第百三十四話:海の者/癒しをください
窓から朝日が差しこんでくるから、嫌でも目が覚めてしまう。
しかも目覚めはあまり良くない。
昨日は夜中まで起きていた上に、あんな事もあったから余計にだ。
「あれ、夢とかじゃないよな?」
つい疑いの心を持ってしまうが、まずは起きないと始まらない。
俺は自分の腹の上で寝ていたカーバンクルを頭上に移動させて、部屋を後にした。
「おはよ〜」
リビングに行くと、もう何人か集まっていた。
のだが、アイが窓の外を無言で見つめている。
「お前らなんで窓の外……」
そう言いかけた瞬間、俺もそれを見てしまった。
窓の外、庭になっていた場所に巨大な木の根の塊が出現している。
あぁ、うん。流石にアレは初見だとそうなるよな。完全に怪奇現象の類だもん。
「ブイ……なんか、急に出てきたブイ」
「おい、なんだあの植物は。挨拶も無しに出てきたぞ」
ブイドラとシルドラも困惑している。
そうだよな、別荘に戻ってきた時にはみんな寝てたからな。
挨拶の時間もなかったから、そうもなるか。
「というかアイ。あいつ庭に放置したのかよ」
「外がいいって言い出して……じゃなくて! アレ現実だったの!?」
現実だから庭にいるんだよな。
というか土を好むあたり、やっぱり植物なんだ。
とりあえずこのままじゃ話が止まるので、俺は窓を開ける。
「おーいウィズ。起きてるかー?」
「むにゃあ〜、ちゃんと起きてるのね〜」
眠そうな声でそう答えると、木の根が解けて鳥型の化神が姿を現す。
うん。間違いなく昨晩出会った化神のウィズだな。
「のね! アイリお姉様、おはようなのね!」
ウィズはアイを見つけるや、両翼を動かして窓の外から入ってきた。
まだ慣れていないのか、アイは若干反応に困っている。
拒否反応は全くないから、単に接し方に戸惑っているだけか。
「ねぇねぇツルギくん。あの子ってもしかして」
「うん。アイのパートナー化神」
藍が聞いてきたので簡潔に答える。
だけど同時に頭に浮かび上がるのは、昨晩の施設で目にしたレポートの内容。
被験者の欄に刻まれていた藍の名前。
「
「いや……なんでもない」
まだ自分でも咀嚼し切れていない。
内容が内容なだけに、迂闊に聞くのも憚られる。
少なくとも、今はまだ内にしまっておくべきか。
「しかし、島で感じていた化神の気配はこの小娘だったか」
「小娘じゃないのね! ウィズは立派なレディなのね!」
「冗談にもなってないな。淑やかさを演出できるようになって出直せ」
「ムキー! この銀ピカドラゴン偉そうなのねー!」
「王だから。偉いのは当然だ」
いつも通り王様の振る舞いをするシルドラだが、初見のウィズは相当ムカついたらしい。
諦めてくれ、あれは慣れなんだ。
「あそこまでブレなかったら、逆にスゴいブイ……オイラは絶対マネしたくないけど」
「キュップイ、やめとくっプイ。アレが許されるのはシルドラだけっプイ」
ブイドラのコメントに、カーバンクルがそう返す。
流石にシルドラの真似はやるもんじゃない。人間関係の破壊しか招かないぞ。
「ねぇ、今更だけど……藍と
「エヘヘ、パートナー化神がいるんだよ」
「ボクも同じ」
「秘密を知るのにも順序が必要よね……脳が情報の洪水に溺れてるのよ」
ブイドラとシルドラを認識できるようになったアイだが、流石に情報量が多すぎたらしい。
頭痛を感じているのか、額に手を当てている。
「オイラはブイドラ。よろしくブイ」
「シルドラだ。無礼がないようにな」
挨拶しているところ悪いがチビ竜達よ、多分アイに届いてないぞ。
キャパシティオーバーしている情報の処理に追われてる。
そんなやり取りしていると残り二人もリビングにやってきた。
「おはよう皆」
「おはようございます……アイちゃん、どうしたんですか?」
「気にしないでくれ。色々あっただけだ」
速水とソラが特別な反応をしていない辺り、改めて二人には化神が見えていないんだなと実感する。
そりゃあ急に化神が見えるようになったら、アイもキャパオーバーするか。
「お姉様、頭から煙が出てるのね!?」
とりあえずアイに水でも飲ませて落ち着かせるか。
◆
朝食を食べて外に出る。
今日は朝から外で遊ぶ予定だ。
当然行き先は海……の予定だったが、せっかくだし各自好き勝手に動いても良いかもしれないとなった。
「藍と九頭竜さんは?」
「えっと、ボク達は――」
「ご当地カードショップ巡り! テンション爆アゲていってきまーす!」
このように藍は言っているが、ブイドラは俺の耳元にやってきて本当の目的を教えてくれた。
「昨日オイラ達が会った女の子と化神探しブイ」
「初耳なんだが」
どうやら藍と九頭竜さんは昨日、化神が見える女の子と出会ったらしい。
しかも四年前に島で化神と出会ったとか。
シルドラめ、そういう事は昨日の時点で教えてくれよ。
「あとでオイラから色々教えるブイ」
「マジで頼む」
シルドラがあれなので、ブイドラに頼る他ない。
化神が見える女の子ってのも気になるけど、藍と九頭竜さんがいるなら大丈夫だろ。
俺は海で精神を癒す方向でいきます。
「じゃあボク達は行くね」
「海は明日! 今日は陸のカードショップを冒険するね!」
カードショップを陸の枠組みに入れる人はじめて見た。
いや普通は陸地にあるもんなんだけど……この世界ならありそうなんだよなぁ、空とか海のカードショップ。
カード絡んだ途端、何でもアリになるもん。
で、藍達は件の女の子に会うため別行動。
俺達は海に来たわけだが……やっぱり夏休みシーズンだとビーチに人が多いな。
「天川。パラソルはこれで良いのだろうか?」
「いいんじゃね。俺もよくわからん」
「日陰があるならなんでもいいっプイ」
俺と速水は先に来て休憩エリアを作っている。
主にパラソル設置したりシートを敷いたり……カーバンクルは何もせず日陰を独占したり。
そして女子二名はというと……まだ着替え中です。
「なんか、デシャヴなんだよな」
「どうした天川」
数ヶ月前にもこんな事があったんだよ。
あの時は屋内プールだったけど……あぁそうか、あの時速水は風邪ひいて不在だったな。
にしても短期間に同じ女子の水着姿を見る事になるとは、役得とか通り越して摩訶不思議を感じる。
一回見たら俺だって耐性の一つや二つ出来るさ。
さぁ来い女子高生よ、俺は動じないぞ!
「お待たせ二人とも」
「さぁ、アイリお姉様の美貌を目に焼き付けるがいいのね!」
アイとウィズの声が聞こえたので俺は振り返る。
「…………」
わぁ今回はフリルとかついた、ちょっと可愛い路線ですか。
水着だから仕方ないとはいえ、前回のビキニよりはマシとはいえ、やっぱり肌面積多くない?
アイさん貴女元とはいえアイドルですからね。
その……やっぱりお山の主張がスゴいんです。ヤマビコより叫んでます。
「速水、俺は今自分の眼に対する処遇に悩んでいるんだが」
「妹さんに怒られない範囲にしておけ」
「わかった。無罪放免にする」
あと前回のプールの時もそうだけどさ、やっぱりアイは目立つんだよ。
見ろよ周りの男どもの視線を。完全にアイ……のお山に釘付けじゃねーか。
だが気持ちは理解するぞ、俺も健全な男子だからな。
「ア、アイちゃ〜ん。やっぱりこれは見えすぎじゃないですか!?」
「なに言ってるのよ、可愛いんだから自信持ちなさい」
顔を真っ赤にして登場したソラだが、首から下をタオルで覆っている。
多分アイがプロデュースして新しい水着を着てるんだろうけど……赤面する程の水着ってなんだよ。
「ほら、隠さないの」
「ぴゃぁぁぁぁぁ!?」
アイにタオルを引っ剥がされて、その真相が露わになる。
前回のワンピースタイプの水着とは全く違う。
上下に分かれたタイプで、可愛らしいフリルがついている。
何というか、アイドルが水着撮影で着るような感じのやつだ。あるいはナイトプールに行く人が着てそうなやつ。
自分の語彙力が無くて上手く言い表す事ができないが、要するに……めっちゃ可愛い。
「天川、意識が飛んでないか?」
「大丈夫だ。五割しか飛んでない」
「半分飛べば重症だと思うぞ」
重症結構。今回はちゃんと意識を保ったぞ。
同じ過ちは繰り返さない。
「何恥ずかしがってるのよ。ちゃんと似合ってるわよ」
「だだだだって、これ色々見えちゃってますよ!?」
「大丈夫よ。布面積大きい方よ」
「お腹まる見えですよ!」
あぁ、そこがソラ的にNGだったのか。
通りでさっきから手でお腹を隠してるはずだ。
……いや待て、今気づいたけどソラの腹部って全く太ってないな。
むしろ同年代の中では相当細い方じゃないか?
昨日あれだけ食べてたのに、どこに消えてるんだよ。
「あー、その、俺も隠さなくても大丈夫だと思うぞ」
「お腹は恥ずかしいですよ!」
「ソラ、アイを見ても同じことが言えるのか?」
「専門家を比較対象にしないでください!」
アイドルを専門家って呼ぶ人初めて見た。
でも人慣れしてるという点では専門家で間違ってないのか?
「ほらもっと堂々としなさいな。その内慣れるわよ」
「恥ずかしさが限界を超えるだけだと思います」
結局ソラは慣れるまでパラソルの下にいる事を選んだ。
そんなにお腹は聖域なのだろうか。
「じゃあ俺もこっちに残ってるよ。ソラ一人だけだと不安だろうし」
「あうぅ、ありがたいんですけど、まだ羞恥心が」
とりあえず速水とアイには海で遊んでいてもらおう。
俺も精神を休めたい気分だし、海の香りを感じながらジュースでも飲みますか。
「海上ファイトが始まったぞー!」
「ファイト用のボートに乗り込めー!」
「負ければボートは転覆! ライフジャケット必須の海上ファイト!」
「お前も海の男なら、海の上でサモンをしろ!」
精神、休めたかったなぁ。
なんだよこれ。楽しく海で泳ぐ人よりも、サモンファイトをする為にボートに乗り込む人の方が多いぞ。
お前ら冷静になれ。海だぞ、夏の思い出が生まれる海だぞ。
なんで海の上でサモンファイト始めてんだよ、これだからサモン脳はよー!
「「「………………」」」
「突っ込みたくないからもう好きにしてくれ」
「ファイトなのね? ウィズがお姉様を勝利に導くのね!」
無言で召喚器を手に取る速水とアイ、そしてソラ。
そんなに海上ファイトが魅力的か?
冷静になってくれ、サモンやるなら屋内で安全にやる方が健全だぞ。
あと無言で召喚器を取り出すな怖いんだよ。
「そもそも海でサモンって……」
「ツルギもデッキ持ち込んでるから、人のこと言えないっプイ」
頭上のカーバンクルに突っ込まれてしまう。
だっていつファイトが始まるかわからない世界だからね。
……確実に限度を棒高跳びで超えていると思うけど。
「私、ちょっと行ってくるわ」
「俺も行こう」
「いってらー」
海上ファイトに向かう速水とアイ。
俺はそんな二人を無気力状態で見送った。
ちなみにウィズは爆速でアイのデッキに戻っていった。
「……ソラは行かないのか?」
「冷静に考えたら、水着でファイトをするのは、まだ恥ずかしさが勝ちます」
ソラさん、気にするべきはそこじゃないと思うんだ。
水着がどうこうじゃなくて海の上でファイトする事に突っ込んでくれ。
「うぅ〜、もどかしい感じです」
「ファイトなら後で俺達とやろうぜ。せっかく海に来たんだし、そっちを楽しまないと損だろ」
「そうですよね……私も頑張ってファイト用のボートに」
あっ、そっち優先なんだ。
海で泳ぐとか砂浜で遊ぶとかじゃないんだ。
こうなると俺は自分の正気が信じられなくなる。
ちょっと現実から目を逸らそう。とりあえず海を視界に入れてはダメだ。
「…………ん?」
海から視線を逸らして、適当に近くの岩場を見る。
その時であった。一瞬……ほんの数秒だったが、岩場の上に大きなタヌキがいたような気がした。
少なくとも普通のタヌキではありえない、幼稚園児くらいの大きさと太さ。
見間違いか、そう思って瞬きをすると件のタヌキは姿が消えていた。
(……大きなタヌキ。あの見た目どこかで見たような)
何かが引っ掛かるが、頭上のカーバンクルも指摘していないなら、きっと大した事ではないだろう。
ひとまず俺はパラソルの日陰で、疲れを癒すことに専念するのだった。
俺がカードゲームで無双できる都合のいい世界 〜カードゲームアニメの世界に転移したけど、前の世界のカード持ち込めたので好き放題します〜 鴨山兄助 @kudo2121
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