第百二十三話:敬意を捧ぐ

 どうせ入り口は一方通行で閉められているだろう。

 なんて思っていたら、ちゃんと出口用らしき通路があった。

 観客席の人々はまだ廃人みたいな状態だけど、放置でいいだろう。

 牙丸きばまる先輩とソラに支えられて、俺と速水はファイトステージを後にする。


「いてて」

「無茶しすぎなんですよ。ツルギくんも速水くんも」


 薄暗い通路を歩きながら、ソラに軽く叱られてしまった。

 正直、俺も速水も返す言葉が出ない。

 それはそうとして。

 身体からウイルスが消えた影響なのか、あちこちに出来ていた傷が治り始めている。

 まだまだ痛みはあるが、先程よりはマシになっていた。


「流石に二人分はお腹パンパンっプイ」


 俺の頭上でカーバンクルが疲れた声を出している。

 本当に助かったよ相棒。今だけは速水に見えていない事が残念でならない。


「エレベーター、か」


 牙丸先輩に言われて前を見ると、通路の果てはエレベーターが一つあるのみ。

 それ以外に道らしいものもないので、俺達はエレベーターに乗る事にした。

 ボタンも上行きの一つのみ。

 少し待つとエレベーターの扉が開いて、どこかの廃墟のような場所に出てきた。

 廃墟というよりは、工事中の建物といった感じか。

 外には簡単に出られそうなので、俺達はさっさと外に出る。


「駅からは、それ程離れていない場所だな」


 牙丸先輩が周辺を見て、そう呟く。

 俺も周りの景色などを見てみたが、確かにそこまで離れてはいないらしい。

 出てきた建物はテナント募集中の張り紙が貼られている小さなビル。

 恐らく地下ファイト施設が管理しているダミーの物件なんだろう。


「二人とも、怪我は大丈夫か?」

「俺は大丈夫です。もう痛みもほとんど無いんで」


 心配する牙丸先輩に、俺はそう答える。

 問題は速水の方だ。俺以上にウイルスの感染を受けていたわけだからな。

 俯いた状態、だけど速水は静かに口を開いた。


「俺も……大丈夫です」

「本当に大丈夫なのか? 血も流れていたようだけど」

「出血も止まって、痛みも引いてきています。ただ少しだけ……休みたい、です」

「そうか……ならどこかで一休みしよう」


 もう身体を支えてもらう必要もない。

 俺と速水は自分の足で牙丸先輩について行った。

 もちろんソラも一緒である。

 そして駅とは反対方向へと少し歩いて、人気のない小さない公園へと俺達はたどり着いた。

 ひとまず休息を取るために、俺と速水はベンチに座る。


「あ痛ッ!? まだちょっと痛い」


 具体的にはお尻が痛い。座るとダメージなんて酷い罠だ。


「ふぅ、キミ達はしばらくここで休んだ方がいい」

「そうします。尻が痛いんで立ちたくないんですよ」

「ソラくん、少し買い出しに付き合ってくれないかい? タオルと飲み物が必要みたいだからね」

「はい! ツルギくん達は大人しくしていてくださいね」


 めっちゃソラに釘を刺された。

 まぁ確かに今の俺ら出血は止まったけど、服についた血の汚れとかすごいからな。

 何も知らない人が見たら大事件だよ。


「それじゃあ行こうか。よければソラくんのアドレスなんかも」

「先輩、それ以上は無茶してでも俺が止めますからね」

「ハハハ、冗談さ……それだけ言えるなら、話もできるだろう?」


 ふんわりとした言葉と、意味深な目線で伝えられる。

 あぁそうか、牙丸先輩は俺と速水が二人で話せる時間を作ってくれたのか。

 本当に……良い先輩だよ。


「それじゃあソラくん。キミの事も色々教えてもらえると」

「牙丸先輩? 本当に〆ますよ」


 極端な女好きさえ制御できる人だったらなー!

 本当にそこだけがなー!


「ソラ。危なくなったら絶対に叫べよ!」

「大丈夫です。アイちゃんからも気をつけるように言われてますので。何かあったら蹴ります!」

「……先輩、もうアイをナンパしたんですか?」

「とりつく島もなく振られたけどね」


 いつの間にやってたんだよ。

 アイの事だから絶対に容赦がない振り方してると思う。

 というかソラさん、蹴るってどこの事かな?

 足だよね? 先輩の足の事だよね!?

 ムスコさんは……まぁいいか。


「ツルギくん……本当に大人していてくださいね!」

「わかってるって」


 滅茶苦茶念入りに釘を刺されてしまった。

 そしてソラと牙丸先輩は買い出しへと行く。

 残されたのはベンチに座る俺と速水だけ……一応俺の頭上にカーバンクルがいるけど、今は食後の睡眠中だ。鼻ちょうちんを膨らませている。

 周辺にはこれといって人の気配もない。

 なんとも言い難い無言の間が生まれる。


「……すまない。迷惑かけた」


 先に口を開いたのは速水だった。


「いいんだよ。俺が勝手に怪我しただけだ」

「俺のせいだ」

「痛みの限界なんて絶対にどこかにある。それを超えそうになったら遠慮なく吐き出せばいいんだ。それで死なれでしたら、俺達は一生後悔する」

「……自分の問題は、自分だけで解決しようと考えていた」


 ポツリポツリと速水が語り出す。


「最後に望んだ結果が得られるなら、多少の無茶も自己責任でしてもいい……そう考えていたんだがな」

「速水。中学の頃にさ、俺にサモンを教えてくれって言ってきた日を覚えてるか?」

「忘れるわけがない。打算的な申し出だった」

「それは最初から気づいてた。それでも俺が申し出受け入れた理由、わかるか?」


 無言のまま俯く速水。

 分かってないのか、それとも分かった上で無言なのか。

 もう、どちらでもいいか。


「あのクソ兄貴の事も前から知ってた。だから速水がどういう思いなのかも、ある程度察しはついてた」

「だったら」

「友達だったからだよ。速水学人がくとって友達を掴み続けたいって勝手に願った、俺の打算だ」

天川てんかわ……」


 やっとこっちを見てきたか速水。

 でもこれは本心だ。

 前の世界での後悔までは流石に言えない。

 だけど、あの世界での後悔を繰り返したくないという、俺のワガママが動かした結果なんだ。


「むしろ俺、ここで速水に怒られる覚悟だったんだぞ」

「何に対してだ」

「お前気づいてるだろ? さっさのファイトで、俺がわざと勝たなかった事」


 あのファイトのラストターン。

 引き分けに持ち込まず、普通にプレイしていれば俺は勝つ事ができた。

 でもそれを選びたくなかった。全ては俺のワガママだ。


「……そうだな。手札もあって、天川の実力なら勝っていた試合でもおかしくはなかった」

「中学でのランク戦で、俺がソラにわざと負けた時にめちゃくちゃ怒っただろ? だからまた勝ちを捨てた事を――」

「伝えたい事があったから、だろ?」


 遮られるように速水に言われてしまった。


「天川の覚悟。一人でこの痛みを抱えさせないというメッセージ。そして……見失っていた、周りや自分の事」

「……正解だ」


 あのファイトで、もしも俺が一方的に勝っていたらどうだっただろうか。

 速水のウイルスを除去するなら出来ただろう。

 でも大切な事は何も伝わらない。

 最悪の場合、速水の中にある闇を利用しようとして、まつり誠司せいじが再びウイルス感染させてくる可能性もある。

 もっと悪ければ速水が今回の一件を切っ掛けに、道を踏み外し続けたかもしれない。

 前の世界のような結末だってあり得たかもしれない。


 だからこそ俺の心は、今少しだけ軽くなったような気がした。

 前の世界から続いていた、鉛のように重い後悔。

 それがようやく晴れた気がしたんだ。


「なぁ天川……俺は、ここからやり直して良いんだろうか」

「良いに決まってるだろ。それが言いたくて俺が叫びまくったんだぞ」

「そうだったな」


 小さく笑う速水。

 ようやく心のモヤモヤが晴れたんだろう、本当に軽やかな感じだった。


「時間はある、そうだったな」

「俺達まだ高一なんだぜ。将来なんてまだまだ先なんだ」

「そうだな……自分の道を、自分のための道を見失っていた」


 やっと速水目に光が戻ったような気がした。

 長い道のりがようやく終わったのかもしれない。

 後は速水が自分で進むべき道だ。

 俺にできる事は、少しのサポートのみ。


「ありがとう、天川」

「気にすんな。これで良かったんだ」

「……本当に、お前と友達で良かったよ」

「そっか……なら、よかった」


 本当に良かった。全部無駄にならずに済んだんだな。

 どこか気恥ずかしくて、速水の顔は見れない。

 だけど確かに、最悪の未来だけは回避できたんだ。

 今の俺はそれだけで、十分過ぎた。





 近くのコンビニに買い出しへと向かったソラと牙丸。

 タオルと飲み物をビニール袋に入れて、公園へと戻ろうとしていた。


「もー、ツルギくんは無茶しすぎなんです!」

「彼はいつもそうなのかい?」

「はい。でも今回は速水くんもですよ! もっと話を聞いてくれても良かったのに」


 プンプンと頬を膨らませて怒るソラ。

 牙丸はそんな彼女に優しい目を向けながら、こう語り出した。


「ソラくん。どうか二人を叱らないでやって欲しいんだ」

「どうしてですか?」

「男ってのはさ、どうやっても口下手な生き物なんだ。本当はもっと言葉にした方が早く終わるのに、ああやって殴り合いにまでならないと理解できない事も多々ある。そういうものなんだよ」

「それで怪我をしたら心配になるじゃないですか」

「そうだね……でも一度知った痛みは繰り返さない。それは男女関係なく、人間は皆そうなんだ。きっと彼らは、もう間違えないはずだよ」


 確信を持ったように言い切る牙丸。

 ソラは彼の話を、頭では理解しても心では理解できていなかった。


「……また自分のために犠牲になられたら、普通は引きずりますよ」

「また?」

「ツルギくんの事です。前にもそういう事をしたんですよ」


 そしてソラは中学二年生の頃にあった出来事を語った。

 デッキを失った自分に、ツルギカードを譲渡してくれた事を。

 そして正式譲渡の条件となる校内大会の決勝で、ツルギが自分のために意図的に敗北を選んだ事を。

 話を聞いた牙丸は一度は目を丸くしたが、すぐに納得したような様子を見せた。


「なるほど……彼は以前からそういう人間なんだね」

「優しすぎるんです。勝った方がもっと色々手に入るはずなのに」

「だけどそれはしない。きっとそれは天川ツルギという人間の信念に反するんだろう」


 そんな話していると、二人はツルギ達が待つ公園へと戻ってきた。

 ベンチには先程とは打って変わり、どこから肩の荷が降りたように笑うツルギと学人がいる。


「お待たせしましたー!」


 ソラがツルギ達の方へと駆け寄る。

 それを快く迎え入れる二人。

 そんな彼らを目にして、牙丸は一つの確信を得ていた。


「はいツルギくん。水もあるのでタオルは濡らして使ってください」

「サンキュー、ソラ」

「すまない赤翼あかばね

「速水くんも、あまり無茶しちゃダメですよ」


 和かな場が出来上がる。

 問題は終わり、彼らは日常を取り戻したのだ。

 そんなツルギに、牙丸は歩み寄っていく。


「天川ツルギ」


 真剣な表情で、牙丸はツルギに語りかけた。


「ボクはずっと、何かを手に入れるためには勝利し続けるしかないと思っていた」


 サモンファイトで勝利すれば、大抵のものは手に入る。

 大抵の事は支配できる。それはこの世界ではありふれた常識だ。


「暴君のように強さを示し、全てを支配下に置くことで、一つの平穏を作り出す……ボクはずっと、それだけが正しい道なんだと思い込んでいた」


 牙丸は今日、ツルギと速水のファイトを観て強い衝撃受けた。

 圧倒的な力を持つ未知のカードに怯む事なく、友のために果敢に立ち向かうツルギの姿。

 そして……自分が有利な場面であろうとも、敵となった友に思いを伝えるためならば、自身の勝利さえ捨てる覚悟。

 勝つ事が絶対的で唯一の方法だと考えていた牙丸には、到底考えつかない事であった。


「きっとボクがキミと同じ立場だったら、問答無用で勝ちに行っていたと思う……だけどそれじゃあダメだったんだね。勝たないからこそ、得られる結果もあった」


 勝利だけが結末ではない。

 勝利以外の選択をするからこそ、得られるものもある。

 それを知ったからこそ、牙丸は強い感動を覚えていた。


「キミが玉座を狙う理由が、今なら分かるかもしれない……勝利ではない方法を選ぶ事ができる強さ、それが天川ツルギというファイターの強みなのかもしれないね」

「だったら良いんですけどね。俺は今回もですけど、ただワガママに動いてるだけですよ」

「天川ツルギ……一人のファイターとして、そして人間として、ボクはキミの事を心から尊敬するよ」


 牙丸は心から敬意をツルギ向けた。

 当のツルギは気恥ずかしいのか、首の裏をかくばかり。

 だがその一方で……ツルギは心の中で怒りの炎を燃やし初めていた。


(本来の流れでは、政誠司は藍が倒す事になっている……だから俺は周りを強くして被害を抑えようと考えていた)


 怒りの矛先は黒幕、そしてツルギ自身。


(甘かった。未来変えすぎるリスクを考慮し過ぎていたのかもしれない……本当に甘かったなぁ)


 想定していたプランを変更する。

 本来なら実行しないと考えていた未来を想定する。

 表面上は戻ってきた平穏をツルギは喜ぶが、内心では凄まじい怒りが燃え盛っていた。


(場合によっては……俺がやる。政誠司を……俺が討つ)


 躊躇いはもう、完全に消え去っていた。







 ツルギと学人のファイトが終わりを迎えていた頃。

 政帝せいていこと政誠司は、風祭かざまつりなぎと共に空港の待合室にいた。


「よろしかったのですか?」

「速水学人のことかい?」

「はい。あの地下施設に置いていかれましたが」

「そうだね。確かに学園に戻らせても全然よかった」


 だけどね、と誠司は続ける。


「あの地下施設の観客……アレは僕達の世界に必要だと思うかい?」

「全く思いません」

「そういう事さ。今回彼に感染させたのは博士が特別に作ったウイルスだからね。通常のものと違って、周囲の人間にも感染していく」

「カードが無ければ、感染してもこちらの手中に収められないのでは?」


 凪の疑問に対し、誠司は怪しげな笑みを浮かべながら「今はそれで良いんだ」と返す。


「微弱なウイルス感染、それだけでは大した影響力もない……だけど、感染さえして貰えれば、後々こちらに都合の良い事になる」

「最初からそれを想定して、あの場所で感染をさせたのですか?」

「半分は結果論だけどね。彼が素直に僕達についたら、別の展開になったかもしれない」


 どちらになっても、政誠司にとっては些細な違い。

 速水学人が感染して、ウイルスを拡散させてくれるなら何でも良いのだ。

 一つ懸念事項があるとすれば、天川ツルギの事である。


(天川ツルギ。彼は化神を従えていた……ウイルスをどこまで対処できるのか、まだまだ未知数だな)


 当面の計画において、ツルギは最も邪魔になる存在だと認識する誠司。

 これから遠征に行くとはいえ、学園にはタネを仕込んである。

 それをツルギが潰す可能性だけが心配であった。


「凪、例のタネは上手くいきそうかい?」

「はい。学期末から夏季休暇の間には芽を出すかと」

「それならいい。僕達が次に戻ってくるのは二学期だからね」


 そう言いながら、政誠司はケースに入った1枚のカードを取り出す。

 愛おしそうに眺める誠司。


(もうすぐだ……もうすぐ世界を変えられる……僕や凪を踏み躙った、この世界を)


 ドロドロとした憎悪が混じった願望。

 誠司がてにしているそれは、計画の心臓部でもありウイルスを作り出す母体とも言えるカード。


 カードの名前には〈【終焉の感染】ザ・マスターカオス〉と書かれていた。
















【第六章に続く】

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