第三十四話:強きアイドルユニット

 チーム名はゼラニウムに決定した。

 これで残すはデッキ調整をして、大会本番を待つのみ。


 時間も流れて五月になった。

 大会申し込みも終わり、JMSカップ本番まで残り一ヶ月といったところだ。


 ここまでにやってきた事いえば、主に特訓。

 何度もファイトをして、デッキを調整するんだ。

 勿論その過程で、ソラと速水も強化してやる。

 たまにアイが参加してくれたので、皆で仲良くファイトを楽しんだりしていた。


「……そういえばアイ、最近会わないな」


 やっぱりアイドル活動が忙しいのかな?

 俺はあまりアイドルというものに詳しくないから、アイが普段どんな活動をしているのかはよく知らない。


 同じ学校なら色々情報が手に入ったのだろうけど、残念ながら違う学校だ。

 そもそもアイは遠征の人だし。


 まぁそれはそれとして。

 今日も今日とて、中学生は学校で授業を受ける。

 サモン以外の勉強は面倒くさい事この上ないが、第一志望校へ合格するためだ。頑張って耐えよう。


 それでも休み時間にデッキ調整を続けるんだけどね!


「……もう少し防御を強めるか?」

「相変わらずデッキ調整か? 天川」

「そうだよ。大会まで一ヶ月だからな。速水の方はどうだ?」

「順調だ。少なくともお前に恥じるような出来には仕上がってないさ」

「そりゃ頼もしいな」

「期待してくれ」


 とりあえず速水は大丈夫そうだ。

 となれば気になるのは……


「ツルギくん」

「ちょうどいい。ソラはデッキ調整どうだ?」

「それならバッチリです。いつでも戦えますよ!」

「最高」

「えへへ」


 ソラもいい感じに仕上がっているらしい。

 なら俺も、頑張って最高のデッキに仕上げないとな。

 頑張るぞー!


「三人揃ったのなら、丁度いい」

「ん? なんかあるのか?」

「大会に関する新情報だ」


 おっ、これは重大発表かな。

 速水がスマホの画面を俺たちに見せてくる。


「今回の大会に参加するチームと、その所属ファイターが発表された」

「へぇ。大会前に全員発表するんだ」

「未来のプロかもしれないからな。主にスポンサーに向けたサービスだろう」

「大人の世界はよくわからん。それで、どんな奴らが出るんだ?」

「参加チームは全部で16組。参加条件の都合、いずれも今までにない強敵ばかりだ」


 速水がスマホの画面を変える。

 そこに表示されているのは参加ファイター一覧と、各ファイターの簡単な戦績紹介だった。


「すごいですね。どの選手も有名な大会を入賞しています」

「まぁ、公式大会を勝ってないと出れない大会だからな。そうなるだろ」

「あっ、テレビで見たことあるファイターもいます」

「そうだ赤翼。今回の大会は今までとは明らかに違う。敵のレベルは桁違いだ」

「うぅ、勝てるでしょうか?」


 少し弱気になるソラ。

 まぁ確かに、凄まじいメンツを見せられたら萎縮もするわな。

 だけど大丈夫だろ。そう簡単に負けるようなファイターに、俺は育ててはいない。


「赤翼の心配はもっともだ。だが、俺たちも対策を練られない訳ではない」

「どういうことですか?」

「公式大会の映像は、動画サイトにいくらでも転がっている。特に決勝戦付近は盛り上がるからな、簡単に見つけられるということさ」


 なるほど。流石はサモン至上主義世界。

 公式大会の動画も簡単にアップされているのか。

 ……合法かは全くわからないけど、突っ込まない方がいいだろう。


「つまり相手の傾向なんかを、事前に調べられるってことか」

「そういう事だ。探せる範囲内で見つけた動画をまとめてきた。これで何か対策を練られるだろう」

「速水くんスゴいですね」

「だな……だけど対策練られてるのは俺らもだよな?」

「あっ」

「……そうだな。だからこそ、目には目をだ」


 まぁそれしか方法はないよな。

 考えすぎても、いたちごっこにしかならない。


「数が多いから、アドレスを後でメッセージで送る。今は俺が特別気になった選手の動画を見て欲しい」

「了解だ」

「はいです」


 速水のスマホに、サモンの試合動画が流れる。

 タイトルを見てみると、本当に日本全国から来るのだなとわかる。

 これは一筋縄ではいかないか?

 そんな事を考えながら、俺は動画を見た。


「どうだ、二人とも」

「強いファイターですね。このレベルの人たちがチームを組んでくるんですか」

「そういう事だ。迂闊なプレイは即敗北に繋がると思っていいだろう」

「うぅ、胃が痛いです」

「天川はどうだ?」

「……ん〜、まぁ、確かに強いとは思うぞ」


 ただしこの世界基準でだがな。

 カードはレアカードも多いし、プレイングもまぁまぁ。

 だけど穴は多く、隙も多い。


「倒せない敵じゃないな」

「流石は天川だな」

「頼もしいですね」

「というか、この動画の奴らよりも強いファイターが、俺以外にも身近にいるだろ」

「……確かに」

「アイちゃん強いですもんね」


 そうだ。確かに動画のファイターは強い。

 だけどアイの方がもっと強かった。

 そのアイと何度も戦ってきたんだ。速水とソラはもっと自信を持っていいだろ。


「速水。他の動画は?」

「そうだな。次はこれなんてどうだ」


 速水のスマホで、色々なファイターの動画を見る。

 確かに皆強いが、やはりこの世界基準だ。

 苦戦しそうな敵ではない。


「ソラ、速水。このファイターはアイより強いと思うか?」

「……いや、そうでもないな」

「こう考えると、アイちゃんって本当に強いですよね」

「そのアイと渡り合ってきたんだ。もっと自信持てよ」

「そうですね。その通りです」

「それに、チーム:ゼラニウムには俺もついてるんだぞ!」

「その言葉は頼もし過ぎるな」

「ツルギくんが大会で負けるイメージが全く湧かないです」


 そうだそうだ! 確実に俺が一勝もぎ取ってやる。

 しかも新切り札のオマケつきだぞ!

 盛り上がる絵面にしてやるぜ。


「で、速水。他の動画は?」

「そうだな、次はこれだ」


 次の動画もやはり同じ感想。

 強いが、倒せない敵ではない。

 俺たちなら十分に制覇できる敵だ。


「やっぱり倒せない敵じゃないな」

「それは天川が規格外なだけだ」

「気持ちの問題もありますよぉ」


 なるほど、気持ちの問題か。

 それは大事だな。

 この二人にはファイトを通じてメンタルを鍛えて貰わねばならん。

 今後の育成方針決定の瞬間です。


「動画はこれで全部か?」

「いや、あと一つある。個人的には一番気になっているチームの動画だ」

「チーム、ですか?」


 ファイターではなくチームと表現した速水。

 既にチームとして戦っているファイターなのか?


「これを見てくれ」


 速水のスマホに動画が再生される。

 そこには煌びやかなステージの上で、歌って踊る女の子達が映っていた。


「これは、アイドルのライブですか?」

「意外な趣味だな」

「勘違いするな。このアイドルをよく見ろ」


 速水に言われるがまま、俺とソラはライブ動画を見る。


 ユニットのメンバーは三人。

 金髪ショートボブの女の子に、黒髪ロングの女の子。

 そして……栗色の髪をツインテールにした、俺のよく知る女の子が踊っていた。


「あっ、これ『Fairysフェアリーズ』ですよね。最近テレビでよく見ます」

「そうだ。最近人気が上昇しているアイドルユニット。サモンの実力も確かなものらしい」

「そうらしいですねぇ……あれ? でもこのタイミングで見せてくるってことは」

「そうだ赤翼。この『Fairys』もJMSカップの出場チームだ」

「えぇぇぇぇぇぇ! そうなんですか!?」


 大袈裟に驚くソラ。

 確かにアイドルがカードゲームの大会に出るなんて聞いたことないな。

 いや、サモン至上主義世界だからおかしくはないか?

 カオスな世界だから判断がつかん。


「というかそれだと、アイもJMSカップに出るってことか」

「「えっ?」」

「えっ?」


 あれ、なんか噛み合ってない?


「天川、どういう事だ?」

「なんでアイちゃんの名前が出るんですか?」

「いやだって、このユニットが出るってことは、アイも出るってことだろ」


 俺は動画一時停止させて、ステージ上アイを指差す。

 ソラと速水は、じっとその画面を見ていた。


「な、アイだろ」

「「……えっ!?」」

「もしかして、気づいてなかったのか」


 流石にそろそろ気づいてると思ってた。


「アイが、アイドル、だとッ!?」

「あっ、そういえばアイちゃんのSNSの名前、アイリでした」

「あんだけ声聞いたんだし、髪の色とかでわかるだろ」


 バラバラだったピースが繋がったのか、速水もソラもすごい驚愕顔を晒してきた。


「言われてみれば、いつも顔を隠していたな」

「フルネームも頑なに言わなかったですね」

「まぁアイドルだからな。仕方ないだろ」

「そうですね……って、ツルギくん! なんで教えてくれなかったんですか!」

「いやぁ、勝手に気づくかなと思って」

「そういう事は早く教えろ」


 怒られちゃった。


「まぁそれはさておき。アイのファイトスタイルはよく知ってるから、他のメンバーのファイト見ようぜ」

「むぅ〜。誤魔化しましたね」

「……」

「速水?」


 どうしたんだ、急に黙って。


「なぁ天川。本当にこの子はアイなのか?」

「どう見てもそうだろ」

「いや。そうなると、少し気になる事があってな」


 そう言うと速水は、スマホを操作して新たな動画を再生し始めた。


「『Fairys』の試合ですね。スゴいです、公式大会の決勝ですよ」

「いや、参加条件的にそうなるだろ」


 とりあえず俺は動画を見る。

 大会は今回と同じようにチーム戦らしい。

 先鋒を金髪の女の子、日高ミオが制した。

 次鋒の黒髪少女、佐倉夢子は接戦の末に敗北。

 決着は大将戦に持ち込まれた。


「スゴい、アイドルなのに強いですね」

「あぁ。というか『Fairys』の名前通りなデッキ使ってるんだな」


 具体的に言うと、二人とも系統:〈妖精〉のデッキを使っている。

 少し癖はあるけど、使いこなせばそれなりに強いカード達だ。


 ……あれ? 二人が〈妖精〉デッキ?

 そうなるとアイの〈樹精〉がめっちゃ浮くのでは?


「あっ、大将戦始まりました」


 ファイトステージにアイドル衣装のアイが立つ。

 特に気になる様子は無い……いや待て、アイの様子がなんか変だ。


 どう見てもいつもと違う。

 あの楽しそうなアイの姿は無く、クールな様子で何かを隠しているような感じがした。


『『サモンファイト! レディー、ゴー!』』


 そして始まる大将戦。

 次の瞬間、俺たちは強い衝撃を受けた。


『私は〈ウインドピクシー〉を召喚』

「えっ!?」


 ソラが声を漏らす。それは俺も同じだった。

 何故ならアイが召喚したモンスターは、彼女が愛用する〈樹精〉のモンスターではなかったのだ。


 あれは、系統:〈妖精〉のカードだ。


「アイちゃん、どうしてデッキを」

「わからない。だが少なくとも、アイが大会でどちらのデッキを使ってくるか俺達にはわからなくなってしまった」


 冷静に答える速水だが、内心は動揺しているだろう。


 俺は動画に目を奪われていた。

 試合はアイの優勢で進み、そのままフィニッシュ。

 アイドルユニット『Fairys』は大会を優勝で飾った。


 画面の向こうで喜ぶアイドル三人。

 だけど俺には、アイがどこか空虚なものを抱いているように見えた。

 何故なら、ファイトの中でアイは……ただの一度も楽しそうではなかったから。


「アイ……どうしたんだ?」


 小さな混乱を胸に抱きながら、動画は再生を終了した。

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