第三十七話:答えの見えない問題

 モヤモヤは、そう簡単には晴れない。

 アイから話を聞いた翌日、俺は釘を刺しながらも、ソラと速水に全てを語った。

 やはり本人の意思を無視して無理矢理違うデッキを使わせるのは、この世界では重大なモラル違反らしい。

 だけど……決して違法というわけではない。

 もちろん、モラル的な観点から言えば、バレれば大騒ぎになる事間違いなしだろうけど。


「とはいえ……俺達にいったい何ができるのか、だよなぁ」


 大会本番も近いので、今日も俺達チーム:ゼラニウムは特訓である。

 まぁ、力が入っているかと聞かれたら否定するしかないけど。


「難しい問題ですよね」

「あぁ。結局アイが一番何を望んでいるのかが問題だしな……」

「二人とも気が抜けすぎだぞ」

「そういう速水はどうなんだよ。アイの事心配じゃないのか?」

「ライバルが減るに越した事はない」


 だが……と、速水はメガネの位置を正しながら続ける。


「どうせ倒すならば強いライバルを。お前ならそう言うだろ、天川」

「あぁ……そうだな」

「だけど今のままじゃ、アイちゃんは」


 俯くソラ。

 彼女が言う通り、今のままでは間違いなくアイは【妖精】デッキで戦うだろう。

 大会ルールで予備デッキの登録が可能とはいえ、それが活用される場面なんかまずありえない。

 やはり素直に【樹精じゅせい】デッキを使ってもらうのが一番なのだけど……壁が高すぎる。


「そもそもアイが楽しそうにファイトしてないのに、ファンは誰も気づいてないのか?」

「それは俺も気になって調べてみた」


 流石速水。メガネキャラは伊達じゃ無いな。


「目の良いファンは微かに違和感を抱いてはいるらしい。だが圧倒的に少数派だ」

「そうなんですか? アイちゃんの演技力の賜物?」

「そういう事だな」

「こういう時にアイドルとしての満点を出されると、何も言えないな」


 演技力高さは、きっと血筋ってやつなんだろうな。

 大したものだと思う。

 だけど、それで傷ついてたら話にならない。

 いっそアイともう少し話をしてみるか。

 ただ件のプロデューサーってのが気になるんだよなぁ。


「それとな二人とも。少し気になる事があってな」

「気になる事ですか?」


 速水は少し顔を顰めながら、それを口にする。


「『Fairysフェアリーズ』のプロデューサーの事だ」


 思わず俺も顔を顰めてしまう。


「黒岩プロデューサー。いくつもの大型グループ育ててきた敏腕アイドルプロデューサーだ」

「すごい人なんですね」

「あぁ、実績は凄まじい。だが同時に黒い噂もある人物らしいな」

「黒い噂だって?」


 俺がそれを聞いた瞬間、速水は更に顔を顰めた。


「自分のアイドルを大舞台に立たせて売り込むためには手段を選ばない男なんだとか」

「そりゃまぁドラマによく居そうな悪役だな」

「問題はそれだけじゃ無い。黒岩は金の力で随分と無茶をしてくる男とも噂されている」


 中には……速水が少し言い淀むが、意を決して口を開いた。


「公式非公式問わず、アイドルの対戦相手に八百長を持ちかけているとか」

「八百長!?」

「なんですかそれ……酷すぎます」


 ソラもショックを受けているらしい。

 それは俺も一緒だ。

 大会おける八百長。運営にバレればタダでは済まない。

 そんなリスクをアイ達に背負わせているっていうのか?


 だけど俺は……黒岩というプロデューサーの行動が、どこか腑に落ちていた。


「まぁ、流石に八百長は無いと思いたいが……アイの意思を踏み躙るくらいの事はやりそうな人物だな」

「アイちゃん……ずっと背負い込んでたんですね」

「……」

「ツルギくん?」

「八百長、多分本当な気がする」


 速水とソラが言葉失う。

 俺には不思議な確信があった。


「アイが言ってた。プロデューサー欲しがっているのは宮田愛梨という血統種だって。芸能一家の娘を華々しく演出できれば、プロデューサーとしては儲けものだろうな」

「おい天川。流石に憶測でもそれはあまりにも」

「惨いだろう。でも今苦しんでるのはアイだからな」


 複雑な表情を浮かべる速水とソラ。

 二人も何となくは理解してきたらしい。

 この問題の抱える闇の深さを。


「どうにかしたいとは、俺も思う。だけど俺達三人だけじゃ」

「相手が巨大すぎるか……」

「あぁ。どう足掻いても俺達はただの中学生だからな」


 サモンファイトを挑んでも約束反故される可能性もある。

 最悪の場合はアイに危害が及ぶ。

 サモン至上主義世界と言えども、解決の難しい問題だ。


「それこそ誰かがスパイにでもなるなら話は変わるかもしれないけど」

「赤翼でもアイドルに仕立てるか?」

「えぇ!? 私がアイドルですか!?」

「冗談だ。空論が過ぎたな」

「なぁ、速水ならどうする?」


 インテリメガネの発想力を是非とも借りたい。

 速水は少し悩むが、やはり中々答えは出ない。


「やはり、アイとファイトする事が一番の近道かもしれないな」

「そうですね。ファイトを通じて私達の思いをぶつけるのが早いかもしれないです」


 わぁいサモン脳。

 サモン脳って便利で単純。


「でもまぁ、二人の言う通りかもしれないな」


 サモンの問題はサモンで解決する。

 うん、実に隙のない理論だ。

 ……俺もすっかりサモン脳だな。


「ならば俺達がやる事は一つだ」

「はい! アイちゃんがJMSカップに出るなら!」

「大会で嫌でもファイトできる! 俺達で、アイとやり合うぞ!」


 抜けてた気合いも十分に入った。

 なら後は特訓あるのみ!

 俺達はカードショップの片隅で、各々のデッキの最終調整をした。


「アイと戦う。そして魂をぶつけてやる!」


 それから、数日後の日曜日。

 遂に俺達は、JMSカップ本番の日を迎えた。

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