第百十八話:大切な/友達……
駅近くの公園のベンチに座る俺とソラ。
俺は知る限りの事、そして話せる範囲の内容を語った。
流石に前の世界に関係する事は話せないからな。
「……」
ソラは、何も言わない。
いや、どう言葉を出せばいいのか分からないのだろう。
それが普通の反応だし、今はそれでいいんだ。
無理して言葉を出そうとしても何もならないし、逆に悪い事に繋がる場合もある。
俺は前の世界で……嫌というほど理解したよ。
「なんで速水が話さなかったのかって、思うか?」
「少しだけ……でも、私が同じ立場でもきっと話せないと思います」
「そういう事だ。特に速水の場合は、決着ってのがついてないからな……生まれた時から、ずっと」
焦る気持ちが生まれるのは当然だ。
あんなトラウマを負ったら、それはもう呪いに他ならない。
政誠司の策略だったとはいえ、特別講演会でエキシビジョンファイトに乗った事も、それ自体はおかしな事でもない。
問題は結局、相手がことごとく人の道を踏み外していた事か。
「ツルギくん? 大丈夫ですか」
ソラが心配そうに、こちらを覗き込んでくる。
どうしても……俺の頭の中には、前の世界での出来事が浮かんでしまう。
サモン関係を除けば、速水の家庭環境は今と何も変わらない。
速水リュウトは単純に学業の成績がよく、大学生で会社を興す人物だった。
商売の才能だけはあった……人間性はあちらでも欠落していた。
反社勢力とも平気で繋がって、悪どい事は数え切れない程やっていた。
「俺は、大丈夫だ」
今の世界と違って、前の世界では速水は俺とは違う高校に進学。
その学校で良い彼女もできていた……やっと幸せになっていた筈だったんだけどな。
「顔、真っ青ですよ」
「……ちょっと、嫌な事を思い出しただけだ」
速水リュウトは、弟が幸せになる事を許さない。
前の世界でアイツは、速水の彼女に近づいて……おおよそ考えられる全ての外道な行為をした。
行方不明になった彼女さんを探すのに、俺も協力したけど……見つかった時には全てが遅かった。
反社勢力が借りていたマンション一室で、薬物漬けにされて死んでいた。
それだけでも速水の心には深刻なダメージだったけど……彼女さんの葬儀がトドメになったんだと思う。
一人だけ海外逃亡した主犯の弟という事で、彼女さんの両親から激しく責められていた。
前の世界で速水が命を絶ったのは、その翌日だった。
「なぁソラ……俺は、ちゃんとアイツの友達やれてるかな?」
「どうしてそう思うんですか?」
「自信が、ないんだよ……自分の言葉が届いているのか、自信が持てない」
前の世界でも連絡はマメに取っていた。
けど、人間がいなくなる瞬間なんて、何も前触れなく来てしまう。
少し前まで普通にメッセージを交わしていても、いなくなる時は一瞬なんだ。
本当に……俺の父親といい、何も言わず勝手にいなくなる。
「ツルギくん、私が言っても説得力はないかもですけど」
そう言うとソラは、俺の手を優しく握ってくる。
「速水くんは、ツルギくんの事をすっごく信頼していると思いますよ。今は余裕がなくてもきっと……ツルギくんの言葉なら必ず届くと思います」
「……本当にそうなってくれたら、良いんだけどな」
以前も少し思った事だけど、歴史の修正力というものは存在する気がする。
その力に抗う事は可能なんだろうけど、どこまでなら抗えるのかは未知数。
正直に言ってしまえば、最初は俺も軽い気持ちで変えようと思っていた。
変えてはならない流れと、変えてもいい流れを、身勝手に線引きして。
(本来の流れを変える事、それ自体がよくないと言われてしまえばそこまで……だけど)
カードゲーム至上主義の今の世界では、力を得ることができた。
それを使って、来るかも知れない未来を変える。
だけど結局のところ、俺自身はサモン以外はただの凡人。
やれる事には、どうしても限界がある。
(それでも……目に見える範囲だけでも、手を伸ばし続けたい)
俺はスマホを取り出して、メッセージアプリを確認する。
やっぱり速水に送ったメッセージは……既読がついていた。
だけど返信は何もない。
「速水くん、既読ついてますね」
「だな。少なくとも死んではいないと思いたい」
「ツルギの想定がちょっと怖いんですけど」
すまん、前例を見ちゃったもんなので。
とはいえ今さっき既読がついたと思えば、まだ大丈夫だとは思いたい。
後は根気よくメッセージを送って、直接会うのみだ。
「そういえば速水くん、何処に行ったんでしょう?」
「一応メッセージで聞いてみたけど、今日中に返事が来るかどうか」
とはいえ諦める理由にもならない。
念の為、速水が行きそうな場所は片っ端から行ってみるか。
「もう遅いし、ソラは家に帰って」
「一緒に行きます。速水くんが行きそうな場所ですよね?」
「そうだけど、年頃の娘さんがさぁ」
「同い年です。一緒に行きます」
「だから」
「行きます」
「はい」
この子なんか押し強くない?
でもまぁ、俺一人よりは説得力やら何やらが上がると思えば、良いのかな。
(縁というものは確実に変わっている筈なんだ……あとは良い方向に作用さえしてくれれば)
過程しか変わらない、なんて事にはなって欲しくない。
今やれる事を全力でやるしかないんだ。
◆
ツルギとソラが心当たりのある場所へ向かい始めた頃。
速水
メッセージに添付されていた地図を頼りに、人気が少ない路地へと入っていく。
そして呼び出された酒場の前に辿り着くと、そこには黒髪ショートボブの女子が立っていた。
「お待ちしておりました」
「驚きましたか? このような場所に呼び出された事が」
「えぇ、まぁ」
「
そう言われて、学人は凪の後を追うように酒場へと足を踏み入れた。
中はいかにもアングラな雰囲気であり、学人はさらに衝撃を受ける。
政帝に呼び出された時も驚いたが、この場所はそれに匹敵していた。
「お客様です。よろしくお願いします」
カウンターの店員に黒い会員カードを提示する凪。
するとカウンターの店員は凪と学人を裏に続く階段へと案内した。
凪に連れられて、完全に未知の領域に足を踏み入れる学人。
そして通路の果てには、地下ファイト場の観客席へと繋がっていた。
「……ここは」
学人は地下にこのようなファイト施設があるのかと、衝撃を受ける。
客層もどこか異様だ。揃いも揃って身綺麗であり、悪く言えば成金といった風貌の者ばかり。
この時点で学人は薄々、ここが非合法なファイト場だと察し始めていた。
「誠司様、速水学人をお連れいたしました」
「ありがとう、凪」
観客席に座っていたのは学人もよく知る人物。
序列第1位【政帝】
何故彼がこのような場所にいるのか、学人には全く理解できていなかった。
「さぁ、遠慮せずに座ってくれたまえ」
誠司に誘われて、隣の席に座る学人。
その逆隣には凪が座っていた。
「さて、今日は急に呼び出して申し訳ない」
「何故、俺を呼び出したのですか?」
「無論、君に強い関心があるからだよ……速水学人君」
どこか怪しい笑みを浮かべながら、誠司は話を続ける。
「先日の特別講演会でのエキシビジョンファイト、本当にご苦労だった」
「ッ!」
「速水リュウト。君は彼の弟なんだってね」
「は、い……」
「合宿での君の成績は素晴らしいものだった。JMSでも実に華やかな戦いを見せてくれていたね」
そして誠司は知りうる限りの情報を駆使して、学人を褒め称える。
もはや不気味な域であり、企みすら邪推してしまう程だ。
一通り褒め終えると誠司は、このように続けた。
「君はお兄さんに勝ちたい。そういう欲求を抱えているんじゃないかな?」
「ッ!? それは……」
「隠さなくても良い。優れた兄を超えたいなんて、平凡な話さ」
「……たしかに俺は、兄に、勝ちたいです」
勝利への欲求、それは力に対する欲求とも言える。
その言葉を誠司は決して聞き逃さなかった。
「速水君……絶大な力に興味はないかな?」
「絶大な、力?」
「凪、例のものを」
誠司に指示をされると、凪は1枚のカードを学人に差し出してきた。
学人はそのカードを見て困惑をする。
「これは」
「こちらは誠司様からの御厚意です」
「そして速水君、これは僕達の友情の証だ」
学人の耳元で囁く誠司。
それはまるで悪魔の囁き。目の前に差し出されたカード〈【暗黒感染】カオスプラグイン〉も合わせて、深淵からの誘惑。
カードそのものから、気味の悪い魅了の力が放たれている。
学人はそれを肌で感じ取り、警戒心が膨らんでいくが、誘惑の力が侵食してきた。
「このカードがあれば君は強くなれる。あのお兄さんにだって容易く勝てるだろう」
「勝て、る……兄さんに……」
「そうだ。君の中にある呪いは解かれて、君は真の人生を謳歌できるようになる」
誠司は既に調べ上げていた。
学人の中にある呪いを口実に、ウイルスカードへ誘惑していく。
「それだけじゃない。誰も君には勝てなくなるんだ……当然、あの天川ツルギにだってね」
「天川に……」
「そうだ。さぁ友情の証を受け取ってくれるかい?」
ゆっくりと手を伸ばす学人。
だが心の中で何かが引っ掛かる。
兄の事ではない。これはきっと、今の自分にとって譲れない大きなもの。
「俺は……」
頭の中に浮かぶのは、チーム:ゼラニウムとして戦った日々。
仲間と共に切磋琢磨して、自身を高めていった日々。
合宿でも協力し合い、苦楽を共にした仲間達。
そして……最も良き好敵手であり、最も自分を理解してくれた
学人はカードに触れず、伸ばした手を握り締めた。
「これは……俺の望む力じゃない」
「おや? 受け取ってはくれないのかい?」
「俺は確かに勝ちたい。兄にも天川にも」
「ならば――」
「俺は自分の力で勝ち取りたいんだ! 失くしたものも、アイツらとの友情も」
魂から叫びを上げる学人。
本当に自分が欲する勝利は、自分の力で手にしたもの。
そして何より……友に顔向けできない力を、学人は決して受け入れたくはなかったのだ。
「そうか……残念だよ」
心底失望したような声でそう言うと、誠司は学人から顔を離した。
そして……
「凪、やれ」
短く、凪に命令を出した。
すると凪はすぐさま、手に持っていたカードを学人の額に当ててきた。
「なっ!?」
ウイルスカードの直接接触。
当然のように中に含まれていたウイルスは、学人の体内に侵食していく。
「頭部への直接感染だ。よく効くと思うよ」
急激にウイルス感染していく学人。
周囲の音は一瞬聞こえなくなり、思考の制御権を奪われてしまう。
まるで意識が闇の底に沈むように、速水学人という人間の意識が全てウイルスに埋もれてしまった。
時間にして数秒程度の出来事、だがウイルスには十分過ぎる時間であった。
「速水学人君、これで僕達は本当の友達だよ」
優しい声色でそう語りかける誠司。
学人は静かに、額に当てられていたカードを手に取って……自身のデッキに加えるのだった。
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