第百二十話:元素の感染

 どれだけ叫んでも、言葉が伝わらない事はある。

 それでも伝えたくて、叫び続けて、何も変えられなかったから後悔した。

 本当に……異世界転移とはいえ、変えられるチャンスが現れた事は奇跡だったんだ。

 変えようとして、実際に速水の進路まで変えてしまって……世界の法則さえも利用して問題を解決しようとして。


 そこまでしても邪魔になってくるのは、結局いつの時代どこの世界だろうが……人の悪意なんだろうな。


「俺、のターン」


 ランダムに決められた先攻は速水。

 ウイルスに感染しているからか、それともかなり無理矢理な感染でもしたのか。

 理由は明白じゃないけど、まるで操り人形のようなぎこちなさだ。


「メイン、フェイズ……手札の〈ウォーターエレメント〉2枚を【合成】」


 2枚の元素魔法が混ざり合い、速水の場に大きな水の塊を作り出す。


「〈ウォーター・プレシオン〉を合成召喚」


 〈ウォーター・プレシオン〉P3000 ヒット1


 全身が水で構成された恐竜が召喚される。

 以前ソラとのファイトでも出した、ドロー効果のある元素モンスターだ。


「【合成】によって、召喚された〈ウォーター・プレシオン〉の……効果発動。デッキから2枚ドロー、する」


 速水:手札3枚→5枚


 まずは手札の総数を減らさないようにする。

 本来なら速水の堅実なファイトスタイルを称賛したい場面なんだろうけど、今はそんな場面じゃない。

 何より、ウイルスに感染してなお的確な手を打てるあたり、今の速水はかなりの強敵かもしれない。


「続けて、手札の〈ライトエレメント〉と〈マリスエレメント〉を……【合成】」

「っ! 光と闇の元素魔法か!」


 予想外だった。まさか速水があの2枚をデッキに入れていたとは。

 特に〈ライトエレメント〉は魔法カードを無効化する効果があるから、回収されると厄介だ。


 光と闇のエネルギーが混じり合い、新たなモンスターを作り出す。


「合成召喚……〈カオス・ギガノト〉!」


 現れたのは巨大な身体を持つ黒白の恐竜。

 全てを破壊し、混沌を作り出さんという意思の具現化のようにも見えた。


〈カオス・ギガノト〉P10000 ヒット2


 不味いな、アイツの召喚時効果は今の速水のデッキなら強力に作用するぞ。


「〈カオス・ギガノト〉を召喚、した時……俺は、デッキから、系統:《元素》を持つ魔法カードを、2枚墓地に送る」


 速水の切り札〈【蒸気竜王じょうきりゅうおう】スチームパンク・ドラゴン〉は、攻撃時に墓地の元素魔法を使う効果がある。

 あらかじめ墓地に送ってしまえば、その組み合わせと対応力は無限大だ。

 問題は何を墓地に送るかだ。俺は速水が墓地に送るカードを注視する。


 速水が墓地に送ったカード:〈エアロエレメント〉〈シーエレメント〉


 妙なカードを落としたな。

 相手モンスターを手札に戻せる〈エアロエレメント〉は墓地から発動しても十分に強い。

 だけど〈シーエレメント〉はダメージを軽減する防御魔法だぞ。

 少なくとも攻撃時に効果を発動する〈スチームパンク・ドラゴン〉とは相性が悪い。


(速水がそんなミスをするとは思えない……何かの仕込みか?)


 だけど墓地から回収して手札に加えるには、些か効率も悪いし、回収先としても強くはない。

 俺がそんな事を考えていると、速水は1枚のカードを仮想モニターに投げ込んだ。


「合成召喚されたモンスター……〈ウォーター・プレシオン〉を進化」

「もう握ってたのかよ!」


 水で構成された恐竜が、巨大な魔法陣に飲み込まれていく。


「火炎の闘志と流水の知識。今こそ交じりあいて革命の狼煙を上げろ……進化召喚」


 魔法陣が弾け飛び、巨大な蒸気機関の心臓が出現する。

 その心臓を中心に、無数の炎と水が集まり、新たな身体を構成していった。

 降臨するのは元素の竜王にして、速水の切り札。


「来い〈【蒸気竜王】スチームパンク・ドラゴン〉」

『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』


〈【蒸気竜王】スチームパンク・ドラゴン〉P13000 ヒット3


 心なしか〈スチームパンク・ドラゴン〉の咆哮の苦しみが含まれているような気がした。

 いや、気のせいなんかじゃないと思う。

 これは速水の苦しみ、そしてそれを代弁するカードの叫び。

 だったら俺だって叫ばなくてはいけない……速水に伝えるべき事を。


「目ェ覚ませ速水! 聞こえてないのか!」

「勝つ……その、ためなら……どんなことでも」

「あのクソ兄貴に勝つんだろ! 超えて自分の人生を取り戻すんだろ! その道で本当にいいのか!?」

「そう、だ……俺は、兄さんに勝って、取り戻すんだ」

「散々俺のストッパーしてたくせに、お前が手段選ばなくてどうすんだよ!」

「……お、れ、は……」


 何かに抗うように息を切らせる速水。

 もしも俺の言葉が伝わっているなら、どこまでもぶつけてやる。


「中学の頃に、お前が俺にサモンを教えてくれって頭下げに来た時! 俺がなんて言ったのか忘れたのか!」

「…………」

「相談はすること、手段は選ぶこと! 確かに了承してたよなァ!?」

「あ、あぁ……」

政帝せいていから何かカードを受け取ったんだろ? ファイトをやめて、それを捨ててくれ」


 その時だった。

 赤く染まっていた速水の目の内、右の目が元に戻っていた。

 言葉が届いたのかもしれない。


「てん、かわ」

「速水……カードを」

「グッ、ガアァァァァァァァァァァァァァ!」


 僅かな希望を断つように、周囲の黒い霧が集まって速水の身体の中に入り込んでいった。

 恐らくウイルスから脱するのを防ぐために、何か細工をされていたのかもしれない。


「速水!」

「俺は、魔法カード……」

「ダメだ、それを使うな!」


 速水の右目は、再び赤く染まっていた。


「〈【暗黒感染】カオスプラグイン〉を発動!」


 ついにウイルスカードが、発動されてしまった。


「このカードは、自分の場のモンスターを1体除外して、ゲーム外部から対応する系統:《感染》を持つモンスターを召喚する……俺は〈【蒸気竜王】スチームパンク・ドラゴン〉を除外」


 真っ黒な魔法陣が現れて、速水の〈スチームパンク・ドラゴン〉を飲み込んでいく。

 邪悪なエネルギーが感染していき、元素の竜王は苦悶の叫び声を上げていた。

 まるで……速水自身の心の傷を代弁しているかのように。


「闇に染まりて今こそ目覚めよ。汝が使命は世界の終焉なり」


 どす黒いエネルギーに包まれていた〈スチームパンク・ドラゴン〉だったが、既に叫び声は聞こえない。

 邪悪な力に染められて、本来なら存在しない筈の姿へと作り変えられていく。


「カオスライズ! 現れろ〈【元素の感染】スチーム・ロスト・ドラゴン〉」


 闇を破って現れたのは、邪悪なエネルギーを全身に取り込んだ蒸気機関の竜王。

 今まで蒸気で構成されていた箇所は全て、邪悪な闇のエネルギーになっている。

 そして目は赤く染まり、もはや理性を失った破壊兵器を連想させるような様相だった。


〈【元素の感染】スチーム・ロスト・ドラゴン〉P16000 ヒット3


「本当にカードを書き換えてるんだな……」


 合宿の時もそうだったけど、やっぱりアニメ設定のせいで前の世界には存在しない形態になってしまう。

 前の時と同じく、全てのテキストを確認する事もできない。

 恐らく発動しないと明らかにならない仕組みなんだろう。


「ターン、エンド」


 速水:ライフ10 手札1枚

 場:〈カオス・ギガノト〉〈【元素の感染】スチーム・ロスト・ドラゴン〉


「俺のターン! スタートフェイズ、ドローフェイズ!」


 ツルギ:手札5枚→6枚。


 まずは回ってきた自分のターンを始める。

 現在わかっている盤面情報としては、まず〈カオス・ギガノト〉についてだ。

 あいつは破壊されると墓地から《元素》のカードを1枚回収する効果を持っている。

 それはなんとかできそうだけど、問題はあっちだ。

 やっぱり〈スチームパンク・ドラゴン〉が元なだけあって、戦闘と効果では破壊されず、除外までされないときた。

 どうやら永続系の効果はすぐに読めるらしい。だけどまだメインとなる効果がわからないのが痛いな。


「メインフェイズ! まずはライフを2点支払って、魔法カード〈フューチャードロー〉を発動!」


 気持ちとしては早く終わらせたいファイトだけど、迂闊な行動が致命傷になる可能性もある。

 未知の情報を対象するためにも、まずは未来へのドロー予約だ。


 ツルギ:ライフ10→8


「続けて〈コボルト・ガンマン〉を召喚!」


 俺の場にカウボーイ風の獣人が召喚される。

 今の様子見にはちょうど良いカードだ。


〈コボルト・ガンマン〉P3000 ヒット1


「〈コボルト・ガンマン〉の効果発動! 手札を1枚捨てる事で、相手に2点のダメージを与える」


 俺が手札から〈コボルト・ライブラリアン〉を捨てると、ガンマンは腰から銃を抜いて、速水に向けて早撃ちをした。


「ぐッ!」


 速水:ライフ10→8


「ぐぁぁぁ!」


 ダメージ受けるや、速水は苦痛の叫びを上げる。

 頬には黒い痣が広がり始めているが、ウイルスの影響でライフダメージが現実のダメージにでもなっているのか?


「速水!?」


 まつり誠司せいじ、アイツなんて事を。

 だけどファイトを中断しても速水を助ける事はできない。

 最後にどうなるのか分からないけど、今はファイトを進行する他ないか。


「墓地から〈コボルト・ライブラリアン〉の効果発動。デッキを上から3枚墓地に送って、魔法カードがあれば発動する」


 気持ちは焦るけど、無理矢理抑え込む。

 俺はデッキを3確認して、墓地へ送った。


 墓地に送られたカード:〈メタル・ガルーダ〉〈ザ・ファンタジーゲート〉〈トリック・ディストーション〉


「墓地に送られた〈ザ・ファンタジーゲート〉の効果を発動! 自分のデッキから系統:《幻想獣》を持つモンスターを1枚選んで手札に加える。俺は〈【紅玉獣こうぎょくじゅう】カーバンクル〉を手札に」


 デッキから手札にくるや、カーバンクルはカードの中から俺に話しかけてきた。


「プイ……短時間で感染が進みすぎっプイ」

「分かってる。なぁ相棒、俺の時みたいに速水のウイルスも食ってしまうって出来るか?」

「感染具合によるけど……最後のターンにボクが場にいれば食べられるっプイ!」


 それを聞くことが出来れば十分だし、希望も繋がった。

 とはいえ、このターンは防御に徹して様子見をした方が良い。


「頼むぜ……奇跡を起こすは紅き宝玉。絶対助けるぞ! 〈【紅玉獣】カーバンクル〉を召喚!」

「勝って全部食べてやるっプイ!」


 俺の場に現れた紅玉が砕けて、中から緑色のロップイヤーなウサギが現れる。

 今回は相棒をとにかく場に残してやらなくてはな。


〈【紅玉獣】カーバンクル〉P500 ヒット1


「俺はこれでターンエンド」


 ツルギ:ライフ8 手札3枚

 場: 〈【紅玉獣】カーバンクル〉〈コボルト・ガンマン〉


 ひとまず防御を固める。

 次のターンで速水は攻撃を仕掛けてくるだろうけど、まずは相手の能力を探らなくちゃな。


「俺の、ターン……スタートフェイズ、ドローフェイズ」


 速水:手札1枚→2枚

 

 速水のターンが始まる。こっちは防御体制とはいえ、やっぱり未知の相手は緊張感が尋常じゃないな。


「メインフェイズ……手札から魔法カード〈ヴォルカニックエレメント弐式にしき〉を発動」


 あれは場の《元素》モンスター全てに【指定アタック】を与える魔法カード。

 というか弐式シリーズってもう実装されてたんだな。

 ……そういえば元素はこの前禁止カード出たもんね。

 さよなら〈アースエレメント〉くん、二度と戻ってこなくて良いぞ。


「アタックフェイズ……〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉で〈コボルト・ガンマン〉を指定アタック」


 邪悪な竜王がコボルトに殺意を向ける。

 まずは順当にダメージ要員の除去か。


「攻撃時に〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉の効果を発動。俺は墓地から系統:《元素》を持つ魔法カードを1枚選んで発動する」

「そこは元のカードと変わらないんだな」

「俺は墓地から〈マリスエレメント〉を発動。相手に2点のダメージを与える」


 速水の墓地から、闇の元素が攻撃エネルギーと化して姿を現す。

 そして〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉が小さく首を動かして指示を出すと、闇の元素が俺のライフを削ってきた。


「痛ッ!」


 ツルギ:ライフ8→6


 効果でライフが削れると同時に俺の身体に痛みが走る。

 刃物で切り付けられたかのような痛みだったけど、血は出ていない。

 これもウイルスの影響か。合宿の時より凶悪になっている。


 そして〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉の攻撃は、今は通すか。

 邪悪な竜王の口から放たれたビームによって、コボルトは跡形も無く消し飛ばされてしまった。


「〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉で2回攻撃。そして効果で墓地から〈マリスエレメント〉を再び発動」


 2回攻撃も元のカードから受け継いでるのか。

 そしてまた2点のダメージが飛んでくる。

 身体の痛み……なんてもうどうでもいい。考えるべきは次の一手に繋げるか否かだ。

 受ければライフは減るけど、後々のドローの可能性も考慮するなら。


「そのダメージは受ける!」


 またも闇の元素が俺の身体に襲いかかる。

 ライフが減少すると同時に、酷い痛みが走るが……こんな痛みがなんだって話だ。


 ツルギ:ライフ6→4


「カード効果でダメージを受けた事で、手札から〈カドゥケウス〉の効果を発動!」


 使う場面はここだ。


「こいつを召喚して、俺は受けたダメージ分のライフを回復する」


 俺の場に白い大きな蛇が召喚され、ライフを回復してくれた。


〈カドゥケウス〉P4000 ヒット0

 ツルギ:ライフ4→6


「さらに! 〈カドゥケウス〉を召喚したターン、相手の効果によって俺が受けるダメージは2点減る!」


 これで追加の効果ダメージが来ても大丈夫だ。

 とは言っても、ここから速水が効果ダメージを使ってはこないと思うんだけど。

 それはそうとして〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉の攻撃だ。


「頼む。〈カーバンクル〉でブロック!」

「これが本来の使い方っプイ!」


 そう言いながらカーバンクルは邪悪な竜王の前に出る。

 とはいえパワーの差は歴然。カーバンクルはドラゴンの足であっさりと踏み潰されてしまった。


「〈カーバンクル〉は効果で手札に戻る」

「……〈カオス・ギガノト〉で攻撃」


 フルアタックか。でもその攻撃は〈カドゥケウス〉でブロックしよう。

 俺がそう思った瞬間、想定外の効果が発動した。


「モンスターが攻撃した事で〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉の効果を発動。墓地から〈ウォーターエレメント〉を発動して、カードを1枚ドローする」

「なッ!? 自分以外の攻撃でも発動するのかよ!」


 俺は慌てて〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉のテキストを確認する。

 一度発動したからか、確認できなかったテキストも全て読めるようになっていた。

 そして〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉の効果は、元となった〈スチームパンク・ドラゴン〉と同じく墓地の元素魔法を発動する効果。

 だけどその発動条件は自身の攻撃時ではなく、モンスターの攻撃時に変化していた。


「おいおい嘘だろ」


 このテキストだと俺のモンスターの攻撃にも反応するぞ。

 前のターンで迂闊に攻撃しなかったのは大正解だったらしい。

 考える事はあるけど、とりあえず今は!


「〈カドゥケウス〉でブロック!」


 白い大蛇が恐竜の攻撃から俺を守る。

 だけどパワーで敵わないカドゥケウスは、あっさりと恐竜に喰われてしまった。


「ターンエンド」


 速水:ライフ8 手札2枚

 場:〈カオス・ギガノト〉〈【元素の感染】スチーム・ロスト・ドラゴン〉


 もう追撃ができないのか、速水がターンを終了させる。

 流石にこれは頭を使わないと勝てない。

 特に〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉が存在する限り、俺が攻撃宣言をするたびに、墓地から魔法カードが発動してくる。

 今の速水の墓地にある元素魔法は、モンスターを手札に戻す〈エアロエレメント〉。

 ダメージを6点減らす〈シーエレメント〉。

 そして2点のダメージを与えてくる〈マリスエレメント〉。


(今俺が迂闊に攻撃を仕掛ければ、そのどちらかが発動してくる)


 その上、墓地から発動しても魔法カードは移動しない。

 墓地に置かれたままなので、何度でも発動できる。


(完璧なカウンターの布陣。しかも攻撃時には〈ヴォルカニックエレメント弐式〉まである)


 厄介にも程がある状況。

 自分の手札を確認するけど、あまり長持ちするような手札じゃない。

 となれば道は二つ。

 次のドローで守りを固めるか、次のドローで一気に攻めるかだ。


「ウッ、グッ……」


 速水が苦しそうな声を出す。

 黒い痣もゆっくりと広がっている。


「速水……俺のターン!」


 思い出してしまうのは、前の世界での一件。

 道は違っても結末が同じになると言うなら、その結末を変えてやる。

 この世界がカードゲームで全てを決めるっていうなら、このファイトで明日も変えてやる!

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