第百話:試練が終わり……ひと休み

 最寄りの先生に声をかけて、気絶した坂主さかぬしを回収してもらう。

 よかった……正直最初は政帝せいてい達しか責任者がいないのかと思っていた。

 まぁ白目剥いて気絶した坂主を前にして、先生は驚いていたから、そこだけは少し申し訳ないな。

 とはいえ流石に今この瞬間に真実を話すわけにもいかないからな。

 今は敗北のショックで気絶した事にしてもらおう。


 それはそうとして、これで5位圏内の状態で5勝目。


「これで第三の試練はクリアか」


 なんか壮絶だったような、呆気なかったような。

 なんとも不思議な感覚だ。

 とりあえず会場の大型モニターには、順位の繰り上がりが表示されている。

 召喚器の持つ色々な連動機能って本当に便利だな。


「お見事、君が最初の突破者だよ」


 パチパチと拍手をしながら、1人の生徒が近づいてくる。

 金髪高身長、いかにも女子受けしそうな甘い表情を浮かべる男。

 現六帝りくてい評議会の頂点に君臨する男、まつり誠司せいじだ。三歩後ろには風祭かざまつりなぎもいる。


「見事だったよ。まさかSクラスの生徒でも歯が立たないとはね」

「それはどうも。運も良かったんで」

「運命すら引き寄せる実力を持つ、ということだろう? 天川てんかわツルギくん」


 おっと、名前を覚えられていたか。

 まぁ、モニターに試練をクリアした生徒として名前表示されてたけどさ。

 それはそれとして、黒幕さんに顔と名前を覚えられてしまうのは……どうにもムズムズするな。


「君の活躍は聞いているよ。中学の頃は、無名の学校からJMSカップで優勝を掴みとったそうだね」

「最高の仲間がいたおかげですね」

「それだけじゃない。この合宿でも素晴らしい発想力で、試練を突破してきたじゃないか」


 うーん、なんだか気味の悪い流れだな。

 政誠司から敵意感じない、かといって友好的かと聞かれると……正直、表面的なものしか感じない。

 後ろの嵐帝らんていこと風祭凪が無言なのも気になる。

 仕掛けてみるか。


「先輩……要件はストレートにぶつけて貰えると嬉しいです」

「おっと、君にはそっちの方が良かったんだね」


 何か空気が変化するのを感じた。

 政誠司は後ろに控えていた風祭凪の名前を呼ぶ。


「凪」

「はい誠司様」


 控えめなお辞儀をして、風祭凪が前に出てくる。

 すると彼女は1枚の書類を俺に差し出してきた。

 

「評議会補佐の入会書?」

「はい。誠司様はアナタの事を高く評価しています。決して損のある話ではないと思いますよ」


 などと言う風祭凪。

 受け取った書類を、俺はじっくり見てみる。

 なるほどねぇ……要するに俺を自分の部下にしたいって魂胆か。

 確かに普通の生徒なら喜んで書類にサインするだろうな。

 なんせ六帝評議会の序列第1位からの誘いだもん。官軍に入れば将来も安泰だろうさ。


 ただし……それは一般的な感性の持ち主だったらの話だけどな。


「序列第1位からのお誘いとは、光栄ですね」

「そうかい。僕は君と友好的な関係を築きたいと思っているよ」

「友好的な関係については大歓迎です……ただし」


 俺は手に持っていた書類を勢いよく破り捨てた。


「戦うべき相手の下につく気は全くない」

「……ほう」


 政誠司は面白い者を見るような目で。

 風祭凪は「なっ!」という声と共に顔を赤くして、俺を見てくる。


「悪いんですけど、近いうちに玉座を貰う予定なんで」

「なるほど……一流の野心を持つ男だったということか」

「アナタっ、誠司様の慈愛をよくも!」

「よせ凪」

「ですが!」

「よせと言っている」


 厳しい目つきで、政誠司は風祭凪を制止した。

 本当にあの先輩は忠犬だな。

 そんなんだから薄い本を大量生産されるんだぞ。

 風祭凪わからせ調教本をどれだけ目撃したと思ってんだ。


「天川ツルギくん。君は玉座に座って何をしたいんだい?」

「明るい未来。あとはその時に考えてやる」

「なるほど……野心以上に、恐ろしい程の欲を抱えているみたいだね」

「その欲で、守れるものが多すぎるんですよ」

「その言葉は理解するよ……とはいえ、僕も簡単に椅子を渡す気つもりはない」


 俺と政帝は、互いに目線をぶつけ合う。

 もう余計な言葉は必要ない。

 二学期のランキング戦、そこで答えを出してやる。


「行こう、凪」


 政誠司は踵を返して、俺の元を去って行った。

 風祭凪はこちらをひと睨みしてから、彼の後を追っていく。


 彼らにも色々事情はあるんだろうけど、こちらも必要な抵抗はさせてもらう。

 絶対にウイルスカード事件は解決して、その玉座を貰うからな。


(……あれ? そういえば)


 俺さっき坂主の使うウイルスカードと戦ったわけだけど。

 その後なにかに触ったような気がする。

 なにかカードを拾ったような、何もなかったような。

 上手く思い出せないな。


(……まぁ、いいか)


 とりあえず今は、合宿の課題こと「三つの試練」クリアを喜ぼう。

 そんな事を考えながら、俺は会場を後にするのだった。


 ……いや、出口どこだ?





 迷子になりながらも、なんとか地上に戻ってきた俺。

 ホテルのロビーに行くと、待機していた先生に召喚器を確認された。

 どうやら俺が最初の突破者らしい。


「クリアしたら今日と明日はほとんど自由時間だから。のんびり羽を伸ばしなさい」


 などと言われたが、一人じゃどうにも退屈だ。

 とはいっても、幸いにしてホテルにはカフェが併設されている。

 コーヒーでも飲みながら他の皆を待ちますか。

 ……にしても妙だな。なんか身体にスゴい疲労を感じるぞ。


「そんな時は、男のブラックで癒されましょう」

「苦いのに、よく飲めるね」


 あっ、九頭竜くずりゅうさんが来た。


「九頭竜さん2番目?」

「うん。天川くんの方が早かったんだね」

「最後の方は少し大変だったけどな。とりあえずコーヒータイムでもして待とうぜ」

「うん、そうする」


 そして九頭竜さんはメニュー表を見始めた。

 ちなみにシルドラは連戦の疲れでカードの中で休息中らしい。

 そういうシステムなんだな。


「あら、やっぱり二人の方が早かったのね」


 3番目の突破者はアイだった。

 そして九頭竜さんはメロンクリームソーダを注文していた。


「喫茶店で待つのも、一興よね」

「のんびり羽伸ばせるしな~、アイは何たのむ?」

「私はハーブティーを」


 流石は金持ち。洒落たもんを頼むんだな。

 なんて考えていると、次の突破者がこちらに来た。


「やっぱり、ツルギくんでした!」

「流石にお前たちはクリア済みだったか」


 ソラと速水はやみがやってきた。

 聞くところによると、ソラが4番目で速水が5番目らしい。

 これ身内で上位独占できそうだな。


「ソラは何か飲むの?」

「私はアイスティーにします。流石にヘトヘトです~」


 アイの隣で、ソラが溶けていた。

 やっぱり連戦は疲れるもんな。


「俺は炭酸水を。できれば硬水がいいな」

「速水も珍しいもん頼むな~」


 高校一年生にしては意識高すぎると思うぞ。


 それはそれとして……ふと俺はある事が気になった。


「九頭竜さん、らんとはファイトしなかったのか?」

「ん。挑まれなかった。もしくは挑まれるより先にクリアしちゃった」


 メロンクリームソーダを堪能した直後だからか、少し緩んだ顔で答える九頭竜さん。

 そうか……少し意外だな。

 藍の性格的な事に加えて、ブランクカードを入手した直後だ。

 一目散に九頭竜さんに挑みにいったものかと思っていた。


 ……いや待てよ?

 確かアニメで藍と九頭竜さんが次にファイトするのは、二学期のランキング戦だったな。

 これはアレか? 歴史の修正力的な現象なのか?

 そうだとした……それはそれで面白いな。


 なんて事を考えていると。


「あぁぁぁ! もうみんなクリアしてたのー!?」

「お疲れ藍。とりあえずジュース飲むか?」

「飲むけどー! なんか敗北感がすごいよー!」


 いや藍さんや、それでも君6番目のクリアよ。

 挑戦者109人の中の6位よ。

 普通にスゴいと思うんだけどな。


「あっ! 真波まなみちゃん、それメロンクリームソーダ?」

「ひょえ!? そ、そうだけど……」

「じゃあアタシもそれにするー!」


 藍は店員さんにメロンクリームソーダを注文している。

 その一方で九頭竜さんはというと……


「お、同じ……お友達と、同じジュースを……これは夢? それともボクの妄想?」


 こうやって見ると本当におもしれー女だな九頭竜さん。

 なんだかブラックコーヒーがいつも以上の美味に思えるぞ。


 あっ、そういえば。


「みんなは政帝からなんか声かけられたか?」

「ん? なんの事だ」


 速水は何もなし。

 他のみんなも……どうやら何もなかったみたいだな。


「じゃあアレは俺だけか」

「天川くん、なにかあったの?」


 九頭竜さんが真面目に聞いてきたので、俺は試練クリア直後の事を話す。

 で……全部話し終えた結果がこの反応だ。


「て、天川……お前なぁ……」

「あら、私はツルギらしくて好感が持てるわよ」


 速水が額に青筋を浮かべながら頭を抱えている。

 アイを見ろよ、俺に優しいリアクションだぞ。

 いやまぁ……思いっきり序列第1位に喧嘩売ったのは事実だけど。


「もー、ツルギくん! 無茶しちゃダメですよ」

「だってココで喧嘩売っといた方が話が早くなりそうだったし」

「メッです!」


 うーん、ソラにも叱られてしまった。

 でも序列第1位の椅子を奪いに行くことは否定しないあたり……やっぱりソラは優しい子ですよ。


「いいなぁ……アタシも政帝に声かけられたらファイト挑んだのに」

「……」

「あれ、真波ちゃんどうしたの?」


 考え込む九頭竜さんに、藍が声をかける。


「うん、ちょっとだけ……珍しいなって思って」


 そう言う九頭竜さん。

 まぁ現時点だと、その通りだろうな。

 政誠司が色々動き始めるのは、この合宿が終わった後の事だし。


「まぁ、二学期のランキング戦で勝って。六帝評議会に入ってやるさ」

「天川……本当に変なことはするなよ?」

「安心しろ速水」


 事件が起きない限りは……極端なことはしないよ。


『過労死じゃないなら、なんでもいいプイ』

「ん? 今の誰の声だ?」


 聞き覚えがない声が聞こえた気がする。

 なんか不穏なワードだったような気もするけど……気のせいか?

 とりあえず今は、目の前の問題をどうにかしよう。

 

「さて、これでゼラニウムこと身内組は全員クリアしたし……この後どうする?」


 俺達には明日の午後まで空白の時間がある。

 急にできちゃったコレをどうするのか、俺達は話し合うのであった。

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