第九十話:女子達の夜
バーベキュー場での夕飯が終わり、
宿泊費はすでに全員、ポイントで支払い済み。
荷物を置いて、今は男女に分かれて露天風呂を楽しんでいた。
で、女湯の様子。
女子4人は和気藹々としていた。
「
「い、いや……ボクは特になにも」
「て、天然ですって……」
「ボクからすれば、宮田さんのスタイルの良さが羨ましいよ」
アイは真波の腕を触り、真波はアイの身体に視線を向ける。
互いに羨ましがるという妙な光景が広がっていた。
そんな二人を、凄まじい目つきで見つめるソラ。
「なんで……同い年なのに……なんで差が……」
ソラは同年代の中でも特別薄い胸をペタペタと触っている。
藍とアイの大きさを再認識すると同時に、ソラは真波の胸にも注目した。
「なんで……そこそこあるんですかッ!」
真波は、普通より気持ち少し大きいくらいであった。
それでもソラには追いつけない領域である。
同い年身内女子がことごとく大きなお山の持ち主で、ソラは神を恨んだ。
「でもソラ、大きくても不便だよ。揺れたら痛いし、肩凝るし」
「藍ちゃん。それは喧嘩を売ってますね、言い値で買いますよ」
「ダメよソラ。持つ者には持つ者の苦悩があるものよ」
「アイちゃん、デッキを抜いてください。お風呂を鮮血で染めたいんです」
終始笑顔だが、ソラの背には阿修羅が浮かんでいた。
なお藍は本気で胸が邪魔だと思っていた。アイは茶化しているだけ。
そんな三人を眺めながら、真波は露天風呂に浸かっていた。
「いい、眺め」
友達が和気藹々としている光景に対する発言だが、完全に黒幕のそれである。
なお真波はそこに割って入る勇気は皆無なので、大人しくする事を選んだ。
「……いいお湯」
夜空に浮かぶ月を見上げる真波。
自分も最初から和室を選んでおけば良かったと、真波は考えていた。
◆
露天風呂を出た後は、女子大部屋に移動する。
人数はいるが、明らかに減ってはいる。
洋室に移動したのか、それともテントで野宿なのか。
気にしてもしょうがないので、女子達は高校生らしい会話で盛り上がっていた。
なお主な話題は異性関係。
そして追求されるツルギに関する色々。
「
「はい。チームも一緒です」
「天川君って中学の頃どんな感じだったの?」
「それワタシも知りたーい。いつ頃から殺戮マシンになったの?」
殺戮マシンという単語に関して、誰も反論はしない。
ちなみにモブ女子生徒達は天川ツルギというファイターが気になっていると同時に、あわよくば彼氏にと思っていた。
だがソラには見抜かれていた。
「ではお話ししますね。ツルギくんのチュートリアルファイトから」
そしてソラによって語られる、ツルギ中学時代の武勇伝。
ツルギは武勇伝とは微塵も思っていないのだが、ソラによる脚色によって、それらしく伝わってしまう。
ついでにソラは自分とツルギの関係性にも言及して、女子達を牽制した。
「……天川君って、中2で初ファイトだったの?」
「えっ、じゃあ師匠とかもいない感じ? 天才?」
当の女子達は、ツルギの初ファイトが衝撃的すぎて、彼氏に云々という考えは完全に吹き飛んでいた。
「というか最初の相手
「通りで財前君って、天川君に絡みにいくんだね」
「……財前×天川」
なお財前に対する女子からの評価は元々高くないので据え置き。
腐な方向性で妄想をする女子が現れたくらいの変化だ。
メモ帳を取り出した彼女達を、誰も止めようとはしなかった。
「宮田さんも天川君とは中学からの知り合いなんだよね?」
「えぇ。彼が情熱的に相手してくれたから、私も熱くなっちゃったの」
あえて誤解を招きやすい表現を使うアイ。
何も知らない女子達は「キャー!」と色めきたった。
ソラはジト目でアイを見ていた。
藍はよく理解していないので目が点になっており、真波は藍にしがみついていた。
「あの頃は色々あってね……ツルギがいなかったら、今頃私はここにいないわ」
「そうですよね〜、あの時ツルギくんが動いてなかったら」
「案外、私はこの世にいなかったかもね」
悪戯な表情でそう言うアイ。
ソラは「もー、アイちゃん!」と頬を膨らませて叱った。
こうなっては追求は避けられないので、アイはJSMカップでの一幕も含めて、話せる範囲で話した。
全てを聞き終えた女子達の反応は様々だが、主に「プロデューサー最低!」か「天川君ってもしかして魂がイケメン?」の二つであった。
「なんかツルギくんらしい行動だね」
「そう、なのかな?」
藍は自然に受け入れたが、真波は「天川ツルギは後先考えなさすぎでは?」と考えていた。
同時に真波は考え込む。天川ツルギという男の異質さを。
通常、召喚器に初めて触れるのは遅くとも小学校入学直後。
召喚器を買い替えたとしても、生体認証をするので、チュートリアルモードが2回起動する事はない。
となれば、天川ツルギは本当に中学2年生で初ファイトをした事になる。
もちろん召喚器を使わないファイトで経験を積んだ可能性もあるが、今の時代アナログファイトなんて珍し過ぎる。
そもそも初ファイトでランキング入りするような相手を倒し、その後も優秀な成績を残し続けている。
この合宿でも、第二の試練を効率的に攻略する方法を難なく見つけていた。
「真波ちゃん?」
藍が心配そうに見つめるが、真波は集中して考え込んでいる。
気になる点はまだあった。
シルドラはツルギのデッキに化神がいると言っていた。
彼の様子を考えるにい、まだ完全に目覚めてはいないのだろう。
化神はファイトを通じて成長していく性質を持つ。
まだ目覚めていないという事は、まだファイト回数が多くない、もしくは化神カードを入手したのが最近だと言うこと。
要するにチグハグなのだ。
ファイト歴に対して実力も知識も高過ぎる。
天才と言ってしまえば、それでお終いかもしれない。
だが真波は、何か引っかかりを感じていた。
何か、得体の知れない真理に近づきそうだと、そう感じていた。
「まーなーみーちゃん!」
「ひゃ!?」
突然、真波は藍に背中を叩かれた。
「ずーっと難しそうな顔してるよー」
「あっ、ごめんなさい」
「もっと楽しくいこうよ! せっかくの合宿なんだから」
無邪気な笑みを浮かべる藍。
真波は「今は、それでいいのかもしれない」と考えて、小さく頷いた。
「じゃあつーぎーはー! 恋バナの時間だー!」
気づけば話題は恋バナに移行していた。
藍は顔を真っ赤にして、真波は何も話題がないので真顔になった。
◆
そして夜は更けていく。
時刻は日付変更直前。
大部屋の明かりも消えて、皆寝静まっていた。
各々の布団に入って、寝息が聞こえてくる。
真波は無意識に藍の布団へと侵入して、しがみついていた。
「うぅぅぅん……あつい」
藍は熱苦しさを感じて、眠れずにいた。
これはしばらく寝付けそうにない。
そう判断した藍は、なんとかして真波を剥がし、大部屋を出るのだった。
また寺の外で修行をしようと、藍は考えていたのだ。
誰にも気づかれず、藍は大部屋からいなくなる。
それは、藍がいなくなって数分後のことであった。
近くで苦しそうな声が聞こえる。
その声で、ソラが目覚めた。
「ふみゅ〜……?」
ソラが起き上がって目を擦ると、声の主は真波であるとすぐにわかった。
真波は酷い寝汗をかいて、苦しそうな声を出している。
「真波ちゃん?」
「やだ……おかあさん、おとうさん……」
「……」
「いなくならないで……ひとりにしないで」
真波目から、涙が流れている。
ソラはここまでの真波の動きを思い出し、一つの可能性を察した。
幼くして、目の前で父親を亡くしているソラだからこそ、彼女を理解できた。
ソラは枕を片手に、真波の隣にいく。
同じ布団に入ると、ソラは真波の顔を自身の胸に抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫ですよ……私達は、ひとりじゃないですから」
ゆっくり、優しく真波の頭を撫でるソラ。
その声は慈愛に満ちているようであった。
「心の痛みって、治りにくいですよね……」
どこか自分に言い聞かせるように、ソラが呟く。
それでもソラは、真波の傷が少しでも癒えるように願って、彼女の頭を撫でるのだった。
いつの日か、お互いに傷が癒える事を願って。
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