第八十話:月下の決意

 露天風呂から上がると、長椅子にソラ横になっていた。

 鼻にはティッシュが詰められている。

 俺はらんに状況を聞いた。


「ソラ、どうしたんだ?」

「それが……お風呂で急に倒れちゃって」

「のぼせたのか」

「多分そう」


 よく見ればソラの顔は真っ赤だ。

 俺はソラの近くでしゃがむこむ。


「おーい、大丈夫かー?」

「あうぅ……興奮しすぎました」


 だろうな、男湯まで聞こえてきたからな。

 でも口にはしない。

 それが紳士の対応です……たぶん。


「部屋まで行けそうか?」

「少し休んでからいきます〜」

「しかたないなぁ」


 ここで放置するわけにもいかない。

 俺はを持ち上げて、部屋まで運ぶことにした。


「ひゃわ!?」

「わー、お姫様抱っこだー」


 あえて言うな藍。

 これが一番運びやすいんだよ。

 そしてソラさん、追加で顔を赤くしないでくれ。

 俺も色々と理性を維持するの大変なんだよ!


「じゃあ藍、俺はソラを女子部屋に運ぶから」

「いってらっしゃーい」


 少しポカンとした表情の藍は、手を振って俺達を見送った。

 なんで藍は一緒に来ないのかって?

 アイツは本来このタイミングで一人悩むイベントがあるんだよ。

 とりあえずイベントは発生させておきます。


「あ、あのツルギくん……その、重くない、ですか?」

「これで重いとか答えたら、俺は非力すぎるぞ」

「ででででも! 私今日いっぱい食べましたし」

「だな。この軽さ、アレどこに消えたんだよ」


 純粋に疑問なんだが。

 米びつ三つは食ってたよな?

 それはそうとして、ソラを抱えながら静かな廊下を進む。

 なんか、無言の時間が過ぎるな。


「あうぅ……」


 意識してかはわからないが、ソラが顔を俺の胸に埋めてくる。

 ただでさえ近い物理距離が、さらに近くなってしまう。

 そうすると風呂上がり女子の香りが自然と鼻をくすぐってくるわけでして。


 頑張れ理性! ここで欲望に負けるな!

 男見せんかい! 紳士見せろぉぉぉ!


「……ツルギくん」

「な、なんだ?」

「もう少しだけ、遅くても良いです、よ」


 弱々しい声でそう言うソラ。

 待て待て待て、それは思春期男子の心臓に悪いセリフだぞ。

 ほぼピンポイントメタカードだぞ。

 しかもソラさん今俺の胸に密着してるから、心臓の音ダダ漏れじゃん。

 これは、積みかな?


「ツルギくん……ドキドキしてます?」

「はい……すごく、してます」

「それは、女の子だからですか?」


 それとも……とソラが続ける。


「私だから、ですか?」

「ソ……ソラ?」


 それはどういう意味なのか。

 俺は喉まで出そうになった言葉が中々出せずにいた。

 ソラは耳まで赤くした状態で、俺の胸に顔を埋めている。

 表情は見えないが……なんとなく予想はできてしまう。


 だからこそ、どう答える事が正解なのか分からなかった。

 俺の頭に浮かんだ「転移者」という言葉が、よくない可能性を想像させてしまう。

 俺は……いつまでこの世界に居られるのか。

 永遠という確信が持てなかった。

 

 だから、何も答えられない。

 ソラに、何も言えない。


 そんな少しの無言を経て、俺達は女子の大部屋に到着した。


「……歩けるか?」

「はい」


 俺は部屋の前でソラを下ろす。

 ふと、彼女の体温が離れるのが、途方もなく寂しく感じてしまう。


 ソラが少し顔を俯かせていた。

 真っ赤になっているのは、一目で分かる。


「それじゃあツルギくん……おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」


 そう言い残して、ソラは大部屋に戻って行った。

 ……俺は、自分も顔が熱くなっている事に気づく。

 だけど、そんな自分が正しいのか、全く分からなかった。


「俺も……一度戻るか」


 まだ今夜のイベントは残っている。

 顔の熱さは、治る事を祈ろう。


(……ソラの匂いがする)


 残り香が、鼓動を激しくして、俺の頭に形容し難い感情を作り出していた。





 時間は経過して深夜。

 皆寝静まっている頃だ。


 俺は目を覚ますと、こっそり男子の部屋を抜け出す。

 大丈夫だ、外に出る経路はアニメで見た。


 召臨寺の外に出ると、俺は木々で暗い道を進んで、開けた場所へと近づく。

 うん……前知識通り、先客がいるな。


 開けた場所で切り株に座り、満月を見上げる藍。

 隣にはブイドラもいる。


「藍、大丈夫ブイ?」

「うん……でも、やっぱりちょっとダメージ残ってるかも」


 いつもの元気は無く、どこか影のある様子で返事をしている藍。

 やはり九頭竜くずりゅう真波まなみとのファイトで敗北した事を引きずっているんだろう。

 まぁアニメで描写があったから知ってるんだけど。

 今の状況で違う事があるとすればブイドラが隣にいる事くらいか。

 

「藍、オイラもっと強くなるブイ! そしたら藍も悲しまないブイ」

「ありがとうブイドラ。でもね……強くならなきゃいけないのはアタシ」


 俯く藍と、どんな言葉をかければ良いのか分からないブイドラ。

 やっぱりアニメとは細かい流れが変わってるな。

 仕方ない、出るか。


「夜中に抜け出す不良生徒がいると聞いて」

「ひゃあ!? ツルギくん!?」


 驚いて飛び上がる藍。

 流石に夜中に後ろから登場はダメだったか。


「よっブイドラ、さっきぶり」

「ブーイ」

「えっ、ツルギくん……ブイドラが見えるの?」


 目を見開く藍。

 やっぱり希少スキルなんだなこれ。


「入試の頃からずっと喋ってるな〜と思ってたけど、さっき露天風呂で一緒になったから、ようやく確信持てたよ」

「えっ、えっとねツルギくん。ブイドラのことは」

「大丈夫、他言しない」


 俺がそう言うと、藍は胸を撫で下ろしていた。

 まぁ他言したところで奇異の目で見られるのがオチだしな。


「というかツルギくんは何でここに?」

「足音はもっと抑えるもんだぜ藍。とくに古い床なんかはな」

「ギシギシでバレバレブイ」


 ブイドラにさえ突っ込まれた藍は「アハハ」と誤魔化すように笑う。

 さて、本題に入ろうか。


「なんか悩んでるのか?」

「えっ!? い、いやいや、そんなことは」

「後ろで聞いてたぞ」

「うぐッ! はい……」


 観念した様子の藍。


「九頭竜に負けた件か」

「……うん」

「結構なダメージだったんだな」

「……ツルギくん」


 藍はポツポツと語り始めた。


「アタシね、小さい頃は友達とか全くいなかったの。親も共働きで、家でもずっと一人で……」


 そういえばアニメでもそんな仄めかしはあったな。


「でもね、誕生日プレゼントで貰ったパックから、この子が出たの」

「ブイドラか」

「うん。それからなの、サモンを始めたのは」


 そして藍は過去を教えてくれる。

 初めてデッキを組んだこと。

 学校でファイトデビューして、初めて勝利したこと。

 サモンを通じてたくさんの友達ができたこと。

 そして……ほとんど負けなかったこと。


 なるほど、藍にとってあのレベルで大敗するのは初めての経験だったんだな。


「上になんて、すぐに手が届くと思ってた。強くなれば、どこまでも手が届くと思ってた……でも、負けちゃった」

「折れたか、心?」

「わかんない。初めてだから」

「なら大丈夫だろ」


 俺は藍の前に移動する。


「心が折れてないなら、俺達はまだまだ成長できる。それがファイターだからな」

「ツルギくん」

「せっかくの合宿なんだ! 思いっきり修行して、リベンジ果たしてやろうぜ!」


 そうだ、これが藍の最前ルートなんだ。

 未来で起きるであろう事件を最短で終わらせるためにも、強くなってもらわなきゃいけない。


「藍、ツルギの言うとおりブイ」

「ブイドラ」

「オイラも頑張る、だから藍も一緒に頑張ろうブイ!」


 小さく赤い竜が、藍のそばで笑みを浮かべる。

 それが最後の一押しになったのか、藍の様子から影が消えたような気がした。

 今彼女の目に宿るのは、ファイターの闘志。


「うん、ありがとうブイドラ! ツルギくん!」


 ひとまずは大丈夫そうだ。

 あとはどれだけ藍を魔改造してやるかだな。

 いっそ馬鹿みたいな強さにするか?


「ツルギくん! アタシ、もっと強くなりたい!」

「そうだな」

「強くなって、真波ちゃんにも勝って。一番強いファイターになりたい!」

「だったら、やる事は一つだな」

「うん! ツルギくん、召喚器持ってるよね?」

「当然だ」


 俺と藍は召喚器を手に取る。

 そうだ、結局一番の修行はこれなんだ。

 とにかく実戦あるべし。


「「ターゲットロック!」」


 早く戻らないと怒られるとか、そんなのはどうでもいい。

 俺達は強さを求める。

 強さという刃を磨いて、高みを目指す。

 だからこのファイトは誰にも止めさせない!


「「サモンファイト! レディー、ゴー!」」


 満月が浮かぶ夜、俺と藍はファイトを始めた。


 そんな俺達のファイトを、鬼ヶ崎和尚が見ていた事に気づいたのは、翌朝寝坊してからだった。

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