第百三十二話:はじめましてなのね!
壁はコンクリート、足元には無数の木の根。
でもやっぱり歩き難さはない。
流石に暗いので、スマホのライトで辺りを照らして進む。
通路は真っ直ぐ奥に続くのみで、壁に蛍光灯があった形跡はあるけど、実際には明かりになる物はない。
(何かの施設……というには、随分と朽ちているというか)
通路には特別な何かなんて見当たらない。
だからこそ、見えるものは過去の形跡くらい。
少なくとも通路の惨状に、壁の汚れ具合も加えれば、現在進行形で人はいなさそうだ。
「このまま奥に行くと、化神の気配が濃くなってきたっプイ」
頭上でカーバンクルがそう言う。
という事は、このまま進めば良いんだな。
だけど、なんというか……暗い通路の先にはモンスターがいるなんて、まるでゲームのボス戦だ。
直前でセーブポイントでも見つかりそう。
「ねぇツルギ、よくこんな場所知ってたわね」
「風の噂ってことにしてくれ」
後ろから、俺の服の端を掴んでアイが着いてくる。
まぁこんな場所なんて、普通は想像もつかないよな。
実際俺も想定外だった。なんだこの施設。
「それにしても、ここ島の地下にあたる場所でしょ? まさかこんな人工物があるなんてね」
「だよな。ここの上って何処なんだろうな?」
「真上からツルギの気配を感じたから、多分お祭りやってた場所っプイ」
頭上でカーバンクルが教えてくれる。
お祭りの場所って、さっきまでいた隠神大社か。
神社の真下に怪しい施設って、きな臭さが限界を超えてるぞ。
「あそこっプイ。ヤバそうな気配がする扉っプイ」
カーバンクルに指示されて、スマホの明かりを前に向ける。
道の果てに来たらしい。
袋小路のような場所に、いかにもセキュリティが頑丈そうな自動扉が一つ。
横にカードキーか何かの読み取り装置がついている辺り、やはり最近作られたように見える。
「これで行き止まりみたいね」
「だな。扉の向こうが気になるけど、いかにもセキュリティ頑丈そうだし」
流石に無理かなと思った、その矢先だった。
カーバンクルが俺の頭上から、扉横の装置に飛び移った。
「キュップイ、ハッキングで余裕っプイ」
またカーバンクルが謎能力でセキュリティを突破してる。
もう全部カーバンクルでいいんじゃないかな。
「はい突破完了キュップイ」
そう言って俺の頭上に戻ってくるカーバンクル。
セキュリティは見事に解除され、自動扉が開き始める。
うん、スムーズ過ぎて不気味なものすら感じるな。
「ねぇ、さっきからここセキュリティがガバガバ過ぎないかしら? 扉という扉が全部勝手に開いてるわよ」
「あぁ……うん、そうだなー」
カーバンクルが見えなければ、そう見えるよな。
勝手に全部開いてしまう自動扉なんて、セキュリティも何もあったもんじゃない。
ホラーというよりは、ただの間抜け話だ。
……ウチのカーバンクルがハッキングするのも問題だけど。
「じゃあ開いたし入ってみよー」
「本当に入るのね……」
なんか後ろからアイも呆れた声が聞こえた気がする。
とりあえず俺達は扉の向こうに入ったわけだけど、こっちはいくつか明かりがついてるんだな。
蛍光灯が何本か灯っている。
「なにかしら……研究所、か何かかしら?」
アイもスマホのライトを点けて、辺りを見ている。
扉の向こうに広がっているのは、それなりに広い空間。
ビジネス向けのデスクがいくつかと、不自然なくらい中が綺麗な本棚もいくつか。
そこから少し離れると、理科の実験器具のようなものが置かれたテーブルが並んでいる。
もう少し奥にはよく分からない機械が何台も。
本当に研究所って感じだな……床の木の根に目を瞑れば。
(明らかに木の根が多くなってる)
でもやはり歩き難さは無い。
不思議なくらい普通に歩けるので、ライトで木の根を辿ってみる。
根の大元はすぐに見つかった。
この部屋の中央、そこに巨大な木の根の塊が鎮座している。
「なんだこれ……」
木の根だが、木が生えているわけではない。
無数の根が集まって、半球状の塊になっている。
卵か何かが根を伸ばしているようにも見えた。
「ツルギ、これっプイ! この中に化神がいるっプイ!」
「マジかよ……これ大丈夫なやつだよな?」
「会ってみないと分からないっプイ。ちょっとしたギャンブルっプイ」
そのギャンブルはコストが高すぎる。
もう少しコスト軽減か踏み倒し効果を内蔵してきてくれ。
とりあえず今は、目の前にいる化神……というか木の根の塊と接触するしかないか。
「あら、こんなところにカード?」
その時だった、アイが木の根の塊に近づいていった。
えっ、カード?
「おいアイ、そこは流石に危ない」
「機械に挟まっているカードを取るだけよ」
「そこ機械あるのかよ」
いや待て、それじゃあまるでアイには木の根が見えていない事になるぞ。
そんな思考をした瞬間、アイは根の塊に手を伸ばした。
幽霊に触れるように根をすり抜けるアイの手。
「きゃっ!?」
「アイ!」
恐らくアイの言っていたカードに触れた瞬間、バチンと電気が弾けるような音が鳴った。
アイはすぐに手を引っ込めたが、後ろに倒れそうになる。
咄嗟に俺は駆け寄って、倒れそうになるアイの身体を支えた。
「大丈夫か?」
「えぇ、少し驚いただけ……えっ?」
一瞬の間の後、アイは目をパチクリさせ始めた。
なんか、嫌な予感がする。
「えっ、えっ!? 何よこれ、根っこ!?」
「やっぱり見えてなかったのか。というか今見えるようになったのか!?」
「見えてなかったって、ツルギはずっと見えてたの?」
そう言って振り返ってくるアイ。
当然俺の方を向けば、頭上にいる相棒も見えてしまうわけでして。
「あっ、もしかしてボクも見えてるっプイ?」
「……ツルギ、頭の上に何か取り憑いてるわよ」
「幽霊じゃないから安心してくれ。俺の相棒なんだ」
「それ、カーバンクルよね?」
はい、いつも過労死している俺の相棒です。
カーバンクルは俺の頭上で「そうっプイ。はじめましてっプイ」と挨拶していた。
いや相棒よ、絶対に今挨拶してもアイの脳に入っていかないぞ。
「じゃなくて! 今カーバンクル見えてるんだよな?」
「バッチリ見えてるわね。あと機械があった場所に根っこの塊が出てきたわ」
「なぁカーバンクル、という事はさっきから不自然にあった木の根って」
「化神が出してたものっプイ」
なるほど、そういうオチか。
最初の隠し扉の時、敷居に重なるように木の根が伸びていたのに、何故か扉の動きを邪魔していなかった。
それも化神が伸ばしていたからだったら、なんとなく納得はできる。
「ところでアイ、機械に挟まってたカードって」
どんなカードだったの聞こうとした、次の瞬間だった。
「あぁ、この感じ……人間だけど、とっても馴染むのね」
根の塊から少女のような声が聞こえてくる。
これ絶対化神の声だろ。
「ここにいた悪い人間じゃない……これは、とっても素敵な人間! 間違いなく、ウィズのお姉様なのね!」
何か勝手に納得をしたような台詞を言うと、根の塊が眩い光を放ってきた。
卵が孵るように、根の塊が解けていく。
その中から一体の
「やっと出会えたのね! アナタがウィズの
無数の木の根で全身が構成された、鳥型のモンスター。
大きな翼を動かして、アイの元にやってくる。
「なのね! なのね!」
「……えっ、私!?」
「それ以外の可能性がないだろ」
「ないっプイ」
俺とカーバンクルは思わず突っ込んでしまった。
だってお姉様って言ってたし。
というか、この化神の見た目……何処かで見たことあるような気がする。
「えっと、貴女は?」
「お名前なのね! ウィズの名前は〈【
鳥型化神ことウィズが自己紹介をする。
ここでやっと思い出した。確かにサモンのカードにあったな〈【禁断樹凰】ウィズダム・フェニックス〉ってカード。
樹精デッキの強力な切り札の一枚で、レアリティは貫禄のSRだ。
こっちの世界ではまだ見たこと無かったけど、まさか化神として存在していたとは。
……なんか見た目がデフォルメされてるけど。
「なぁカーバンクル、もしかして樹精の化神だからアイと一瞬に来るように仕向けたのか?」
「ただの偶然っプイ。こんな展開予想できるわけないっプイ」
さいでっか。
とりあえずウィズは滅茶苦茶アイに懐いているな。
当のアイは困惑しまくってるけど……まぁ敵対するような化神じゃなかったから良しとしますか。
「ツ、ツルギ。どうすればいいのかしら?」
「危害を加えるようなやつじゃないし、とりあえず交流してやってくれ」
「キュップイ。細かい説明は後回しにして、今はパートナーの出会いを噛み締めるっプイ」
「突然過ぎて噛み締めかたが分からないのよ」
大丈夫だ、人間どんな異常事態に遭遇しても何とかなる。
具体的には異世界転移だって受け入れられるんだぞ。
人類の可能性は無限大だ。
「なのね、なのね! お姉様のお名前教えて欲しいのね!」
「えっと、宮田
「アイリお姉様なのね! 改めまして、はじめましてなのね!」
「……えぇ、初めまして」
ウィズの頭を優しく撫でるアイ。
無邪気な声を出しているウィズを見る限り、ファーストコンタクトは成功したみたいだ。
「ところでアイリお姉様。そこにいる化神は誰なのね?」
「けしん?」
「あぁ、カーバンクルの事だな。コイツは俺の相棒だ」
化神については、後で説明する事にしよう。
とりあえず俺は頭上にいるカーバンクルをウィズに紹介した。
「ボクはカーバンクルっプイ。よろしくキュップイ」
「で、俺はそのパートナーの天川ツルギだ。よろしく」
こういう言い方はアレかもだけど。
人外とのファーストコンタクトって、なんでこう胸が躍るのかな。
……なんかウィズがカーバンクルを凝視してるんだけど。
「お……」
お?
「おっさんの化神なのねぇぇぇぇぇぇ!? 加齢臭がするのねぇぇぇぇぇぇ!」
「キュプッ!? ボクはおっさんなんて歳じゃないっプイ!」
「嘘つくななのね! 魂が年齢を映し出してるのね! どう見てもお兄様なんて年齢じゃないのね!」
「キュプゥ!? 魂感知ができる化神っプイ?」
俺の頭上で項垂れるカーバンクル。
というかお前、おっさんって呼ばれる年齢だったのかよ。
申し訳ないが吹き出しそうになったので、頑張って耐えます。
「というか、化神ってそういう特殊能力もあったんだな」
「うぅ……全員じゃないけど、みんな何かしら特技はあるっプイ」
そうなのか、説明ありがとう。
あと俺の頭上で泣かないでくれ、涙が生温いんだ。
……今更だけど、化神の加齢臭ってなんだよ。
「でも本当によかったのね。また悪い人間達が来たのかと思ってびっくりしちゃったのね」
「悪い人間? なにかあったのかしら?」
ウィズを抱き抱えながら、アイが聞いてみる。
するとウィズは微かに震えながら、クチバシを動かし始めた。
「この研究所にいた人間なのね。あいつらは悪魔みたいなやつらだったのね」
「キュップイ? 人間が何をしていたっプイ?」
「実験をしていたのね。ウィズたち化神をあつめて、酷い実験をしていたのね!」
声を荒らげるウィズ。
化神を集めて実験……そんな事を可能にした集団がいたのか。
「化神を無理矢理生み出して、集めて……実験の材料にされたりしたのね」
「キュ……実験、っプイ?」
「研究所に残ったみんなは苦しんで、バラバラのプログラムに分解されて死んじゃったのね。ウィズは運良く生き残っただけなのね」
穏やかな話じゃなさそうだな。
化神をバラバラに分解して死なせたって。
「なんのためにそんな事したんだよ」
「わからないのね。でも実験に成功した人間が言っていたのね」
次の瞬間、ウィズの口から放たれた言葉は、俺の想定を遥かに超える最悪だった。
「ウイルスカードが完成したって」
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