第百三十一話:カーバンクルの調査結果

 ファイトを終えたソラを迎えに行き、俺達は本殿は後にした。

 流石にあのまま連戦をさせれば……どうなるのか容易に想像できるので。

 だってファイトステージの上で、対戦相手の人が放心状態だったもん。


「まけた……あんな……小さな、子、に……」


 対戦相手だった島の人がそんな事を呟いていたので、俺はソラの耳を塞ぎながらステージを去ることにした。

 だってあの様子、多分ソラの事を小学生とかだと思ってるぞ。

 まぁこの世界の価値観ならショックだろうな。小学生に一方的な負け方なんてしたらさ。

 とはいえ今回はちょっとした事故だ。とりあえず本殿から離れよう。


「速水……俺は完全に感覚がおかしくなっていたらしい」

「まぁ仕方ない。俺達は普段とんでもない強者の巣にいるわけだからな」

「そうね……私もついつい自分の感覚で考えていたわ」


 祭り屋台の前を通りながら、俺とアイは少し反省をする。

 非日常も慣れてしまえば日常。

 アニメの中でも聖徳寺しょうとくじ学園はサモンの名門校と語られていた。

 それも国内だけに留まらず、世界でも有数の学校である。

 実際、政帝せいてい嵐帝らんていがアメリカの名門校へ交流に行ったりするくらいだからな。


「ツルギくん。改めてなんですけど……私、こんなに強くなっていたんですね」

「そりゃあ俺が鍛えたからな」

天川てんかわ、これが鍛えた結果だからな」


 速水にも改めて突っ込まれてしまった。

 よくよく考えれば俺らって全員、一年生の中でも成績優秀者だったな。

 一応S組の一つ下のA組に属してるけど、総合成績なら普通に勝ってるし。

 あくまで一年のS組は中等部から持ち上がった生徒だけだから……二年でA組からS組へ上がる者だっている。

 当然、その逆もありえるけど。


「そもそも俺らって、合宿を上位通過してたな」

「よく考えたら私達って、入試も成績上位でしたね」

「そもそも忘れるな」


 すまない速水、お前にばかり突っ込みを任せてしまって。

 だって最近は上ばっか見てたんだもん!

 主に六帝りくてい絡みでさ!


「なんだか私、どんどんツルギくんに近づいている気がします」

「ソラ、それは純粋に強くなったという意味だよな?」


 他の意味はないよね? あったら泣くぞ。


 そんなこんなで祭りを楽しんだ俺達。

 腹も膨れたので、そろそろ別荘に戻ろうとメッセージをする。

 そしてらん九頭竜くずりゅうさんと合流をすると、シルドラが俺の耳元に来て話しかけてきた。


「本殿近くの森林に、化神の気配がある」

「っ!?」

「おそらく一体だけではない……カーバンクルは今どこに?」

「独自に調べてもらってる」


 俺が小声でそう言うとシルドラは「そうか」とだけ呟いて、九頭竜さんの元に戻っていった。

 しっかし、化神がいる可能性はカーバンクルも言ってたけど……まさか一体だけではないとは。


(本殿近くの森林か……後でカーバンクルにも伝えるか)


 帰り道、忘れずに無人販売所で地元野菜を買ってから別荘に戻った。





 夜が更ける。

 別荘がそれなりに広いので、一人一部屋……の予定だったのだが。

 現在下の大部屋には女子四名が集まっている。

 少し声が聞こえてくるので、完全に女子会が始まってるな。

 ちなみに俺と速水はそれぞれ一人部屋。

 相部屋はしないのかって? 男同士だぞ。


「見知らぬ土地で一人っきりの夜。なんか感慨深い……ものが薄いな」


 普通はここで感慨深くなるのが男子高校生だろ。

 異世界転移という経験が全てを薄めてくるよ!

 もう何やってもインパクト激薄なんだよ。サラダの底に溜まった最後のドレッシングくらい薄いぞ。


「もう眠くなるまでデッキ回しでもしようかな」


 そう考えてデッキの入った召喚器を手にした時であった。

 窓をコンコンと叩く音が聞こえた。

 どうやらカーバンクルが帰ってきたらしい。


「お疲れさま」

「キュプ! ただいまっプイ」


 窓を開けて、カーバンクルが部屋に入ってくる。

 とりあえず俺は袋に詰めておいた野菜をテーブルに取り出して、カーバンクルに与えた。


「キュップイ! お野菜っプイ!」


 カーバンクルは真っ先に人参を選んで齧り始める。

 とりあえず俺はシルドラから聞いた話を伝える。


「――って事らしいけど、そっちの調査結果はどんな感じだった?」

「うーん……なんか、すごかったっプイ」

「なんだそれ?」


 すごかったって、そんな抽象的な。


「簡単に言うと、島の地下にヤバそーな施設があったっプイ」

「その結果だけでヤベーんだけど嘘だろ」

「大マジっプイ」


 マジかー、島の地下に施設とか曰くつきってレベルじゃないぞ。

 しかも化神関係だろ、間違いなく厄ネタじゃん。

 シルドラも化神が複数いるって言ってたし……アニメに無い長編エピソードでも始まったのか。


「つか地下にある施設とか、警備員いるだろ」

「施設に人間はいないと思うっプイ。化神の気配はあったけど」

「そっちの方が怖いな」


 そもそも化神が未知の要素過ぎるからな。

 早めにその化神と接触しておいた方が胃に優しそうだ。


「なぁカーバンクル。その施設にいる化神って危なくないやつ?」

「合ってみないと分からないっプイ。万が一危害を加えてくるならボクが守るから安心するっプイ」


 そりゃ心強いな。

 眠気もこないし、ちょっと化神に会ってくるか。

 女子会の声も聞こえなくなったし、多分全員寝たんだろ。

 俺はそう判断して、カーバンクルと共に外へと出た。


 別荘を出て、近くの浜辺を歩く。

 潮は満ちているけど、歩けるスペースは十分にある。


「夜の海って雰囲気あるな」

「ツルギ的にはデートイベントという幻想っプイ?」

「悪かったな彼女いなくてよ!」


 カードゲーム至上主義だからモテるだろって?

 色々あるんだよ、俺にもさー!

 くっそー、こんな事なら女子から言い寄られていた中学時代に彼女作っておくんだった。


「せめて女子と一緒だったらロマンがあったけどな」

「残念、ボクはオスっプイ」


 俺の頭上でカーバンクルが「むふふん」と鼻息を立てている。

 夜の浜辺を女子と歩くなんて、今時ラノベでも中々見ないシチュだぞ。

 ロマンは溢れているし、そんなん出来たら良い思い出だろうけど。


「男一人で夜の海。ハードボイルドっぽく映れば幸いだけど」

「全くそうは見えないわね。ただ黄昏ただけの男子よ」

「……いつからいたんだよ」

「今さっきよ」


 背後から声がしたので振り返ると、そこには羽織りものをしたアイがいた。


「こんな夜中にどうしたんだ? 意外と夜の散歩を楽しむタイプか?」

「それはこっちの台詞よ。夜中に外に出るから気になって来てみれば」

「あぁ、それは、その」


 流石に化神関係の調べ物ですなんて言えねーよ。

 アイはそういうのとは無関係の普通の人だし。


「ねぇ、私も一緒にいていいかしら?」

「えっ?」

「せっかく外に出たんだもの。夜風にあたりたいの」


 わーい、普通ならドキドキのシチュエーションなんだろうけど、今は意味が変わってる。

 俺はカーバンクルに目で助けを求めるが。


「もう一緒に連れていけば良いっプイ。まとめてボクが守るっプイ」


 まさかの巻き込みコースですか!?

 えっ、マジでアイと一緒に謎施設を観光するの?


「ねぇツルギ、汗がすごいけど大丈夫なの?」

「大丈夫、だと思いたいです」

「戻った方がいいんじゃないかしら?」

「それはできない! あっ、ちょっと散歩欲がすごくて」


 我ながら無理のある理由だな。

 アイも露骨に怪しんでるし。


「ふぅ……まぁ貴方がよく分からない事をするなんて、今に始まった事じゃないわね」


 なんとかなった。

 やや不名誉な何かがあった気がするけど、なんとかなったとしよう。


「ほら、エスコートをお願いしても?」


 そう言って手を差し出すアイ。

 エスコートって言われも、行き先は謎施設なんですが。


「安心しておくっプイ」


 カーバンクルが頭上で偉そうに言っている。

 でも頼み綱が本当に相棒だけなんだよな。

 仕方ない、俺は腹を括ってアイの手をとった。


「っ!」


 アイが一瞬、妙な声を出す。

 エスコートしろって言ったのアンタでしょうに。

 にしても、女子と手を繋いで夜の浜辺散歩とは。


(こうも急にロマンが完成すると……呆気ない感じがするな)


 相手は元アイドルだってのに、行き先が行き先だからトキメキも何もないな。


 夜の海に星の空。潮風は気持ちいいけど、夏だから生温い。

 異世界転移して随分経過したけど、世界なんて分からない事だらけだな。


「そういえばアイ」

「ななな、何かしら?」

「ユニット組んでた二人、今回呼ばなかったのか?」


 何故かプルプルしているアイに質問をする。

 JMSでアイとチーム組んでいた、というか同じアイドルユニットだった二人。

 あの一件以降あまりテレビで見かけなくなっていたから、少し気になっていたんだ。


「ミオと夢子ゆめこね。誘ったけどスケジュールが合わなかったのよ」

「そっか、向こうも頑張ってるんだな」

「新しい事務所で元気にやってるそうよ。前よりは小さなところだから、ゆっくりとだけど……確かに前に進んでいるわ」


 アイがそう言うなら、きっとそうなんだろう。

 何よりアイが、あの二人と交流を続けている事が嬉しかった。


「あのさ……今更なんだけど、後悔はしてないのか?」

「アイドルを辞めたことなら後悔はしていないわ。むしろ、辞めて色々と区切りがついた」


 海を軽く見ながら、アイが語り始める。


「親の背中を追うばかりで、自分のやりたい事に向き合えていなかった。余計な枷が外れて、私はようやくサモンが楽しくなってきたの」

「……アイは、今が一番楽しいのか?」

「えぇ、胸を張ってそう言えるわ」


 笑顔をこちらに向けてくるアイ。

 心の底からのものだと一目で分かる、そんな笑顔だった。

 初めて会った時のような曇りは無い。

 自分が選んだ道を歩む、そんな自由をアイは謳歌しているんだ。


(だったらきっと……俺達の戦いは間違って、なかったのかな)


 そう思いたいのは、きっと独りよがりなんだろう。

 それでも俺は、自分にそう言い聞かせたかった。


「ツルギ〜、あっちっプイ」


 おっと、目的忘れるところだった。

 俺はカーバンクルの案内に従って、移動をする。

 砂浜を通り過ぎて、岩場らしき場所へと辿り着く。

 岩場、だよな? なんか妙に平らな道になっているし、いい感じに海水が入り込んでない。

 というか……なんか植物生えてね?


(暗くてよく見えないけど……木の根? 海だぞ)


 僅かだけど、道の向こうから木の根が伸びている。

 でもここ海辺の岩場だぞ。土も無ければ、植物の栄養も無さそうなのに。


「ね、ねぇツルギ……その、どこまで行く予定なのかしら?」

「あぁごめん、もう少し先に行こうと思ってた。危なそうだし先に戻ってもらっても」

「大丈夫よ」

「いやでも、なんか俺の手を握る力が強く」

「大丈夫よ、覚悟はできてるわ」


 本当に大丈夫なのか?

 めっちゃ強く手を握られてるし、手汗すごくなってるし。


「その、ツルギって、そういう経験はあるのかしら?」


 なんの経験の話だ?

 状況から考えれば……こういう夜の海を冒険する経験か。


「流石に俺も初めてだぞ」

「そ、そうよね。私も……はじめて、なの」


 でしょうね。普通の女子高生は夜中に海を冒険しようとは思わない。


「やっぱりツルギも、そういう事に興味があって、ここまで来たのよね?」

「そうだな。興味津々で来てる」

「きょ、興味津々……!?」


 化神関係は未知である。だけど未知こそ男の子の好奇心を刺激するもんだ。

 やっぱりこういう夜の冒険は心が躍る。


「わざわざ外でするっていうのは……ツルギの趣味なのかしら?」

「いや、外に出ないとやれないだろ」

「外でしかヤれないのは流石に特殊過ぎないかしら!?」


 何を言ってるんだ、外に出ないと調べ物ができないだろ。


「こっちっプイ〜。もうすぐ入り口っプイ」


 カーバンクルが目的地に近づいている事を教えてくれる。

 というか足元がどんどん変わってきたな。

 さっきまで岩に木の根が伸びていた程度だったのに、今では岩が見えず木の根が道になってしまっている。

 だけど歩き難いなんて事はない。不思議と躓かずに移動できる。


「もうすぐか」

「そ、そうなの……ちなみに私はどの位置にいた方が良いのかしら?」


 なんで位置の話を?

 でもこの後、カーバンクルが言ってる施設に入るなら。


「下だな」

「そう……や、やさしくおねがいします」


 あの、アイさん?

 手を握る力が凄まじいんですけど。というか痛いんですけど。

 完全に握り潰す勢いだぞこれ。


「アイ、もう少し手を優しく握ってもらえると」

「す、少しまって! 知識を総動員しているから」


 何の知識!? この場面で一般人が必要とする知識って何!?

 その前に俺の手が圧縮されそうなんですけど!?


「はい到着っプイ」


 俺の手も助けてくれ相棒。

 とりあえずカーバンクルが到着を告げてくれたが……目の前にあるのは自然にできた岩の壁。

 ごくありふれた自然だけど、一応ここが道の果てっぽいな。

 入り口どこだよ。


「キュップ〜イ、ハッキング開始っプイ」


 そう言いながらカーバンクルは、岩の壁に身体をくっつける。

 いや待て、今ハッキングって言った?


「元々化神は世界構成プログラムの副産物っプイ。存在自体が電子プログラムによるデータと似ているから、ちょっとしたハッキングくらいお手の物っプイ」


 化神って便利な能力持ってるね。

 前の世界のカード持ち込んでる俺よりチートしてないか?


「はい開け胡麻団子っプ〜イ」


 カーバンクルがそう言うと、岩の壁に分割線が出現。

 壁が音を出さないようにゆっくりと動いていき、大きな入り口が姿を現した。

 なんというか……ベタなギミックだな。


「アイ、目的地に着いたんだけど」

「えっ!? まだ心準備……が……なにこれ?」


 全く気づいてなかったのかよ。

 アイは目の前に現れた、いかにも怪しい隠し施設の入り口を前にして、目が点になっている。


「えっと……白状すると、俺は最初からこれ目当てで来たんだけど。引き返す?」


 アイは真顔で固まっている。

 そのまま数秒が経過すると、今度は両手で顔を覆い始めた。


「アイ?」

「ごめんなさい。今だけは自分自身が怨めしいの」

「マジでどうした」

「わー、耳まで真っ赤になってるっプイ」


 俺の頭上に戻ってきたカーバンクルがそう言う。

 暗くてよく見えないけど、カーバンクルがそう言うって事はそうなんだろう。

 というか声が聞こえないからって好き勝手にコメントしやがるな。


「俺は中を探索したいから入るけど、別にアイは付き合わなくても」

「行くわ」

「危な」

「行くわ。全てを過去にするために」


 なんか意思固すぎませんか。

 一応カーバンクルが守ってくれるとか言ってるけど、俺も頑張ろ。

 危険な化神ではありませんように。そんな願望を抱きながら、俺達は地下施設へと入っていった。


(……ん?)


 その時、ふと気になる事が。

 隠し扉のレール部分、敷居とも呼べる場所に重なるように、木の根が伸びていた。

 普通に考えれば、物理的におかしい場所にある木の根。

 この位置に傷一つなくあると、まるで……


(この木の根……壁をすり抜けていたのか?)


 そんな疑問を覚えながら、俺達は中へと進んでいった。
























『人間なのね? また人間が来たのね!?』

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