第三十五話:I Dole

 宮田愛梨はアイドルである。

 それも芸能人としてはサラブレッド呼べる家系の生まれだ。

 祖父母と両親、共に有名な芸能人。

 そんな家庭環境で育った愛梨が、同じ世界に憧れを抱くのは必然であった。


 そして今、その夢は叶いアイドルをしている。

 ただし、その夢が愛梨に幸せを与えているかは、また別の話だ。


 ツルギ達と出会ってしばらくが経った頃。

 とあるTV局の楽屋で、愛梨はスマートフォンを眺めていた。


「……ふふっ」


 開いているのはメッセージアプリの画面。

 ツルギとのトーク履歴を眺める愛梨。

 本気のファイトでぶつかり合えた相手との思い出は、愛梨を自然と笑顔にした。


「おやおやアイっち〜。なーにニヤニヤしてんの?」

「ちょっとミオ、急に覗かないでよ」

「だってアイっちが珍しくメスの顔してたんだもーん」

「ちょっとミオちゃん、言い方」


 愛梨とアイドルユニットを組んでいる二人。

 ミオと夢子が話しかけてくる。

 二人と愛梨はそれなりに長い付き合いだ。

 三人ともアイドル活動を始めてからずっと一緒で、仲もいい。


「仮にもアイドルにメスの顔だなんて。失礼するわね」

「え〜、だって本当にそう見えたんだもーん。ねぇユメユメ」

「えっ……えっと、アハハ」


 否定はしない夢子を見て、愛梨は少し自分の顔を鏡で確認した。

 確かに口角が上がっている。これはいけない。

 愛梨はプロ根性で表情を戻した。


「それでアイっち? なに見てたの?」

「友人とのトーク履歴よ」

「カレピとかじゃなくて?」

「あのねミオ。私はアイドルよ? 恋愛は御法度なの」

「でも画面に映ってたの男の子っぽかったよ」


 男子とのトーク履歴というのがバレていた。

 愛梨は顔を真っ赤にして硬直してしまう。


「えっ!? 愛梨ちゃん、まさか本当に」

「ち、違うわ! ツルギはただの友達よ!」

「おー、マジ焦りしてるアイっち。これはレアですなー」

「ミオのせいでしょ!」


 やいのやいのと、戯れ合う三人。

 愛梨は必死にツルギは友達だと言い張った。


「で、そのツルギ君とやらとは、どのような馴れ初めで?」

「だからミオちゃん、言い方」

「ツルギとは、遠征先のカードショップで会ったのよ」


 どうせ無視しても追及され続けるのは目に見えている。

 愛梨は大人しく、ツルギとの出会いを語った。


「ほうほう……本気のアイっちを倒したですとー!?」

「えっ、それって物凄く強い人ですよね!?」

「えぇ、私の心が震えるくらい強い子だったわ。今でも思い出してはドキドキするくらい」

「はえー、アイっちが本気で気に入ってる」

「すごいですね」


 本気の愛梨がどれだけ強いか知っている二人だからこそ、言葉を失っていた。

 同時に、会ったこともないツルギという少年の強さを見てみたいとも思った。


 そんな話している中、夢子はおずおずと愛梨に質問する。


「ねぇ……愛梨ちゃん。そのツルギって人ファイトした時のデッキって、やっぱり」

「……えぇ。私の【樹精じゅせい】デッキよ」


 愛梨がそれを答えた瞬間、楽屋重苦しい空気に包まれる。


「ねぇ、愛梨ちゃん。やっぱり私からもプロデューサーに言うよ。愛梨ちゃんにちゃんとデッキ使わせてくださいって」

「そうだよアイっち! アイっちだけ我慢する必要なんてないじゃん!」

「気持ちは嬉しいわ。でも私は諦めてるから」


 光の無い目で答える愛梨。

 それを見たミオと夢子が、さらにヒートアップする。


「ユメユメ。やっぱりあのクソプロデューサーに直談判しよ」

「うん。私も同感です」

「ダメよ二人とも。私なんかの為に無茶する必要はないわ」

「でもアイっち!」


 ミオが震えた声で愛梨に叫ぶと、楽屋の扉が開いた。

 三人の視線が扉を開けた人物に集中する。

 そこにいたのは上等なスーツに身を包んだ、壮年の男であった。

 男は淡々とした表情で三人のアイドルを見る。


「もうすぐ出番だ。準備をしろ」

「は、はい。プロデューサー」


 少ない口数から溢れ出る威圧感に、夢子が震えてしまう。

 この男がアイドルユニット『Fairysフェアリーズ』のプロデューサー、黒岩であった。

 黒岩は準備を始める三人を横目に、テーブルに置かれていた一つのデッキケースを見つける。


「愛梨。このデッキケースはなんだ」

「……私のデッキよ」

「お前のデッキは別にある筈だが?」

「安心して。別に撮影で使うつもりじゃないから。これはただのお守りよ」

「余分なモノは気を緩める。以後持ち込むな」


 そう吐き捨てた黒岩に、思わずミオが突っかかってしまう。


「ちょっとプロデューサー! なにもそんな言い方!」

「何か異論でもあるのか? 俺の方針に従わないなら代えを用意するだけだが」

「アイっちに、ちゃんとデッキを使わせてあげて」

「それは出来ないな。宮田愛梨にはこのユニットの看板になってもらう必要がある」

「それがアイっちの負担になってるのに! なんで無理矢理別のデッキを使わせるの!」

「それがビジネスだからだ」


 ただ……と、黒岩が続ける。


「愛梨がどうしても【樹精】のデッキを使うと言うなら、俺は止めない」


 その言葉を聞いた瞬間、ミオと夢子の表情に光が灯った。

 だが……すぐに絶望へと叩き落とされた。


「まぁその場合、他の二人の進退に関しては保証しかねるがな」

「ッ!」


 愛梨は思わず歯を食いしばる。

 要するに人質なのだ。

 愛梨が勝手な行動すれば、ミオと夢子はアイドルいう夢を終わらせる事となる。

 恐らくそうなった場合でも、黒岩は愛梨を引退にはさせない。愛梨はそれをすぐに理解してしまった。

 それはミオと夢子も同様。


「なんですか、それ……それじゃあ愛梨ちゃんは!」

「いくらなんでも酷すぎるよ!」

「どうするかは、愛梨次第だ」


 ニヤニヤと下卑た笑みで愛梨を見る黒岩。

 数秒の後、愛梨は【樹精】デッキを鞄に仕舞い、アイドル活動事に使う【妖精】デッキを手にした。


「行くわよ、ミオ、夢子」

「愛梨ちゃん!」

「アイっち!」

「ククク。懸命な判断だな」


 光のない目で楽屋を出る愛梨。

 それを追うミオと夢子。

 大切な仲間の夢は壊せない。そのためなら、自分を犠牲にする他ない。

 それは今までずっと続けてきた事だ。

 だが……今の愛梨には、何か心に引っ掛かりがあった。


「(今の私……ツルギが見たら、なんて言うでしょうね)」


 脳裏に浮かぶのは、自分と対等に戦ってくれた少年の姿。

 彼の真っ直ぐな目が、愛梨の心を揺らす。

 だがそれを無理矢理押さえ込む。

 今の愛梨は、観客が求めるアイドルなのだ。


私はアイドルDole


 愛梨の夢は、幸せ与えてくれない。

 心は静かに、確実に傷を走らせていた。

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