第百二十七話:お祭りに行こう

 洗濯完了。乾燥完了。別荘の掃除大体完了。

 そして今の時間はというと……もう夕方です。

 潮も満ちているので、海へ遊びになんて行けません。


「まっ、初日にドタバタしてたらそんなもんか」


 外で飯作るイベントもあるし、まだまだ楽しみはある。

 集合場所であるリビングに向かいながら、とりあえず今日は何を作るか考えていると、何処からかカーバンクルがやってきた。


「終わったっプイ?」

「終わったぞ。今日の飯を考えてたとこだ」

「地元野菜が望ましいっプイ」

「値段次第だな」


 それはそうとして、今なら俺とカーバンクルだけで会話ができるな。

 一度足を止めて、俺は頭上のカーバンクルに話しかける。


「なぁカーバンクル、この島に来てから変な匂いでもするのか?」

「キュップイ。ブイドラやシルドラも感じてるって言ってるプイ」


 らん九頭竜くずりゅうさんが言ってた通りか。

 となると問題は何の匂いなのかについてだ。


「人間は特別変な匂いなんて感じてないんだけど、化神的にはどんな感じなんだ?」

「色々混じってるっプイ。混ざりすぎてなんがなんだかっプイ」

「まぁ人間的には潮風だとか、屋台とか、タヌキの匂いなんだけど」

「そういう匂いじゃないっプイ」


 だろうな。でなければ人間も異常に気づくだろうし。

 となればスピリチュアルの類な、特殊な匂いなんだろう。


「うーん、混ざり過ぎて本当にわからないっプイ……化神っぽい匂いも混じってたけど」

「待て待て待て! それを先に言え!」


 化神そのものの匂いが入ってるなら大事じゃねーか!

 ただでさえ色々と不思議要素の塊なのに、スルー出来るわけがないだろ。


「どこだよ化神!? まずはそっちの確認を」

「化神かどうか判断できないっプイ」

「判断できないって……」

「混ざり過ぎなんだっプイ。化神かもしれない匂いもあるし、他の何かの匂いも感じるっプイ」


 本当にごちゃ混ぜなのかよ。

 カーバンクルでも確信が持てないって、相当厄介な話だな。


「ただ……何かエネルギーが漏れ出ているような気はするっプイ」


 エネルギー……カーバンクルがそう言うって事は、ウイルスカードが含んでいるようなやつか。

 所謂、化神が食べて取り込めるタイプのエネルギー。

 どっち道気になるな。

 仮にウイルス関係だったら大変だし。


「なぁカーバンクル、少し調べものとか頼めるか?」

「エネルギーの出所っプイね? 任されたっプイ!」

「地元野菜はどこかで買い込んでおくよ」


 俺がそう約束すると、カーバンクルは「プイプイ、キュップイ!」と言いながら頭上から降りた。

 そして俺が開けた窓の外から出て、調査へと向かってくれたのだった。


 さて、じゃあ俺はリビングに向かいますか。


 で、リビングに着いたのだが。

 やっぱり広いなここ。一般的なリビングの2倍くらい広いんじゃないか?


「あら、やっと来たわね」

「俺が最後か」


 もう他のメンバーも揃っているな。

 それはそうとして、アイが滅茶苦茶疲れきった顔してるんだけど、何があったんだ。


「ねぇツルギ……浴室掃除って、現代の拷問じゃないかしら?」

「そこまで疲労する浴室掃除なんて俺の知らない概念だな」

「広いのよ……親が無駄に金をかけたせいでね」


 すごい、アイの声に怨嗟が篭っている。

 人間ってこんなにも声で感情を表現できるんだな。

 人類に無限の可能性を感じるぞ。


「とりあえず飯どうするかだな。外で使えるコンロとかはあるって聞いてるし、中のキッチンもあるし」


 問題はメニューだな。何を作るべきか。

 俺がそんな事を考えていると、ソラが口を開いた。


「ツルギくん、それなんですけどね」

「なんとー! 今日は島でお祭りがあるんだって! 出店巡りしよーよ!」

「ブイブイ! オイラお祭り行きたいブイ!」


 ソラを遮る勢いで、藍がテンション高く説明をしてくれた。

 相当お祭りに行きたいんだろうな。藍に存在しない犬の尻尾が見えるぞ。

 あとブイドラもテンション高くなってるな。近くでシルドラが呆れた目で見ているけど。


「今日そんなイベントがあったのか?」

「宮田さんが教えてくれた。ちょうど今日からお祭りなんだって」

「まぁ私も親からメッセージで聞いて初めて知ったのだけどね」


 そうだったのか。

 あと九頭竜さん。クールを装ってるんだろうけど、目が輝きを放っているぞ。

 もう背後に心の声が見えるもん「藍と一緒にお祭りに行きたい。お友達と夏祭りイベントという夢を叶える!」ってさ。


「俺は良いと思うぞ。速水はどうだ?」

「俺も賛成だ。文化に触れるというのは良い勉強になるからな」

「異文化色強めだったらそうだな」


 問題はそこまで文化の色が強いかなんだけど、お祭りなんて出店で飯食って遊ぶだけでも満足できるからな。

 ケバブ食うぞケバブ。日本の祭りにはケバブが必須だからな。


「じゃあ決まりだな。準備して行こーぜ」

「じゃあ女子はこっちに集合ね。浴衣があるわよ」


 軽く言うアイだけど……全員分の浴衣があるの?

 もしかしてあらかじめ色んなサイズを用意してある?

 アイに案内されて着替えに行く女子達を俺と速水は見送る。


「あっ、オイラを置いてくなブ――」

「貴様も留守番だ雑種!」


 無邪気に藍の後を追おうとしたブイドラを、シルドラが床に押さえつける。

 ブイドラは「なにするブイ!?」と文句を叫んでいるが、当然の結末なので助け舟は出さない。


「なぁ速水」

「言いたいことは理解する」

「金持ちって、スゴいよな」


 なんでもスケールが違い過ぎる。

 そしてしばらく待つと、着替え終えた女子からリビングに戻ってきた。


「お待たせー! どうかなどうかな?」

「あっ、藍が変わった服着てるブイ!」

「おー、似合ってるんじゃね」

「やったー! アイちゃんに着付けてもらったの!」


 最初に出てきたのは藍だった。

 上品な感じの紅色の浴衣を着ている。あとブイドラの感想が気になるな。

 というかアイって浴衣の着付けできたのか。流石だな。


「着替えた」

「流石はマナミだ。よく似合っている」


 藍の次は九頭竜さんか。

 灰色の長髪はポニーテールにしていて、こっちはオレンジの浴衣を着ている。シルドラは普通に良い感想だな。

 多分だけど藍と同じ暖色系を選んだんだろうな。


「真波ちゃんも似合ってて可愛いー!」

「あ、ありがとう」


 藍にベタ褒めされて、照れる九頭竜さん。

 なんかこの場面だけ切り取ってスクショ保存されそうだな。

 いやこの世界はアニメであってアニメではないんだけど。

 ……自分で言っててややこしいな。

 あと後方相棒面で首を上下しているシルドラがスゴく気になる。


「みんな準備できたかしら?」


 おっ、アイの登場だな。

 髪を後ろで束ねているけど、最近ずっと下ろしている姿しか見てなかったから久しぶりだな。

 浴衣は紺色。上品さが素人にも伝わるあたり、高いんだろうなぁ。


「あれ、ソラは?」

「後ろよ。ほら隠れてないで出てきなさいな」


 アイの後ろに隠れていたのか。

 よく見たら白い髪がチラチラと見え隠れしている。

 完全に動きが小動物のそれだな。


「だ、だって私の浴衣姿なんて需要ないですよ〜」

「何言ってるの。貴女自分の顔を鏡で見たことないの?」


 そう言うとアイは背後に隠れていたソラの身体を掴んで、自身の前に差し出した。


「ぴゃあ!? あうぅ」


 恥ずかしそうに顔を赤くして、目線を逸らしているソラ。

 水色の浴衣を着て、髪を後ろで束ねている。

 なんというか、普段とは違う姿の女の子って威力が高いよね。

 不思議と俺も少し顔が赤くなったような気がする。


「あ、あの、ツルギくん?」

「お、おう」

「似合って、ますか?」


 身長差の都合で、上目遣いで聞く体勢になってしまうソラ。

 破壊力が強過ぎると思います。


「似合って、ると……思います」


 思わず俺もドキドキしながら答えてしまった。

 こういうのは勘違いの元になるから、よくないよな。

 自分を律さねば。


「そうですか……えへへ」


 ソラさん、そこで追撃のように笑顔にならないでください。

 彼女持ち歴0年は伊達じゃないんだよ。

 カードゲーマーに彼女なんて幻想だから、耐性も0なんだよ。

 自分を律さねば……自分を律するぞ。


「……ほら、早く行くわよ」


 アイに言われて我に返った俺。

 そうだな、日も落ち始めてきたし早く行こう。

 ところで、なんかアイが少し複雑そうな顔をしているのは気のせいか?




 別荘を出て少し歩くと、人の密度が上がってきた。

 その人混みに入っていけば、目的地に到着。

 祭りの場所である『隠神大社いぬがみたいしゃ』という大きな神社だ。


「スゴい人の数だな。あとタヌキが多い」


 人も多いが、道を駆けるタヌキも多い。

 共存と言えば耳障りは良いけど、踏みそうで怖い。


「お面もタヌキばかりですね」


 隣でソラがそう感想を述べる。

 言われてみれば確かに、道ゆく人達がつけているお面はタヌキのデザインばかりだ。

 タヌキ推しがスゴいな……多分祭りもタヌキ関係なんだろうな。


「どうする。流石に六人全員で移動はしにくいだろ?」

「適当で良いんじゃないかしら? 自由に派手に好き勝手しましょ」

「アイのそういうとこ、大好きだぜ」


 派手で豪快なのは良いことです。

 流石に六人全員でこの人混みを移動するのは面倒だからな。


「この男は……聡明なのか愚鈍なのか分からんな」


 なんか後ろでシルドラに酷いことを言われている気がする。

 あと九頭竜さんが無言で冷たい目線を向けている気がする。

 なんで?


「じゃあどんな組分けにするか――」

「もう待ちきれなーい! 行くよ真波ちゃん!」

「えっ、ちょっと藍!?」


 元気爆発の原作主人公こと藍。

 九頭竜さんの手を掴んで走って行ってしまった。

 相当お祭りが楽しみだったんだな……怪我しないでくれよ。


「らーん! オイラを置いてかないで欲しいブーイ!」

「貴様の相棒だろう! もっとマナミを丁寧に扱わせろ!」

「オイラに言うなブイ!」


 ブイドラとシルドラが口喧嘩をしながら追いかけて行った。

 うん、まぁ……保護者枠が二匹いるから大丈夫か。


「じゃあ俺達は――」

「せっかくだからな、俺は一人で見て回る」


 おっと、意外にも速水がソロプレイ宣言。


「いいのか一人で?」

「たまには一人で羽でも伸ばそうと思ってな。色々終わった後だ、自分を見つめ直してみたい」

「……そっか」


 なら、きっと大丈夫だな。

 一人で祭りを見て回ろうとする速水に、俺は一言だけ伝えておく。


「速水……ケバブの店あったらメッセージで教えてくれ」

「お前は何故ケバブに執着しているんだ?」

「日本のお祭りには必須だからな。日本男児よケバブを食え」

「……知らない文化だが、見つけたら伝えよう」


 頼んだぞ速水。

 そして残ったのは俺とソラとアイ。


「……じゃあ俺は一人で」

「ツルギくん、三人で行きましょう」

「ツルギ、三人で行くわよ」

「はい」


 何故だろう、絶対に逃さないという謎のプレッシャーを感じる。

 猛獣に狙われたウサギってこんな気持ちなのかな。

 本能が叫んでるんだ「逃げたら詰む」ってさ。

 もう了承するしかないじゃん。


「じゃあ、行くか」

「ふふ、エスコートよろしくね」

「ご飯食べましょう! 焼きそばとたこ焼きと唐揚げと、あとたい焼きも!」


 ソラの食欲が止まらなくなっている。

 あとケバブも忘れないでくれ。


「イカ焼きと牛串も食べたいですね。あとフライドポテトも」

「ソラ、貴女どれだけ食べるつもりなのよ」


 アイの言う通りだ。

 そして前から思ってるけど、食べた栄養どこに行ってるんだよ!

 どう考えても女子高生の限界を超えてるだろ、ソラの食事量は!


「帯を」

「ん?」

「帯を少し、緩めに着けてもらいました」


 俺とアイは戦慄した。

 ソラの目は完全に、捕食者のそれだったのだ。


「ツルギ……」

「分かってる。絶対に止めようとは思わない」


 止めようとすればきっと、明日に朝日は拝めない気がしたから。

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