第百二十一話:【幻橙狐】カーバンクル・テンコ
喪失に前兆なんてない。
届かない時は、言葉なんてどうやっても届かない。
でもそれを強引に解決する手段があるとするなら、それは『力』というものなんだと思う。
ここはカードゲーム至上主義世界。サモンの強さが『力』に直結する。
それは財力だったり、権力だったり、人を動かす力だったり。
前の世界からカードを引き継げたおかげで、俺はこの世界における『力』を手に入れた。
「スタートフェイズ。ドローフェイズ!」
ツルギ:手札3枚→4枚
なんでも手に入る。なんでも変えられる。
だけどそれは人間の領域であり、個人の領域に限られる。
人の生き死になんて、本来なら神様の領域なんだろう。
そんな当然の法則を理解していても、俺は抜け道を探し出したくなる。
傲慢だと言われようとも、人の心を変えて、結果を変えられるなら……俺はどこまでも抗ってやる。
「メインフェイズ! 〈【
「キュップイ! まだまだ働けるっプイ!」
ひとまず相棒を召喚する。
速水の場には〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉と〈カオス・ギガノト〉の2体。
どちらも疲労状態だけど、こちらが攻撃を仕掛ければ〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉の効果で墓地から魔法が発動する。
速水の墓地に存在する魔法で、今最も警戒するべきカードは……2点のダメージを与えてくる〈マリスエレメント〉。
まずはこいつを対策しないと、攻撃なんてできない。
(さっきドローしたカード。良いタイミングで来てくれた)
頭の中でカードをプレイする順番が構築されていく。
後はそれを実行するだけ。
「ライフを2点支払って、手札から〈ドクターコボルトB〉を召喚!」
俺の場に、黒いロングコートを着た獣人の医者が召喚される。
背中にある巨大注射器がなんか不穏だな。
ツルギ:ライフ6→4
〈ドクターコボルトB〉P5000 ヒット1
まずはライフ調整に成功。次はコレだ。
「魔法カード〈トリックアーマー〉を発動! このターンの間〈ドクターコボルトB〉に効果破壊耐性を与える!」
淡く光る緑色のオーラに包まれる〈ドクターコボルトB〉。
耐性付与で場持ちをよくする。
これで狙い通り、手札が残り1枚になった。
「自分のライフが4以下なので、手札から魔法カード〈逆転の一手!〉を発動! 手札が3枚になるようにドローする」
ツルギ:手札0枚→3枚
最大効力はちゃんと発揮できた。
問題はドローしたカードなんだけど……頼もしい面子が揃ってくれた。
「続けてコイツ! 〈ドクタースライムK〉を召喚!」
今度は俺の場に、額帯鏡をつけた巨大な黄色スライムが召喚された。
どうでも良いけど、コイツなんか顔が濃くないか?
顔面だけ明らかに作風違うぞ。
〈ドクタースライムK〉P5000 ヒット2
「〈ドクタースライムK〉の召喚時効果発動! 自分のデッキを上から4枚墓地に送って、その中に系統:《幻想獣》を持つモンスターがあればその枚数分だけライフ回復する!」
デッキから墓地に送られたカード:〈ケリュケイオン〉〈トリオ・スライム〉〈【王の幻槍】グングニル〉〈ルビー・イリュージョン〉
「墓地に送られた幻想獣のモンスターは2枚。よって俺はライフを2点回復する」
ツルギ:4→6
墓地にカードを送りつつ、ライフに余裕を持たせる。
とはいえ、ここで〈ルビー・イリュージョン〉が墓地に行ったのはキツいな。
アレなら〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉を倒せたけど、無いものねだりをしても仕方ない。
「自分がライフを回復した事で〈ドクタースライムK〉の効果を発動。俺はカードを1枚ドローする」
ツルギ:手札2枚→3枚
手札を増やして、状況への対応力を強化する。
幸い〈ドクタースライムK〉は、俺がライフを回復するたびに1枚ドローできる効果がある。
これで布陣は揃った。
「アタックフェイズ! 〈ドクタースライムK〉で攻撃!」
「モンスターの攻撃に、よって、〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉の効果を発動……墓地から〈マリスエレメント〉を発動、する」
またもや闇の元素が俺に襲いかかってくる。
だけどその展開になるのは承知の上だ。
「痛ッッッ!?」
ツルギ:ライフ6→4
やっぱりライフダメージを受けると、身体に痛みが走る。
なんならさっきよりも痛みが増している気がする。
でも全部想定内。これで効果の発動条件が満たされた。
「俺がダメージを受けた瞬間〈ドクターコボルトB〉の効果を発動! 自分が魔法カードの効果でダメージを受けるたびに、受けたダメージ分のライフを回復する!」
本来は〈召喚爆撃!〉による無限ダメージコンボで、〈ケリュケイオン〉の保険として入れていたカード。
まさかこんな場面で活躍してくれるとは思わなかった。
ツルギ:ライフ4→6
そして俺がライフを回復した事で〈ドクタースライムK〉の効果も発動する。
わかりやすいコンボだ。
ツルギ:手札3枚→4枚
そして〈ドクタースライムK〉の攻撃が解決するわけだけど……流石に速水相手ではそう簡単にはダメージが入らなかった。
「魔法カード〈ファイアエレメント〉を発動。ヒット2以下のモンスターを1体破壊する」
大きな火球が出現して〈ドクタースライムK〉に襲いかかる。
そのまま火球に飲み込まれてしまい、スライムは跡形もなく蒸発してしまった。
本当なら楽しい筈の速水とのファイト。
だけど今は……あまりにも。
「勝つ……勝って……俺は、取り戻――」
「これがお前のやりたかった事なのかッ! 誰かに歪められて、明日まで全部握られて! 自分の意思なんて碌にないこのファイトがッ! 速水のやりたかった事なのかよ!?」
「俺が……やりた、かった……」
「クソ兄貴に勝つって目標はあるだろ。だけど俺が聞きたいのはその先だ! 速水自身の、全部終わらせた先の夢は無いのかよッ!」
前の世界でもそうだった。
速水は勤勉で努力家だけど、それは全部クソ兄貴に踏み躙られたものを取り戻すため。
漠然とした目標を持つけど、具体的な夢……特に自分自身の夢なんて考えていなかった。
今の世界で、速水はプロのサモン選手になると言っている。
だけどそれはきっと手段であって本当の目的ではない。
俺は……他人の事をどうこう言える人間じゃない。
前の世界では碌に目標も持たず、カードゲームに興じるようなダメ大学生だった。
自分の夢がない……それを自覚していたから俺は、前の世界では速水の違和感に気づいても強く言えなかった。
だけどそれが間違いだと知った今なら、俺は自分を棚に上げてでも言葉を紡いでやる。
「やりたい事なんて、今すぐ見つからないのは嫌って程知ってる! だけどッ! 今お前の周りには、誰がいるのか思い出してみろッ!」
「まわ、り……」
「ソラ、アイ……藍と九頭竜さん、それに俺もいるだろうが! その眼鏡の度を合わせてもう一回見てみろ!」
「てん……かわ……」
「一緒に学んでる。一緒に悩める。お前がいなくなったら必死に探し回っている友達がいるだろうがッ!」
もうただ、感情に任せて叫んでいるだけかもしれない。
だけど俺が速水に一番伝えたかった事でもあった。
一人じゃない。俺達は大切な友達として、速水を心配しているんだと。
「心に酷い痛みがあるってんなら、俺がそれを共有してやる! だから戻ってこい!」
「天、川……俺は――ッッッ!」
言葉は届いている気がする。
だけどウイルスのやつが邪魔をしてるな。
俺は自分の手札を確認する。
さっきドローしたカード……きっと速水だけじゃなく、後でみんなに怒られるだろうけど、このファイトで俺が出したい答えはこれ一つだ。
「あと少しだけ、痛みを我慢してくれよ。〈ドクターコボルトB〉で攻撃!」
黒いコートを着た獣人の医者が、背中から大きな注射器を手にして攻撃を仕掛ける。
さっき発動した〈トリックアーマー〉のおかげで、今の〈ドクターコボルトB〉は効果破壊ができない。
そして効果ダメージも帳消しにされるとなれば、速水が打ってくる手はただ一つだ。
「モンスターの攻撃によって〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉の効果発動。墓地から〈エアロエレメント〉を発動し、攻撃中の〈ドクターコボルトB〉を手札に戻す」
風の元素が集まって、一つのエネルギーの塊になる。
効果破壊できない相手は手札に戻す。速水らしい教科書通りのプレイングだ。
だからこそ、俺はその一手を狙ったんだ。
モンスター効果による発動とはいえ、〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉による魔法の発動は、ちゃんと魔法カードの発動として扱う。
「いくぞ、相棒」
「がってんプイ!」
「相手が魔法カードを発動した時、ライフを2点支払う事でコイツは手札から召喚ができる!」
俺は手札から、そのカードを仮想モニターに投げ込んだ。
ツルギ:6→4
「俺は場の〈【紅玉獣】カーバンクル〉を進化!」
「今日のボクは、お狐パワーっプイ!」
橙色の巨大な魔法陣が出現して、カーバンクルを飲み込む。
神秘的な力が集まり、カーバンクルの身体を急速に作り変えていった。
「
「キュゥゥゥップイィィィィ!」
魔法陣が弾け飛び、中から巨大な橙色の宝玉が出現する。
その宝玉が砕けると、中から神秘と畏れを体現したような、九尾の狐が降臨した。
「来い! 〈【
「コォォォォォォォォン!」
〈【幻橙狐】カーバンクル・テンコ〉P10000 ヒット2
パワーが低めで、直接的な戦闘には向いてないカーバンクルの進化形態。
だけどそれで良い。コイツの真価はカウンター能力だ。
「〈カーバンクル・テンコ〉の効果発動! 〈【紅玉獣】カーバンクル〉を素材にしていた場合、召喚時に相手が発動していた魔法カードを無効にする!」
「コォォォォン!(魔法なんて妖力で分解してやるっプイ!)」
九つの尾の先に、青白い炎が出現する。
襲いかかってくる風の元素に向けて、〈カーバンクル・テンコ〉は一気にそれらを放った。
呪法を分解する大妖怪の狐火。それに燃やされる事で、風の元素は跡形もなく消え去ってしまった。
「〈カーバンクル・テンコ〉を召喚した時、自分のライフが5以下ならカードを1枚ドローする」
ツルギ:手札3枚→4枚
ドローしたカードは〈ルビー・バリア!〉か。
本来ならありがたいカードなんだけど……今回は不要な1枚だ。
そして妨害カードが無効化された事で〈ドクターコボルトB〉の攻撃は続行になる。
「……ライフ、だ」
大きな注射器から、紫色の薬品を噴射する〈ドクターコボルトB〉。
その薬品が速水のライフを削った。
速水:ライフ8→7
「――――ッ!」
痛みに悶える速水。
攻撃演出と痛みはこれといって関係はないらしい。
だけど、やっぱり痛みが増しているように見える。
ファイトを終わらせて、必要な事を伝えるためにも、今は攻撃するしかない。
「頼む〈カーバンクル・テンコ〉!」
「コンコン、コォォォォォォォォン!」
俺が攻撃宣言をした事で、身軽な動きを見せながら〈カーバンクル・テンコ〉は速水に攻撃を仕掛ける。
現在、速水の場にはブロッカーはいない。
だけどモンスターが攻撃した事で〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉の効果が発動する。
「〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉の効果を発動。墓地から〈ファイアエレメント〉を発動し、ヒット2の〈カーバンクル・テンコ〉を破壊」
炎の元素が集まり、大きな火球となる。
その火球は〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉の指示によって、カーバンクルに襲いかかった。
「コンッ!」
俊敏な動きで火球を回避していく〈カーバンクル・テンコ〉。
だが〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉は何度も首を動かして、火球に指示を送り続ける。
「コーンッ!」
向かってくる火球に向けて、九つの尾から青白い炎を撃ち込む〈カーバンクル・テンコ〉。
派手な爆発と共に、視界を奪うように爆炎が広がる。
見えない場所からの攻撃は回避できない。
爆炎を突き破るようにして〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉が姿を現した。
「コン!?」
至近距離まで、カーバンクルに竜の口を近づけている〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉。
この距離からの攻撃は避けられないだろう。
そんな意思すら伺えるように、邪悪な竜王は自身の口から炎の元素を吐き出した。
「……コン」
狙い通りといった笑みを口元に浮かべた〈カーバンクル・テンコ〉。
だがすぐに凄まじい量の炎に飲み込まれて、破壊されてしまった。
そう……必ず除去してくると思った。
除去された瞬間こそ、コイツは本領発揮なんだ。
「相手によって場を離れる時……〈カーバンクル・テンコ〉の専用能力【
能力を発動すると、破壊された筈のカーバンクルが半透明になって場に姿を現す。
完全に幽霊だな。青白い狐火も浮かんでるし。
「〈カーバンクル・テンコ〉が場を離れるとき、進化元である〈【紅玉獣】カーバンクル〉を場に残して、テンコ自身は手札に戻る!」
場にいつも通りの姿、緑色ウサギに戻ったカーバンクルが現れる。
そして手札には〈カーバンクル・テンコ〉が戻ってきた。
魔法を無効化するのはターン中1回しかできないけど、条件さえ揃えば毎ターン撃てるカウンターだ。
そして……【無限経】の効果には続きがある。
「【無限経】の効果でモンスターが手札に戻った場合、俺は必ず手札からモンスターカードを1枚捨てなければならない。そして捨てたモンスターのヒット数分のダメージを相手に与える」
俺が手札から捨てるのは……
「手札から〈【
半透明になっていた〈カーバンクル・テンコ〉。
ダメージ分、三つの狐火を生み出して速水にぶつけた。
「グアァァァァァァァァァ!」
速水:ライフ7→4
ライフダメージと同時に、凄まじい叫び声を上げる速水。
俺も思わず慌てて声をかけてしまった。
「速水!」
膝をついてしまう速水。
制服の袖からは僅かに血も流れていた。
どうやら流血を伴う程のダメージにまでなったらしい。
「天、川……」
フラフラと立ち上がる速水。
口の端が切れたのか、そちらにも血がついている。
「俺を……気に、かけるな……」
「なに言って」
「余計な責任なんて、負うな……痛みは俺だけで、いい……お前は、逃げて、いい――」
「それが嫌だから今ファイトしてんだよッ!」
思わず腹の底から叫んでしまう。
合宿の時と同じ事を、よりにもよって今言いやがって。
「必死に手を伸ばしたのに何も掴めなかったら、死ぬまで後悔し続ける! 俺は今ッ! お前に手を伸ばしてるんだよ!」
傲慢だと言われてもいい。
この手を掴んでくれないなら、こっちから掴んでやる。
だから絶対に……そんな痛みを一人で抱えさせはしない。
「ターンエンドッ!」
ツルギ:ライフ4 手札4枚
場:〈【紅玉獣】カーバンクル〉〈ドクターコボルトB〉
人間が抱えられる痛みなんて、無限大なわけがない。
限界値なんて、想像しているよりずっと小さいんだ。
速水の痛みは限界値なんて超えているに決まっている。
だからこそ、俺達は必死に手を伸ばしているんだ。
「人間には限界があるって俺に言ったのはお前だろッ! 言った本人が限界超えようとしてんじゃねぇぇぇぇぇぇ!」
「天川……」
伸ばした手は引っ込めない。
絶対に掴ませるし、掴んでやる。
その先に痛みがあるなら、分担してやる。
「自分の明日が見えないなら! 見えるようになるまで俺が相手してやる! 分かったらさっさと目ェ覚ましやがれ!」
感情任せに叫び続けてしまう。
それが全て速水に伝わったのかは分からない。
だけど僅かに……ほんの僅かだけど〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉が、速水の方へと視線を向けたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます