第百四話:ちょっとお出かけ

 合宿が終わり、色々と行動開始……なんて都合よくはいかない。

 まだまだ準備も必要だし、向こうが本格的に動き始めるのもまだ先だ。

 さらに言えば、今日は合宿の振替休日で一年生はお休み。

 完全休養日である。


 で、俺は今何をしているのかというと……


「ツルギくん? どうかしました?」

「世の中の不思議について考えていた」


 何故かソラと二人でお出かけ中である。

 事の発端は単純。朝からソラからある場所に誘われて、俺がホイホイ乗っただけだ。

 で、今俺の隣には私服姿のソラがいます。

 ……女の子の私服姿って、すごくドキドキするよね。ソラのはもう何回も見てる筈なのにさ。

 それはともかく。

 俺は突然湧いて出たお出かけイベントを楽しむ事にしているのだった。


「予定まで少し時間ありますね」

「どこかで適当に時間潰すか。幸いこの辺は色々店もあるし」


 何故ならここは赤土あかど町。

 聖徳寺しょうとくじ学園もあれば、サーガタワーもある町だ。

 カードショップと喫茶店の類はいくらでもあるぞ。

 ……いや本当にあり過ぎるんだよな。

 だった右を見ても左を見ても、どこかしらカードショップがあるもん。

 サモンファイトの音は常に聞こえてくるし、誰かしら敗北と同時に吹き飛んで……あっ、一人吹き飛んでった。


「ツルギ、どこに入ります?」

「喫茶店にしようか。あともう少し動じてくれ」


 今目の前で人が吹き飛んだんだぞ。

 怖いか? コレがカードゲーム世界の日常だぞ。

 俺は慣れてきている自分が怖い。


 とりあえず俺達は近くの喫茶店に入って時間を潰す事にした。

 ソラがメニューと睨めっこしている間、俺はふと街頭ビジョンに目をやる。

 日本のプロサモンファイターが特集されている番組だ。

 これ自体は別に珍しいものでも何でもない。

 俺が気になったのは……


「私はオレンジジュースと……『カップル限定バベルサイズパフェ』をお願いします。ツルギくんはどうしますか?」

「……ブラックコーヒー」


 突っ込まんぞ。ソラがカップル限定メニューを頼んだけど、もう突っ込まんぞ。

 何故ならそれをソラが一人で軽く完食する未来が見えているからな!


「あっ」


 俺がそう考えていると、ソラも街頭ビジョンに気がついたらしい。

 恐らく俺と同じ人物が気になってるんだろう。

 街頭ビジョンに映っていた選手の名前は、速水リュウト。

 速水のお兄さんである。


「速水くんのお兄さん、最近またテレビで見るようになりましたね」

「そうだな……プロとしてもかなり若い方だし、みんな気になるんだろうな」

「そういえばツルギくんと速水くんって、いつ頃から仲良くなったんですか?」


 店員がコーヒーとオレンジジュースを持ってきたタイミングで、ソラが妙な質問をしてきた。

 いつ頃から……か。


「私は途中からの転校生でしたけど、お二人って気づいたら仲良くなっていた印象があるんですけど」

「……まぁ、他の奴から見たらそうかもな」


 速水に関しては、明確な切っ掛けがあったし。


「ただ、あんまり俺から話すようなもんでも無いんだよ」

「そうなんですか?」

「そうだな。タイミングが来たら、速水の方から話すかもしれない」


 俺はそう言ってから、ブラックコーヒーを一口含む。

 まぁ……実際アレは、俺から語るようなものじゃない。

 俺の脳裏には、中学二年生の時の出来事が浮かび上がってくる。


『天川……俺と、ファイトをしてくれ!』

 雨に打たれながら、俺にそう叫んだ速水の姿。

『越えなくてはいけない相手がいるんだ! 俺が、奪い返さないといけない場所があるんだ!』

 あまりにも悲痛な表情で訴えてきた速水の姿を、俺は一度も忘れた事はない。


(速水の問題なのは分かっている……ただ問題は、アイツの心に付け入る奴が現れるか否か)


 特にウイルスカードに関しては、一度感染すると不味いからな。

 明確な治療法も分からない以上、俺も注意し続けないと。

 速水に限らず、ソラ達も。


「わぁぁぁ! 大きなパフェです!」


 ソラは巨大パフェを前にして目を輝かせていた。

 まぁ、今はそれでいいか。

 どうせこの先は学園でも大変になるんだし。


(それはそうとして……ソラのデッキにも化神がいたのは驚きだな)

「〜♪」


 まぁ十中八九エオストーレなんだろうけど。

 ちなみにソラと会った時にカーバンクルに少し出てもらったけど、ソラは特に反応無しだった。

 どうやら化神はまだ視認できないらしい。

 本当に世界には不思議が満ちているもんだ。

 ……ソラの胃袋とかな。どこに入ってんだ、その質量。


 で、適度に時間を潰した俺達は、本来の目的地へと移動した。

 まぁメチャクチャ目立つ目的地なんだけどな。


「ここに来るのも去年のクリスマス以来だな」

「そうですね」


 見上げると首が疲れる程に巨大なタワー。

 そう、ここが今日の目的地であるサーガタワーである。

 UFコーポレーションが運営しているマザーコンピュータ兼電波塔。


「たしかココで待ち合わせなんですけど……」


 ソラがキョロキョロとしていると、タワーの入り口から白衣を来た男性が駆け寄ってきた。


「あぁソラちゃん! こっちだよ!」

三神みかみおじさん!」


 白衣にボサボサの黒髪な四十代くらいの男性。

 JMSカップの時にもお世話になった、三神当真博士だ。

 実は今日俺とソラをサーガタワーに誘ってくれたのは、他ならぬ三神博士なんだ。


「天川君も久しぶり。JMSカップの時以来だね」

「はい、お久しぶりです」

「今日は急なお誘いだったのに、来てくれて済まないね」


 ハハハと笑う三神博士。

 それは別に構わないんだよな、俺は暇だったし。

 少し気になるのはソラの事だ。


「ソラ、大丈夫か?」

「……はい」


 ソラが俺の服の袖をギュッと掴む。

 それもそうだ。サーガタワーはソラにとって、父親を亡くした場所だからな。

 多分それは三神博士も分かっている事。

 だけどいつかは乗り越えなくてはならないという事で、ソラは今日タワーを訪れる事を決意したらしい。

 俺は付き添いだ。


「じゃあ、早速行こうか」


 俺とソラは三神博士に案内されて、サーガタワーの中へと入って行った。





 サーガタワーの中は……言葉で言い表すのが難しい科学力で構成されていた。

 なんだか難しい理論やマシンが並んでいるけど、元文系大学生にはちんぷんかんぷんである。

 三神博士が色々と専門的な話をしてくれているが……そろそろ俺の脳が限界を迎えそうです。


「み、三神おじさん。ツルギくんが頭から煙出ちゃってます」

「おっと!? これは失礼。ついつい話に熱が入っちゃったよ」

「おかまいなく〜」

「ツルギくん、本当に大丈夫ですか?」


 ソラが俺の顔に手を当ててくるけど……ごめんなさい、それはトドメになりかねないです。

 顔が熱くなる! 助けて!


「ツルギくんオーバーヒートしちゃってます!?」

「まだギリギリセーフだと思う」

「ギリギリじゃダメですよ!」


 ソラに叱られてしまった。

 そのまま手を引かれて、近くのベンチに座らされる俺。


「私飲み物買って来ますから、ツルギくんはそこで大人しくしていてください」

「えぇ〜」

「メッ、です」


 有無を言う間もなく、ソラは自動販売機の方へと駆けて行ってしまった。

 うぅむ、もっと科学の勉強もしなきゃダメかな。

 そんな事を考えていると、隣に三神博士が座ってきた。


「隣失礼するよ。済まないね、小難しい話ばかりしてしまって」

「気にしないでください。俺が理解力無いだけなんで」

「そういえば、君とこうしてゆっくり話をするのは初めてだったね」


 確かにそうだ。JMSの時はそれどころじゃなかったもんな。

 三神博士は軽く周囲を見ると、意を決したように口を開いた。


「天川君……化神って言葉に覚えはあるかい?」

「ッ!?」

「その様子だと、あるようだね」

「……という事は、博士も」


 三神博士は無言で頷き、肯定した。


「カードに宿る擬似生命体、化神……かつて僕達も研究をしていた」

「たち?」

「光一……ソラちゃんのお父さんとね」

「そうだったんですか……じゃあソラのデッキにいる化神って!」

「あぁ、エオストーレだね。君にはそこまで気づかれていたか」


 やはりエオストーレが化神だったのか。

 それにしても化神の研究もしていたとは、UFコーポレーションもすごいな。

 ……待てよ、まさかとは思うけど。


「僕と光一は、化神と異世界の研究をしていたんだよ」

「……」

「お互いに化神と人間が手を取り合った先に、どんな未来が描かれるのか……それを夜通し語り合ったりもした……だけど、その矢先に起きたのが」

「サーガタワーの爆発事故」

「そうだ。その事故で光一は死に、研究も凍結された」


 虚な目でそう語る三神博士。

 そして事故の直後に、父親の遺体を見てしまったのがソラ、というわけか。


「事故のすぐ後、ソラちゃんは……酷いものだったよ。無理もない、幼くして父親を目の前で亡くしてしまったんだからね」


 酷い状態のソラか……今じゃ想像もつかないな。


「だからJMSカップでソラちゃんの名前を見つけた時は驚いたよ。最初は同姓同名の別人かと思ったものさ」

「だからあの時控え室に」

「予選で本人だと確認できたからね。今度は別の意味で驚いたよ……あんなにも暗くなっていたソラちゃんが、君達とチームを組んで、果敢にファイトをしているんだからね」

「それはソラ自身の強さだと思いますよ。俺らは特になにもしてませんもん」

「それこそ謙遜さ。ソラちゃんから聞いたよ、君がデッキを譲渡した事もね」

「あぁ……そんな事もありましたね」


 でもその後の強化に関しては俺ほとんど関わってませんからね!

 それは本当ですからね!


「……君を見ていると、なんだか色々と納得するよ」

「納得、ですか?」

「あぁ。君にならソラちゃんを任せても大丈夫そうだ」

「ぶふぉ!?」


 三神博士!? 何を言い出してますか貴方は!

 その発言は完全に「娘を泣かせたらパパ許さないからね?」的なやつなんですけど!?

 いやまずはソラの意思をちゃんと確認してですね。


「ツルギくーん! お待たせしました!」


 なんてやり取りをしていたらソラが戻ってきた。

 やっべぇ、今のでソラの顔をちゃんと見れる自信がない。


「ツルギくん、どうしました?」

「色々とありました。気にしないでくれ」


 大丈夫大丈夫。

 大丈夫だからソラさん、コーラのボトルを俺の額に押し付けないで。

 そして三神博士も微笑ましく見てないで助けてください!


「さぁ、そろそろ次の場所に行こうか」

「「はーい!」」


 とりあえずコーラを飲んで、俺とソラはサーガタワー見学の続きに進むのであった。

 夕方まで見学していたけど……難しい話は何もわからなかったぜ!

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