第44話 魔法戦



 訓練場には眼鏡を掛けた青髪の男が立っていた。礼服の上から青い外套を羽織り、手に杖を持つ魔法使い然とした男だ。前髪の隙間から覗く眼光は鋭く、敵意を隠そうともしていない。


 その敵意を何ともやる気なさそうに受けるのは赤髪の女。

 戦いの場には不釣り合いな上品な緑色のワンピースを纏い、困りましたわとでも言いたげな曖昧な表情を浮かべでいるが、真っ赤な瞳は燃えている。あの眼は何か酷い事を考えている時の眼だ。そうイグニスである。


「いやー! 楽しみだねー! ワクワクするねー!」


 観戦席に居る俺の隣で樽の様な男がはしゃいでいる。甲高い声でテンションが高いため、あまりお近づきになりたくない人物である。


 この男性の名前はパラノーマさん。背が低く、スリーサイズが全部同じではないかと思う体系をしている。顔は濃い化粧の為に真っ白だ。


 何でも魔法学の教授らしい。見かけ程度に中身も変人らしく、研究に没頭しては徹夜するため化粧の下は隈が酷いと聞いている。


(カカカ。何やら愉快な事になったの)


 そうだねと内心深く頷いた。端折るが、あれからも暫く騎士団の訓練を見学した。

 俺は勉強に来たので良いのだが、ジグが速攻で飽きた。アルスさんがすぐ居なくなった為だろう。ジグだけならいつもの事なので宥めもするが、イグニスまで船を漕ぎ始めた。


 新人騎士のぶつかり合いは女の子には退屈だったらしく、上位騎士の魔法を使った戦闘を見たかったらしい。それは是非俺も見たかった。


 まぁそんななので一時間ほど観戦した後、大人しくアトミスさんが居る事務室に向かったのだ。そして途中であの青髪眼鏡に捕まってしまった。


 どうやら王都には学校があるらしく、イグニスとは同級生だったようだ。

 だがイグニス。魔法科という科があるにもかかわらず取っていなかったらしい。「なんで素人と足並み揃えて学ばないといけないんだ」との事だ。


 同級生が仲良く魔法を勉強する中、魔女は図書館や研究所で授業を超える範囲を自主勉していたのである。もはや猫を被るというか大熊猫を被っている。


 そして卒業後、眼鏡君は魔導師団に入団。騎士団の魔法版みたいな所に就職したらしいのだが、そこで聞こえて来る魔女の雷鳴。さらには、イグニスが魔法使いとして勇者一行に誘われるという噂。


 学年でも成績優秀だったと言う青髪眼鏡はブチ切れた。納得が出来ない。実力を見せろ!というのが今回の顛末だ。


 出会いは偶然では無いらしく、魔道具屋の店員から滞在がバレ、城で張っていたらしい。彼には少しストーカー気質がありそうだ。イグニスも災難な事である。


 当然彼女は断った。お忍びだから、用意が無いから、こんな格好だから。貴族向けの顔でやんわりと収めようとした。しかしそこで混ぜかえす様に教授が登場だ。


「何やら面白い話をしているねぇ君達! 受けてあげなさいよイグニス君。僕と君との仲だろう!」


 イグニスの父であるプロクスさんと仲が良いらしい教授。イグニス本人も学生時代は随分お世話になった様で、この人の登場により風向きが一気に変わる。

 結局、家族に内緒にするという条件で魔女は舞台に立たされてしまった訳だ。


 訓練場は騎士団のあとは魔導師団が使う予定だったらしく、観戦席には魔法使いがずらり。決闘という面白い話を聞いた騎士団長も訓練していた騎士に見学を許し、またずらり。

 哀れイグニスは見世物にされてしまったのだった。

 

「あれがフィーネの選んだ魔法使いですか。確かアトミスの従妹でしたね」


「ああ、イグニスちゃんな。賢者の本筋だ。強ええぞありゃ」


「アイツは問題を起こさないと気が済まないのか? なぁどう思う少年」


 ヴァンの親父さんもアルスさんも観戦席に居る。これだけの大騒ぎだ、当然アトミスさんもである。どうでもいいが、アトミスさんは騎士団の副団長のようだ。それは見学を許可する権限くらいあるよね。


「今回ばかりは本気で同情しますよ。イグニスにも相手にも」


 そう相手にも、だ。イグニスが悪くないのは知っている。でも自業自得とは言え機嫌の悪いイグニスと戦うなんて可哀想すぎる話だろう。

 俺自身あの魔女の戦闘をまともに見るのは初めてだが、骨竜の頭を軽々吹き飛ばしたり、領主の魔法を相殺したりと異常ぶりは良く知っているのだ。


「よーし! それでは開始だー!」


 教授の間の抜けた声により火蓋が切って落とされた。

 眼鏡はすぐ様に魔法陣を展開し詠唱を始める。彼の足元から広がる陣に青い魔力が流れ込み、複雑な幾何学模様が光る。


 だが、そんな青髪の魔法を嘲笑うかの様にバレーボールくらいの火の球が飛んだ。

 イグニスらしからぬしょっぱい魔法だ。それでも効果は絶大。青髪は回避の為に詠唱を止めて避ける。


「展開陣ね。普通の初手はまぁそれだよな」


 隣のアトミスさんが解説してくれる。イグニスも魔法を使う際に展開している陣だ。魔法陣が既にある為に起動の魔力と鍵言語だけで発動する簡易魔法らしい。

 魔法使いの戦いは初動の速さが勝負。詠唱という工程が入る分、如何に早く魔法を立ち上げるかが肝だそうな。


「実戦を知らない魔法使いがやりがちなのさ。難しい魔法ほど偉いと思いこむ。そして展開陣は便利だが用意する分応用は利かない」


 火球を忌まわし気に回避し、再び詠唱を始めようとした眼鏡を再び襲う火球。なっ!?と驚きの声を上げて、今度は転がり避けた。


「ん~? 火球とは言え早すぎる。イグニス君は何をしたのかな?」


 眼鏡と違い展開陣も使わなかったイグニス。速さ全ぶりの初級魔法を選択したのかと言うとそうでもないらしい。


「足元にあるのは【灯り】の魔法陣か? なぜ……おいおいそういうことかよ」


「さすがはアトミスの従妹。発想がえげつない」


 騎士団の二人がドン引きしている光景を俺も見た。

 【灯り】という本来松明替わりの生活魔法に分類される魔法。それを爪先で地面に描いたのだ。ただし、出力制限を無くして。


 小さな火を長時間安定した出力で出すと言うお役立ち魔法も、魔女の手にかかれば火球生成器になるらしい。イグニスは千本ノックでもするかの勢いで手元に浮かぶ炎を吹き飛ばしているのだ。


(やってる事は初級魔法の組み合わせだが、笑えん連射能力よな)


 つまり火を灯すライターに殺虫剤を吹きかけて火炎放射器にする様なものだろうか。

 秒間1発程度のペースで迫る炎に、いよいよ男は展開陣を捨てた。簡単な魔法を選択したのだろう。1、2発火球を外套で打ち払い、次には水の盾を用意して見せた。


「ふぅん。面白い発想だったが、あの盾は火球で抜けそうにないな。どうするイグニス」


 眼鏡は水の盾を構えながら、再び展開陣を開く。

 それを見たイグニスも火球を止めて、何やら足の爪先で灯りの魔法陣にガリガリと書き足してしいる。


 先に動いたのは青髪眼鏡。本来これが初手になるはずだったのだろう。杖の振りに合わせて水の刃が幾重にも魔女を襲う。そして水の斬撃を受けるのは、炎の槍だった。飛来する斬撃を事もなく全て空中で蒸発させて見せたのだ。


(ほう今度は【灯り】に形状変化を足して槍にしたのか)


「んん! 【灯り】が元にしては威力が高すぎる。あれは魔法陣を工程処理に使い詠唱を短縮した歴とした火炎槍だぁ!」


「いや、教授よ。そんな器用な事出来るのか? 大体火炎槍は飛ばすものだろう」


「甘いねアトミス君。高度な技術だが中級魔法程度の処理、彼女ならやるだろう。飛ばないのはそうだね、たぶん完成させてないからかな」


 あの魔法は見た事がある。大きさは小さいようだが、骨竜の頭を吹き飛ばしたり、家の壁を吹き飛ばしたものだ。


 隣の話を聞きかじるに、本来飛び道具である炎の槍を最終工程を行わない事で武器の様に扱っているのだと言う。


「魔法を詠唱途中で使うのか。長文なら便利そうな技術だな」


「ええ。また魔法の選択が良いですね。魔法で武器を作って、しかもあれ射出出来るという事でしょう?」


「アルス君の言う通りさぁ! 現場の人間なら使えて損はないね! いや実に実践的な魔法だよ」


 水刃が弾かれる様子に青髪眼鏡は慌てて新たな魔法陣を展開する。

 それを黙って見ているイグニスではなく、あろう事か奇襲を仕掛けた。身体強化をして刃を弾きながら飛び込んだのだ。


 魔法使いが身体強化が使えた事に驚いたが、考えてみれば魔力を覚えたばかりの俺が使えているのだ。むしろ魔法使いが使えないと考える方が可笑しいのだろう。


 接近戦を挑んだイグニス。炎の槍の一突きは、眼鏡の水盾を霧散させる豪快な一撃だった。男は盾を犠牲に距離を取り、何とか次の魔法を完成させた様で、魔法陣より出でる巨大な水の渦が放たれる。


 見た目はまるで水のドリル。暴風と飛沫を撒き散らし、地面を抉りながらイグニスに迫るが、ここで魔女の手より火炎槍が放たれた。結果は相殺。真正面から打ち破られた水の螺旋は虚しく雨となって降り注ぐ。


 衝撃で吹き飛ばされたのか青髪の魔法使いは濡れた地面に尻を付いていた。

 それでも消えない闘志は尚も新しい魔法陣を展開するが、一手遅い。


「おお! あれはエルツィオーネ家の秘伝! まさかもう習得していたとは」


 教授が目を輝かせ、アトミスさんは押し黙る。

 炎の槍を持ち暴れている間に魔女は詠唱をしていたのだろう。訓練場の上空に炎の竜が出現していた。領主が放ったものより全然小さいが、観戦席に居てなお眩しさと熱風により直視しがたいほどの熱量だ。


「参ったー! 降参だ!」


 ああ、グッドルーズ。青髪は素直に声高に自らの敗北を認め宣言。

 その潔さに俺の好感は少し上がるが、残念相手は俺ではない。火竜を背にする魔女は口元に三日月を浮かべながらぬけぬけと言い放つ。


「え? 何? 良く聞こえなかった」


 アイツを怒らせるのは止めよう。飛んでいく竜と絹を裂く様な悲鳴を聞きながら俺は心に強く刻んだのだった。


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