第三十六話:一番大事なことは?

 JMSカップまで残り日数も僅か。

 今日もチームの皆で特訓だー!


 ……と、なる予定だったんだけど。


「まさかソラも速水も来れないとは」


 今日は二人とも外せない用事があるらしい。

 なので本日は俺一人。

 二人を鍛え上げる事ができないなら、自分自身鍛えるまでだ。

 というわけで今日は土曜日。確実に人で溢れているであろう、いつものカードショップに来ていた。


「よっしゃあ! フリーファイト時間じゃあ!」

「「「逃げろぉぉぉ!!!」」」


 単身フリーファイトスペースに入った途端、人が逃げた。

 酷くない?

 近くにいた小学生にまで冷たい目で見られてる気がする。


「またツルギにーちゃんがワンキルしようとしてる」

「失礼な! そんなつもりは……ちょっとしかない!」

「中学生以上の人はツルギお兄ちゃんの強さ知ってるから、みんな逃げちゃうよ」

「ウチのねーちゃんもトラウマって言ってたー!」


 トラウマ……トラウマなのか、俺のファイトは。

 そんなに酷い事した覚えなんて……!


「……ダメだ、心あたりしか出てこない」

「にーちゃん強すぎるよ」

「これが、強者の苦悩かッ!」


 戯けてみせたが、心はダメージ入ってる。

 だが反省はしない!

 それはそれとして、今日はどうしようか。


「……なぁちびっ子達よ。俺とファイトしないか?」

「本気のデッキ?」

「大会前だから本気のデッキ」

「絶対勝てないじゃん」

「ツルギお兄ちゃんの相手にもならないよ」


 うーん、綺麗にフられたな。

 だがちびっ子達の言うことも正しい。

 これは卯月から聞いた話だけど、やっぱりこの世界におけるサモンの強さはあまり高くない。

 特に小学校くらいの子供となれば、それが顕著だ。

 召喚器無しだと、基本ルールをミスる子もいるらしい。

 そりゃあ卯月もデッキ破壊で無双できるよ。


「さーて、どうしたものか」


 結局、俺の前には誰も居ない。

 ファイト相手がいなくては、サモンはできない。

 カードゲームはぼっちに厳しいゲームなのです。


 とにかく誰か相手を探さないと特訓ができない。

 俺はフリーファイトスペースをキョロキョロと見渡す。

 すると、見覚えのある帽子を被った女の子が居た。


「あっ、あれは」


 帽子とサングラス。栗色の髪の毛。

 間違いない、アイだ。

 一人でぼーっとしてるけど、どうしたんだ?


「まぁいっか。ファイト相手ゲット!」


 俺は迷わずアイに近づいて、肩を叩いた。


「よっ、アイ。今日も遠征か?」

「きゃっ。ツルギ」

「フリーファイトスペースで一人突っ立ってると、変に目立つぞ〜」

「それは……そうね」

「アイドルしてるんだから、気をつけろよ」


 俺がそう言うと、サングラスの向こうでアイが目を見開いた。

 あっ、そういえば俺が気付いてる事言ってなかったな。


「気づいてたの?」

「始めて会った日の夜にな。こっちから聞くのは無粋かと思ってたんだけど、うっかりした」

「そう……気づいても、普通に接してくれてたのね」


 俯き気味にそう呟くアイ。

 これは……何かあるな。


「……立ってるのもアレだろ。向こうのベンチに行こうぜ」


 俺はアイの手を掴んで、休憩スペースにもなっているベンチに連れて行った。

 その間アイは無言。とりあえず座らせてから、俺は近くにある自販機でジュースを買う。


「はい。好みはわからないから、オレンジジュース」

「ありがとう、ツルギ」


 ジュースの缶を両手で握りながら、アイは無言のまま。

 俺はコーラの缶を開けて、とりあえず一口飲む。

 やっぱり俺から切り出さなきゃな。聞きたい事もあるし。


「なぁアイ。サモン楽しいか?」


 いつかアイの方から聞かれた質問を、今度は俺がする。

 どうしても聞きたかったんだ。

 アイが辛そうだったから。


 数秒の間を置いて、アイは口を開いた。


「ツルギ達とのファイトは、すごく楽しいわ。自分が自分でいられるから」

「という事は、【妖精】デッキの方は」

「やっぱりそれも気付かれてたのね。えぇ……楽しくは無いわ」

「俺はアイドルってのをあまり知らないから、一応自分で調べたんだ。サモンをするアイドルのデッキって、基本的にはそのアイドル個人のデッキの筈だよな」

「……そうね、普通はそうよ」


 これは俺がネットで調べた事。

 このサモン至上主義社会では、アイドルを含む芸能人がサモンをするのは普通の事だ。

 その際使用するデッキというのは、特別な企画など絡まない限り個人のデッキを使うもの

 アイのように、異なるデッキを公の場で使い続けるというのは、この世界でも異常な事だ。


「全部……プロデューサーの意向なのよ」

「プロデューサー?」


 というと、アイドルにつきもののアレか?


「アイドルとしてのイメージを確かなものにする為に、ユニットメンバー全員が同じ系統デッキ使ってるの」

「おい……それじゃあアイ以外二人も」

「他の二人は幸い元々【妖精】のデッキ使ってたのよ。【樹精】デッキを使っていたのは、私だけ」


 言葉を失った。

 プロデューサーの言いたい事は何となく想像できるけど、それは前の世界の常識に沿った場合だ。

 ここはサモン至上主義世界。

 そんな世界でデッキ変更を強制する事が、アイどれだけ傷つけているのか、俺には想像もつかなかった。


「アイは、プロデューサーに抗議したのか?」

「何度もしたわ。でも、無駄だったのよ」

「どうして」

「私がデッキを戻すのは自由。だけどそうした場合、他の二人の進退は保証しない。それがプロデューサーの言葉よ」


 悔しそうに缶を握りしめるアイ。

 つまり彼女は仲間を守るために、自分を殺し続けているのか。


「プロデューサーはね、宮田愛梨という血統種が欲しいだけ。他の二人を捨て駒するのに躊躇いはないのよ」

「血統種?」

「私はね、祖父母も両親も芸能人なのよ」

「すげぇな。芸能一家だ」

「そうよ。産まれてからずっとそういう環境で生きてきた。だから自分が芸能界に入ることも疑問には思わなかったわ」


 だけど……アイ続ける。


「私が抱いていたのは、本当に私の夢だったのか……それが分からなくなったのよ」

「アイ……」

「私のエゴで始めた物語が、大切な仲間の夢を壊そうとしている。なら私が耐えればそれで済む話……そう思ってたのに」


 アイの目に涙が浮かんでいる。

 相当心に傷が入っているらしい。


「自分らしく生きる人達を見ていたら羨ましくなって。憧れて。私もそうなりたいって気持ちが溢れてくるのよ」

「……それで、迷っているのか」


 小さく頷くアイ。

 偶像を演じる者のジレンマとでも言うべきか。

 俺には想像もつかない重荷が、アイを潰そうしているらしい。


「アイは、何が一番大事なんだ?」

「大事な、こと?」

「あぁ。何か道に迷った時は、とりあえず一番大事なことは何か考えるんだ。そうすれば最善の道が見えてきやすい」


 これは俺の持論。

 そしてサモンをする上でも大切にしている事だ。

 アイはしばし考え込む。


「……大事なことは、いくつもあるわ」

「一番は?」

「わからないわ。どれか一つだけを選ぶと、他が全部壊れてしまいそうなの」


 アイは鞄からデッキケースを取り出す。

 あれはきっと、アイの【樹精】デッキだ。


「これはね、今は亡くなってしまったお婆様から貰ったデッキなのよ」

「そうだったのか」

「私が初めてサモンに触れるきっかけで、私がサモンを好きになった理由のデッキ。それが【樹精】のカード達」

「それが一番大事なものじゃ、ダメなのか?」

「そう、答えたい気持ちはあるわ。でもね……」


 悲しそうな目と声で、アイは俺の方を見てくる。


「仲間を犠牲にしてまで、一番を決めて良いのか……私には分からないわ」

「……」


 背負うものが違い過ぎる。

 それでも何か言葉をかけてあげたい。

 だけど俺は、安易に言葉を紡げないでいた。


「ツルギ達はJMSカップに出るのでしょ」

「あぁ、出るよ」

「私もよ……だから、本気を出せなくても恨まないでね」


 どこまでも申し訳なさそうに、どこまでも悲しそうに、アイが呟く。

 これはきっと信頼の表れ。

 俺達を好いていてくれるからこその、謝罪なのだろう。


「ふぅ。吐き出したらなんだかスッキリしたわ。ありがとうねツルギ」

「アイは……今のままで良いのか?」

「……変わらなきゃいけないとは思ってるわ。だけど、それで誰かを傷つけるなら、私は私を許せないかもしれない」


 アイはオレンジジュースを一気に飲み干すと、缶をゴミ箱に投げ捨てる。


「さぁツルギ、ファイトしましょ。そのために来てるんでしょ」

「あぁ……そうだな」


 俺はアイに連れられてフリーファイトスペースに戻る。


 その日はアイと夕方になるまでファイトを続けた。

 アイも【樹精】デッキ使えて、ストレス発散できたのか、楽しそうにファイトしていた。


 だけど俺は……ここまで悲しいサモンファイト、経験した事なかった。

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