第八十三話:慈悲は無し

 幸いにしてまだ人はそれほどいない。

 俺達は売店街にある開けた場所へ移動して、ファイトを開始した。


「「サモンファイト! レディー、ゴー!」」


 先攻は坂主さかぬしとかいう奴か。

 いかにも相手を舐めているような様子だな。

 どうやって俺を痛めつけるか楽しく考えていそうだ。


「俺のターンだな。スタートフェイズ」


 さーて、俺の初手はというと……うん、これならサッサとあのクソ野郎を潰せそうだな。


「メインフェイズ! 俺は〈嘆きのスレイヴ〉を召喚!」


 坂主の場には、いかにも虐げられていそうな奴隷の少女が召喚された。

 ぼろ布に身を包んでいるけど……アイツが召喚すると趣味が悪いな。


 〈嘆きのスレイヴ〉P3000 ヒット1


「続けて俺は〈妖艶なるスレイヴ〉と〈毒刃どくじんのスレイヴ〉を召喚!」


 次に召喚されたのは、色気全開の奴隷女性、そしてダガーを手にした包帯だらけの奴隷少年。

 だからお前がそういうの使うのは趣味悪いんだよ。


 〈妖艶なるスレイヴ〉P4000 ヒット1

 〈毒刃のスレイヴ〉P4000 ヒット1


 なるほどね、アイツの使う系統は【隷刃レイジ】か。

 特定の行動をとると、相手に1点のダメージを与えてくる専用能力【怒号】を駆使して戦うデッキ。

 まぁ厄介と言えば厄介だけど……1killできない相手じゃないな。


「さぁ、地面とキスさせてやる! 俺は場の〈嘆きのスレイヴ〉をコストで破壊!」


 足元に魔法陣が出現した奴隷少女は、耳をつんざくような悲鳴を上げる。

 だから演出が悪趣味なんだって。


「来やがれ、下等種族を支配する偉大な王! 〈【怒号鬼どごうき】タイラント・オーガ〉召喚だぁ!」


 奴隷少女を巨大な手で握りつぶし、魔法陣から巨大な赤鬼が召喚される。

 手に持った鞭が、悪趣味さを加速させているな。


 〈【怒号鬼】タイラント・オーガ〉P13000 ヒット3


 さて、これは先攻から動いてくる流れだな。


「破壊されたことで〈嘆きのスレイヴ〉の【怒号どごう】発動だぁ!」


 奴隷少女の幽霊が出現し、俺に攻撃を仕掛けてきた。


 ツルギ:ライフ10→9


「さらにぃ! 相手がダメージを受けた瞬間〈妖艶なるスレイヴ〉の効果発動ォ! 追加で1点のダメージだ!」


 なるほど、良いプレイングだな。

 妖艶なるスレイヴは二つの効果から一つを選んで発動できる。

 1点のダメージを与えるか、味方に魔法カードによる破壊耐性を与えるかだ。


 色気がすごい女奴隷が、俺にナイフを投げてくる。

 あっ、そういう攻撃演出なんだ。


 ツルギ:ライフ9→8


「俺はこれでターンエンドだ。さっさと終わらせて俺の奴隷にしてやるよ」


 坂主:ライフ10 手札1枚

 場:〈妖艶なるスレイヴ〉〈毒刃のスレイヴ〉〈【怒号鬼】タイラント・オーガ〉


 本当に悪趣味な男だなぁ。

 そもそも俺男だし大した利用価値ないだろうに。

 あれか? そういう筋の人に売りさばくのか?

 どちらにせよ嫌すぎるな。


 まぁ……負けるなんて事は、絶対にないんだけどな。


「俺のターン」


 天狗鼻のドレッド野郎は、さっさと終わらせますか。


「スタートフェイズ。ドローフェイズ」


 ツルギ:手札5枚→6枚


 うん、良いドローだ。

 手札を1枚しか残さなかったアイツを確実に葬れる。

 さてせっかくだ、アイツの奴隷も利用してやるか。


「メインフェイズ……〈【紅玉獣こうぎょくじゅう】カーバンクル〉を召喚」


 巨大なルビーが砕け散って、俺の場に相棒が召喚される。

 おっと、怒りのあまり口上言い忘れたわ。


『キュップイ!』


 〈【紅玉獣】カーバンクル〉P500 ヒット1


 そしてアイツはモンスター効果を使うんだろうな。


「相手がモンスターを召喚した瞬間〈【怒号鬼】タイラント・オーガ〉の【怒号】発動!」


 ほらきた。

 巨大な赤鬼が、俺に鞭を振り下ろしてくる。


 ツルギ:ライフ8→7


 あと2点。


「さらに! 〈妖艶なるスレイヴ〉の効果で追加1ダメージだ!」


 再びナイフを投げてくる女奴隷。


 ツルギ:ライフ7→6


 あと1点か……いけるな。


「まだまだいくぜぇ! 相手がダメージを受けた事で〈タイラント・オーガ〉の効果発動! 相手モンスター1体を破壊だ!」


 タイラント・オーガはカーバンクルに狙いを定める。

 まぁそれしか選択肢無いからな。

 つーかこんなタイミングで除去能力つかうのかよ、テキスト読めよ。


『ギュプ!?』


 巨大な鞭で叩かれたカーバンクルは、短い呻き声を上げて破壊された。


「〈カーバンクル〉は破壊されても手札に戻る」

「ちっ、余計な能力を持ちやがって」


 だからテキスト読んでから動けっての。

 俺はさっさとカーバンクルを再召喚する。


『キュップーイ!』


 再び現れる俺の相棒。

 さて、次いきますか。


「俺は手札1枚とライフ1点をコストに〈レアメタル・ゴブリン〉を召喚」


 ツルギ:ライフ6→5 手札4枚→3枚

 

 俺の場に全身が金属で構成された小鬼が召喚された。

 コストに見合ったステータスを持つ優秀なモンスターだぞ。


 〈レアメタル・ゴブリン〉P8000 ヒット2


 これでライフ5以下。

 条件は満たされたけど……その前に相手さんが何か動きたいみたいだな。


「さっさとライフを焼いてやる。魔法カード〈隷刃レイジの投げナイフ〉を発動! 俺の場の系統:《隷刃》を持つモンスターの数だけ、相手に1点のダメージを与える!」


 なるほど、俺に3点のダメージを与えると同時に〈タイラント・オーガ〉の効果で除去をしようって魂胆だな。

 でも残念……こっちには解答札がある。


「魔法カード〈ルビー・バリア!〉を発動、このターン俺が受けるダメージは全て0になる」

「なにィ!?」


 カーバンクルが展開した紅玉の障壁によって、奴隷たちが投げたナイフは全て弾き返されてしまった。

 効果ダメージを受けなければ、そもそも〈タイラント・オーガ〉の効果は発動しないからな。


 さぁて……これでアイツの手札は0枚。

 場にはモンスターだけ。

 俺は思わず笑みを浮かべてしまう。


「あぁん? 何笑ってやがる」

「そりゃそうだろ。わざわざ手札を0枚にしてくれただけじゃなく……調まで手伝ってくれたんだからな」

「なに!?」

「おかしいと思わなかったか? 最初の〈カーバンクル〉の時点で俺は〈ルビーバリア!〉を使えたのに、使わなかったんだぞ」

「テメェ、俺を利用しやがったのか!」

「正解……そして、褒美は敗北だ」


 俺は手札にある1枚のカードに目線を落とす。

 これは、前の世界では最速で禁止指定を食らった代物。

 まだこの世界では禁止指定を受けてないが、おそらく時間の問題だろう。

 あまりにも凶悪なので極力使わないようにしていたけど……こういう下種野郎相手なら、躊躇いも慈悲も無い!


「進化条件は、俺のライフが5以下である事。俺は系統:《幻想獣》を持つモンスター〈【紅玉獣】カーバンクル〉を進化!」


 俺はそのカードを仮想モニターに投げ込む。

 するとカーバンクルの周囲を黒い魔法陣が包み込んだ。

 カーバンクル自身も身体が真っ黒に染まっていく。


「世界に終わりを告げろ、闇の底より生まれし黒き魔獣の王よ!」


 そして魔法陣が弾け飛び、憎悪の化身とも形容できる黒き竜が召喚された。


「進化召喚! 来い〈【終末の獣】アジダハーグ〉!」


 〈【終末の獣】アジダハーグ〉P14000 ヒット4


 鳴き声なんて無い。

 ただただ純然たるどす黒さだけが場を支配する。

 これが前の世界では最悪の禁止カードとも呼ばれた1枚〈アジダハーグ〉だ。


「パ、パワー14000、ヒット4だと!?」

「こんなもんで終わると思うなよ。〈アジダハーグ〉の召喚時効果発動。俺の手札が1枚以下なら、お互いの場にあるヒット1以下のモンスターを全て破壊する」

「なんだと!?」


 驚愕するドレッド野郎。

 それもそうだろうな、アイツの場にあるモンスターは3体中2体がヒット1だからな。


 狙い通り、俺の手札は残り1枚。

 アジダハーグの身体から闇が漏れ出し、女奴隷と少年奴隷を飲み込み、溶かす。

 なにか悲鳴が聞こえた気もするが、全く気にはならない。

 これで残るは〈タイラント・オーガ〉1体だけだ。


「〈レアメタル・ゴブリン〉の効果発動、ライフを1点支払って、このカードに【貫通】を与える」


 まぁ【貫通】付与に大きな意味はないんだけどな。

 大事なのはライフを減らす事。


 ツルギ:ライフ5→4


「追撃だ。魔法カード〈逆転の一手!〉を発動。俺のライフが4以下なら手札が3枚になるようにドローする」


 俺の手札は0枚、よって3枚ドローだ。


 ツルギ:手札0枚→3枚


 うん……最高の1枚が来たな。


「手札を1枚捨てて、ライフを1点支払う」


 ツルギ:ライフ4→3 手札2枚→1枚


「蒼き風と共に来たれ。アームドカード〈【王の幻槍げんそう】グングニル〉を顕現!」


 魔法陣を突き破り、俺の場に巨大な槍が姿を見せる。

 まだまだ珍しいアームドカードの登場に、アイツも驚いているな。

 だけど驚き程度で許すと思うなよ。


「俺は〈【王の幻槍】グングニル〉を〈【終末の獣】アジダハーグ〉に武装アームド!」


 黒い竜の腕に、巨大な槍が一体化する。

 見た目が禍々しいけど、まぁいいだろう。

 さぁ、詰めますか。


「アタックフェイズ! まずは〈アジダハーグ〉で〈タイラント・オーガ〉に指定アタック!」


 グングニルの武装時効果で【指定アタック】が与えられている。

 アジダハーグはタイラント・オーガの眼前に移動する。

 赤鬼は必死に鞭を振るうが、アジダハーグのパワーのほうが大きい。

 感情が何一つ読めないアジダハーグは、そのまま無言でタイラント・オーガの身体に槍を突き刺した。

 爆散するタイラント・オーガを見て、ドレッド野郎は唖然となっている。


「ば、バカな……俺のSRカードが……」

「〈【王の幻槍】グングニル〉の武装時効果発動。自分のデッキを上から8枚除外することで、1ターンに1度だけ回復することができる」


 俺のデッキを8枚食らって、アジダハーグは起き上がる。


「〈アジダハーグ〉で攻撃」

「チィ! ライフだ!」


 ドレッド野郎の身体が、巨大な槍で貫かれる。

 

 坂主:10→6


「〈レアメタル・ゴブリン〉で攻撃」

「ライフ!」


 金属小鬼の拳を食らうクソ野郎。


 坂主:ライフ6→4


 さてこれで俺のモンスターは全て攻撃を終了した。

 ドレッド野郎は露骨に安心した様子を見せている。


「ハハハ! ちょっとはやるみたいだな。だけど次のターンで絶対にトドメを刺してやる! 俺を舐めた報いだ!」

「あぁ……残念なんだけどさぁ」


 いや、本当に残念なんだけど……


「もうお前のターン、来ないぞ」

「は?」


 間抜けな顔になるドレッド野郎。

 なんでもうターンが来ないかって?

 それはな……


「〈【終末の獣】アジダハーグ〉のもう一つの効果。召喚したターン終了後に、もう一度俺のターンを行う」

「な、なんだとォォォ!?」


 その代わり追加ターンで勝てなかったら、逆に俺が負けるんだけどな。

 さぁ、派手に終わらせるか。


「もう一度俺のターン。スタートフェイズ!」


 顔が青ざめるドレッド野郎。


「ドローフェイズ!」


 防御札を探しているみたいだけど、お前にはもう無いぞ。


 ツルギ:手札1枚→2枚


 ついでに言えば俺が今ドローしたのは〈ディスペルイリュージョン〉。

 手札とライフ2点をコストに魔法カードを無効にするカードだ。

 仮に何か防御を用意できても、全て無駄なんだよ。


「アタックフェイズ」


 もうメインフェイズをやる必要もない。

 さっさと終わらせよう。


「やれ〈アジダハーグ〉」


 俺の攻撃命令を受けて、アジダハーグは腕に融合した槍をドレッド野郎に向ける。

 向こうは「ひぃ」なんて言ってるけど、容赦する気はない。


「や、やめ」

「嫌だ……〈アジダハーグ〉で攻撃!」


 黒い竜の振るう槍の一撃。

 それがドレッド野郎の身体をライフごと貫いた。


「ぎゃァァァァァァァァァ!」


 坂主:ライフ4→0

 ツルギ:WIN


 ファイトが終了し、立体映像が消えていく。

 ドレッド野郎は膝から崩れ落ちて、茫然となっていた。


「嘘だ……俺が、Aクラスのクズなんかに」

「おい」


 俺は静かにドレッド野郎に近づく。

 見下ろす形になったけど、まぁいいだろう。


「何も要求はしない、。だから失せろ」

「……チッ!」


 大きな舌打ちをして、ドレッド野郎はこの場から走り去っていった。

 うんうん、サモン脳は良いね。

 ちゃんと敗北を受け入れてくれる(一部例外あり)。


 さてと、九頭竜さんはというと。


「……」


 なんか無言で俺を見てるな。

 もしかして今のファイト怖かった?


「……貴方、名前は?」

「えっ? 天川ツルギだけど」


 あっ、そういえば俺まだ名乗ってなかったな。


「ありがとう。君の名前たしかに覚えた」

「そりゃどーも。とりあえず九頭竜さん、俺らんとこに来ないか?」

「……?」

「協力プレイでクリアするのも悪くないだろ? せっかくの合宿なんだ、ワイワイしようぜ」


 少し悩む九頭竜さん。

 すると横にいたシルドラに相談を始めた。


「どうしようシルドラ」

「マナミの心に従え」

「……うん、わかった」


 九頭竜さんはこちらに歩み寄り、軽く頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「そんなに固くならなくていいと思うぞ。同級生なんだし」

「……じゃあ、よろしく」


 こうして俺は九頭竜さんと合流する事になった。

 あとは他の皆に事後承諾をするだけなんだけど……まぁ大丈夫だろ。


 俺は九頭竜さんを連れて、仲間の元に戻る事にした。





 それは、ツルギから逃げ去って十分ほどが経過した頃だった。

 坂主真威人まいとは、人気のない場所で憎悪を燃やしていた。


「クソッ! あんなクズに!」


 プライドがズタズタにされた坂主は、近くにあった建物の壁を力いっぱいに殴りつける。

 その頭の中には、いかにして天川ツルギと九頭竜真波を陥れるか、いかに権力を駆使するかという事ばかり浮かんでいた。


「絶対に、絶対に許さねぇ! どんな手を使ってでも、どんな高額カードを手に入れてでも! 生き地獄に落としてやる!」


 ひたすら逆恨みの言葉を吐く坂主。

 そんな彼の元に、一人の男子生徒が近づいてきた。


「君は、力を求めているようだね?」

「あぁん!?」


 苛立ちながら振り返る坂主。

 そこに立っていた二人を見るや、一気に頭は冷静になった。


「せ、政帝せいてい様に、嵐帝らんてい様……」

「そう畏れなくても良い。僕達は君の味方だ」


 政帝、まつり誠司せいじはそう言って、笑みを浮かべながら坂主に近づく。


「君に、友好の証を授けたいんだ」

「友好の証、ですか?」

「そうだ。なぎ、例のカードを」

「はい、誠司様」


 黒髪ショートボブの少女、風祭かざまつり凪は1枚のカードを坂主に差し出す。


「誠司様からの御厚意です。有効活用できるよう、励んでください」


 坂主はそのカードを見た瞬間、言いようのない気持ち悪さを感じた。

 何か危険がある。このカードに触れてはいけないと本能が叫ぶ。

 しかし、目の前のカードからは不思議な魅了の力が溢れている気がした。

 坂主の中で叫びを上げていた本能は、一瞬にして鳴りを潜めてしまう。

 救いに縋るように、最後には躊躇う事無く、坂主はカードを受け取った。


「これで君は、僕の友人だ」


 政誠司がそう言った瞬間、坂主の中にが浸食した。

 否、感染したのだ。

 急激に高揚感に飲み込まれる坂主。

 その表情は不気味なほどに笑顔に満ちていた。


「また一人、ですね」

「あぁ。我々の願いは必ず達成される」


 そう語る凪と誠司の前には、何かの感染を受けている坂主。


 坂主の手には〈【暗黒感染】カオスプラグイン〉と書かれたカードが掴まれていた。

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