第43話 白百合の騎士



 小学生並みの感想ですまないが、他に思いつかなかったので言わせて貰おうと思う。


「うおー! でっけー!!」


「子供か君は」


「はっはー! 素直で良いじゃないか!」 


 騎士団見学の誘いがあってから登城に必要な服を買いに行くという遠回りはあったが、今日はいよいよ城へと足を踏み入れる。


 朝食後にアトミスさんの馬車に乗せて貰い一緒に移動しているのだが、城に近づくに連れてその建築物の巨大さと美しさに圧倒された。


(んー儂の城より、ほんのちっとだけデカいやもしれぬ)


 張り合うなよ。惨敗だよ。

 高さだけで言えば廃城も同じくらいだっただろうか。しかし敷地の規模がもう違う。棟として分かれているのは見える範囲で5つ。その他に見張り台と思わしき高い塔が四つ。


 どれも派手な建物では無いが白を基調とした建築であり、この美しい町の中心としても、王都のシンボルとしても完璧なものと言えるだろう。


「こんなに大きくて中には一体何があるの?」


 俺は馬車の窓に張り付いたまま何んとなしに口にした。聞けばイグニスが答えてくれるだろうと思ったのだ。だが、響いた声は魔女のハスキーな声で無く、妖女のハキハキとした張りのある声だった。


「騎士団は元より、魔導師団に民兵団に税務に司法。主な組織の本部は大体あるとも。偉い奴が集まると必ず始まるお家自慢だが、城で囀る馬鹿は居ない。大変に結構な事だ」


 含みのある言い方だが、役職の他に家柄という上下関係を持ち出されたら確かに潤滑な仕事など期待出来ないかも知れない。


(これも時代よな。儂の時代の城は要塞みたいなものだったぞ)


 なるほど。時代によってはそれも大事な機能だろう。騎士団が在中しているとはいえ、戦の備えをしていないという事は現在がそれだけ平和という事なのだろうか。


 城は周囲をぐるりと壁で囲まれていて、門を潜らなければ入場出来ないようだ。

 アトミスさんのおかげでほぼフリーパスだったが、出入りだけは確認している様で署名を求められた。イグニスに代筆して貰ったがそろそろ文字を覚えないとまずいかも知れない。


 そして城の中に入った感想と言えば、やはりデカい。だろうか。

 天井は高く廊下は広い。所々に花や絵画は飾ってあるが、凝った作りの置物やゴタゴタと高そうな物が並んでいる事は無い。実にシンプルである。


 そして気づく。やけに明るいのだ。ガラスを惜しみなく使い、陽をふんだんに取り込む事により白が一層に輝いている。室内だと言うのに圧倒的な開放感だ。置物が少ないのは、余計な影を落とさない工夫なのだろう。


(儂の城よりちっと……ちとだけ……ごにょごにょ)


 これにはジグルベインも潔く?負けを認めたようである。

 

「天気が良いと綺麗だろう? だが残念。訓練場は地下なんだ。アト姉、先に行ってていいのかい?」


「ああ、私は執務室に居る。適当に案内してあげなさい。後、此処は家ではない。口に気をつけろ馬鹿者」


「おっとこれは失礼。では後程お会いしましょう、シャルール卿」


 そう言ってアトミスさんは上の階へ、俺達は下の階へと別れた。

 一階が眩いほどに明るかっただけに、階段を降りるごとに暗闇に飲み込まれる錯覚を覚えるが、目こそ慣れてしまえば十分に明るい通路だ。


 光源は松明による炎ではなく、光る石。魔道具屋で見た物の大型版だろう。コレ良いなぁと思ったが、こんな便利な物がアトミスさんの家にも無いという事はお高いのだろうか。


「ああ、やってるやってる。御覧、これが王都が誇る最大の騎士団。通称、白百合の騎士だ」


 通路を進めば円形に開けた空間に出た。高見にズラリと並ぶ席と、下では壁の中で戦う戦士達。さすがに殺し合いの様な悪趣味な事はやっていないだろうが、作り的にはコロシアムに近い。


 白百合の名の通り、装備は鋼で銀色だ。甲冑のような全身具で無いにしろ鎧も剣も男の子の琴線を強く刺激し、ましてや騎士団なんて聞いてしまったら琴線がロックンロールを奏でてしまう。俺は転落防止の手すりから体を半分乗り出して観戦する。


 訓練場に居るのは20人くらいだろうか。剣以外にも槍や弓と得物をそれぞれに対人戦をしていた。広い空間に金属音が幾度と木霊する。遠目だと言うのに瞬きしたら見失いそうな程の移動速度で、横にも縦にも人が飛ぶ飛ぶ。流石は全員が魔力使いの集団だ。動きが異次元である。


「あの赤いマントの二刀流の人、分かるかい?」


「うん。あの妙に強い人ね」


「あれ騎士団の団長で、ヴァンのお父さんなんだ」


 はぁ!?と思わず声が出た。ヴァンと言えば勇者一行の剣士である。

 二刀流の使い手で、強くてイケメンで背が高くて、美少女二人と旅をしていて、おまけに血統まで良いとかふざけているのだろうか。主人公なのだろうか。これは決して嫉妬ではないのだが、死ねばいいのに。


「見るならその辺が参考になるかな。まぁ騎士団の入団条件は装魔だから全員今の君より強いと思うよ」


 装魔。闘気法で言う纏に似た技術だ。ジグが古いのか流派の違いか、俺の習っているものとは名前も効果も微妙に違うという。


 そして、そこを学ぶ為に今日は見学に来たのだ。

 活性に至り纏を覚え、俺は多少強くなった。廃城ではボロボロにされたニコラと同程度と思われるガリラさんに圧勝し、大型の魔獣も何とか倒している。


 強くなったのは間違いではないが、上がったのはあくまで身体能力。言い方は悪いが、大人が子供に勝って喜ぶのと同じだろう。

 同程度の魔力使いでは、能力が拮抗する分だけ技術と経験の差が出るのは赤鬼との戦いで身に染みている。


(違いが判るか?)


「いやになるほど分かるね」


 俯瞰して見るからだろうか、下で模擬戦をしている騎士達の動きの違いが良く分かる。 たとえばフィーネちゃんから教えて貰った足法、迅足。俺はただ魔力で無理やり地面を蹴って推進力を得ていたが、迅足とはれっきとした技術なのが分かる。


 同じ様な踏み込みでも動きに緩急があった。間をずらしたり、蹴り足を体の影に隠したり、工夫もある。これが見たかった。知りたかった。


 ジグルベインに言われた与えられた手札だけが武器ではないという言葉は、俺には衝撃だった。部屋に引き籠って教科書片手にドリルを解く俺にとって、学ぶとは真似るで、考えるとは式を解くだったから。


 あれから色々試してはいるが、悲しきかな元引き籠り。運動経験の無い俺では引き出しも発想も貧しい。


 だからこその見学。見て、覚えて、真似て、学ぶ。ココは経験値の稼ぎ場だ。銀の騎士がメタルなスライムに見える程に。


(お前さん戦いのセンス無いしな。アレを真似ろとは言わんが何か得る物があればいいのう)


 くっ悔しいが言い返せない。変身によってジグと感覚を共有すると言うのは、手を添えて教えて貰うどころではない。実際に達人の身体や筋肉の動かし方まで体験できるのだから成長しないほうが嘘だろう。


「がんばりゅ」


 赤マント事、ヴァンの父親を見つめる事十分と少し。元気に戦士達を薙ぎ払い続けていたのだが、急に周りの人が捌けて、白いマントを付けた人が対峙した。


 多対1でも大暴れしていたオッサン相手に勇気あるなとその人物を注視したが、細身で兜から黄金色の髪が伸びている所を見ると、もしかして女性なのだろうか。


「運が良いね。アルス様もやるらしい。アトミスが口を利いてくれたかな? ともあれ、よく見とくと良いよ。あの人はフィーネの師匠だからね」


 瞬間、白のマントがブレ、轟音が響き渡る。

 あれも迅足なのだろうか。滑らかでしなやかで、なのに残像も見えない程に恐ろしく速い斬り込みだった。


 それを真正面から受けて鍔競るのは、流石騎士団長というところか。一見拮抗するが、団長は二刀流。左で止め、右で斬る事が可能な攻防一体の恐ろしい剣だ。予想の通りに空いた剣が女性を狙う。


(ほう)


 白の騎士は、退くでもなく弾くでもなく、更に肩を入れ剣を押し込む。

 自分の経験では、剣を片手で扱うだけの力が得られるこの世界に置いて、二刀流は攻守共に二倍になる反則じみた剣技である。


 しかし、二刀流が剣を片手で扱うのは事実。ならば押し合いなら両手が勝るもまた道理。斬り込みに耐え兼ねた団長は攻める予定だった右手の剣を防御に回し、十文字にして堪えた。女性はただの一振りで二刀を封じて見せたのだ。


 まさに剛剣。何よりその攻めの姿勢は、どこかジグルベインを彷彿とさせて。勝負の行方に手を強く握った。


 受ける二刀と攻める一刀。今度こそ勝負は拮抗するかと思いきや、長としての意地か裂帛の気合と共に二刀の剣が圧し掛かる剣圧を弾き返し。


 その行為が白騎士が振りかぶる為に敢えて崩した均衡だと気づくのは、両手を広げ態勢を崩す男と、上段より再び剛剣を見舞う女の姿を見た時だった。


「強えぇ。ヴァンの親父さんが瞬殺」


(おう、あれは強いわな。実質一振り。業も底も全く見えんかった)


 終われば一瞬の攻防で、観戦席で勝負の余韻に浸っていると件の白マントの騎士が突如こちらを振り返った。視線が気になったとかの勢いではない。まるで身の危険を感じ取ったかの様な、切迫した素早い動作。


 視線に焼かれ殺気に貫かれる。それは胸に刺さる刃を確かに幻視し、冷たさえ感じる程に重く鋭い敵意。


 思わず膝を付き胸を押さえてしまった。異常を感じたイグニスが背に手を回し寄り添ってくれる。


(すまん。どう斬るか考えていたら思わず殺気が漏れたらしい)


 え?では、あの人はジグルベインの気配に気づいたと言うのだろうか。

 むしろその感覚の鋭さに寒気を覚える。勇者の師匠。その肩書に嘘偽りなく、とっくに人外の域に居るのではないか。


 とりあえず介抱してくれたイグニスにお礼を言って、ジグにめっ!と叱ると、てへっ!などと返ってきた。反省は全くしていない様だが可愛かったので許そう。


「初めての登城で浮かれるのは分かるが、あんまりはしゃいじゃダメだぞ?」


「てへっ!」


 許してくれなかった。可愛くなかっただろうか。


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