第百十九話:エマージェンシー

 翌日、俺は学校をサボって町中を駆け回っていた。

 まずは速水の家の周辺。その町の至る場所。カードショップ。

 思いつく場所は手当たり次第に行ってみる。

 俺だけじゃない。ソラやアイ、らん九頭竜くずりゅうさん、そして牙丸きばまる先輩も動いてくれている。


「クソっ、どこに行ったんだよ」

「全然見つからないっプイ」


 今朝、家に速水のお祖母さんから電話がかかってきた。

 あの後速水は、家に帰ってきていないと。

 電話をとった母さんから話を聞いた瞬間、俺は慌てて家を出た。

 他の皆にもメッセージを送って、居場所を知らないか聞いてみる。

 ありがたい事に、他のみんなも速水の捜索を手伝ってくれる事になった。

 そして九頭竜さんから話がいき、牙丸先輩も捜索を手伝ってくれている。


「ツルギ、他の町かもしれないっプイ」

「じゃあ赤土あかど町か」


 俺の頭上でカーバンクルがそう言う。

 既に時間は14時、あちこち駆け回ったが速水は見つからない。

 スマホでグループメッセージを確認するが、発見の報告はない。

 俺は「今から赤土町を探す」とメッセージを送って、電車に乗り移動した。


(……地理は、前の世界と微妙に違う)


 ふと浮かんだ場所は、前の世界で速水が死んだ場所。

 だけどその場所は、この世界には存在しない。

 一応位置的には赤土町にあたるけど、あの町で死のうものなら今頃SNSで酷い話題になっている。

 電車移動の最中、念のために俺はSNSでそれらしき情報が出ていないかを調べる。


(幸いにして、今は何もなしか)


 それはそうとして、速水送ったメッセージは全て未読。

 昨日は一度既読になったけど、また逆戻りか。


(それだけはない……それだけは絶対に避ける)


 ただただ自分に言い聞かせる。

 それが無意味だと分かっていても、そうしないと心臓が落ち着かない。


 電車が無事に駅に着いて、俺は急いで改札を出る。

 平日の昼過ぎとはいえ、観光地でもる赤土町は人が多い。

 今だけはこの人の多さが僅かな安心になるかもしれない。

 人が多ければ、非日常の話題が出た時の速報性が高まる。

 速報なんて絶対に聞きたくないけどな。


「カードショップ、数が多いんだよ」


 やたらと多いカードショップを総当たりで確認する。

 だけど速水はいない。

 ならば本屋はどうかと思って向かうも、そこにもいない。

 そもそも一晩戻らず過ごせるような場所となると、数も限られるぞ。


「ネカフェ、速水が行くか?」


 気づけば時計も16時になっている。

 想像がつかない可能性を当たってみるかどうか考えていると、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ツルギくん!」

「ソラ、そっちはどうだ!?」

「見つかりません。どこに行ったんでしょう」


 それが分かれば今すぐ向かってる。

 念のため学校に居てもらっている九頭竜さんにメッセージで確認をとるが、速水は学校には来ていないらしい。

 現在他の町を捜索中のアイと藍も同様。


「学校周辺にも、いないみたいですね」

「サーガタワーの一般見学スペース……は無いか」


 あそこは要予約な上に、即日で入れるような場所でもない。

 いけても入り口付近が関の山。

 上層の研究室なんてもっと無理だ。


「そろそろ学校が終わった頃ですし、クラスの人達にも手伝ってもらった方が」

「だな。ちょっと連絡入れてみる」


 ソラに言われて、俺はアプリのクラスグループにメッセージを送ろうとする。

 その時であった、誰かが俺達の方へと近づいてきた。


「おやおや? 学校をサボってまでデートでもしてたのかい? 君は随分と余裕があるんだね」

「うわ出たっプイ」


 偉そうに話しかけてくる男子。というか何故か俺に何度も顔を見せつけに来る、粘着質なクラスメイト。

 今はカーバンクルでさえ嫌がる男、財前ざいぜんであった。


「君がうかうかしていると、僕が学園の頂点に――」

「ごめんなさい、少し黙っていてください」

「天川以外から塩対応だと!?」


 ソラに塩対応されたのが相当ショックだったらしい。

 財前がめちゃくちゃ変な顔を晒してる。

 でも実際問題、今はそれどころじゃない。


「悪いけど今日はお前の相手をしてる暇は――」

「勘違いするな。僕は君に注告をしに来ただけだぞ」

「注告?」


 何を言ってるんだコイツは。


「自分のチームメイトくらい、ちゃんと手綱を握ったらどうだ? あの速水とかいう奴、昨日よくない場所に行っていたぞ」


 俺とソラは、ほぼ同時に財前の方へと向いた。

 昨日だと?


「先生も言っていたが、あの辺りは裏ファイト関係の」

「どこだ! どこで見た!」


 思わず財前の両肩を掴んで聞き出してしまう。

 いきなりで驚いたのか、財前は目を大きく開いていた。


「あっ、あそこだよ。駅から南の方に離れた、居酒屋が集まっている、人の少ない路地」


 あそこか。場所なら知っている。


「ツルギくん!」


 言われなくてもだ。

 俺はソラと一緒に、その路地に向かう事にした。


「色々サンキュ、財前!」

「だから僕は財前だッ! …………いや合ってるのか」


 後ろから財前の声が聞こえたが、気にせず俺とソラは駆け出した。


 そして駅から南の方へと進むと、どんどん人が少なくなっていく。

 この辺りは治安が良くないので、観光客もあまり近づないとの話だ。

 道路も汚いし、タバコの臭いが漂っている。


(あれ? この光景って)


 俺は路地に近づくにつれて、周り光景に見覚えがあった。

 一度立ち止まって、周辺を見回す。


「ツルギくん、どうしたんですか?」

「……まさか」


 記憶の中に、一つだけ該当する場所がある。

 アニメの中で、まつり誠司せいじが裏の人間にウイルスカードを売るシーン。

 その時に地下施設の入り口となる酒場へ移動する最中……たしかこんな景色の場所を歩いていた。


 頭の中で急速にパズルのピース組み上がっていく気がする。

 政誠司という人間なら、そういう場所に連れ込む可能性は十分にありえる。

 だったらやるべき事は一つだ。


「ソラ、少し戻るぞ!」

「えっ、どうしてですか!?」

「速水の居場所がわかったかもしれない! けど入るには必要なもんがあるんだよ!」


 俺はそう言いながら来た道を戻り、駅前の銀行に駆け込んだ。

 ソラには少し外で待ってもらい、必要な事を終えた俺はさっさと銀行を出る。


「悪い。今度こそ行くぞ」


 と、その時であった。

 これまたよく知る人物が、俺達に駆け寄ってきた。


「天川、そっちは見つかったか!?」


 牙丸先輩だ。相当走り回っていたからか、汗もすごく息も絶え絶えだ。


「まだですけど、居るかもしれない場所は分かりました。今から行きます」

「そうか。ボクも一緒に行っていいか?」


 先輩、かなり責任感じてるみたいだ。

 これは断れないな。


「はい。じゃあ早速行きますよ」


 こうして俺はソラと先輩を連れて、再び例の路地へと駆け出した。

 記憶を頼りに、酒場が集まっている場所を探し出す。

 掲げられている看板を一つ一つ、見落とさないように確認して……そして、見つけた。


「あった」


 アニメでも見た酒場の看板だ。

 間違いない、ここは地下ファイト場の入り口になっている。


「牙丸先輩、万が一の時はソラを」

「言われなくても、君も逃すさ」


 俺は先頭に立ち、酒場の扉を開ける。

 中にはガラの悪い、いかにもな男達が酒を飲んでいる。

 こちらを品定めするよう見てくるが、今は無視だ。

 目的はカウンターにいる店員だけ。


「いらっしゃい。ご注文はアイスミルクでいいかな?」

「裏への扉を開けて欲しいんですが」


 腹芸だとか遠回しな表現だとか、そんなのしてる暇はない。

 俺は単刀直入に要求を伝えた。


「それを注文するという事は、色々と知っているという事だね」

「会員カードは無いですけどね」

「大丈夫。入場料さえ払ってもらえれば問題ない」


 ほら、入場料でなんとかなった。

 俺はどんな値段が提示されるのだろうかと考えていると、後ろからソラと牙丸先輩が耳打ちしてきた。


「ツルギくん、ここってもしかして地下ファイト場ですか?」

「天川、何故君がこんな場所を知っているんだ」


 まぁそうなるよな。

 だったら答えてやろう。


「政帝が常連さんみたいなので、知っちゃったんですよ」


 嘘は言ってない。全部も言ってないけど。

 とはいえ、流石に牙丸先輩にはショックだったんだろうな。

 めっちゃ顔を青くしている。

 さてさて、話を戻して入場料だ。


「入場料はいくらですか?」

「一人につき100万円だよ」


 なるほど。


「ひゃ、ひゃくまんえん!? 絶対払えませんよ!」

「クッ、こんなところで」


 あ〜、ソラと牙丸先輩。

 すごいリアクションしてるところ申し訳ないんですが。


「じゃあ現金一括払いでお願いします」

「これが漢気の支払いっプイ!」


 バサバサッ!

 俺は持っていた鞄から100万円の束を三つ、カウンターに出した。

 店員さん、クール装ってるけど結構驚いてるな。タバコ落ちそうですよ。


「あぁ……確かに」


 数えるのは後でゆっくりお願いします。

 とりあえずこれで裏への扉は開いた。


「コホン。じゃあ案内します」

「ソラ、先輩! 面白い顔してないで行くぞ!」

「……だから銀行に行ったんですね」

「なぁ、天川ってスゴいお金持ちなのか?」

「あれで一般家庭らしいですよ」


 後ろから牙丸先輩の「冗談だろ」という声が聞こえるなぁ。

 ウチは一般家庭ですよ。

 ちょっと前の世界で当たり過ぎたハズレSRを定期的にオークションとかで売り払ってるだけですよ。

 いや本当にありがとう、ショップのオリパで無駄に入りまくっていた重症患者クソザコの皆様。

 君達の犠牲は忘れない。


「こちらの階段から続いています」


 俺達は奥へと案内されて、裏の施設へと繋がる扉へと案内された。

 扉の向こうは下り階段。俺達は躊躇う事なく階段を下りていった。

 長い階段と長い通路を進むと、広々とした空間に出る。


 アニメでも見た事がある。

 政誠司が交渉の場として利用していた、違法な賭けファイトをする地下施設だ。

 ここは観客席ってやつか。


「まさか地下にこんな施設が本当にあるとはな」


 実物の地下ファイト施設を目の当たりにして、牙丸先輩複雑そうな顔になっている。

 無理もないか、政誠司がここに通っているとなればな。

 それはそうと、なんか客席が妙だな。


「先輩、なんか静か過ぎませんか?」

「天川もそう思うか。サモンファイトの観客とは思えない静かさだ」


 所謂歓声と呼べるような声は全く聞こえない。

 なんなら席に座っている人達は、不自然なくらい無言無表情だ。

 試しに顔を覗き込んでみるが、反応はない。

 起きたまま意識を奪われているのか?


「ツルギ……この人達、みんな感染してるっプイ」

「マジかよ……これ全部?」


 目視だけで40人はいそうだぞ。

 それが全員ウイルス感染済みってのは流石に想定外だぞ。

 ……イリーガルな人達だから後回しでいいかな?

 

「これは驚いたな、著名な人物が随分といる」


 牙丸先輩も様子がおかしい観客を見て回ったのだろう。

 その上でのコメント。どうやら著名な金持ちが何人も遊びに来ていたらしい。

 だけど皆揃って反応がない。少なくとも生きてはいるのだけど。


(……ん?)


 客席の足元に、黒い霧のようなものが漂っているように見えた。

 やっぱりウイルスカードの影響がでているんだな。

 そう思った次の瞬間、ソラが声を上げて俺を呼んできた。


「ツルギくん! ファイトステージを見てください!」


 俺は慌ててファイトステージの方に視線を向ける。

 ちょうど立体映像が消えた直後らしい。

 ステージの片側には今しがたライフが0になって敗北したファイターが一人、その場で気を失っている。

 反対側に立っていた対戦相手は……俺達が探していた人物であった。


「速水」


 やっと見つけた……そう思ったのも束の間。

 ファイトステージには黒い霧が既に漂っていた。

 その意味を理解した瞬間、俺は速水に何が起きたのか察してしまった。


「天川、何か様子がおかしいぞ」

「ツルギくん、速水くんが全然反応してくれません」


 何度か名前を呼んだソラだったが、速水は無反応。

 牙丸先輩も観客席から声をかけるが、やはり速水は無反応。

 そうだろうな……あの状態で周りの声なんて聞こえるわけがない。

 俺は腰のホルダーから召喚器を取り出す。


「速水、ウイルスに感染している……」

「ウイルス、いったい何の?」

「もしかして、この前ツルギくんが言っていた『人間にウイルスを感染させるカード』ですか?」

「そうだ。速水が感染させられたんだ!」

「そんなカード、聞いたことがないぞ」


 牙丸先輩の反応は当然だと思う。

 きっとソラも半信半疑だっただろう。

 だけど現実なんだ。速水はウイルスに感染している。

 恐らく観客席の人達の様子がおかしいのも、ウイルスカードの影響だろう。


「速水ッ!」

「あっ、ツルギくん!」

「天川!」


 俺は召喚器を握りしめて、観客席からファイトステージへと飛び降りた。

 今の速水に言葉を届ける方法は、一つしかない。


「なぁ……速水、俺の声が聞こえるか?」

「……テン、カワ」

「名前はちゃんと答えられるんだな。じゃあ次は、昨日からお前に何があったかを答える番だ」

「ツルギ、それじゃダメっプイ」


 速水は目が虚ろである。

 だが眼鏡の向こうでも、確かに確認できた。

 アイツの目が赤く染まっていた。

 ウイルスに感染している証拠である。


「速水、頼むから教えてくれ……昨日なにが」

「ダメっプイ……それじゃ何も届かない」

「ターゲット……ロック」


 こちらの質問に答える事なく、速水は俺の召喚器にターゲットロックしてきた。

 声が届いていないというよりは、意識を操られているような……


「アレに感染したらもう、戦うしかないっプイ!」

「ファイト……勝利……倒すべき、相手は……」


 息を切らせるように、何かに抗うような声で搾り出す速水。

 だがすぐに飲み込まれてしまい、赤く染まった目をこちらに向けてきた。


「天川、ツルギ! それが、友の望み!」

「ッッッ! 速水ィィィィィィ!」


 俺が絶叫すると同時に、頭上にいたカーバンクルがデッキのカードに戻る。

 戦いは避けられない。

 自分の感情が爆発するのを感じながら、俺は召喚器から5枚の手札を引いた。


「「サモンファイト! レディー、ゴー!」」


 必ず……戻してやるからな。

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