第四十話:とある博士との出会い
「アイ!」
予選終了後、俺はアイに声をかける。
だけどアイは振り向かず、ただ無言で控室へと去っていった。
やっぱりデッキの事で負い目があるのだろうか。
ユニットメンバーの女の子たちは、申し訳なさそうに頭を下げて、アイの後を追っていった。
「……そう簡単にはいかないか」
何事も容易には進まない。
だけど先ほどのファイトで、アイの本心の片鱗は見えた気がした。
少なくともアイは、本当はファイトを楽しみたいんじゃないか?
ただしそれは、自分自身のデッキを使っての話。
今のアイは全てを楽しめていない。そうでなきゃ、あんな状態にはなっていない筈だ。
どうすればいいものか……頭を回すけど、絶対の答えは見つからない。
「やっぱり直接ファイトするしかないのかなぁ」
サモン脳世界の住民にはサモン脳をぶつけるんだ。
うん。論理的かつ合理的な結論だな。
……自分の中で「常識」の二文字が崩れていく音が聞こえる。
「俺もだいぶ染まってきたな~」
そんな事をぼやいていると、背後から恨めしい声が二つ。
「て~ん~か~わ~?」
「ツ~ル~ギ~く~ん?」
速水とソラだ。
無事予選通過できたのに、なんか表情が怖いぞ。
「お前なー! アレは無茶苦茶にも程があるだろ!」
「いいじゃんか相手一掃して予選通過できたんだし」
「私達が防御カード持ってなかったらどうするつもりだったんですか!?」
「そこは仲間を信じての行動だ」
顔がキリっとなってしまう。俺良いこと言った。
だけどソラは少し涙目で、俺を睨んでくる。可愛いな。
「ツルギくんは色々と後先考えなさすぎです!」
「そんな事ないけどな~」
「いや、赤翼の言う通りだ。全国中継されている場で、あれは最早ただの虐殺映像だぞ」
ひどい言われようだ。
ちょっとした逆転コンボなのに。
「そういえば、アイちゃんは?」
「……さっき声をかけたけど。スルーされちまったよ」
「やはりデッキの件か」
「多分な」
ソラも速水も顔を俯かせる。
やはり思いは同じか。
「予選Bグループが始まりますので、Aグループの選手は控室に移動してくださーい」
係員に移動を指示される。
俺達チーム:ゼラニウムは、大人しくステージから移動した。
◆
ドーム内に用意された選手控室。
そこに移動した俺たちなのだけど……いやはや、流石はサモン世界のトップ企業が運営しているだけある。
「めっちゃ豪華な控室だな」
「すごいですねー」
「そこに関しては流石UFコーポレーションといったところか」
ソラは口を開いて感嘆を漏らし、速水もその豪華さを称賛する。
俺はその控室というものを見回してみるのだけど……
「本当に豪華だな。TVで観た高級ホテルのスウィートルームみたいだな」
上等な絨毯に、高そうな机とソファ。
大きなモニターもあるし、冷暖房がいい感じに設定されている。
「おい見ろよ二人とも。ここお菓子とジュース食べ放題飲み放題だってよ!」
机の上には高そうなお菓子の数々。
備え付けの冷蔵庫の中には様々なジュースがある。
これが食べ飲み放題なのは、中学生には嬉しいな。
「天川、少し落ち着け」
「ツルギくん、完全に小学生みたいな顔になってますね」
「お菓子とジュースが無料なのは喜びに値します!」
実際嬉しいしね。お高いお菓子は特に嬉しい。
俺がお菓子とジュースのラインナップを確認していると、速水はTVの電源を入れた。
表示されるのは予選Bグループの様子。
俺も少し見てみるが、やはり予想通りと言うべきか。
この世界の中学生のウデマエでは、二十四人のバトルロイヤルは時間がかかりそうだ。
「Bグループの方は結構時間がかかりそうだな」
「Aグループが異常なだけだ。特に天川、お前がな」
「そうですよツルギくん。普通あんなに早く終わりませんよ」
「だって時間かかりすぎるの嫌だったんだもーん」
二十四人も戦ったら時間がかかりすぎて陽が落ちてしまう。
今日はせっかく遠出してるんだ。夕方には終わらせて、上手い飯でも食って帰りたい。
「おっ、アイスコーヒーもあるじゃん。しかもブラックなのがいいね」
「天川、Bグループの試合を見なくてもいいのか?」
「逆に聞くけど、俺がBグループの奴に後れを取ると思うか?」
「思わないな」
「全く想像がつきませんね」
そういうこと。
とはいえ俺も流石にアイとかは警戒しているんだけどな。
そういう要警戒対象のファイターはAグループに集まってたし、Bグループの観察は速水に任せる!
「ドーナツとアイスコーヒーで俺はのんびり優勝しますかね~」
「呑気なものだな天川は」
「でもそれがツルギくんらしいですね」
「二人もお菓子食えよ。タダだぜ」
速水とソラもお菓子とジュースに手を付ける。
うん。ドーナツ美味しい。
豪華な控室で食うお菓子がこんなにも美味いとは。
それはそれとして、予選Bグループの試合も眺める。
「……速水はどう思う?」
「手ごわそうだが、勝てない相手ではないな」
「じゃあ一番気になるチームは?」
「もちろんFairysだな」
だろうな。
特にアイの強さは、この世界では相当なものだ。
間違いなく決勝に上がって来るだろう。
となれば俺達ゼラニウムが戦うには、決勝に上がるしかない。
「これは、気合入れてファイトしなきゃな」
「やっぱりアイちゃんは強敵ですか?」
「だろうな。かなり強いのは間違いない」
そしてアイと絶対にぶつけあう。
あいつの本心を引き出して、答えを見つけてやるんだ。
予選中継を観ながら決心をしていると、控室の扉がノックされた。
誰だろうか?
俺は席を立って、扉を開ける。
「はーい、どちらさまですか?」
扉を開けた先には、一人の大柄な男性が居た。
白衣を着て、ボサボサの黒髪を揺らしている、四十代くらいの男性。
スタッフでは無さそうだけど……だれ?
「あの、どちらさま?」
「あぁ失礼。ここに赤翼ソラさんが居ると聞いてね、挨拶に来ただけなんだ」
どうやらソラの知り合いらしい。
俺はとりあえずソラを呼ぶ。
控室の奥からソラがトテトテとやって来た。
「ツルギくん、どうしたんですか?」
「ソラにお客さんだってよ」
「私にですか?」
俺の後ろから、ソラが顔を覗かせる。
本当に知り合いなのだろうか。俺がそう思っていると……
「あっ! 三神おじさん」
「やぁソラちゃん。久しぶりだね」
「ソラの知り合い?」
「はい。正確にはお父さんの友人なんです」
「君はソラのチームメイトなんだね。初めまして、
三神という男性が差しだした手を、俺はとりあえず握り返す。
でもなんでこんな会場にソラの知り合いが?
「えーっと、三神さんはスタッフさんなのかな?」
「違いますよツルギくん。三神おじさんはUFコーポレーションの科学者さんです」
「へー……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
これは流石に驚いた。
UFコーポレーションの科学者はアニメでも少し触れられていたけど、要するに立体映像とかの技術を発明した人だ。
「ソラのお父さんって、すごい人と知り合いなんだな」
「ハハハ。僕はまだまだだけどね。
「そうなのか、ソラ」
「はい……実は私のお父さん、元はUFコーポレーションの科学者だったんです」
「へー……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
俺驚愕、パート2。
「ソラってもしかして、結構いいとこのお嬢様?」
「そ、そんなことないですよ! 普通の一般人です!」
「まぁ、今はそうかもしれないね。でも安心したよ。ソラちゃんが元気そうで」
どこか愁いを帯びた表情で、三神さんはそう言う。
「お父さんの事もあったからね、心配していたんだよ」
「……はい」
「でも安心したな。良いチームメンバーと出会えたようで」
「はい! 自慢の仲間です」
「それはよかった。えっと、君の名前は」
「ツルギです。天川ツルギ」
「ツルギ君か。ソラちゃんの事、よろしく頼むよ」
肩に手を置かれて、そう言われる。
これはアレか? 娘を大事にしやがれ的なやつか?
しかし、それはそうと……ソラのお父さんに何かあったのか?
それだけが少し気になる。
「そういえば、まだお祝いを言ってなかったね。予選通過おめでとう」
「ありがとうございます。でもほとんどツルギくんのおかげですけど」
「そうなのかい?」
「俺がメテオで一掃しました!」
「ハハハ。これは中々破天荒なファイターだ」
笑い声を上げる三神さん。
俺そんなに破天荒かな?
「ソラちゃんも大変だろうけど、本戦頑張るんだよ」
「はい!頑張ります」
「じゃあ僕はこれで失礼するよ。VIPルームでゼウスさんを待たせているからね」
「すごい名前が出てきたな」
「今僕はゼウスCEO直属のチームにいるからね。また会う機会があったら、よろしく頼むよ」
そう言い残して、三神さんは控室を去っていった。
「なんか、嵐みたいな人だったな」
「三神おじさんが嵐なら、ツルギくんはもっとすごいですよ」
「二人とも。何をしてるんだ?」
奥から出遅れて速水が来る。
なんでこいつはタイミングが悪いのだろうか。
「速水、お前間が悪いって言われるだろ」
「何の話だ?」
ソラは今あった事を速水に話す。
速水は少し悔しがっていたが、まぁいいだろう。
それよりもだ。
「(なんでだろうな……あの三神って人とは、また会う気がするな)」
よくわからない直感が、俺の中に芽生えていた。
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