第十七話:ツルギ、答える

 勉強会が終わって帰宅したあと、俺はずっとスマホを眺めていた。


「なんか……調べれば調べるほど、ヘンテコな世界だなぁ」


 主にサモン関係。

 政界財界とかにサモンが広がっているのはもう慣れた。その手のニュースは山ほど入ってくるし。

 個人的に今日驚いたのは税金関係。

 カードの売買では各種税金が免除されてるんだな。意外過ぎる。

 どおりでカードパックが300円丁度だった筈だよ。今思い返したら消費税無かったもん。


「これもしかして、レアカードをオークションで売りまくっても税金取られないんじゃ?」


 もしかすると天川家金持ち化コースできるんじゃないか!?

 ヤバイ、夢が広がりすぎる。


 そんな事を考えていると、玄関が開く音が聞こえてきた。

 卯月が帰ってきたんだな。


「ただいまー」

「おかえりー。赤翼さんと何話してたんだ?」

「女の子の話だから教えなーい」

「さいですか」


 女子というのはよく分からん。

 それにしても長話してたんだな。

 サモンファイト一戦できるくらいの時間あったぞ。


 ……ん?


「なぁ卯月。まさかとは思うけど。赤翼さんにファイト挑んでないよな?」

「……さぁ? どうだろ」


 露骨に口笛拭きながら、自室に上がる卯月。

 間違いないコイツ赤翼さんにファイト挑みやがった!


「ヤッベぇ。卯月のデッキは初見殺しすぎるんだよ」


 しかも切り札の〈シュヴァルツシュランゲ〉は、前の世界では制限カードに指定されてた代物。

 多分この世界の人間ならメンタルに深刻なダメージを負うレベルだ。

 それを赤翼さんが受けたと考えれば……マジでヤバい。


 俺は大急ぎで自室に戻った。


「電話番号交換してたよな!?」


 慌ててスマホの電話帳を確認する。

 元々女のアドレスなんて母さんと卯月のしかなかったから、すぐに見つかった。

 交換しておいて良かった。


「頼む頼む出てくれぇ」


 すぐに赤翼さんに発信する。

 数秒のコールの後、電話は繋がった。


『もしもし』

「もしもし赤翼さん? よかったー出てくれて~」


 出てくれなかったら、家まで行って土下座する予定だった。

 赤翼さんの家知らないけど。


『えっと、天川くん。こんな時間にどうしたんです』

「ゴメン赤翼さん! 卯月がファイト挑んだだろ」

『……はい』

「やっぱり」


 最悪だあの妹。初見さんにトラウマ植え付けに行きやがった。


「本当にゴメン。アイツのデッキ初見殺しで厄介だから、あんまり暴れるなって言ってあったんだけど」


 ちなみにそれを言った直後、卯月には「お兄に言われたくはない」と返された。

 それはともかく。


「卯月の奴は後でキツく𠮟っておくから。トラウマ植え付けたことは本当にゴメン」

『そんな、謝らないでください。負けちゃったのは私の弱さが原因ですから』


 電話の向こうで、赤翼さんの声が徐々に小さくなっていく。

 やっぱり心に深刻な傷ができたんだ。兄として責任を取って切腹せねば。


「申し訳ありません、腹切ります」

『天川くん!?』


 年ごろの娘さんにトラウマ植え付けてしまった罪は重い。


『だから天川くんは謝らないでください! 負けたのは私の責任ですから!』

「だけど年ごろの娘さんに」

『私、天川くんと同い年ですよ!』


 ……言われてみればそうだった。

 完全に年下の知り合いを見る目だったわ。

 いや精神年齢は俺19なんだけどね。


『とにかく今は謝るの禁止です! メッですよ!』

「マジですまん」


 というか赤翼さんの「メッ」めっちゃ可愛いな。

 声フェチ拗らせそうだ。


『むしろ……謝らなくちゃいけないのは、私のほうです』

「ん?」


 なにやら奇妙な流れになったぞ。


『私、ずっと勘違いしてたんです。天川くんからデッキを預かって、一緒にファイトして……自分が強くなったって、勘違いしてて……』

「赤翼さん」


 いや君普通に強いよ。

 確かにデッキは殆ど俺が組んだけど、十分に使いこなせてたよ。

 正直この世界で出会った人の中では、速水の次に脅威だよ。


 でもまぁ、気になる事があるのは確かなんだよな。


『本当の私はすごく弱くて、勇気が無くて……このデッキを使う資格もない、ダメな人間です』

「デッキを使う資格ねぇ」


 また妙な事を言い出すもんだ。


「資格なんて、最初から誰も持ってないよ。サモンってのは自由なんだ。だから赤翼さんがそのデッキを使うのも自由だよ」

『だけど私、全然デッキを使いこなせてなくて、今日も負けちゃって』


 完全に涙声になってるな。

 だけど……


「赤翼さん、もしかしてカードを全て活かしきろうとしてない?」

『えっ?』


 実はこの前から薄々気になってた点。

 赤翼さんは全部を活かしきろうとしている節がある。


「そりゃあ確かに、全部のカードを活かしきるのは理想だ。だけど全てのファイトでそれができる筈がない。それは誰だって同じだ」

『だけど、それじゃあデッキを使いこなしてるとは』

「全てを活かすだけが使いこなす事じゃない。むしろ重要なのは、必要な時に必要なだけ力を発揮させる事だ」

『必要な時に、必要なだけ』

「そうだ。で、そのタイミングを選ぶのはファイターである赤翼さん自身」

『わ、私ですか!?』

「そりゃそうだろ。だってそれはもう、赤翼さんのデッキなんだから」


 電話越しに、赤翼さんの自信なさげな声が聞こえてくる。

 そんなに卑下しなくてもいいのになぁ。


「それにな。俺の事なんか気にせずにデッキを回してくれればいいんだ。ほとんど俺が組んだとはいえ、使い手は赤翼さんなんだから。戦い方は赤翼さんの好きなようにすればいい」

『天川くん……どうして』

「ん?」

『どうして私にここまでしてくれるんですか?』


 また妙な……いや、そうでもない質問か。


『だって私、この前まで天川くんと特別仲が良かったわけでもないですし。私が天川くんに何かした覚えもないですし……私、ほとんど天川くんを利用しているようなものですし……それなのにどうしてデッキを渡してくれたんですか?』

「うーん、そんな深刻そうに聞かれても困るんだけど』


 それに利用されてるなんて欠片も思ってないんだけどなぁ。

 まぁ強いて言うなら、手を貸す理由はこれだよな。


「赤翼さんってさ、すっごい楽しそうにサモンするじゃん」

『えっ』

「授業中とかさ、みーんな重苦しそうにサモンしてんのに、赤翼さんってスゲー楽しそうにしてるから。だから助けになりたくなったんだ」

『楽しそうって、それだけの理由なんですか?』

「十分な理由だと思うけどなぁ」


 だってそれは、カードゲームをする上で一番大事な事だから。


「赤翼さんはさ、もっと肩の力を抜いていいと思うんだ。勝つ事だけじゃない。サモンを楽しむ事を考えて戦ってみたらどうかな?」

『楽しんで、戦うですか?』

「そうそう。なんなら俺もサモンは楽しんで戦ってる派だぜ。東校の奴とのファイトもなんだかんだ楽しかったし」

『え、あのファイトを楽しんでたんですか!?』

「そうだぞ。あっでも、学校のみんなにはナイショな」


 流石にバレたら怒られそうだ。


「赤翼さん。強くなる事よりも、大事な事があるんじゃないかな?」

『大事なこと……』

「それをもっと前に出しちゃえばいいんだ。わがまま貫いちまえ」


 具体的にはエースカードへの愛とか。

 赤翼さんのデッキに入っていた1枚のSRカード。

 きっと、あのカードは何か思い入れのある品だろう。

 ならそれをファイトの中で主張してしまえばいいんだ。


「大丈夫。俺が褒めてきたのは俺が教えた技術に対してじゃない。赤翼さん自身が持っている力に対してだから。それは信じて欲しい」

『天川くん』

「俺もさ、赤翼さんのこと信じてるから。だから難しく考えたりしないで、自分が一番大事にしたい感情優先でいこう」

『……はいっ』


 電話越しの声が明るくなってきた。

 大丈夫。赤翼さんならきっと、強くなれる。

 俺はそれを手伝いたいだけなんだ。

 ……将来的には魔改造とかしてみたいけど。


「トーナメントまであと二週間。特訓も兼ねて、思いっきりサモンを楽しもう」

『はいっ。明日もよろしくお願いします』

「いい返事だ」


 自然と俺も笑顔になってしまう。

 きっともう大丈夫だろう。

 もしこの後、赤翼さんが落ち込むような事があったら……その時はまた、話をしよう。

 だって赤翼さんは、俺の大事な教え子だから。

 ……俺中学生だけど。


「もう一回言っておく。俺の事は気にするな。赤翼さんはやりたいようにやればいい」

『はい。ありがとうございます、天川くん』

「なんか辛くなったら、いつでも電話してくれればいいさ」

『天川くんは優しいですね。じゃあ、お言葉に甘えます』


 そして俺達は「おやすみなさい」と挨拶をして、電話を切った。


「赤翼さんのメンタル。これで回復すればいいんだけどな」


 後は彼女を信じるしかないか。


 それはさておき。


「卯月の秘蔵おやつ。あとで全部食ってやる」


 兄からのお仕置きだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る