライバルキャラの
「そういえばライバルも美少女キャラだったね」
そうなのだ。
モンスター・サモナーは主人公もライバルも女の子のアニメなんだ。
王子様ポジションの人間なんていないぞ。
あの作品は百合が咲く、もしくは全員カードが恋人みたいな空気しかなかったからな。
……冷静に考えると、このアニメなんで男児受けしたんだろう。
しかも日曜朝の放送だったし。
「その九頭竜って人はどんなのだっけ?」
「クールな仮面を被るポンコツさん」
「あぁ……味方になったらボロが出るタイプ」
「使用デッキは【王竜/輝士】っていう、使いこなすとめっちゃ強いデッキ」
「なんかお兄が前に怨嗟の声上げてたよね?」
そうなんだよ。あのデッキには大会で散々苦汁を飲まされたからな。
とりあえずノーコストで3ドローするようなデッキを許すな。
「で、九頭竜真波に関してはもう一つ大切な要素がある」
「生徒会みたいなのに入ってたよね?」
「
「お兄がバカって言った時点でろくな組織じゃないでしょ」
「正解。でも加入すればメリットがデカすぎる」
「……ねぇお兄。もしかして受かったら加入しようなんて考えてない?」
「ナンノコトカナ」
「こっち向け」
思わず顔を逸らした俺を、卯月が無理矢理正面に戻してくる。
兄の扱いが雑だぞ!
「でも平穏を目指すなら結局必要なんだよ。一年生編の黒幕だし、作中でもトラブルの種になったり、面白ファイトしたり」
「絶対最後のやつが目的でしょ」
「仕方ないじゃん。男の子だもん」
「キッッッッッッッッッッッッッッッモ!」
そんなど直球に嫌悪の顔を向けるな。
兄は泣くぞ。
「でもさぁお兄。その何とか評議会に入っても、次の敵とか学園関係ないでしょ」
「それはまぁそうなんだけど……というかアニメの物語に巻き込まれる前提かよ」
「もう全部諦めてるから」
ハハハと乾いた笑いをあげる卯月。
諦めるなよ。もし巻き込まれたら俺が本気出して終わらせるから。
だがそれはそれとして、学園での立ち振る舞いは考えなきゃいけないな。
「とりあえず最強は目指すとして」
「後先考えろ馬鹿兄」
また膝を蹴られてしまった。
俺はちゃんと未来を考えているというのに、失礼な妹だ。
「はぁ……もうお兄を止められるとは思ってない」
「褒めるなよ」
「褒めてない。本ッッッ当に褒めてない」
「でもせっかく聖徳寺学園に通えるかもなんだし、やっぱり腕試ししたいじゃん」
「お兄、お母さんにガチデッキ渡した結果どうなったのか忘れたの?」
忘れるわけないだろ。
母さんにシンプル強いデッキを渡した結果、職場での通り名が『爆殺神』になったらしいな。
母さん曰く「もうちょっと可愛い名前がいいわ〜」とのことだ。
「なぁ卯月……母さんに新しい通り名考えてあげるか」
「違うそうじゃない。お兄が自重しろって話」
「でも卯月だって学校で暴れまくってるらしいじゃん」
「うぐっ」
「智代ちゃんや舞ちゃんから聞いてるぞ。悪いやつは容赦なくデッキ破壊しているらしいな」
「……それだけ?」
「まだ何かあるのか?」
「なにも無いから! 絶対に探らないで!」
これ絶対なにかあるだろ。
今度智代ちゃんと舞ちゃんに聞くか。
「一年生編がウイルス事件。二年生編もデカい大会や事件があって……あれ?」
何かが俺の思考を邪魔する。
モンスター・サモナーのアニメは全部見たはずなのに、三年生編の話が全く思い出せない。
それどころか、全体的に何かが欠けている気がする。
「どうしたのお兄?」
「……いや、何でもない」
何故か俺は、自分の中で起きた異常を深く考えようとは思わなかった。
まるで、そうなるように仕向けられたようだ。
「アニメ情報で他に欲しいものはあるか?」
「今は特にない……ところでお兄」
ふと卯月が質問をしてくる。
「お母さんが言ってたけど、通帳が増えたって……まさか」
「あぁ増えたな。間違いなく使わないカードをネットオークションで売ってさ」
「……念のために聞くんだけど、お兄今預金いくら?」
ふむ、どうやら俺の荒稼ぎ録を知りたいらしい。
俺は新しい通帳を開いて卯月に見せた。
「…………見たことないゼロの数」
「すごいだろ」
「ばーか……あーほ……成金」
力ない声でそう言う卯月。
お金はいくらあっても良いものなんだぞ。
「もう……何て言えば良いのかわからない……」
少しふらつきながら卯月は「とりあえず」と言って俺の肩を掴んだ。
「本当に……本ッッッッッッ当に、殺されるような事はしないでね」
「善処はする」
「誓約しろ」
物凄い形相で言われたので、俺はコクコクと頷く他なかった。
でもね卯月さん……お金が増えるのって、楽しいんだよ。
「じゃあお兄、本当に変なことは控えてね」
「へいへい」
そう言い残して卯月は俺の部屋を去っていった。
頭の硬い娘だよ。
「あっ、オークション終わった……今回は1枚800万円で落札か。無難だな」
……この金銭感覚は、頑張って治そう。
そんな事を思う夏の一日であった。
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