第十一話:デッキをあげよう

「まったく、無茶をする」


 やや呆れ顔の速水はやみに、俺は乾いた笑いしか返せなかった。


 勢いで川に飛び込んでカードを回収したものの、流れがキツくて殆ど回収できず終わってしまった。

 しばらく頑張ったがこのザマだ。

 なんとか川から上がった俺は、速水から借りたタオルで髪を拭いていた。

 それはともかく。


「速水、あの糞野郎は?」

「取り押さえた大人たちが、警備員に引き渡したよ」

「そっか」


 とりあえず追撃はなさそうだ。

 俺は回収したカードを赤翼あかばねさんに手渡す。


「ごめん。10枚くらいしか回収できなかった」


 さっきのショックで随分泣いたのだろう。

 赤翼さんの目元は赤くなっていた。

 俺から受け取ったカードを恐る恐る確認する赤翼さん。

 その中に何かを見つけたようで、少し表情が明るくなっていた。


「天川くん、ありがとうございます。一番大事なカードはちゃんと戻ってきました」

「でもデッキが」

「デッキはまた、頑張って作ればいいんです。今はこのカードが戻ってきただけでも……流石に今日の大会は諦めないとですけど」

「赤翼も出場予定だったのか?」


 速水の言葉に、赤翼さんは小さく頷く。

 色々と悔しいだろうな。

 しかもデッキはまた作るって言ってたけど、この世界でのカードの価値を考えれば一筋縄ではいかない筈だ。


「……赤翼さん、ちょっとカードを見せてもらってもいいかな?」

「は、はい」


 俺は赤翼さんのカードに軽く目を通す。


「系統:〈聖天使〉のカードか……これなら確か」


 俺は前の世界から持ち込めたカードを必死に思い出す。

 デッキ一つ分くらいは余っていた筈だ。


「赤翼さん、このあと暇だよね? ちょっと付き合ってくれないかな?」

「天川、大会はどうするんだ?」

「悪いけど今日は欠場。野暮用ができたって事で」

「ダ、ダメですよ! 私の事なんて気にしないで、天川くんはちゃんと大会に出てください!」

「いいのいいの。どうせ大会なんて、これから先もあるんだし。今は悲しむクラスメイト最優先」

「……天川、お前まさか」


 何かを察した速水が、俺を見てくる。

 まぁ、想像通りだろうな。


「というわけで速水、俺は赤翼さん連れて野暮用してくるわ」

「……俺もついて行こう。天川のいない大会はつまらん」

「俺に合わせなくてもいいのに」

「お前が何かやらかさないか見張るだけだ」

「変なとこで信頼ないなぁ」


 まぁとりあえず、一番の当事者の意見を聞かなくては。


「えーっと、赤翼さんはどうする? きてくれる?」


 俺は赤翼さんに手を差し出す。

 数秒考えた後、赤翼さんは俺の手をとった。


「えっと……よろしくお願いします?」

「よし決まり。じゃあ俺の家へレッツゴー!」


 こうして俺達は大会会場を後にした。



 それから数十分後。

 俺達三人は俺の家に辿り着いた。


「ただいまー」

「あっ、お兄おかえり」

「おじゃまします」

「お、おじゃまします……」

「あっ、速水さんいらっしゃーい……もう一人いる?」

「あ、赤翼ソラっていいます」


 少し嚙み気味に名乗る赤翼さん。

 そんな赤翼さんを見た卯月は、啞然とした表情で俺達を見た。


「お、お兄が……女の子を連れてきた!?」

「失礼だなおい」

「あの万年童貞のお兄が!?」

「マジで失礼だなおい!」


 とりあえずこの妹には後でお仕置きをしよう。

 それはともかく、今は大事な用事がある。


「まぁ妹の事は気にせず、二人とも上がれよ」

「あぁ、そうさせてもらおう」

「は、はい」


 俺は二人を二階の自室に案内する。

 荷物を置いた俺は、すぐさまカードをしまっている箱を引っ張り出した。


「すごい……これ全部天川くんのカードなんですか?」

「そうだぞ」

「天川くんって、もしかしてお金持ち?」

「俺も最初はそう思った。だが驚く事に一般庶民らしい」


 悪かったな、変な一般庶民で。

 いや、実際変な一般庶民か。異世界転移とかしてきてるし。ハズレア売って荒稼ぎとかしてるし。

 まぁそれはともかく、俺は目当てのカードを猛スピードで探す。


「ここじゃなくて……ここでもなくて……あった!」


 見つけ出したのは系統:〈聖天使〉のカード達。

 俺は赤翼さんから見せてもらったカードの情報を元に、相性の良いカード達をかき集める。


「今10枚あるから……これと、これと、これと……」


 頭の中でデッキレシピが高速で構築されていく。

 前の世界で一度組んだ事があるから、案外楽だな。


「んで、これを入れれば……よし完成!」


 完成したソレを持って、俺は後ろで待っていた赤翼さんの元に行く。


「赤翼さん、さっきのカード出して」

「え? はい」

「その10枚を入れたら、丁度40枚。はい赤翼さんデッキ完成だ」

「えっ? えっ?」


 頭上に疑問符を浮かべながら、赤翼さんはキョトンとしている。

 もしかして言い方が悪かったか?


「えーっと、使わないカードだから、あげるよソレ」


 俺がそう言うと、赤翼さんと速水は目をギョっと見開いた。

 どうしたんだ二人とも、顔が面白いぞ。


「そ、そんな。受け取れないですよ!」

「いや、俺は使わないカードなんだけど」

「でもレアカードも入ってるじゃないですか。こんな高価なもの簡単に渡しちゃダメですよ!」

「そうだ天川。流石に手順を間違えてると思うぞ」

「そうか?」


 きっと価値観の違いってやつなのだろう。

 でも実際、俺は使わないカードなんだよなぁ。

 値段的にも前の世界価格なら、1万円くらいしかしないし。


「赤翼さんはデッキを失って困ってる。俺は使わないカードを、使ってくれる人に渡せる。何も問題ないと思うんだけど」

「限度があるぞ」


 速水がそう言うなら、そうなのか?

 でも実際俺には痛手でもなんでもないんだけどな。


「赤翼さんもそんなアワアワしないでくれよ」

「だ、だって。これ天川くんの大事なカードじゃ」

「大事っちゃあ大事だけど、俺よりも赤翼さんの方が使いこなしてくれると思って」

「でも」

「カードは戦いの中でこそ価値を出すと思うんだ。俺が箱の中で腐らせるより、赤翼さんが実戦で使ってくれた方がコイツらも喜ぶと思うんだ」


 赤翼さんは手に持ったデッキに目を落とす。

 よし、もう一押しだ。


「サモンファイターが増える事は良いことだ。俺は赤翼さんともファイトしたいんだ」

「天川くん……」


 赤翼さんの心が揺れた気がする。

 でも彼女はまだ迷っている。

 すると速水が、ため息を一つついた。


「天川、お前の気持ちは分かったが。流石に「はいそうですか」とタダでデッキを受け取れる訳ないだろ」

「む、そうか?」

「そうだ」


 じゃあどうすればいいんだ?

 代金でも頂けと言うのか?

 嫌だよクラスメイトから金貰うなんて。しかも女子から。


「天川、赤翼。こういうのはどうだ」

「「?」」

「今はひとまず、そのデッキを借りるという事にして。何か条件を付けて、それを満たせば正式にデッキを赤翼に譲渡する。そういう契約をお前達が結ぶんだ」

「なんかややこしいなソレ」

「こうでもしないと赤翼の精神がやられる。赤翼はどうだ?」


 少し考え込む赤翼さん。

 まぁこれで彼女が素直に受け取ってくれるなら、それに越したことはないんだけど。


「……天川くん!」

「おう」

「契約、お願いします!」

「ま、それで素直に受け取ってくれるなら、そうするか」


 さて、そうなると問題は条件だな。

 なるべく簡単なやつにして、さっさとデッキを渡したいんだけど。


「デッキ渡す条件ってやつ、何がいいかな?」

「天川、ちょうどいいイベントがもうすぐあるじゃないか」

「なんかあったっけ?」

「あっ、もしかして『校内サモンランキングトーナメント』ですか?」

「そうだ赤翼」


 あぁ、そういえば学校で先生が告知してたな。

 来月開催の『校内サモンランキングトーナメント』。

 その名の通り、学校内におけるサモンの強さランキングをつける大会だ、

 ちなみに立ち位置的には校内模試のような存在らしい。


「つまり、来月のトーナメントで優秀な成績を修めるのが条件……ってのが良いってことか?」

「そういうことだ」

「赤翼さんはどう。それでいい?」

「はい! それでいいです!」


 となればどのくらいの成績で譲渡にするかだな。

 ここは緩くベスト8くらいで……


「赤翼は何位を目指す」

「……1位で」

「なに?」

「天川くんに顔向けできるように、1位でお願いします」

「だそうだ、天川」


 いや、赤翼さん。流石にそれはハードル高くないですか?

 てか1位って、俺も倒す気ですか!?


「赤翼さん。1位を目指すってことは」

「はい。天川くんに勝たなきゃいけません」

「俺、強いぞ」

「わかってます。でも、デッキを受け取るには、それくらいしないと私が私を許せません」


 これは決意堅そうだな。


「……わかった。じゃあそれで行こう」

「はい!」

「デッキ、上手く使いこなしてくれよ」

「が、頑張ります!」


 少し自信なさげに言う赤翼さん。

 よし、ここは頑張って上を目指して貰おう。


「なぁ速水。勉強会に赤翼さんを誘ってもいいか?」

「まぁ、上を目指すならその方がいいだろうな」

「勉強会、ですか?」

「あぁ、天川が主催しているサモンの勉強会だ」


 俺としてはデッキを受け取って欲しいからな。

 勉強会に入れて、赤翼さんを魔改造してやる。

 俺は心の中で、そう決意するのだった。

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