第五章:高校生編②

第百二話:教えてカーバンクル

 五日間の地獄の合宿……というには少々苦難が無かった気がするな。

 でもまぁ、無事に終了したのは良い事だ。

 打ち上げパーティーを終えた俺達は、現在帰りのバスに乗っている。

 バスは賑やか……ではなく。


「グゴォォォ……」


 鎧武者スタイルの先生こと、伊達だて先生のいびきが響いていた。

 まぁ他の生徒も疲れて眠っているのが殆どだ。

 無理もないか、合宿中は過酷なサモン漬けだったもんな。

 頭より体力を消費してた気もするよ。


 それだけじゃない。

 打ち上げパーティーに出れた俺達、試練クリア組は良いとして。

 伊達先生なんかは、最後まで試練をクリアできなかった生徒達のフォローをしていたわけだ。

 そりゃあ疲れるに決まってる。何人いたんだよ。


(そういえば、坂主さかぬしは結局病院送りだったらしいな)


 聞くところによると、まだ目を覚ましていないとか。

 まぁ間違いなくウイルスの影響だろうな。

 目覚めたら改心している事を祈るよ。


 ……それはそれとして。


「キュ〜プ〜」


 カーバンクルよ、俺の頭上に乗るな寝るな。

 俺は今、色々と限界を超えそうなんだよ。


「すぅ……すぅ……」


 真横でね、白い髪の女の子が寝ています。

 はい、ソラです。

 寝ているから気づいていないのか、ソラが俺の肩に頭を預けているんだ。

 知っているかカーバンクル、女の子ってね、いい匂いするんだよ。

 ソラって美少女なんだよ。そんな子がね、もたれかかってるとね、理性を維持するのが大変なんだよ!


「キュプ〜」

「すぅ……えへへ……」


 俺、来世は布団になるかもしれない。





 そんなバス移動を終えて、学園に帰還。

 あとは解散するだけ。

 俺は電車に乗って家に帰る……のだけど。


「キュ〜プ〜、朝が来たプ〜イ」

「残念、夕方だぞ」


 電車の中であくびをするカーバンクル。

 普通の人には見えないからって、思いっきり熟睡だったな。


「カーバンクルくんおはよー」

「プーイ」


 家がお隣なので、俺はらんと一緒に帰っている。

 化神が見えているので、藍は俺の頭に乗っているカーバンクルを指先で突いていた。


「ウサギなだけあって、モフモフだ〜」

「プイプ〜イ」

「藍、そのモフモフ対象は他人に見えてないぞ」

「あっ」


 完全に失念していたらしい。

 カーバンクルが見えていない人達からすれば、虚空を突いてるようにしか見えないからな。

 藍は顔を赤らめると「アハハ」と笑って誤魔化してきた。

 俺より化神との付き合い長いのに……気づけよ。


 で、家の最寄り駅に到着。

 久しぶりの地元。さっさと家に帰るべきなんだろうけど……


「うーん、帰ってきたー! やっぱりお母さんのご飯が恋しくなるよねー!」

「そうだな」

「それじゃあ早く家に帰ろー!」

「あぁ……藍。悪いけど俺は、ちょっと寄り道してから帰るわ」

「あれ、そうなの?」


 キョトンとした表情でこちらを見てくる藍。

 本当に大型犬みたいな奴だな。


「ちょっとばかし買い物を頼まれてんだ」


 嘘だ。そんなものは無い。


「そっかー、じゃあまた学校でだね」

「だな」

「じゃあツルギくん! アタシ先に帰ってるね!」


 そう言って手を振り、藍は駆け足で去っていった。

 うん、その方が今は都合がいい。

 藍の姿が見えなくなった事を確認した俺は、駅を後にしながら頭上のカーバンクルに触れる。


「カーバンクル、起きてるよな」

「当然っプイ」

「家に帰る前に寄り道する。色々聞きたい事があるんだ」


 俺がそう言うとカーバンクルは了承するように「キュップイ」と鳴き声をあげた。

 そのまま家とは別の方角へと歩いていく。

 夕暮れ時の道は人が少ない。

 とにかく人気のない場所を求めて、気づけば小さな公園にたどり着いていた。

 周辺に人はいない。俺は適当なベンチに座って話を切り出した。


「さてとカーバンクル……色々と教えてくれないか?」

「何を聞きたいっプイ?」

「そうだな、まずは……化神ってなんだ?」


 一応ブイドラと最初に会話した時にも聞いた話。

 ただブイドラ自身がよく理解していなかったらしいので、俺もよく理解できてないんだよな。


「確かブイドラがギジセイメイタイがどうとか言ってたけど」

「擬似生命体っプイね。ボク達化神は正式な生命体じゃないっプイ」

「正式な?」


 そもそも生命体に正式とかそんなのがあるのか?


「擬似生命体は、生命体として確定する一つ前の状態っプイ。だからファイトを通じたりしてエネルギーを補給しないと、存在を保てないっプイ」

「存在に関わるあたり、流石はカードに宿る生命だな」


 これがサモン脳の最終到達地点なのだろうか。

 むしろそうだと言ってくれ。

 これ以上のサモン脳は流石に俺でも許容範囲超える……と思う、多分。


「あれ? でも擬似生命体は要するに……不完全(?)な生命体なんだよな?」

「そうプイ」

「じゃあ何で不完全な生命体がカードに宿ってんだ?」

「世界構成プログラムの不完全な併合で生まれた副産物のようなものっプイ」

「急に難解な言葉をぶつけないでくれ」


 文系大学生にプログラムとか理解できるわけないだろ。


「そもそも世界はボク達生命体には理解できない膨大な数式で構成されてるっプイ」

「数式で生まれた世界とか文系の敵かよ」

「一つの世界につき、一つの数式の集合体……だけどこの世界の人間は、他の世界の存在に気がついたっプイ」


 他の世界……つまり異世界であり、俺が前いた世界か。


「その人間は神に触れ、世界と世界の間に架け橋と作ってしまったっプイ」

「作って……しまった?」


 不穏な表現だな。

 カーバンクルのニュアンス的には、世界と世界は繋がるべきではないようだし。


「そうプイ。世界は独立するから世界として成り立つプイ。上の世界から観測するだけなら問題ないけど……直接の干渉は均衡を崩してしまうっプイ」

「そして崩れた均衡から生まれた擬似生命体が、化神ってわけか」


 俺がそう言うとカーバンクルは「プーイ」と鳴いて肯定した。

 なるほど、つまり誰かが異世界に干渉した事が全ての始まりだったというわけか。

 ……あれ? それって……


(たしか俺がこの世界に転移する前夜に……)


 急激に蘇る自分の記憶。

『目を覚ましたら、アニメの世界に送り込んでください』

 そう願ってしまっていたな。


「…………」


 冷や汗が止まらない。

 もしかして、俺が全ての元凶?

 でも俺は異世界の存在なんて観測してないぞ。

 念の為確認するか。


「なぁカーバンクル……もしかして俺が異世界転移したのが、原因?」

「違うっプイ」


 即答で否定されたけど、よかったぁ〜。


「むしろツルギは……被害者っプイ」

「被害者?」

「まだボクは全ての記憶までは戻っていないっプイ。でも少しだけ思い出せる事もあるっプイ」

「そうなのか」


 まぁウイルスのエネルギー食ってようやくとか言ってたしな。

 けど俺が被害者ってなんのこっちゃ?


「なぁカーバンクル。俺の知らないところで、何があったんだ?」


 俺がそう聞くも、カーバンクルは目を閉じて沈黙する。

 だけど少し考え込んだ後、カーバンクルは口を開いた。


「まだ全部は思い出せないけど……とても悲しい事があったっプイ。ボク達の友達が一人……死んじゃった事は、覚えてるっプイ」

「そう、なのか」

「ボクがツルギの隣にいるのも、その友達のお願いっプイ」

「……誰なんだ、その友達って?」

「うーん……それが思い出せないっプイ」


 ショボンとした様子で、そう答えるカーバンクル。

 どうやらカーバンクル自身も気に病んでいるらしい。

 深掘りはやめておこう。


「大切な約束のために、いっぱい力使ったらキュップイしかできなくなったっプイ」

「なーるほど」

「だから今こそ過労死は拒否したいって主張するっプイ!」

「申し訳ないんだが、サモンには労働基準法が採用されてないんだ」

「とんでもないブラックっプイ!」


 カーバンクルは俺の顔面に張り付いて「抗議するっプイ! モンスターの権利を守るっプイ!」と叫んできた。

 短い前足で俺の頭をペチペチと叩いてくる。

 だがそれ以上に、顔がモフモフする。

 猫吸いならぬカーバンクル吸いだな。めっちゃリラックスする匂いがする。


 しかし、ひとつ気になるのは……


「なぁカーバンクル。世界と世界を繋げたのって、結局誰なんだ?」

「うーん、それも思い出せないっプイ」

「そうか」

「でも、友達の友達だった事は覚えてるっプイ!」


 友達の友達か……なんとも酷い話だな。

 あと神様とか気になるけど……今はいいか。


「世界とか流石に難解すぎるな。サモンの謎裁定覚えた方が楽だわ」

「例えばどんなルールっプイ?」

「お前のルールが一番謎裁定だからな」

「キュプイ!?」


 モンスター・サモナーのルールで謎空間こと「どこでもないゾーン」なんて単語が出てくるのは、カーバンクルの裁定だけだからな。

 地味に難解なルール筆頭格だぞ。


 まぁ、難しい問題は後々考えるか。

 今は目前に迫っているウイルスカード問題が先だ。


(とりあえず他の皆にも注意喚起が必要だろうな……っても、どうやってウイルスの危険性を伝えるか)


 人間にウイルス感染させるカードなんて、どう考えても荒唐無稽な話。

 信じてもらうにも工夫が必要だ。

 いっそ感染者とのファイトを見てもらった方が早いのかもだけど……流石に荒療治すぎる。


(特にウイルスを手渡されるのが不味い。基本的には大丈夫だと思いたいんだけどな……)


 約1名、ちょっと心配な奴がいる。

 あとは俺が注意喚起すればなんとか……なって欲しいな。


 ウイルスカードだけでも大変だけど、学生生活もここからが本番だ。

 二学期のランキング戦に向けて色々準備をしなくてはな。

 保険や対策はできるだけ用意しておこう。


「おっと、流石に暗くなってきたな。そろそろ帰るか」

「キュップイ! ボクもお腹すいたっプイ!」

「今日は母さんが夕飯作ってるだろうから、後で食わせてやるよ」

「やったー! やよいの料理美味しくて好きっプイ!」


 俺の足元を跳ね回って喜ぶカーバンクル。

 こういうところを見ると、本当に無邪気だなと思う。


(あれ? そういえば、何で母さんの名前知ってるんだ?)


 カード状態の時に聞いたのかな。

 まぁ大した問題でもないだろうし、今日は帰って今後の事を考えよう。


「ツルギー、早く帰るっプイ!」

「へいへい」


 俺はカーバンクルに急かされるように、帰路に着くのだった。

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