第十四話:卯月の蛇竜デッキ

 ツルギの姿が見えなくなった事を確認した卯月うづきは、ソラの方へと振り向いた。


「ねぇソラさん。お兄の事どう思ってるの?」

「ふぇ!? 天川てんかわくんのことですか」


 突然の質問に、ソラは顔を耳まで赤くしてしまう。


「えーっと、その。天川くんは良いお友達でクラスメイトで……あっでも、ちょっとかっこいいかなとは思ったり思わなかったり」

「あーごめんなさい。質問の仕方が悪かった。お兄の事、都合のいい奴だとか思ってない?」

「えっ、それってどういう」


 卯月の雰囲気が一瞬にして変化した事に、ソラが若干戸惑う。

 だがそれ以上に、卯月の投げかけた質問の意図が理解できなかった。


「お兄は人がいいから、サモン仲間には色々といい顔をするけど。それを体よく利用され続けるのも妹としては心苦しいの」

「う、卯月ちゃん?」

「お兄はソラさんはそんな悪い人じゃないって言うけど、アタシはまだ信用できない。ソラさんがお兄を利用してるんじゃないかって思ってる」

「そんな、利用するなんて」

「本当に否定できるの?」

「それは……」


 ソラは上手く返せなかった。

 自分の中に、そんな気持ちが実はあるのではと錯覚してしまったのだ。

 言葉を失うソラに、卯月はため息を一つつく。


「まぁ、言葉だけじゃ上手く対話できないよね」


 そう言うと卯月は、召喚器を取り出して操作した。


「ターゲットロック」


 卯月の召喚器が、ソラの召喚器に無線接続される。


「ソラさん、アタシとファイトしてください」

「卯月ちゃん」

「ソラさんが本当にお兄の友達なのか、見極めさせてください」


 逃れられない。戦うしかない。

 観念したソラは、自身の召喚器に手をつけた。


「(卯月ちゃんと戦うのは初めて……だけど、勝たなきゃ)」


 ツルギから受け取った大切なデッキ。

 その中に芽生えた彼への友情。それをファイトの中で証明しなくてはならない。

 ソラの手には、僅かに汗が滲んでいた。


 お互いに初期手札5枚を引く。

 夕暮れの公園で、戦闘開始だ。


「「サモンファイト! レディー、ゴー!」」


 ソラ:ライフ10 手札5枚

 卯月:ライフ10 手札5枚


「先攻は私です。スタートフェイズ」


 ソラのターンから始まる。


「メインフェイズ。私は〈キュアピッド〉を召喚します!」


 ハートの矢と弓を手にした、小さな天使が召喚される。


 〈キュアピッド〉P3000 ヒット1


「〈キュアピッド〉の召喚時効果発動! 私はライフを2点回復します」


 キュアピッドは懐から薬瓶を取り出すと、その中身をソラに投げかけた。


 ソラ:ライフ10→12


「そして、私のライフが相手よりも多くなったことで〈キュアピッド〉の【天罰てんばつ】発動です!」


 キュアピッドの全身にオーラが纏わりつく。


 【天罰】。系統:〈聖天使せいてんし〉だけが持つ専用能力。

 自分のライフ量が相手より多い場合のみに適用される、追加能力だ。


「〈キュアピッド〉の【天罰】効果。パワーを+6000します」


 〈キュアピッド〉P3000→9000


「(パワー9000。これなら簡単にはパワー負けしません)私はこれでターンエンドです」


 ソラ:ライフ12 手札4枚

 場:〈キュアピッド〉


「アタシのターン。スタートフェイズ。ドローフェイズ」


 卯月手札5枚→6枚


「メインフェイズ。〈トラップスネーク〉と〈ナーガウィザード〉を召喚」


 卯月の場に、一匹の蛇とナーガの魔法使いが召喚される。


 〈トラップスネーク〉P1000 ヒット0

 〈ナーガウィザード〉P3000 ヒット1


 ステータスの低いモンスターが二体。どちらも〈キュアピッド〉のパワーには遠く及ばない。

 ソラは一瞬安堵したが、卯月はそれを見逃さなかった。


「ソラさん、パワーで勝ってるからって安心したでしょ」

「えっ」

「お兄が言ってたよね。パワー勝負だけがサモンじゃないって」


 そう言うと卯月は1枚のカードを仮想モニターに投げ入れた。


「〈ポイズンサーペント〉を召喚」


 毒々しい紫色の蛇が、卯月の場に召喚される。


 〈ポイズンサーペント〉P1000 ヒット1


「それじゃあソラさん。アタシの蛇竜デッキの戦い方を見せてあげる」

「来る!」

「〈ポイズンサーペント〉の召喚時効果【溶解ようかい:3】を発動!」

「【溶解】!?」


 驚くソラを余所に、ポイズンサーペントは口から吐いた毒液をソラのデッキにぶつけた。


「【溶解】は系統:〈蛇竜じゃりゅう〉が持つ専用能力。その効果は、能力で指定された数だけ相手のデッキを上から墓地に送る」

「うそ!?」

「更に〈ナーガウィザード〉の効果で、アタシが発動した【溶解】の効果で墓地に送るデッキを+1枚する。よってソラさんのデッキを上から4枚破壊」


 毒液でデッキが溶かされ、墓地へ送られる。


 ソラ:デッキ35枚→31枚 墓地0枚→4枚


「デッキを攻撃するカード……」


 驚愕するソラに、召喚器がメッセージを表示する。


『スタートフェイズ開始時に、デッキが0枚のプレイヤーはゲームに敗北します』


 ようやくソラは理解した。

 卯月の戦い方。それも今まで見た事が無い特殊な戦術を。


「でも、デッキはまだあります!」

「これで終わると思ってるの? アタシは魔法カード〈爆裂感染!〉を発動。その発動コストで〈トラップスネーク〉を破壊」


 爆散するトラップスネーク。

 だがここからが本番だ。


「〈爆裂感染!〉は自分の系統:〈蛇竜〉を持つモンスター1体を破壊する事で【溶解:5】を行う魔法カード」

「それじゃあ!?」

「〈ナーガウィザード〉の効果も合わせてデッキを6枚破壊」


 ソラ:デッキ31枚→25枚 墓地4枚→10枚


「更に〈トラップスネーク〉の破壊時効果発動。【溶解:3】」


 ソラ:デッキ25枚→21枚 墓地10枚→14枚


「魔法カード〈ナーガドロー!〉を発動。アタシの場に系統:〈蛇竜〉を持つモンスターがいる場合に、カードを1枚ドローする」


 卯月:手札1枚→2枚


「更に相手の墓地にカードが10枚以上あるなら、追加で1枚ドローする」


 卯月:手札2枚→3枚


 ソラは戦慄していた。卯月のファイト、その隙の無さに。

 アドバンテージというものを堅実に稼いでいる。


「あっ、良いカード引いた。アタシは〈ナーガガーディアン〉を召喚」


 卯月の場に、全身が岩でできた強大なナーガが召喚される。


 〈ナーガガーディアン〉P11000 ヒット3


「パワー11000のモンスターがいきなり!?」

「〈ナーガガーディアン〉は本来、召喚コストとしてライフを12点払う必要がある」

「えっ、でも卯月ちゃんのライフは」

「〈ナーガガーディアン〉の効果で、相手の墓地にあるカード1枚につき、召喚時に支払うライフが1少なくなる」

「私の墓地は14枚。それで」

「ゼロコスト召喚。そしてバトル。〈ナーガガーディアン〉で攻撃!」


 襲い掛かるナーガガーディアン。

 ここでダメージを受けてしまえば、ソラは【天罰】状態を解除されてしまう。


「〈キュアピッド〉でブロックします!」


 ナーガガーディアンが振り下ろした腕に、潰されてしまうキュアピッド。

 これでライフは守られた。しかし……


「ライフで受けた方が良かったんじゃないかな? 〈ナーガガーディアン〉が戦闘で相手モンスターを破壊した事で【溶解:4】を発動」

「そのカードも持ってたんですか!」


 ナーガガーディアンが吐き出した毒霧が、ソラのデッキを破壊する。


 ソラ:デッキ21枚→16枚 墓地15枚→20枚


 それは、わずか1ターンでの出来事であった。

 ソラのデッキは、たった1ターンで半分以下にまで削られてしまった。


「ソラさん。まだ戦える?」

「えっ」

「大事なデッキが半分も破壊されたけど、メンタルは大丈夫?」

「私は……」

「最近お兄のおかげで強くなれてたと思うけど、その自信崩れそう?」

「卯月ちゃん」

「ソラさんは今の自分は強いと思ってるの?」

「……そう言わなきゃいけないんです。天川くんとの約束のためにも」

「ふーん、強いんだ。借り物の力で貰い物の力なのに」

「っ!」


 ソラの心に、ズシリと重いものが圧し掛かる。

 借り物の力、貰い物の力。決して自分のものではない力。

 それで強くなった気でいた自分を自覚して、ソラは心が苦しくなっていた。


「わ、私は……」

「ソラさんは結局、お兄を利用してただけじゃないの?」

「ち、違う、私は」

「本当に否定できるの?」


 その言葉に、ソラは何も言い返せなかった。

 自分自身が信用できなかったのだ。


 「アタシはこれでターンエンド」


 卯月:ライフ10 手札2枚

 場:〈ポイズンサーペント〉〈ナーガウィザード〉〈ナーガガーディアン〉


「ソラさん。お兄を利用したいだけなら、もうお兄に近づかないで」


 ソラの心が震える。自分はツルギをいい様に利用しているだけではないのか?

 それなら卯月の言う通り、もう彼に近づかない方が良いのではないか?

 心が痛みを訴える。ここで投了を宣言して、貰ったデッキを卯月に渡すべきではないか。

 数秒考えこむ。だがソラの脳裏には、ツルギ達と一緒にサモンを学んだ日々が浮かび上がってきた。


「……できません」

「ソラさん」

「私は、天川くんとお友達でいたいんです!」


 ソラはデッキに手をかける。

 ファイトを続行し、卯月を納得させる戦いを見せる為に。


「私は、絶対に負けたくありません! 私のターン!」


 そしてソラの心は、傷つきながらも戦う事を選んだ。

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