第45話 釣り針
「さて、一体何から手を付けたものか。とりあえず決闘は見届けた。双方結果に不満はあるまいな?」
場所は移り変わって騎士団の執務室に。お城の3階の日当たりの良い場所をデデンと陣取り、広さは50人程度は余裕で収容出来そうな広間だ。
内装は簡素と言うべきか、質実剛健と言うべきか。飾りらしい飾りは、剣、盾、鎧と如何にも騎士らしいが、どれも本物であり非常時の武具になりそうだ。
他にある物と言えば、書類が収まる本棚と長机くらいであり、事務職以外は寄り付かない場所だというのが良くわかる。
ここに居るメンバーは、団長を差し置いて偉い人が座りそうな席に座るアトミスさん。
居場所なさげに近くの椅子に座った団長さん。逃げたそうな顔をしているイグニスと、そうはさせまいと出口に陣取るアルスさん。何故か付いてきた教授と、坊主頭になった眼鏡君だ。
眼鏡君はイグニスの慈悲により直撃は免れた。それなりに火傷はしたようだが、回復魔法で手当て済み。ただしチリチリになった髪までは治らない様で、その医務室で剃ったらしい。
「……はい。噂に恥じぬ確かな実力。しかと拝見致しました」
まさにしょんぼりと言うのが似合う表情で眼鏡君が言う。その答えを受けてアトミスさんも頷き、では解散と告げるが、そこで待ったを掛ける赤髪の魔女。
因みに決闘自体はありらしい。正々堂々の勝負ならば勝敗に関係なく喝采されるようだ。むしろ降参の後追い打ちを掛けたイグニスがアルスさんに怒られていた。
「私の噂と言うが、あの勝負は誰かに唆された訳じゃあないんだね?」
「? ああ、自発的なものだ。賢者の子孫というのは知っていたが、それだけでは納得できないほどに君の名声は高い。が、意味を理解したよ。腕を上げてまた挑むとする」
「そうか励んでくれ。でも挑まなくていいからな」
ではと、部屋の出口で一度大きく頭を下げて眼鏡君は退場して行った。そう言えば名前を聞いていなかったか。終わってみれば中々にさっぱりした態度であり、影口を言うよりは恰好良いと言うものだ。それもまあ、自分が当事者でないから言えるのだが。
「さて、じゃあ次にイグニス……はいいか。教授、言い分を聞こう」
何決闘なんて余計な事させてんだ、ああん?とまるでイグニスの様なヤクザな視線が教授に刺さるも、当の樽の様な白面の男は椅子に背を預け大口開けてイビキを立てていて。
姿勢も行儀も正しいアトミスさんではあるが、この時ばかりは額に青筋を浮かべ般若の様な形相で机を叩いた。
それをまぁまぁと宥めるのは騎士団長。濃い緑色の髪をした偉丈夫で、180を超える背もさることながら、纏う筋肉逞しく、男でも憧れてしまう広い背中をしている。
部下にアトミスさんやアルスさんなどの美人さんが居る事を考えれば親子揃って主人公体質なのかもしれない。羨ましい事だ。
「っは! ええと、何かね?」
「イグニスちゃんに決闘させた理由が知りたいみたいですよ。ああ、真面目に答えた方がいい。ウチの副団長は怖い」
「んふ。知ってる。怖いよなアトミス君」
ねー、とオッサン二人がハモるが、カチャリと鯉口を切る音で男共は口を閉じる。
無表情のアトミスさんが怖いのは分かるが二人で俺を盾にしないで欲しい。俺こそ関係ないではないか。放せ!
「何故も何も決まっているだろうに。実力を見せた方が早いからさ。決して僕がイグニス君の魔法を見たかっただけではない!」
だけと言う事は見たかったのではないか。俺は訝しんだが、誰もそこに突っ込む者は居なかった。
「まぁ言わんとする事は分かるわな。勇者に選ぶ権利があるとはいえ、不満は出る。俺もヴァンには決闘の申し出は全部受けろと言ってあるぜ」
流れ的にどうやら勇者一行の話のようだ。騎士にしろ魔法使いにしろ腕自慢は多そうだから争いの元になるのだろうか。
栄誉の旅なのは何となく理解できるが、だからと言って決闘する感覚は今一理解出来ない。仮に勝ったとして、イグニスを追い出してフィーネちゃんと旅とか気まずいだろうに。
それともただの自己満足なのだろうか。そういえば眼鏡君も代われという話はしていなかったか。
「なるほどね。イグニス個人なら自業自得なのだが、エルツィオーネへの不満だと厄介だな」
妖女の呟きにコテリと首を傾げていると、アルスさんの視線から逃げる様にそそくさと隣に来たイグニスが耳打ちしてくれる。どうでもいいが何故みんな俺を盾にするのか。俺もチラチラと睨まれていて怖いのに。
「賢者の血筋って言うのが気に食わない奴も多いのさ」
貴族と言えば多くは英雄の子孫であり、武勇に限らずとも少なからず功績を残した者達で。つまるところ、中には勇者の血筋なども居ると言う。
ははあと頷く。自分の先祖の偉大な武勇伝を耳にしながら、勇者一行に選ばれない人達。その人達の勇者を見る目は如何なものか。そして賢者の子孫が再び勇者一行として旅立つのをどう思うのか。そりゃ皆が皆祝福をしてくれるとは限らないだろう。
「でもそれは仕方ないですよね。妬みばかりは止められない」
「良い事を言うな少年。そうだ。だからソレもいい。私としては寧ろ刺激してやるつもりだったんだが、決闘までの大事となると小母さまの耳にも届くだろう」
「そこだよ! 教授に口止めさせようが絶対にバレる。私は明日立つぞ」
騎士団の見学に何故イグニスも同伴かと疑問だったが、どうやらまた囮らしい。確かに周到な計画を練る相手。エルツィオーネ領で事件を起こしておいて、その領主の娘、しかも勇者一行が城に来ていると知れれば勘繰りもするだろうか。
貴族同士ならば派閥の争いもあるのだろうが、正義のために戦った勇者の子孫が悪事に加担しているとは考えたくないものである。特に、劇で見た、ジグルベインの認めた勇者ファルスの血筋だなんて事があれば……ジグが、いや俺が許しはしない。
「まぁ二人共落ち着きなさい」
一歩退いて見ていたアルスさんの良く通る声が響く。金髪金眼の男装の麗人だ。
騎士団の制服であり男装とはまた違うのだろうが、背が高く凛々しい顔つきをしているのでその呼称が良く似合う。
「まずは何故エルツィオーネの令嬢がここに居るのかから説明して貰います。二人とも少しばかり隠し事が多い様ですね」
「……確かに! 考えてみりゃ何でイグニスちゃんがここに!?」
アルスさんの疑問でようやく気付いたのか団長から素っ頓狂な声が上がった。この騎士団大丈夫だろうか。ああ、だからアトミスさんが幅利かせているのか。
「遅れました。フィーネからはこの通り正式に証を貰っています」
イグニスはチラリと首元からギルド証の様な物を見せて、アトミスさんに話を投げる。
妖女は紫の髪を乱雑に掻き乱してから、やや重い口ぶりで声を捻り出す。面倒だと言う感情が良く伝わってきた。
「先日起こった事件は連絡したな。実は対応に当たったのがこのイグニスとそこの少年だ。詳細報告の為にわざわざ来てくれた。町に敵が居ると考えた場合、一番因縁があるのがこの二人なんだ」
「なるほど。それで囮と。しかし釣り針には違う獲物が掛かったのですね」
「ああ。流石にこれではどうにもならん」
今の所【深淵】による被害は全部エルツィオーネ領である。敵が地理や催しに詳しい事から貴族内部に敵が居ると仮定。
騎士団として他の領で被害は無いか情報収集の段階であるが、現状ではまだ敵の目的が見えてこないのだ。
そこで用意された餌こそ家出中の魔女。
エルツィオーネ家の令嬢であり、二つの事件に関わった女。今一番相手の恨みを買っている人間だ。しかし。
「イグニスには敵が多すぎる。むしろ場が混乱するから離れてくれた方がありがたいな」
アトミスさんが指を折りながら数えた。勇者一行の魔法使い枠で魔法使いから目の敵にされ、賢者の血筋という事で血統に恨みを持つ者がいて、貴族令嬢として派閥の争いがあり、個人の性格から疎まれる。
酷いものだ。確かにこれでは敵を絞れるはずもない。話を聞いた一同から同情の視線がイグニスに集まる。もちろん俺も生暖かい視線をあげた。俺たちずっともだよ。
「いや、貴族なら皆このくらいの敵居るだろ? アトミスの方が絶対恨まれてるって」
「ん。まぁな。むしろ貴族なんて恨まれてこそ一人前だ」
うんうんと頷く赤目のやばい二人に、イヤイヤと突っ込むアルスさんのなんと良心的な事か。
「まぁつまり捜査に協力してくれてたんだろう? ありがとうなイグニスちゃん! あと、少年も!」
イグニスと俺の二人は騎士団長から感謝をもらい。いえいえそんなと謙遜しつつ握手した。決闘という余分な行為もあったが、見学も済ませたし、旅支度もあるからそろそろ帰ろうかと話が纏まり始める。
そんな時、アルスさんが俺の耳元でボソリと呟いた。
「気のせいだったら申し訳ない。あれは、貴方では無いですよね?」
「あれって、何でしょうか……」
俺は顔に出やすいと言われる。上手く誤魔化す事は出来ただろうか。
しかし、アルスさんは返答を気にした様子も無く。蕩けた様な、恋する乙女の様な表情で言う。地獄の様な、親の仇でも見る様な眼で説く。
「いえ。何故か胸を貫かれたと感じたのです。熱い視線を受け年甲斐もなく胸をときめかせたのですが、残念です」
胸を貫かれた(物理)ですか。奇遇ですね。俺も胸を貫かれた(物理)様に感じました。
良心と言ったが、あれは撤回しよう。この人今まで会った中で一番関わってはいけない人だと断言出来る。
帰りてー!心の中でそう叫んだ時、同様の願いを持つ赤い瞳と目が合った。イグニスと頷き合いながら出口に向かい。扉を開こうとノブに手を伸ばし、ノブが逃げる。ちょうどタイミング良く扉が開かれたのだ。
「歓談中かしら。混ぜて貰ってもよろしくて?」
「げっ! 母上!?」
ツカサは逃げようとした。しかし回り込まれた。
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