第51話 魔族の町
進むほどに奥深くなる山道。
街道は基本馬車がすれ違える程度の幅があるのだけれど、いつの間にか一車線ほどに狭まってきた。流通のメインから逸れて脇道扱いなのだろうか。
進む。道から雑草が生えてきた。馬車の通りが多ければ地面は踏み固められ、あまり草というのは生えはしない。つまり、そのくらいに交通の頻度が少ないのだ。草生える。
進む進む。なんかもう獣道みたいになってしまった。鬱蒼とした林を誰かが無理やりに突破した様な雰囲気で、草が倒れているから通れはするが、本当にこの方向なのだろうか。うっかり迷いこんだらト●ロの寝床にでも踏み込んでしまいそうだ。
「ねえ道間違えてないよね? 本当にこっち?」
「んーたぶんね。轍の跡があるから間違えてはいないはずだ」
その後ろには私も初めて行くから絶対とは言えないけどと、頼りない言葉が続く。
ちなみ今ボコの手綱を握るのはイグニスだ。後ろに居ると魔女のトレードマークであるとんがり帽子がなんとも邪魔くさい。
手は、肩か腰に置かせて貰っているが、どうして女の子というのはどこを触っても柔らかいのか。移動の時イグニスに掴まられるのはもう慣れたが、掴まるのはいつになっても慣れないものだ。
「あ、抜けた。ほら合ってた!……ここから先がラルキルド領で間違いないね」
生い茂った草のトンネルを抜けると、草原。いや、そんなに綺麗な景色ではないか。
同じ意味でも草はら、野原。くらいが適当だろうか。
手入れなどされていない緑の王国には、獣道の続きの様な申し訳程度の茶色い線と、その脇に古ぼけた石碑があるだけだ。
「あの石碑にそう書いてあるの?」
「……そうだよ」
珍しく歯切れ悪いイグニスは、それ以上何も言わずにボコの速度を上げる。振り落とされてはたまらないので、細い腰に手を回し、少女を抱きしめる形で加速に耐えた。急にどうしたというのだろうか。
(これより我が領土。踏み入るならば串刺しになる覚悟をせよ。と書いてあった)
「イグニスの嘘つきー!!」
「う、嘘はついてない!」
◆
そして暫くしてのこと。
町へ向かって進んでいるとガサリと茂みから音がして、俺もイグニスも思わず身構えた。
魔獣を警戒しての事だが、草から出てきたのは上半身が裸の男だった。余計に警戒した。
「おんや。外の人とは珍しいなあ。迷子か?」
赤茶色の髪をしていて、素朴な顔のお兄さん。よく見ると僅かに耳が尖っているだろうか。両手を挙げて敵意は無いよとアピールしながら、人懐こい笑顔で続ける。
「で、迷子か? こっちにはオイラ達の村だけだ。用が無いなら出口まで案内するけど」
「……いや、町に用がある。領主殿にお目通り願いたい」
「おお客か! なら付いてこい付いてこい!」
そうしてやっと茂みから出てくるお兄さん。まさか下は着ているよなと、注視していると……着ていなかった。
正確には着る必要が無い、だろうか。
髪と同じ色の赤毛に覆われた脚が出てくる。足は蹄で、地面にU字を残しながらパカパカと前進して、隠れていた下半身が姿を現す。
馬だろうか。馬だろう。馬の下半身に人の上半身。ケンタウロスという奴だ。
当然だが初めて見た。背はシュトラオスに跨る俺と目線が合うくらいに高いのに、四つ足で力強く立つ姿は何とも安定していて。文字通りの人馬一体。
やはり慣れないと不気味という印象は隠せないが、そこまで強い嫌悪感は無い。
好奇心の方が勝るのだろうか。どこか洗練されていて格好の良いシルエットだと思った。
「魔族は外だと珍しいんだろ? 大丈夫だ何もしねえよ」
視線と共に感情が伝わってしまったか。
あんまり見ないでくれと、少し寂しい様な、照れくさい様な顔をするお兄さん。
失敗した。向こうは驚かせたくないから足を隠していたのに、気を遣ってくれたのに。
「あ、あの。不快だったらごめんなさい。背中に乗せて貰ってもいいですか!」
お兄さんだけでなく、イグニスまでもが何言っているんだコイツという様な顔を向ける。
でも俺は真剣だ。怖いのではない。気持ち悪いのではない。ただ貴方に興味があるのだと、伝われこの思い!
「……よっしゃ! 乗れ乗れ! 人馬は駝鳥なんぞに負けんとぞ」
その言葉に偽り無く、駈け出せば軽々とボコと並走する強靭な脚力。
俺は鞍無しの騎乗なんて初めてだと言うのに、言葉が通じるとはなんて便利な事か。その気遣い運転の背に乗れば、誰でも操馬の達人になった気がする事だろう。
お兄さんの背……二つあるから紛らわしいな。
人のほうの背中に張り付きながら、イグニスに向かって「どうだ羨ましいだろう」と意地の悪い笑顔を向けたのだけれど、子供の乗馬体験を見守る親の様な顔をされてしまった。絶対に悔しがると思ったのに……。
◆
「ここが村だ。シャルラ様はあのでっけえ屋敷に居るからな」
乗せて貰ったのは時間にして20分くらいだろうか。
途中から興が乗ったのか更に速度を上げたお兄さんはボコを置き去りにして先に町についてしまう。
シュトラオスだって荷車を引いて無ければ100キロ以上は出せる生物である。それが見えなく成程の速度とはどんなだろう。心臓をバクバクさせながら地面に降りて、大地の安定感に安堵する。
「あ、ありがとうございました!」
「いや、なんのなんの。こっちも駆けっこ思い出して楽しかったよ」
仕事があるからと来た道を戻るお兄さんを見送って、さてとと改めて町を見直す。
山を背に、開けた土地に散開する建て物。他の町と違って門や柵は無い。
建築は石作りと木造が混じっていてる感じだ。しかし大きさも形もてんでバラバラで統一感はない。何というか、住人が思い思いに作りましたという手作り感すら溢れていて、中には崩れ落ちそうな家まであった。
(ほほう。何というか……ド田舎じゃな!)
こっちは遠慮していたのにジグルベインが好き放題に言い放つ。うん、まぁそんな感じだ。
建物は全部で100件くらい。土地が余っているのか家同士の距離はかなり開いていて、大自然の背景も合わせれば集落という言葉が似合いそうな雰囲気である。
ははあ、と街並みを眺めているとどこかから視線を感じた。
思えば歩行者が見当たらない。きっと外からの訪問者に警戒をしているのだ。あからさまに警戒をされると胸が苦しいが、石を投げられるよりはましだと思うしか無いだろう。
「お、おまたせ。流石に人馬族は速いな。シュトラオスで追いつけもしないなんて」
遅れていたイグニスがやって来る。風圧で髪をボサボサにして顔は少し土埃で汚れている。たぶん俺たちが前を走ったからだ。ごめん。
ただ、そこでハンカチでも出せばまだお嬢様らしいのだが、外套でがしがしと顔を拭う様ではまだまだアトミスさんの様な淑女は遠そうだ。
「宿でも取って着替えたいところだけど、そんな空気でもなさそうか」
「……うん」
恐らくだが、そもそも無い。宿泊施設なんて外から人が来ないのだから需要なんてあるはずがないのである。
一度がっくりと肩を落としたイグニスはすぐさま覚悟を決めて、仕方ないこのまま行こうと顔を上げて。じゃあこっちだよと、馬のお兄さんから聞いた屋敷へと向かった。
そこは広くはあるが荒れ放題の庭。
大きな屋敷で間違いはないが、あくまでこの町では大きなという具合の二階建ての洋館。
年代を感じる木造建築の建物からは、学校の旧校舎というか、こう、お化け屋敷の様な雰囲気が滲み出ている。
本当にここか?間違ってないか?と疑問を含んだ視線が投げられる。領に入る時とは逆の立場だ。教えて貰ったので間違いはないと思うが、ノックするのは流石に躊躇う。
一体どんな人が出てくるのだろうか。イグニス代わってくれないかなぁ。くれないよなぁ。
「ごめんくださーい!」
ええいと覚悟を決めてドアノッカーを叩く。乾いた音が響き反応を待つ。
少しだけ不在ならいいのにな、とか思ったのは内緒だ。
「はーい!」
少し間を置いて可愛らしい少女の声が響く。外からでもドタドタと聞こえる足音にイグニスと首を傾げた。
どちら様ですか?と出迎えてくれたのは黒いワンピースを着た少女。
12~13歳くらいだろうか。灰色の髪を二房にした所謂ツインテールの髪型で、アメジストの様な綺麗な瞳をした子だ。この屋敷のメイドさんだろうか。
「先触れの無い訪問をお許しください。私はエルツィオーネ家の長女イグニスと申します。ラルキルド家の当主様に取り次いで頂きたい」
「エルツィオーネ……。分かりました。お上がりお待ちください」
家に上がる許可を貰い、ついでに着替える部屋も借りた。
領主に面会するなんてどんな服を着れば、なんて考えるも、都合よく王都で礼服を買っているのだった。
一応城に行く為に買ったのだけど、思い返せばイグニスに唆されて購入した品だ。
そしてその後にココに来る事が決まったのは果たして偶然なのか。先を読まれ過ぎていて若干怖いが、一張羅に着替えて応接室へ行く。
どうやら一番乗りのようで少し待ったが、先ほどのメイドさんがお茶を持ってきてくれて……何故か対面の席に座った。
良く見れば彼女も着替えているようで、黒いドレスの上からローブを羽織っているようだ。
遠慮せずにどうぞとにこやかに笑う少女の口からは、犬歯にしてはやけに尖った歯が覗く。嫌な予感がする。ジグルベインもそう言っている。
「あの、もしかしてですけど、領主様ですか?」
「うん? そうだよ。私がシャルラ・ラルキルド。このラルキルド領の領主で、二代目影縫です」
「「はぁ!?」」
声がハモる。ちょうどイグニスも着替え終わり応接室にやって来たところの様で、入り口で固まっていた。中々に間抜けな表情をしているが、きっと俺も似た様な顔をしている事だろう。
(カカカ! こりゃまためんこいのが出てきたのう!)
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