第百二十二話:友の苦しみを

 カードゲーム至上主義なこの世界。

 ファイトで勝てば大抵の事は思うがままにできる。

 だけど……勝利というのは、最も分かりやすい手段の一つでしかない。

 間違ってもここは、勝利が正解になり続ける世界ではないんだ。

 そう思いたいし、そうであって欲しいからこそ……俺は今手札に抱えているカードでファイトを終わらせる意思を持っている。


「俺の……ターンッ!」


 苦痛に耐えながらも、ファイトを続行する速水。

 たとえ本人に続行の意思がなくとも、速水を蝕んでいるウイルスがそれを許さないだろう。


「スタートフェイズ。ドローフェイズ!」


 速水:手札1枚→2枚


 手札が2枚になったという事は、【合成】を使ってくる可能性が高まったという事。

 あの2枚が両方、元素魔法でかつ【合成】の素材にしても大丈夫なカードだったら……少し面倒だ。

 いくら今の俺に手札が多めにあるとはいえ、限度が存在する。


「メインッ、フェイズ!」


 速水は自身の手札を確認する。

 ここまでスムーズにカードをプレイしてきたけど、速水は妙に考え込んでいた。

 いや違う。ウイルスに抗っているんだ。

 赤く染まっていた速水の目は、右側だけ元に戻っていた。


「俺の……俺が、やりたい、事は」


 搾り出すようにそう声を出すと、速水は手札を2枚仮想モニターに投げ込んだ。


「俺は手札の〈ファイアエレメント〉と〈バブルエレメント弐式にしき〉を【合成】!」

「えっ!?」


 今、速水が【合成】に使った〈バブルエレメント弐式〉というカード。

 あれは墓地に系統:《元素》を持つ魔法カードが4種類以上あれば、アタックフェイズを強制終了させる防御魔法。

 少なくとも本来であれば、この状況で【合成】に使うようなカードじゃない。

 もう片方の〈ファイアエレメント〉だって、今なら手札に温存しておいた方がいい除去魔法だ。


「召喚コストッ……ライフを1点支払う」


 速水:ライフ4→3


「来いッ! 〈スチーム・レックス〉!」


 火の元素と水の元素。

 二つの力が混ざり合い、全身から蒸気を噴き出している、巨大な恐竜が降臨した。

 あれは速水の……最初のエースカード。


『ギャオォォォォォォォォォォォォン!』


〈スチーム・レックス〉P9000 ヒット3


「手札が無ければ……できる事は少ない」


 そう呟くと速水は、俺の方へと視線を向けてきた。


「天川、俺を、やれッ! 防御は、俺がさせない」

「速水……」

「俺はこのまま、ターン――」


 息を切らせながら、速水がターンを終えようとする。

 だがウイルスがそれを許さない。

 急激にウイルスが侵食してきたのか、速水が苦悶の声を上げる。

 そしてシステムが動き、アタックフェイズへと移行してしまった。


「グッ、ガァ――違う、これは、俺がやりたいファイトじゃあ」


 必死に抗う速水だが、右目が再び赤く染まり始めていた。

 何がなんでも速水を戦わせたいらしい。

 

 だけどその時だった。

 速水の場の〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉が、翼を広げて突然咆哮を上げ始めた。


『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』


 まるで自身に残された最後の力を振り絞るように、〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉が絶叫する。

 速水はまだ攻撃宣言をしていない。だけど〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉はひとりでに攻撃を仕掛けてきた。


「なっ!? まだ攻撃宣言してないだろ!」

「プイ……もしかして」


 翼を動かし、俺を刺すように視線を向ける〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉。

 俺に何かを必死に訴えているようにも見える。

 そしてモンスターが攻撃した事によって、能力が発動。


『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』


 速水の墓地から魔法カードが発動する。

 恐らくこれは、速水の意思ではなく〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉の意思。

 その想いから選ばれた魔法カードは……〈バブルエレメント弐式〉だった。


「……何故、カードが」


 速水も何が起きたのか分からないと言った声を出している。

 俺も正直困惑していた。

 唯一、場のカーバンクルだけが状況を理解できていたらしい。


「あのウイルスには膨大なエネルギーが含まれているっプイ……もしもそれが、カードの中で僅かに存在を確立し始めていた擬似生命体に作用したとしたら……」

「〈スチームパンク・ドラゴン〉が化神になっていたって事か」

「プイ。だけどその生命も、今の能力発動で……」


 完全に散ってしまった。

 最後の力を振り絞って発動した〈バブルエレメント弐式〉。その効果によって速水のアタックフェイズが強制終了される。

 そして、回復タイミングを失った事で〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉は疲労状態になっている。


 速水の場で倒れ込む〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉。

 その全身からは邪悪さを全く感じない、純粋な心を写したような蒸気が立ち上っていた。

 蒸気は天に昇り、影もなく消え去る。

 まるで生命が消えるように、静かに眠るように、蒸気が消えていった。


「……ターン、エンド」


 速水:ライフ3 手札0枚

 場:〈カオス・ギガノト〉〈【元素の感染】スチーム・ロスト・ドラゴン〉〈スチーム・レックス〉


 理屈ではきっと理解できない事象。

 だけど消えゆく蒸気を見上げる速水には、心で何かが伝わっていたのかもしれない。

 たった一瞬の生命。与えられた僅かな時間を〈スチームパンク・ドラゴン〉は、自分の友の為に捧げたんだ。


 俺は、無意識に拳を握りしめてしまう。


「カーバンクル……速水のウイルスを必ず消してくれ」

「わかってるっプイ。ツルギはどうするっプイ?」

「俺は後回しでいい。アイツの……〈スチームパンク・ドラゴン〉の想いを優先してくれ」

「……ツルギがそれを望むなら」


 命を賭してでも助けたいという想いがあった。

 それを速水に分らせるためにも、俺はこのファイトを諦めない。


「俺の、ターンッ!」


 スタートフェイズ開始時になった事で、〈フューチャードロー〉の効果が適用される。


 ツルギ:手札4枚→6枚


「ドローフェイズ!」


 ツルギ:手札6枚→7枚


 俺はドローしたカードを確認する。

 最後に使うカードは既に来ていたけど、それを補助してくれるカードまで揃ってくれた。


「メインフェイズ。俺は魔法カード〈ミステリー・スティール〉を発動!」


 これは相手の墓地にある魔法カードを1枚選んで、俺の手札に加えるカード。

 本来なら2点のライフコストが必要だけど、場に〈カーバンクル〉がいればコストなしで使える。


「俺はそっちの墓地から〈マリスエレメント〉を手札に加える」


 まずはダメージ効果を持つカードを奪う。

 これで厄介なダメージ連打は封じ込めた。

 残りのカードを使うタイミングは……


「俺はこれでターンエンド!」


 ツルギ:ライフ4 手札7枚

 場:〈【紅玉獣こうぎょくじゅう】カーバンクル〉〈ドクターコボルトB〉


 無駄に手札を抱えただけに見えるかもしれない。

 でもこれで良いんだ。

 必要なのは、速水に攻撃を仕掛けてもらう事。

 それが最後に俺が引く、引き金になる。


「……俺の、ターン」


 ターンが始まり、速水がカードをドローする。


「ドローフェイズ……」

「そこだ! 相手がカードをドローした事で、魔法カード〈ワンタイム・ロック!〉を発動!」


 制限カードの凶悪さも、今は頼もしい味方だ。


「〈ワンタイム・ロック!〉の効果で、俺は速水がドローしたカードを確認する。それが魔法カードだった場合、それをこのターンのエンドフェイズまでゲームから除外する」


 効果によって、俺は速水のドローしたカードを確認する。

 速水が引いていたカードは……〈ライトエレメント〉か。

 魔法を無効化するカードなら、なおさら都合がいい。


「その〈ライトエレメント〉はゲームから除外する」


 これで速水にできる行動は2つに絞られた。

 一つはアタックフェイズを行わずにターンを終える事。

 もう一つは、モンスターで攻撃を仕掛ける事だ。

 きっと、今の速水は攻撃しない事を選択するだろう。

 でもそれじゃあダメなんだ。今は一度攻撃を仕掛けてもらう必要がある。


 痛みを一人だけで抱えるなんて事は、絶対にさせない。


「俺は……メインフェイズを終了し――」

「メインフェイズ終了時に、魔法カード〈超電磁ちょうでんじバトル!〉を発動!」

「その、カードは」

「〈超電磁バトル!〉は相手モンスターを1体選んで、そのモンスターに必ず攻撃をさせる魔法カード。俺が選ぶモンスターは……〈スチーム・レックス〉!」


 悪いことをした気持ちはあるけど、〈スチーム・レックス〉には許して欲しい。


「天川、何故だ」

「言っただろ。痛みを一人で抱えさせたくないから、手を伸ばしてるんだって」

「これが、そうなのか?」

「来い。俺の答えを見せてやる」


 俺は手札にある1枚のカードに視線を向けた。

 そして速水がアタックフェイズに入る。


「ッ! 〈スチーム・レックス〉で攻撃ィィィ!」


 速水の攻撃宣言で、巨大な恐竜が咆哮を上げ始める。

 そしてモンスターが攻撃した事で、亡骸のように無音の〈スチーム・ロスト・ドラゴン〉が効果を発動する。


「墓地から〈エアロエレメント〉を発動! 天川の〈カーバンクル〉を手札に!」

「それを通すわけないだろッ! ライフを2点支払って〈【幻橙狐げんとうこ】カーバンクル・テンコ〉を召喚! 魔法カードを無効化する!」


 ツルギ:ライフ4→2


 魔法効果を無効にしつつ、カーバンクルは再び九尾の狐へと進化する。


「コンコン、コォォォォォォォォォォォォン!」


〈【幻橙狐】カーバンクル・テンコ〉P10000 ヒット2


 風の元素を打ち消して、橙色の宝玉から狐が降臨する。

 そして……ここで〈スチーム・レックス〉の攻撃をブロックするのが普通のプレイングなんだと思う。

 きっと通常のファイトなら、俺も同じ事を選んだだろう。

 でも今はきっと、それじゃあダメなんだ。


 痛みも悩みも分かち合う。

 友の苦しみを受け止めてやるという覚悟、それを速水に知ってもらわなきゃいけない。

 だから……俺は自分のライフさえもゼロにする。


「ブロックはしない」

「な!? 天川!」

「速水、お前の痛みがどれだけ酷いのか……全部までは分からない。だけどさ、今の速水には仲間がいる。俺達が速水の戻る場所になりたいんだって、その思いだけでも理解して欲しいんだ」


 そして俺は、最後の1枚となるカードを仮想モニターに投げ込んだ。


「自分のライフが5以下の状態でダメージを受ける場合に、こいつは発動ができる」

「……まさか」

「そのまさかだ。ひとりぼっちで逝かせるかよ……」


 空間に巨大な裂け目が現れ、向こう側から無数の隕石が姿を見せる。

 JMSカップ予選でも決め手になったカード。


「魔法カード〈メテオディザスター!〉を発動。俺が受ける筈だったダメージを倍にして、お互いのライフに与える」


 〈スチーム・レックス〉のヒットは3。

 発生するダメージは倍の6。

 俺達二人のライフを消しとばすには十分な数字だ。


 無数に隕石が雨のようにファイトステージへと降り注ぐ。

 これでいいんだ。


「ッ! 天川、お前は防御を!」

「……」

「天川ァ!」

「言っただろ。友達の痛みは、ちゃんと知っておきたいんだって」


 そして隕石の雨が俺と速水に直撃する。

 これでいい。これで伝わってくれれば良いんだ。


 ツルギ:ライフ2→0(DRAW)

 速水:ライフ3→0(DRAW)


 狙い通り、ファイトは引き分けで終わった。

 だけどウイルスが身体に入り込んでいた影響もあって、俺自身もかなりの痛みを伴っている。

 僅かに視界が赤くなっているのは、額が切れたからだろう。

 あちこちに切り傷ができている気がする。


「グッ……!」


 ファイトが終わり、ライフがゼロになった影響でウイルスが弱体化したんだろう。

 速水は糸が切れたように、その場に倒れそうになっていた。


「カーバンクル!」

「わかってるっプイ!」


 狐の姿から、いつものウサギに戻ったカーバンクル。

 すかさず速水の方へと飛びかかり、身体にしがみついた。

 すぐさまカーバンクルは速水の身体に侵食していたウイルスを吸い取り始める。

 明らかにカーバンクルの身体が光って見えているからな、一目で分かるぞ。

 これで……ひとまず、解決か。


「ッ!」


 かなりの痛みが身体に襲いかかる。

 今回はウイルスカードそのものを触ったわけじゃないから、変に暴走する事はないだろう。

 けれど純粋な身体へのダメージはどうしようもない。

 痛みに負けて、膝をついてしまう。

 すると観客席にいたソラが駆け寄ってきた。


「ツルギくん!」

「ソラ……これで、速水は大丈夫」

「それは分かってます! それよりツルギくんが!」

「大丈夫だ。少し痛いのと、疲れがな」


 合宿の時も思ったけど、ウイルス戦は体力を持っていかれるな。

 それはそうとして、俺も後でカーバンクルにウイルス除去してもらわないと。


「ソラ、速水の方は」

ワン先輩が看てます」

「そっか。なら安心だな」


 観客席で感染していた人たちいたけど、あれは普通に悪人ばかりだろうから放置でいいだろう。

 俺は顔を上げて、速水の方を見る。

 意識はあるけど、俺と同じく倒れかかっていた速水。

 今は牙丸きばまる先輩の肩を借りて立っている。


「先輩、速水は大丈夫そうですか?」

「それは……本人から聞いた方が良いんじゃないか?」


 牙丸先輩がそう言うと同時に、カーバンクルが俺の頭上に飛び移ってきた。

 という事は速水のウイルスは食べ切れたらしい。

 実際、速水の目は元に戻り、黒い痣も完全に消え去っていた。


「ツルギ〜やっぱりアレ不味いっプイ」


 我慢してくれ。俺らには死活問題なんだ。

 俺も足の力を振り絞って、なんとか立ち上がる。


「おっと」

「大丈夫ですか?」


 少しふらついてしまったけど、ソラが俺の身体を支えてくれた。

 本当に、ありがたい仲間に恵まれたよ……俺達は。


 俺と速水は双方、身体を支えられながら対峙する。

 最初に口を開いたのは、速水の方だった。


「……すまない」

「いいんだ。やり直す時間はたっぷりある」


 他のみんなへの謝罪は、少し後回しで良いだろう。

 だから今は……


「俺も一緒に怒られてやるから……帰るぞ、俺達の場所へ」

「……あぁ」


 憑き物が落ちたような、安心しきったような声で、速水はそう答えるのだった。

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