第百二十六話:隠神島

 旅は良い、心が洗われる。

 フェリーから降りると、潮風が心地よく触れてくる。

 すぐ目の前には「ようこそ隠神いぬがみ島へ」と書かれた看板がある。

 うん、久々に外に出てきたという実感が得られるな。


「キュプ〜イ。色んな匂いがするっプイ」

「海の匂いだな」


 俺の頭上でカーバンクルが鼻をクンクンと動かしている。

 だが匂いの元は海だけではないだろう。

 港だというのに、小さな動物達が集まっている。


「……めちゃくちゃタヌキがいるな」

「タヌキだらけっプイ」


 どこを見ても目につくタヌキ、タヌキ、タヌキ。

 都会では絶対に見れないどころか、田舎でも中々見れなさそうな数のタヌキがいる。


「タヌキがいっぱいですね」

「だな……アイから多いとは聞いていたけど、ここまでとは」


 隣ではソラも目を丸くして驚いている。

 よく見れば看板にも「タヌキと共存する島」と書かれているな。

 共存を謳っているだけあって、タヌキ達は人懐っこいらしい。

 観光客達に撫でられたり、抱っこされたりしても無抵抗だ。

 昔テレビで性格は凶暴とか聞いてたけど、案外そうでもないのか?


「わー、見て見て真波まなみちゃん! タヌキ可愛いよー!」

「わぁ……可愛い」


 らんはタヌキが珍しいのか、滅茶苦茶はしゃいでるな。

 そんな藍と一緒に写真を撮っている九頭竜くずりゅうさん。

 なんかチラチラと周りを見てるけど……あれ絶対に藍とツーショット撮って欲しいだけだな。


 ところで化神のチビ竜たちはというと。


「ブイブイ……お前なにガン飛ばしてるブイ」

「喚くな雑種。たかが野生の獣と戯れ合うんじゃない」

「うっさいブイ! そういうお前は何でさっきから飛んでるんだブイ!」

「決まっている。獣の臭いをつけない為だ」


 ブイドラがタヌキと睨み合い、そしてシルドラと口喧嘩をしている。

 器用なやつだな。

 シルドラは翼を動かして、タヌキ達より高い位置を維持している。

 本当に、シルドラはアニメ通りの王様キャラだな。


「みんな、そろそろ行くわよ」


 おっと、アイに呼ばれてしまった。

 藍は名残惜しそうにタヌキに別れを告げている。

 荷物を抱えながら、俺達はアイの案内で島に入っていくのだった。



 島の中を歩きながら、風景を観察する。

 離島の観光地とあって、建物は古民家を改装したような見た目のものが多い。

 馴染み深い現代的な建物もあるが、どこか昭和の香りを感じる。

 まさに古き良き大切にした景観といった感じか。


「あっ、見てくださいツルギくん。ご当地カードショップですよ!」

「わー! ねぇねぇ寄り道しようよ! レッツご当地ファイト!」


 古民家改装カードショップの存在で雰囲気が全部台無しだよ!

 もっと中身も古き良き文化を重んじろや!

 そしてソラさんや、ご当地カードショップってワードは俺の脳が咀嚼を拒んでるので、耳に叩きつけないでね。

 あと藍、今日はカードショップの優先順位は低いからダメです。

 それはそうとして。

 

「にしても、本当にタヌキが多いな」

「ですね〜。どこを向いてもいます」


 ソラはキョロキョロと周りを見ているが、実際は見なくても気配でわかってしまう。

 足元ですらタヌキが駆け抜けていく程だ、文字通りそこら中にタヌキがいる。

 かと言って害獣らしい挙動はないようで、食品系の屋台なんかが盗み食いの被害に遭っている様子もない。

 なんなら、これだけタヌキがいる中で屋台が複数出ている時点で、本当に共存に成功した島なんだろうな。


「キュプ〜イ……なんか色々匂うっプイ」

「そりゃタヌキがいるし、屋台の前とか通り過ぎたからな」

「ツルギくん、どこに話かけてるんですか?」


 うっかりしてた。

 ソラには化神が見ていないんだった。

 藍や九頭竜さんもいるから、ちょっと気が抜けてたな。反省。


(そういえば、エオストーレも化神だってカーバンクルが言ってたな)


 まだ眠っているって話だったけど、やっぱりエネルギー不足なのかな。

 カーバンクルが目覚めた時と同じ感じだったら、何かしらエネルギーを食わせれば良いんだろうけど。


(……流石にそれだけの為に、ウイルスを食べさせるのはなぁ)


 いくら何でも無茶が過ぎる。

 とはいえ、ウイルスを除去してくれる化神が増えてくれるのは良い事ではあんだよな。

 ウイルスを直接食べさせる以外で、エネルギーを効率よく摂取していただく。

 そんな都合のいい方法があれば最高なんだけどな〜。


 なんて事考えている内に、観光客とすれ違わなくなってきた。

 メインの通りから離れて、居住区らしき場所を抜けていく。

 アイの案内について行くと、海に面した場所に辿り着いた。


「わぁ……」

「わぁ……ですね」


 藍とソラが顔を見上げて、そんな言葉を漏らしている。

 九頭竜さんは割と冷静な様子。

 だが俺と速水に至っては、もはや言葉すら出てこなかった。


「なぁアイ……ここで合ってるのか?」

「そうよ。ようこそ家の別荘へ」


 アイに確認を取った結果、確定してしまった。

 目の前に君臨している件の別荘……というには随分と大きい。

 もうこれちょっとした屋敷だろ。


「おいアイ。まさかここの掃除を引き受けたのか?」

「だ、大丈夫よ。一応定期的に業者を呼んで、維持はしているから……軽いもので、済む、はずです」

「後半めっちゃ声小さくなってるじゃねーか!」


 つーか宮田家の皆様、この規模の掃除を娘一人に押し付けるな!

 金あるなら全部業者に任せちまえ!


「速水、腹括るぞ」

「あぁ……背中は天川に任せる」

「今日を頑張れば……明日は楽しい筈ですよね」


 俺と速水が覚悟を決め、ソラは大きなため息をついている。

 一度乗ってしまった船だ、最後まで付き合うさ。

 ……もう頑張って九頭竜さんにも協力してもらおうかな。


「藍、九頭竜さんにも手伝って欲しいからさ、フォロー頼んでいいか?」

「いいよー!」


 笑顔で了承してくれる藍。

 それはそうとしてシルドラさんよ。

 見えてない人達がいるからって「無礼者! マナミの家事能力を揶揄するのか!」と叫びながら、俺の後頭部を蹴るのやめてくれない?

 流れ弾で九頭竜さんが滅茶苦茶凹んでるから。


「とりあえず、さっさと始めるか」


 アイに鍵を開けてもらい、俺達は別荘へと入るのだった。

 ……で、俺達は凄まじい惨劇を覚悟していたのだけど。


「……そこまで酷いわけではないですね」

「腹を括り過ぎたか」


 ソラと速水が軽く感想を述べる。

 まぁ、そうなるよな。

 あのアイの部屋の惨状と比較すれば、この別荘の中はあまりにも普通。

 人がいない期間があったからか、少しホコリっぽい空気があるけど、いたって常識の範囲内だ。


 宮田家の皆さん、もしかして本当に軽い掃除だけ任せたつもりだった?

 だとしても絶対に人選を間違えていると思うぞ。


「プ〜イ? 何か匂うっプイ」


 俺の頭上でカーバンクルがそう呟く。

 それはそうだろう。ホコリっぽい空気もあるし、窓の外にはタヌキがいる。

 色々匂いも入り混じるってもんだ。


「手分けすれば楽に済ませられるだろうな」

「だな。早めに終わらせて遊びにいこーぜ」


 速水の言葉に同意して、掃除道具を手にとる。

 アイに指揮を取ってもらって、俺達は別荘の掃除を開始した。

 ちなみに九頭竜さんは強制的に藍とコンビだ。

 そしてブイドラとシルドラは……カーバンクルに任せた。

 チビ竜達は掃除の邪魔なので外で戯れていてもらう。


「にしても、部屋数が多い!」


 一つ一つは軽い作業だけど、部屋の数という暴力が襲いかかってくる。

 つーか部屋一つとってみても広い。ホコリ叩くだけでも一苦労だな。


「ベッドシーツも一応洗っておくか」


 担当した場所を終えて、仕上げに洗濯もやってしまう。

 その時ふと、窓から外が見えた。

 広がる青い海……の手前にある、別荘の一部分。

 あぁ……あれは屋外プール的なやつだな。

 どう見ても椅子とパラソルが用意された、屋外ファイトステージだけど。


「こういうのを見ると、本当に異世界という実感が湧くなぁ……脳が処理を拒むけど」


 現実から逃げるように、俺は事前にアイから聞いていたランドリールームへと移動した。

 いや、別荘にランドリールームが用意されてるの凄いな。

 そしてベッドシーツを抱えて目的地に到着すると、そこには困り顔の藍と九頭竜さんがいた。


「どうした?」

「あっツルギくん!」

「救世主!」


 マジでどうした。

 特に九頭竜さん、めっちゃ目が輝いてるけど。

 というか今気がついたんだけど……このランドリールーム。


「コイン、ランドリー?」

「そうなんだよー! こういう大きな洗濯機、アタシ使ったことないよー!」

「ボクは初めて見た」


 あぁ、そういう事か。

 まぁ女子高生には身近とは言い難いよな、業務用大型洗濯機。

 基本的には普通の洗濯機と同じだから、洗剤とかの量に気をつければ問題なしだ。


「そっちもベッドシーツとか洗いに来たんだな」

「うん。それで洗濯機の使い方がわからなくて」

「ボクは何もわからない」


 九頭竜さん、それを真顔で言わないでくれ。

 仕方ないので、俺が代わりに洗濯機を操作する事にした。

 コインランドリーは数回使った事があるからな。こういう業務用大型洗濯機もちゃんと扱えるぞ。

 ……というかこのランドリールーム、本当にコインランドリーみたいな部屋だな。

 洗濯機の上にある乾燥機とか、どう見ても業務用ガスタイプのやつじゃん。


「洗剤諸々入れて、スイッチオンであとは待つだけ」

「ありがとうツルギくん」

「ありがとう」


 原作のメインキャラ二人に感謝されるというのは、何とも不思議な気分になるな。

 現実なのに空想のような、変な感じがする。

 とりあえず洗い終わるまで時間がかかるから、椅子に座って待つ事にした。


(いやこれじゃあ完全にコインランドリーだな)


 何事もスケールが違う。これが富裕層か。

 そんな事を考えていると、藍が妙に周りをキョロキョロし始めた。


「……ねぇツルギくん、ちょっといいかな?」


 ここにいる三人以外には知られないように、声を小さくしている藍。

 九頭竜さんもこちらを見ている、という事は……


「化神関係か」

「うん。ブイドラがね、この島に来てからずっと匂いが気になるって言ってるの」

「シルドラも同じ。変なものを感じるって言ってる」


 ブイドラとシルドラも?

 という事はカーバンクルの言っていた匂いも。


「カーバンクルも島に入ってから何かが匂うって言ってた」

「そっちもなんだ。化神だけ何かを感じてるのかな?」


 そうだとしたら流石に気になるな。

 特に化神はアニメにも出ていない、不透明過ぎる要素だ。

 何かあるなら可能な限り知っておきたい。


「あとでカーバンクル達から詳しく話を聞いてみるか」

「離島で調べ物。真夏の大冒険って感じだね!」

「お友達と、大冒険っ!?」


 藍が気楽な事を言っている。

 そして九頭竜さんがお友達ドリームを拗らせて、完全に妄想の世界に入っちゃったな。しばらく戻ってこないだろう。

 それにしても……


(化神だけ感じ取る何か、か……何事もなければ良いんだけどな)

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