第30話 実績
「どう見てもゴブリンで負った怪我じゃないな。現状は?」
「おい、アンタ。まずは怪我人の手当が先だろう」
いの一番が現状の把握とはさすがに話の早い女である。イグニスに食って掛かるウルガさんを手で制し、残りの力を振り絞り伝えた。
「崩れた岩場の中に転移陣がある!」
短い言葉だったが十分だった。赤い魔女は俺の目を真っすぐに見据えコクリと頷き、そして駆けて行く。ああ、これでもう大丈夫だろう。
力を抜いていよいよ地に伏した。砂利混じりの固い土だが、気にならない程に他の部位が痛むので楽な体勢であるだけ幸せだ。
「そういえばウルガさん達はどうしてここに?」
「どうしても何もあるか。お前を助けに来たに決まっているだろう」
狼男が溜息交じりにぼやく。
わざわざ上着を脱いで枕にしてくれて、鼻血を止めるために仰向けにさせられた。
雲一つない青空が広がっていた。戦いの連続で気にする余裕も無かったが、日も傾きはじめていて、ようやくこの長い一日も終わるのだなと実感できる。
「そうだな、時間もある。こちらの話をしておこうか」
俺はすでに目を閉じていて、ウルガさんは寝るなら寝てしまっても構わないと前振りをしたうえで森で別れた後の事を話してくれた。
ゴブリンの腕を証拠として持ち帰り門番へ見せた所、直ぐに町長まで馬が向かう。
町長は騎士団を動かす権限を持っている為、後の判断は任せてウルガさんは単独で獣人の村に引き返そうと思っていたらしい。
ちなみに騎士団は、魔力使いで構成された戦闘のプロであり各町に最低でも30人程度の小隊が在中しているとか。ただし構成員のほとんどが貴族なので腰は重いとか。
しかし、そんな集団が以外にも即時対応を始めたようだ。
「あれには驚いたよ。普段からこれだけ迅速なら頼もしいんだがね」
その話を聞いて俺はにやりとする。イグニスだ。
嫌だ嫌だと言いながら貴族のパーティーに出席し危機感を煽っていた少女。その草の根運動が実を結んだようだ。大方、人の集まる旗の日に向けて事前に準備をさせていたのではないだろうか。
「ああ、鹿の魔獣はハンター仲間に頼んで回収に行ってもらった。放置してもゴブリンの餌になるだけだし、換金しなければお前に報酬も渡せないからな」
そんなのいいのに、と言おうと思ったが貰えるならば嬉しい。小鬼に対してお金を貰う気はないが魔獣狩りはれっきとした仕事である。収入が少しでもあれば明日くらい休んでも怒られまい。
「で、急いで村に向かおうと思ったら、あの鎧が勝手に付いてきてな。人手は欲しいしから遅れなければ言いと言ったんだが、化物みたいな強さだなアレは」
「あれ? じゃあイグニスとはどこで?」
「イグニス? ああ、あの嬢ちゃんか。あの子とは村で合流したんだ。俺の事をギルドで聞いたらしく、ツカサは無事かとえらい剣幕だったぞ」
おお。鎧さんはともかくとして、イグニスは何と俺を心配して来てくれたらしい。どうも態度と言動が一致しないがツンデレなのだろうか。そう思うと可愛……くはないな。
あの魔女の事である。騎士団に根回しをしたり、俺に傷薬を渡したりという行動を鑑みれば、何かしらの騒動を予期していたと見るのが妥当か。はっきり言わなかった事を思えばさすがに確信にまでは至っていなかったようだが。
「そういえば村に鉱工の人達はちゃんと着いたのかな」
「大丈夫だ。そいつ達からツカサの居場所を聞いたんだからな。大きな借りが出来てしまった。あの時、お前が行くと言ってくれなければ俺ではきっと救えなかった命だよ」
そうか。ちゃんと着いたのか。村も無事なようだし、結果オーライというやつだ。
残すはここに居るゴブリンと転移陣の破壊。転移陣は場所さえわかればイグニスが上手くやってくれるだろう。
だが、ゴブリンはどうか。幸いに食べ物が無いために繁殖はしていないようだが、数が膨大である。ジグルベインの一撃により半数以上仕留めたが、それでも2000近くの個体が居たはずだ。
「おいツカサー! あの甲冑男は一体何なんだ!?」
焦った様な困惑した様な、珍しくテンパるハスキー声に重い瞼を開ける。
差し込む日差しに目をすぼめていると、先ほど格好よく山を降りて行ったばかりの赤髪の少女の姿が。
「おかえり。どうしたの、やけに早い帰りだね」
「どうもこうもないよ。終わった。ゴブリンは全滅。転移陣も綺麗さっぱりに破壊完了!」
はあ!?と声を上げたのは俺だけでなくウルガさんもだった。
状況が呑み込めず這って下を覗いて見れば、採掘場を埋め尽くしていた緑の数は変わらずとも、一匹たりとも動くことはない。
小鬼は小さく、また遠目なので詳しい状態までは分からない。ただ、恐らくは剣を使ったのではないだろうか。ジグのように大魔術を放ったなら俺達でも衝撃なり音で気づいたと思うのだ。
(あの鎧であれば造作もないだろうさ。あれは恐らく生前の儂ともいい勝負をするぞ)
確かに出会った時から強いと言っていたし、動きも尋常ではなかったけれどまさかそこまでとは。本当に何者なんだ……。
「で、肝心の本人はどこに?」
「ああ、それがね……転移陣の先が気になると言って転移してしまった。陣は飛んだ先で破壊したようだ。結局私は何もする事がなかったな」
やれやれと肩を竦めるイグニスだが、ともあれ無事に終わったのなら良かったと思う。
鎧さんが転移したというのは驚いたけど、自分で陣を壊したようだし何とかなるのだろう。次に会う事があればお礼をしよう。
「……あと君に伝言だ。蛮勇もまた勇。今日、君は誰よりも勇者だった。とさ」
「ハハハ。それはいい。村でゆっくりして行ってくれよ勇者様!」
うん。持ち上げてくれるのはいいんだけど、実は俺、ジグと鎧さんに美味しいところ全部持っていかれてるんだよなぁ。
ともあれやっと一段落ついた今回の一件。
動けない俺はシュトラオスの上でイグニスにしなだれかかり移動した。密着しての移動は慣れているものの、小鬼の血やら内臓を浴びている俺はかなり臭うらしく露骨に顔をしかめていた。ショックだ。
そして村に着けば何故かそこには青い僧衣を着た茶髪の少女が。バイトでお世話になった子で、名前は確かイリーナだったか。話を聞けばイグニスが回復要員として連れてきたのだとか。
彼女の神聖術のおかげで村の怪我人は全員治療済みのようだ。なお一番の重傷者は俺らしく、担ぎ込まれた姿を見て頬を引きつらせていた。
お腹を貫かれた時よりは重症ではないのだけれど、鼻が折れていて顔面血だらけというのが良くないのだろう。ああ、あばらは折れていないらしい。まじかよ、絶対5~6本逝ったと思ったのに。
「すみませんでした」
村長さんの家で治療を受けていると少女が突然に謝りだす。何の事か思い当たらず暫く頭を捻ったがやはり分からなかった。
「あれ、ですよ。怪我人が欲しいと言ってしまったやつです。取り消します。怪我は……ダメです」
泣きそうな顔をした少女が放つ温かな光。その光に包まれるだけで痛みは引き、傷が癒える。魔法には理屈があるが、神聖術は理屈無しの神の奇跡だそうな。
剣を持つというのは何かと戦うという事で。医療というのは誰かが怪我をするという事で。どちらも必要なのだれけど、両方使わない方が良いものである。
「じゃあ、安くして」
「ダメです」
その後にお兄さんみたいな人は懲りないので割り増しです!と照れ隠しで割り増し請求してきた少女にも引いたが、一連の流れを見ていたイグニスがやけに真剣な顔していたのが気になった。
怪我も治りお風呂にも入り綺麗サッパリなところで、村長さんを交え今日の報告会が開かれた。所謂大人の話だ。
獣人の大事な資金源である魔石の紛失。住人の被害。それに対してサマタイの町からの援助は多くないだろうというイグニスの見解。むしろ、転移陣の管理責任を知られたら請求すらされる可能性があると言う。
暗くなる村の獣人達。ちなみに村長は狸だ。いい感じにぽっちゃりしていて、こんな空気で無かったらお腹を触らせてもらいたい。
「これは貴方たちのためです。転移陣の存在と鉱山が出所になったことは隠したほうがいいでしょう」
それに関してはイグニスに賛成だった。町の中で特別に差別を感じた事はないが、獣人の領域からゴブリンの繁殖爆発が起こったと聞けば無用な軋轢になるのではないか。
俺は何があったかを理解しているが今回の出来事を第三者が聞けばこうだ。
獣人の鉱山に転移陣がありそこからゴブリンがやってきた。
被害者は確実に獣人である。なのにまるで獣人が首謀者の様に聞こえないだろうか。
少なくとも聞きかじっただけの者は確実に誤解するだろう。
頭を悩ませる村長達。被害を考えれば援助が欲しく、援助をしてもらうには出来事を正確に報告しなければならない。しかし転移陣の事を伏せるならば魔石の被害はあってはならないのだ。
「そこで一つ私から案があるのです」
この近辺は魔獣が少ない為に放っておくとゴブリンは大繁殖する。そこで町は三日間ゴブリンを高値で引き取るそうだ。お値段なんと一匹銀貨1枚。5000円だ。
俺は目を剥いた。他の全員も目を剥いた。なぜなら鉱山には5000匹近くの死体が転がっているのである。破損が酷いのもあるし、共食いで減った分もあるがうん千万円の値はつくはずだ。
「そ、それは本当なのか!?」
「はい。……ただし予算の限界はあるでしょうが。どうかそれを補填という形で充てられないでしょうか」
人間の提案に獣人も協力するという態が欲しいとイグニスは言い、獣人も仲違いしたいわけではないので話はこれで落ち着いた。あくまで草案である。どうせ町に戻ればまた暗躍するのだろう。にしても一匹銀貨一枚か。俺も200匹くらいは倒したんだけどなぁ。
と、思っていたらウルガさんから本日の功労者だと紹介された。照れるぜ。
金が無い話をしていたのに金を貰うわけにはいかず褒賞は辞退する。そうして代わりに貰ったのが、村の印の入ったタリスマンだ。
なんでもギルドでいうところの実績という奴らしい。冒険者は住所不定の無職なので、その保証人になるという意味だそうだ。個人からだったり店からだったりと信頼できるお墨付きに渡す物であり、今回は村を挙げて俺の事を信用できる奴と認めてくれたわけである。
仕事でどこまで有用かは分からないが、少なくとも困った時に獣人なら力になってくれるはずだと言われた。正直お金を貰うより余程胸に来た。強く握りしめて頭を下げた。
その後ウルガさんとキツネの獣人も似たような物をくれて。ちなみに俺に臓物を浴びせたウサギの人は替えの服を持ってきた。分かってるじゃないか。
そして夕飯までの間、少しだけ目を瞑ろうと思ったが最後。深い深い眠りについたのだった。ぐがー。
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