第百二十八話:化神が見える少女
ツルギ達が出店巡りを始めた頃。
「お肉おいし〜」
「フワフワおいしいブイ」
満面の笑みで左手に綿飴を持ちながら、右手でフランクフルトを食べる藍。
更にはその他の屋台飯もビニール袋に詰めて持っている。
そしてブイドラは空中に浮かびながら綿飴を堪能していた。
「真波ちゃんは食べないの?」
「大丈夫。ボクは今……夢と理想が同居した世界の空気を食べてるから」
「お腹空くよ!?」
「お腹いっぱい」
お友達と夏祭りを堪能するという理想を叶えた少女、
彼女は今、幸せな世界と同化していた。
そして何より、楽しそうにしている藍を眺めるだけで、真波の情緒は限界を超えて静寂と化していた。
今の真波は悟りを開きそうな状態である。
「これ、本当に大丈夫なのかブイ?」
「大丈夫。今のボクは世界の全てがわかりきっているから」
「絶対に大丈夫じゃないブイ!?」
うわ言のように真波は「お友達の全てが……時間と空間とボクの関係も」と一人で呟いている。
だがそんな真波の表情は、極めて幸福そうであった。
問題があるとすれば、完全に魂が昇天しかけていることか。
「……えい」
「むぐっ!?」
召されそうになっていた真波の口に、藍は不意打ちでりんご飴を突っ込む。
突然の甘味に驚いた真波は、思わず変な声を漏らしてしまった。
「アハハ変な声」
「むぐむぐ、藍?」
「やっぱり、誰かと一緒なのが一番良いよね」
優しい笑みを浮かべる藍。
だが不思議と真波には、彼女の笑顔の向こうに影があるような気がした。
明るさと元気さを絵に描いたような性格の藍。そんな彼女に対して、真波は初めて微かな奇妙さ感じていた。
「藍?」
「友達とこういうお祭りに来るのって意外とないんだよね。なんかテンション爆アガってこない?」
「う、うん……ボクも中々機会が無かったから」
「お揃いだ〜。じゃあ思いっきり楽しまなきゃだね!」
お揃いという単語を聞いた瞬間、真波の脳内から違和感という言葉が消滅した。
ボッチ歴が長すぎた少女の悲しい習性である。
こうして二人の少女が祭りを楽しんでいる中、二体の化神は異様な何かを感じ取っていた。
「マナミ、何か妙だ」
「なんか匂いというか、気配が大きくなってるブイ」
移動している内に、本殿の近くまで来た面々。
そのタイミングで伝えられたからか、藍と真波は少し真面目な雰囲気に戻った。
「シルドラ、どんな感じ?」
「これは随分と強大なエネルギーだな。微かに化神らしきものも感じるが……それではない力が強い」
「コイツの言う通りブイ。でっかいエネルギーと化神っぽい匂いブイ!」
ハッキリと化神の可能性と突きつけられ、藍はふと本殿の建物を見上げる。
漫画や映画なら歴史ある社に怪物が封印されているなど、ありふれた話である。
「ねぇブイドラ……もしかしてあの本殿に何かスゴい化神が封印されているとか」
「そっちじゃないブイ」
「そっちではないぞ」
ブイドラとシルドラに同時に否定されてしまい、藍は思わず顔を赤くしてしまった。
しかしそうなれば新たな疑問も出てくる。
「本殿の方じゃない、でも気配や匂いは強くなっている」
「うむ。確かに近くにいる筈だが……これはもう少しズレた位置にいるな」
真波の疑問に答えると、シルドラは本殿から少し離れた方に視線を向けた。
それは出店が建ち並び、人が多く集まっている場所から少し場所。
出店の裏側の更に向こう側、人が近づくような理由も生まれない森林の方角であった。
中に入っていくのは野生のタヌキくらいである。
「なんか、ワイルドが溢れる方向だね」
ひとまず森林の近くまで足を運んでみた藍の感想。
真波はその横でジッと森林の奥を見ようとするが、暗くて何も見えていない。
それと同時に真波は、先程から妙にタヌキ達が森林の中に入っていく事が気になっていた。
「棲家でもあるのかな?」
そう考える真波だが、今は化神らしき何かが優先だ。
問題は今行くべきか、一度戻って準備をするべきか。
真波がそれを考えていると、隣にいた筈の藍とブイドラが既に森林の中へと入っていた。
「あっ!? 藍、待って!」
「勝手に進むんじゃあないぞ、雑種ゥゥゥ!」
後を追うように真波とシルドラも森林に入っていく。
足元は雑草や枯葉があるものの、普段からタヌキが走っているせいか歩きにくさはなかった。
「藍、そんなに勝手に進まないで」
「誰かいる」
真波が追いつくや、藍は小さくそう呟く。
「ブ〜イ、化神の匂いが濃くなってきたブイ」
「確かに、気配がハッキリとしてきたな」
ブイドラとシルドラも同様であった。
先程までは複雑に混ざっていたものが、化神のものだけになっていたのだ。
一方で藍は、地面に目線を落としていた。
「人の足跡……他にも誰かいる」
「なんで気づけるの?」
「知ってる真波ちゃん? 外でかくれんぼする時は、足跡で探せば鬼の勝ちなんだよ」
そう言いながら足跡を辿り始める藍だったが、真波はその背中を見て「警察犬?」と考えていた。
浴衣が汚れないように気をつけながら、二人は奥へと進んでいく。
進めば進むほどタヌキを多く見かけるようになり、気づけば周囲も異様な雰囲気になり始めていた。
「ねぇ真波ちゃん、なんか木の根がすごくない?」
「うん。どう見ても根なのに、地上に出てきてる」
細い蔦や木の根という類ではない。
一本一本が人間の太腿くらいありそうな木の根が、地面から上に向かって生えていたのだ。
太い根が絡まって、まるで壁のようになり道を作り上げている。
その道に従うように、タヌキ達は走っていた。
そして一つの果てにたどり着く。
そこはタヌキが何十匹と集まっている、文字通りタヌキ御殿のような場所であった。
「うわぁ……タヌキだらけブイ」
「本当に棲家だったんだ……藍?」
タヌキの数に驚いた真波は、藍の方を見る。
すると藍は唖然とした表情で奥の方を指さしていた。
タヌキ御殿の最奥、十数匹のタヌキが密集して何かにしがみついている。
真波にはそれが、ちょうど座った人間の子供くらいの大きさに見えた。
「真波ちゃん、あれタヌキの中、人間だよね?」
まさかと思った真波は、改めてその塊を注視する。
するとタヌキの塊の中から微かに「タスケテー」という声が聞こえてしまった。
「藍、あれ人間!」
「あわわわわ!? ブイドラ!」
「ちょっと引っぺがしてくるブイ!」
「シルドラも!」
「承知した」
慌ててタヌキを剥がしに飛んで向かうブイドラとシルドラ。
途中何度もタヌキの抵抗に遭いながら、なんとか中に埋まっていた人間を救出する事に成功した。
同時に藍と真波も足元のタヌキを踏まないように、要救助者の元へと向かう。
そして藍と真波は、出てきた一人の女の子を抱えてタヌキ御殿から一度脱出をした。
「ふぅ……タヌキって怖いんだね。ボクは学習したよ」
「大丈夫? 怖かったよね」
タヌキの塊から救出されたTシャツを着た女の子。
肩まである朱色の髪に白い肌、そして青い瞳。
見た目は小学生くらいだが、少し日本人離れした雰囲気がある。
「助かっタです。おネーさん、ありがとうございますです」
「いいのいいの。アタシ達も偶然見つけただけだし」
「外国の子かな? 日本語が上手」
「はい。ララのおカーさんアメリカ人。おトーさん日本人です」
まだまだ日本語に慣れきっていない様子だが、女の子は頑張って感謝を伝えてくる。
どうやら真波の言うように海外から来た女の子らしい。
「ララ? 君の名前?」
「はい。月島ララです。11歳です」
藍に聞かれて、名前と年齢を答えるララ。
もう息が整ったのか、笑顔で藍と真波に接していた。
「アタシは藍! こっちは真波ちゃん」
「よろしく」
「ラン、マナミ。助けてくれてありがとうです」
三人の少女が友好を結んでいると、一仕事を終えたブイドラとシルドラが戻ってきた。
「ブイ〜、酷い目にあったブイ」
「まったくだ。獣の分際で我に牙を向けるとは」
翼を羽ばたかせて、傷だらけの身体で戻ってくる二体の化神。
どうやらタヌキに相当抵抗をされたらしい。
とはいえ、無事に救助されたララの姿を見てブイドラは心底安心をしていた。
「おっ! 怪我とかなかったブイか?」
「馬鹿者、普通の人間は我々を認識でき――」
「ありがとです。赤いドラゴンさん」
笑顔でブイドラに感謝を伝えたララ。
その言葉を聞いた瞬間シルドラだけでなく、藍と真波も心底驚いてしまった。
「えっ!? ララちゃん、ブイドラが見えるの!?」
「うん、見えるですヨ?」
「そうだったのか〜、オイラはブイドラ! よろしくブイ!」
ララは「よろしくです」と言いながら、ブイドラの小さな手を摘んで握手をする。
一方シルドラと真波はまだまだ驚きが解けていなかった。
「まさか、化神を認識できる者だったとはな」
「もうパートナーがいるのかな?」
「わからん。少なくとも彼女は今デッキを持ってはいないようだ」
ララの素質に驚くと同時に、真波とシルドラはパートナー化神の存在について考える。
基本的に化神を認識できる者は、化神をパートナーにした者だけだ。
素質があってもパートナーと出会わない限り化神を認識できない事も珍しくない。
勿論中にはツルギのような例外もあるが。
「ランとマナミもララと一緒。モンスターと友達なんですね」
「ララちゃんもパートナー化神がいるの?」
「ケシン? それはわからないです。でもモンスターとは友達です」
笑顔でそう口にするララ。
どうやら化神とは以前出会ったことがあるようだ。
「ララちゃんのお友達って、どんなモンスターなの?」
「大きなタヌキのモンスターです。7歳のときに、この島で友達になったです」
「化神までタヌキなのかブイ……この島なんでもタヌキになってるブイ」
「でも……もうずっと会えてないです」
悲しげにそう言うララ。
藍が詳しく聞いてみると、どうやら4年前に出会って友達になったものの、翌年から出会えなくなっているらしい。
カードも入手はしなかったようなので、今はどこにいるのかも分からないと言う。
「ランとマナミは見なかったです? ララと同じくらい大きなタヌキなんです」
「うーん、そこまで大きなタヌキは見た事がないな〜」
「ボクも。きっと見つけたらビックリして固まると思う」
「そうですか……どこにいるですか、ギョウブ……」
ギョウブという名前の化神に想いを馳せるララ。
恐らくタヌキが集まる場所ならと考えて、この辺りを探しに来たのだろう。
それを察した藍であったが、流石に夜の暗さで長いは危険だと判断をした。
「ねぇララはまだこの島にいるの?」
「はい。週末までいるです」
「じゃあ明日。明るい時間になったらアタシも一緒に探してあげる」
「いいですか?」
「もちろん! 友達の手はちゃんと掴まないと後悔しちゃうからね!」
だから今日は一旦戻ろうと、藍はララに告げた。
「ラン、ありがとです」
感謝の言葉を告げ、ララは藍と手を繋いで本殿の近くまで戻る事にした。
「匂いや気配で探すならオイラに任せるブイ!」
「ブイドラもありがとです」
「人間と友達になる化神は、いい子に決まってるブイ!」
人間と化神の繋がりを大切にしたいブイドラは、ララにそう告げる。
そんな流れを見ていた真波は内心で「ボクも明日手伝おう」と決めるのだった。
「シルドラ、ボク達も行こうか」
「あぁ……そう、だな」
「シルドラ?」
妙に歯切れの悪い返事をするシルドラが気になる真波。
当のシルドラは、周りで壁を作ってしまっている太い木の根を眺めていた。
「……まさか、地下にいるのか?」
根の向きや、気配の強さからシルドラはそう推理をする。
ララが離れてなお、この場所から化神の気配が消えた訳ではない。
だが視界に入る範囲には、それらしき存在は確認できない。
何より化神の力を感じる木の根が、下から上に伸びている。
シルドラは下を向いて、地面のさらに下を怪しんでいた。
「マナミ……我らも一度戻ろう」
今のままでは何も調べられない。
ならば一度戻って準備を整えるべきだと、シルドラは判断した。
そしてシルドラの中に芽生えるもう一つの疑問。
(地下に化神がいるとして……この気配、島にいるのは一体ではないな)
考え事しながら、シルドラは真波と共に森林から出るのであった。
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