第四十二話:見届ける者と悪意ある者

 JMSカップ本戦が始まり、歓声が湧いているドーム観客席。

 その中でも一際特殊な、VIPルーム。

 豪華な作りの特別な部屋で、ゼウスは熾烈な戦いを繰り広げるファイター達を見届けていた。


「今年は素晴らしいファイターが多いようだね。ドクター三神」

「そうですね。これは来年のが楽しみになります」

「ハハハ。やはりドクター三神も同じ事考えるか」


 未来を担う若者達の活躍を目に焼き付けながら、二人の大人が歓談に花を咲かせる。

 その時であった。

 ゼウスの秘書をしている女性が、やってきた。


「何かあったかね?」

「ゼウス様にお会いしたいという男性が一人来ています。どうされますか?」

「今日は気分が良い。通してくれ」

「かしこまりました」


 秘書は出入り口へと戻る。

 それを見届けた後、三神はゼウスに問うた。


「よろしいのですか?」

「ちょっとした余興だよドクター。それに、面白い話かもしれないだろう?」


 まるで神のような余裕を振り撒くゼウス。

 件の客人は、すぐにやってきた。


「ゼウス様、お客様をお連れしました」

「ご苦労。下がっていてくれ」


 秘書を下がらせると、ゼウスは突然やってきた客人を見た。

 黒い上等なスーツに身を包んだ壮年の男性。

 ゼウスはこの男の事を知っていた。


「ふむ、誰かと思えば……確かアイドルのプロデューサーしている」

「黒岩と申します。ゼウス様、お初にお目にかかります」

「君の話は知っているよ。腕のいいプロデューサーだと聞いている」

「私の事をご存知とは、光栄の極みです」


 わざとらしく頭を下げる黒岩。

 ゼウスはそれを見ても、特に何も思わなかった。


「まぁ座りなさい。話があるのだろう?」

「はい。失礼いたしましす」


 長いソファの隣に座る黒岩。

 ゼウスの視線は、今まさにファイトしている選手に向けられていた。


「今ファイトしているのは、君のところのアイドルではないか?」

「はい。自慢の娘達です」

「こんな所に居て大丈夫なのかね?」

「問題ありません。彼女達勝ちますので」

「ほう……面白い自信だ」


 ゼウスの視線が、黒岩に移る。


「ミスター黒岩。君は私に何を望んでここに来たのかね?」

「次なる栄光を求めて」

「なるほど、美しい欲望だ。しかしその栄光は、誰の栄光なのかな?」

「勿論、私のアイドルですよ」


 ゼウスはグラスにワインを注ぎながら、黒岩を見つめる。

 その目はまるで、真偽を見極めているようでもあった。


「売り込みたい、のかね?」

「はい。是非UFコーポレーションの次のCMには、我がアイドルFairysを」

「なるほど。君の思惑は理解した」


 そう言うとゼウスはワイン一口飲む。


「我が社のCMには強さと輝き兼ね備えたファイターを起用している。ミスターのアイドルも素晴らしい強さを持っているようだ」

「でしたら」

「だが、輝きはどうかな?」


 再びゼウスは本戦のステージで戦うFairysを見つめる。


「強さだけでは輝きは生まれない。輝きだけでは強さは生まれない。この意味が分かるかねミスター?」

「……いえ」

「つまり君の育てたアイドルはどっちつかずなのだよ。強さと輝き、この二つが両立されていない」


 特に……とゼウスは続ける。


「あのミス宮田。彼女は何かを隠しているように見える。ミスターには心当たりがあるのでは?」

「……いえ、全くありません」

「そうか。まぁこの大会で何かを開花させたのなら、私の見方も変わるかもしれんな」


 ゼウスはグラスのワインを一気に飲み干す。


「少なくとも、今の彼女達には色々足りない部分がある。私に売り込むには、少々未熟ではあるな」


 完全に拒絶された。

 黒岩は思わず下唇を噛み締める。

 相手はサモンを支配する企業のCEO。実質的なこの世界の首領。

 袖の下なんて通用する相手ではない。かと言って、ここで粘って交渉しても通用する相手ではない。

 黒岩は静かに悔しさと怒りを燃やしていた。


「おっ、試合が終わったみたいだね。喜べミスター黒岩。君の育てたアイドルが勝ったぞ」

「はい、そうですね」

「ドクター三神、次の対戦カードは?」

「次はチーム:エコーとチーム:ゼラニウムの対戦です」

「おぉゼラニウム! あの予選Aグループで派手な事した少年がいるチームか!」


 まるで子供のように目を輝かせるゼウス。

 その様子を見た黒岩の中では、何か黒いものが噴出しようとしていた。


「せっかくだ、ミスター黒岩もここで見ていくといい」

「ゼラニウムの対戦を、ですか?」

「そうだ。予選見て確信したよ。彼らは強さ輝きを併せ持つ、最高のファイターだ!」


 黒岩のプライドに傷が走る。


「君も後学のために見ていく良い。彼らは実に魅力的なファイトをしてくれる。きっと決勝戦に行くだろうね」


 鼻歌歌いながら、ゼウスは「彼らが芸能関係者であれば我が社のCMにスカウトするのだがな」と一人呟く。

 そんなゼウスを見て、黒岩の心は更にどす黒く染まっていった。

 やや荒々しく席を立つ黒岩。


「おや? 見ていかないのかい、ミスター」

「……失礼しました。試合終わりの労いをかけに行く必要があるので」

「そうか……それは残念だ」


 背を向けて、VIPルームの出入り口に向かう黒岩。

 そんな黒岩を身もせずに、ゼウスはこう告げた。


「ミスター黒岩。あまり下手なシナリオは、作らない事をオススメするよ」

「……私は、栄光を掴むまでです」


 そう言い残し、黒岩はVIPルームを去って行った。

 残されたゼウスと三神の間に沈黙が生まれる。


「ドクター三神」

「はい」

「召喚器を準備しておいてくれ。デッキは……アレを使いたまえ」

「よろしいのですか? アレはまだ未公表のカードタイプが入ってますが」

「だから良いのだよ。試験運用に最適だ」

「かしこまりました。すぐに準備いたします」


 そう言い残すと、三神もVIPルームを去って行った。

 残されたのはゼウスただ一人。

 グラスにワイン注ぎながら、小さくこう口にした。


「ミスター黒岩。君の物語は、ここで終わる」

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