ラルキルド 灰色の吸血鬼

第50話 進路は東



 本日は微風快晴、絶好の旅日和である。

 王都を正門より飛び出せば、高い空と広がる大地が織りなす圧倒的な開放感。

 こればかりは壁の中では味わえないもので、シュトラオスの切る風を全身で受け止めながら大自然を味わう。


 流石に王都。裏門の時は壁の外の町に驚いたが、正門からの景色もこれまた絶景だ。


 街道は馬車が四台は並んで通れる道が伸びる。交通量の多さが良くわかる幅広の道だ。商人と言うのは忙しなく、来る馬車も出る馬車も大急ぎの大賑わいなのだが、そんな街道の両脇を彩るのはなんと一面の花で。


 たかが花と思うだろう。

 イグニス家のあるルギニアはまだ魔獣が多いために見通しを良くするせいか割と殺風景だった。王都に近いサマタイでも土地を飾る程の余裕は無く所狭しと畑で農作物を作っていた。


 そこに来て街道を花畑で飾られては笑うしかない。

 なんていう無駄。いや余裕。平和を象徴するかの様に咲き乱れる白い小粒な花に、どうかそのまま咲き誇れと思わんばかりである。


「あ、ほらご覧よ」


 そこでちょいちょいと肩を叩かれて、なんざましょと頭を振ると視界に飛ぶこむキラキラとした何か。そういえば湖があると聞いていたか。


(おお、デカいのう)


 軽く丘を下ったその先にデデンと広がる水溜まり。事前に湖だと聞いていなければ、海だと思った事だろう。


 どうやら畑は湖傍にあるようで、あれは麦だろうか。色はまだ青く、大きな猫じゃらしの様な物が揺れている。


 青く澄んだ水は周囲の山を水面に描き映そうとするも、悪戯な風が小波を立てて邪魔をして。

 風の通り道なのだろう。ザワリザワリと何度も水面を撫でる風の手が浮かぶ船を揺らして遊んでいた。


 その光景に思わず子供心が顔出し、釣りに船に水遊びと騒ぐものだから、密かに湖畔に進路を向けたのだけど、魔女の目は誤魔化せなかった。


「一段落したらだ。私だって行きたい場所はいっぱいあるんだぞ」


「楽しみにしとく。じゃあどっちに向かうの?」


「東だね。位置的にはルギニアの北側になる」


 ルギニアと言えばイグニス家のある町である。来た道を戻る事になるのか?と疑問に思ったが、どうやら険しい山を挟んでいるようだ。


 そういえばエルツィオーネ領は盆地で山に囲まれていると聞いた覚えがある。つまり王都側から回り込む必要があるので、最初に向かうという選択肢が無かったのだろう。

 よーし!進路は東。GO、East!


◆ 


 それから山超え、谷超え、川越えて……嘘です。ずっと道なりにぽくぽくと進んでいただけです。言うほど進んでないのです。はい。


 何度か休憩の後、日暮れ前に開けた場所を見つけて野営の準備をした。

 今日の夕飯は鳥の丸焼きである。ニワトリくらいの大きさなのだけれど、シュトラオスの赤ちゃんらしい。正直知りたくなかった。


 途中で窪みに車輪が落ちてしまった馬車を助けたら、どうやら牧場の人だったらしく、お礼にと貰ったのだ。

 どうでもいいが商人はシュトラオスを食べないらしい。大切な相棒だからだそうだ。気持ちは良く分かる。でもせっかくなので食べないわけにはいかないだろう。


 王都で香辛料を沢山買ったので、イグニスに使い方を教えて貰いながら一緒に調理した。

 腹の中に刻んだ玉葱や茸、ハーブを詰めて焼いた鶏肉は、野菜の甘みと香りが良く移って何ともいい風味に仕上がった。ごめんね、ごちそうさまでした。


 そして食後、ニチク茶というコーヒーの様な飲み物で一服している時にイグニスが藪から棒に言い出す。


「時間もあるし、少し歴史の勉強をしとこうか」


 突然何を言うのかと眉をひそめて、続きの言葉を待ったのだけれど魔女は木のカップにフーフーと息を吹きかけていて。どうやら言いっ放しのようだ。

 それこそ藪をつつく様な気がしたのだが、一応聞き返した。


「歴史って言うのは、この国のってこと?」


「今向かっているラルキルド領。いや、紐解けば結局はこの国の歴史になってしまうかな」


(ラルキルド……か)


 そう言えば知らないし、実際のところさして興味も無かった。歴史と言うのは好きな人は好きだが、俺はあまり好きではない。

 何せもう起こってしまった事だ。どのテキストを開こうが、結局は誰が何をしたと言うのを覚えるだけなので興味が無いと苦痛でしかない。


 しかし、どうやら俺はこの話を聞かなければならないようだ。

 混沌。つまりジグルベインの名を出されてしまっては、流す訳にはいかないのである。


「この大陸を元は混沌の魔王が支配していたのは知っているね」


 うんと頷く。そこは劇でも見た話だ。ジグルベインは魔大陸という場所から、あちこちと戦いの舞台を移してこの大陸まで来たらしい。

 本人の話は盛るし脱線するのであまりあてにならない。


「よろしい。では、大陸規模で統べた覇王が勇者に討たれたらどうなると思う?」


 多民族を武力で纏め上げ王として君臨していたとなると、ジグルベインの立場は地球では皇帝に当たるだろうか。

 

 真っ先に思い浮かぶのは跡継ぎ問題。ジグから子供の話など聞いたことはない。それに突然の一騎打ちで倒れたのだから後継者なども居なかった事だろう。


「そう。特に魔族は強さ至上主義みたいなところもあるしね。何より人間側にも勇者が居なかったから、泥沼の戦いになるところだった」


「だった? ならなかったんだ」


 やはりというか争いにはなったらしい。

 しかし武力を持ち立ち上がったのは四天王のうち1人だけだったそうだ。


 混沌の魔王という一枚岩だった組織。四天王という大戦力が分散すると、その組織は大きすぎた為に内紛を起こし消滅したそうな。


(何ともありきたりな最後であるな)


「特に激戦だったのは、当時の王都デルグラッドだ。理由は分かるよね」


 ジグルベインが、魔王が居た場所だからだろう。

 エルフの魔法により森に変えられたと聞くが、もしかしたら凄惨な戦地を悼んでの事だったのかも知れない。


「本当はデルグラッドを再建し王都にする予定もあったらしいけど、知っての通り魔王の爪痕のせいで人が住める環境じゃなくてね。その対処として勇者一行の魔法使いだった私の家系が管理しているんだよ」


 イグニスはお茶で喉を湿らせながら、さてと前置きをして。


「そうして人の国が出来た。でも、当然混沌の配下には魔族も居た」


 何処に行ったと思う?

 話が繋がる。その魔族達の逃げ場所こそ、これから向かうラルキルドという領なのだろう。


 そういう背景があるのならば、色々察する事が出来る。

 ルギニアは魔王城から近い町だ。そこから険しい山を挟んだ所というならば、魔族が追手を振り切るべく逃げ込んだというのが納得出来るのだ。


「うん。まさにその通りだ。そしてその場所に貴族の領主が誕生するまでにもう一つ大きな契機がある」


 戦えない者、戦わない者を先導して山奥に逃げ込んだのは四天王の一人、影縫いと呼ばれる吸血鬼だったそうだ。


 悲しきは大魔の名。魔王の側近として名高き四天王は戦犯の一人としてその首を狙われる。


 数は少数、戦えない者までいる集団の足は遅い。王国の騎士達は名声を求めて剣を掲げ、時には万を超える大軍までもが討伐に立ったという。


 しかし、落ちなかった。1年経とうが、10年経とうが、小さい土地が落とせないのだ。

 むしろ積みあがるのは被害の数で、領の線引きは死体でされているという噂が立つほどに夥しい数の死者が出た記録があるらしい。


 無理に攻めなければ相手から攻めてくる事は無いので、その領の周りに軍を配置し、すっかり冷戦になり……。


「そして40年。正確には40と3年。初代シュフェレアン王が息を引き取り、国が喪に服している時の事だ。影縫いは堂々と葬式に参列し、時の王と対面した」


 誰ぞと問われる中、騎士達から刃を向けられながらも「吾輩こそは影縫い。我が主、混沌軍きっての紳士である」と嘯いたそうだ。


(カカカ! 言うわ! 目に浮かぶわい)


「有名な逸話でね。吟遊詩人にも武人にも人気な話なんだ」


 先代王に花束を捧げ、悼みに来たのかと思えば、禍根を断ちに来たと言う。

 主の仇、余りに憎し。されど次の世代ならば違う道もあるだろうと。


 王は言う。「違う道もあったのだろう。しかしたった今悪夢を思い出した所だ」と。

 そして吸血鬼は愉快に笑いながら『自害した』領を攻めるなら再び枕に立つと言い残して。


「え? 自分で命を絶ったってこと?」


「そうだよ。正しく禍根を断ちに現れたんだ。影縫いが先代王に屈しなかった様に、自分も恨まれている事を分かってたんだ。だから新しい政治に掛けたのさ」


 これには王もお手上げだ。

 負けている相手が慈悲を乞いに来たのではない。勝てない相手が慈悲を置いて行ったのである。


 領を守る為に命を捨てた。それは美談だ。特に武人からは絶大な喝采が上がった。

 敵ながら天晴れ。正に忠義の武人であると。

 その声を聴いては、王の思惑がどうあれ領への手出しは恥となった。そして王も膝を付き魔王軍の幹部に永代貴族の名誉と領地を約束する。


「これが魔族にして唯一貴族を賜った経緯。そしてラルキルド領が自治区として国に認められる経緯。領にいるのは……たぶん二代目かな」


「はぁ、まさに歴史の偉人って感じの人だね」


「ふふ、そうだね。だから私も同じ貴族として礼は尽くすつもりだ」


 ただ、賢者の子孫に魔王の生まれ変わり。+ご本人。どういう反応をされるかは分からないよと。

 

「ありがとう。そうだね。でも大丈夫。ジグの町の人を助けてくれた大恩人じゃないか。どんな扱いでも俺は心を尽くすよ」


「……うん。君ならば、そうだろうね」


(阿呆。お前さんに手を上げたら打ち首じゃ打ち首)


 お前がそういう事言わないの!


 そして一晩、空という高い天井の下で夜を明かし。

 東へ東へ、とにかく東へ。


 途中雨に降られて、大きな木の下で雨宿りをしたり。小川を見つけて水浴びと洗濯をしたり。


 久しぶりに魔獣と遭遇する頃にはすっかり王都から離れたのだなと実感し、初めてのイグニスとの共闘をしたり。


 なんだかんだで旅を楽しみつつ、足掛け4日。俺達は魔族の町、ラルキルド領に足を踏み入れたのだった。


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