第七十九話:召臨寺の夜

 第一の試練を無事に終えた俺達は、それぞれの宿に移動していた。

 なお試練会場には、まだそこそこの人数が残っているらしい。

 ……やっぱりテントは酷くない?


 それはともかく。

 俺は当初の予定通り、和室こと召臨寺しょうりんじという寺に来ている。

 制服から解き放たれて、現在皆ラフな服装だ。


(夜に同級生とラフな格好で集まる……これだけでワクワクするんだから、人間って不思議だよな~)


 で、今は夕飯時。

 俺達和室組は寺の中の食事処にいる。

 目の前には本日の夕食。

 白米、めざし、みそ汁、沢庵。

 あと麦茶。

 食べ盛り高校生にはキツイね。


「なんか、みんな呻いてない?」

「こういう和食も悪くないよな。なんでも美味しく頂きましょう」


 お隣に座るらんと一緒に、食事の始まりを楽しみにする。

 ところで藍さん……そのスタイルで部屋着がTシャツとスパッツなのは、思春期男子によくないと思います。


「………………」

「えっと、ソラ?」


 もう一人のお隣さん、ソラはこの世の終わりみたいな空気を出していた。

 そんなに粗食が嫌か君は。


「これだけ……洋室は……食べ放題バイキングだったのに……これだけ?」


 あっ違う、この子ただ物量食べたいだけだ。

 というかちょっと待て。


「ソラ、お前洋室組じゃなかったか?」

「適当な人を捕まえて交換してもらいました」

「軽いなぁ」


 あと逆だろ。

 普通は和室組が洋室に行こうとするんだよ。

 なんでわざわざ和室に降りてきた。


「いやぁ~ソラちゃんが来てくれて嬉しいな~。やっぱり知ってる女子がいると安心するもん」

「はい。私も知ってる女子の行動が と て も と て も 気になっていたんです」


 なんかソラの言葉に妙な含みを感じるな。

 あと藍はそういうのに気づいてないっぽいな。


 そうこうしていると、召臨寺の和尚さんが現れた。

 禿げた頭に立派な口と顎のヒゲ。身長は……低め。

 だがいかにもカミナリ親父な雰囲気を出している。


「ワシが召臨寺の和尚! 鬼ヶ崎おにがさき剛紀ごうきであァァァるッ!」


 声量がデカい、うるさい。

 でも重要人物だから突っ込まない。


「よくぞ試練を突破してきたな小童こわっぱども! だが合宿はまだまだ始まったばかりだ!」


 そうなんだよな、このあと試練があと二つあるんだよな。

 まぁ余裕でクリアしてやりたいんだけど。


「第一の試練を突破した程度で自惚れるなァ! 貴様らはカスだ! まだ畜生にも成長できていない軟弱者だ!」


 前の世界から思ってたけど、和尚さん絶対どこぞの映画好きだろ。


「その空っぽの脳みそを少しでも回復させたいなら食らえッ! 無心で食らい、回復させろッ! 試練はまだ続いている!」


 そうだぞ、脳に栄養は大事なんだぞ。

 故にカードゲームをする上で必要不可欠。


「白米はいくらでも食べ放題だ! 希望するならごま塩はくれてやる!」

「聞きましたかツルギくん! 白米食べ放題です!」

「そこに反応するのかよ」


 てかソラはどんだけ食いたいんだよ。


「無駄な説教はここまでじゃ! 食事ィ開始ィィィ!」


 なんでこの和尚は常ににテンション高いんだよ。

 まぁ飯食えるならなんでもいいや。

 いただきます。


「いやぁ~めざし美味しいね~」

「これで安価な食材だってんだから、世界は美しいよな」


 藍と共に俺は和の心を堪能する。

 うむ、白米に味噌汁、そして沢庵! これぞ日の本が生み出したオモテナシだ。

 ……ところで隣からすごい音が聞こえるんだけど。


「おかわり行ってきます!」


 ソラが文字通り山盛り、いや塔盛りした白米を完食しておかわりにいった。

 というかソラ、いつの間にごま塩持って来たんだ。

 あぁ……デカいおひつが空になっていく。


「ねぇツルギくん……アレ足りるかな?」

「わからない。だがお寺の米が尽きない事を祈ろう」

「ナムナム」


 藍はその場で手を合わせて祈った。


 なお30分後、ソラの「八分目になりました」という言葉と共に、白米食べ放題は終了した。

 唯一の救いは、一応全員満腹になれた事だな。





 夕飯が終わり、お風呂も兼ねた自由時間。

 俺は召臨寺の外にある露天風呂へ来ていた。

 これこれ、これがあるから和室を選んだのもあるんだよ。


 ちなみに俺以外に人はいない。

 多分他の男子達は第一の試練でヘトヘトなのか、死んだ目で部屋に向かって行った。

 もっと合宿を楽しめよ。


「けどまぁ、露天風呂を独り占めってのも悪くはないな」


 今日は満月。

 雲もなく、風情ある夜空だ。


「なんか……遠いところに来た気分だな」


 いや実際遠い場所まで来てしまったんだけどな。

 世界レベルで移動しちゃったし。

 それはそうとして、まさか自分がアニメの物語へ関わる事になるとは。

 感動するというか、不安があると言うか、半々な気持ちだ。


「俺の記憶じゃ合宿が終わった後くらいから色々起き始めるんだけど……軽く終わってくれたらいいんだけどな」


 中学の頃も思ったけど、この世界アニメ云々関係なくトラブルが多いんだよ。

 なんでもかんでもサモンで解決しようとするし、サモンの重要度が高すぎておかしい事になってるし。

 まぁ幸い、前の世界のカードでどうにでもなるんだけど。

 あと金銭面も色々とね。


「しっかし静かだな~、転移してから騒がしさしかなかったから、こういう時間は大切だ」


 心地いい露天風呂に浸かりながら、自然の音を堪能する。

 風の音に虫や鳥の鳴き声が聞こえる。

 そして……女子の声。


「ん? 隣か」


 大きな壁の向こう。女湯の方から声が聞こえる。


『食べても! 栄養が! いかないんです!』

『だからってアタシの胸を揉まないでー!』

『ふわモチ! スベスベじゃないですかー!』

『ダメっ、強くしないでー!』

『半分だけでも! 分けてください!』

『無理だってばー!』


 ソラと藍の声だ。

 なにやってんだアイツらは。

 あそこだけ百合アニメでもやってんのか?


「もう、いいお湯なのに藍はうるさいブイ」

「だよな」

「あとでオイラも叱っとくブイ」

「悪いな、苦労をかける」


 お隣で露天風呂を堪能する赤い竜を、俺は労う。


 ……いや待て!


「誰だお前!?」

「ブイ?」


 今更どうしたって顔してるけど、俺は誤魔化されないぞ!

 いやどう見てもブイドラだけど、えっ、マジで!?


「もしかして、ブイドラ?」

「そうブイ。オイラ達何度もファイトしてるブイ」

「前々からファイト中に喋ってる気がしてたけど、本当に喋るのか……というか実体化してないか?」

「実体化くらい朝飯前ブイ」


 そういうものなのか?

 というかアニメにモンスターの実体化なんて要素無かったはずだぞ。


「お前、何者だ?」

「オイラのことブイ?」

「それしかないだろ」

「しかたないブイね~。じゃあオイラが教えてやるブイ」


 ドヤっとした態度のブイドラ。

 こいつこんな性格だったんだな。


「オイラは……化神けしんブイ」

「化神……なにそれ?」


 ガーンとショックを受けるブイドラ。

 いや本当に知らないんだもん。


「藍から何も聞いてないブイか?」

「何も聞いてない」

「ガーンブイ」


 滅茶苦茶ショックを受けているブイドラ。

 というか今更だけど、男湯にいるって事はオスなんだなコイツ。


「おほんブイ。え~化神というのは……オイラもキチンとは理解してないブイ」

「お前も分からないのかよ!」

「しかたないブイ! 生まれる時に神様から教えられた内容が難しいのが悪いブイ!」

「……神様?」


 そのフレーズが気になってしまう。


「神様。たぶんこの世界を管理している神様ブイ」

「多分、か」

「その神様が、カードに宿る前のオイラに色々と教えてくれたんだブイ。物語がどうとか、化神の事とか」

「で、化神ってのは何なんだ?」

「えーっとたしか……モンスターカードに宿るぎじせいめいたい? とか、せかいこうせいプログラムのふかんぜんナントカとか」


 うーん、全くわからん。

 疑似生命体? 世界構成プログラム?

 なんのこっちゃ。

 ただ一つ理解できることがあるとすれば、目の前にいるブイドラが実在した生命体だということだけだ。


「というかオマエ、オイラに似た匂いがするブイ」

「獣臭いとか言うな!」

「獣じゃなくてドラゴンブイ!」


 そこ拘りポイントなのかよ。


「でもどっちかというと、藍に似た匂いがするブイ」

「お前それを外で言うなよ。俺が消される」

「ブイ?」


 よく理解してない様子のブイドラ。

 多分、精神年齢は小学生くらいなんだろうな。


「まぁいいや。目の前の現実は受け入れないとな」


 あと無暗な他言はしない。

 絶対見えてる人少ないやつだ。

 とりあえず今確認すべき事は……


「ブイドラ、お前は敵か?」


 これだけだ。


「ブイ? オイラは敵じゃないブイ!」

「本当かぁ?」

「本当ブイ! オイラは藍と一緒にファイトがしたいだけブイ!」


 ブイドラは、無邪気だった。

 悪意を含んでいるようにも見えない。

 まだまだ謎は多いが、今は信じてみたほうが良さそうだな。


「なら、とりあえずは信じるよ」

「ブイ!」


 満足気なブイドラ。

 俺は再び満月が浮かぶ空を見上げる。


「……そういえば実体化してるけど、他の奴には見られないのか?」

「見えないブイ」

「そうか」


 まぁその方が安全だよな。

 これで安心して露天風呂を堪能できる。

 小さな竜のお隣さんの、オマケつきだ。


『あぁぁぁ、ソラちゃん大丈夫ー!? のぼせちゃった!? ブイドラー、こっち来てー!』


 ……どうやら俺は、静寂とは縁が切れたらしい。

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