第52話 悪意の魔法



「では改めてご挨拶を。シャルラ・ラルキルドです。爵位は伯爵?だったかな」


 ツインテールの少女がワンピースの裾を持ち上げてしゃなりと礼をする。

 その様を俺とイグニスはパチクリと眺め、赤髪の少女は慌てて頭を下げて、お前もするんだとばかりに脛に蹴りが飛んできて。


「これは知らずとんだご無礼を。しかし何故女中の真似事などを?」


「真似というか、家には使用人なんていないから……」


 んんん?イグニスと二人でここ大丈夫なのかと顔を見合わせたが、シャルラちゃん。いやシャルラさんが、わざわざそんな話をしに来たのかと眉をひそめるもので。


 それはそうだと、気持ちを入れ替えて小さな伯爵様と対面する。イグニスが目で合図を送ってきたので、用意した包みを取り出した。


「ラルキルド領が流行り病に苦しんでいると耳して、見舞いを兼ねて参上いたしました」


 お納めくださいと机の上に並べる食あたりの薬と青じ……栄養ドリンク。

 町全員分とは言わないが20人分くらいはある。これは市販品では無く、来る途中でイグニスが調合したものだ。


 大鍋をクルクルとかき混ぜるイグニスは本当に魔女の様であった。なお材料は俺が摘まされた。シャルラさんには聞きたい事が色々あるのだけど、とにもかくにも先ずは病の件からだろう。


「おお! これは何ともかたじけない!」


 薬に飛びつくのを我慢して、ぺこりと小さな頭を下げるツインテ少女。可愛い。

 顔を上げれば満面の笑みで、目の端にはほんのり光るものが伺える。金策に苦労していた聞いているし本当に嬉しいのだろう。エルツィオーネと聞いて強張っていた表情も少し解けた様に思えた。


(むむ。こやつなんか儂とキャラ被ってないか?)


 大丈夫だよ、被ってないよ。大体シャルラさんがロリBBAならお前ただのBB……。


(おい何を考えとるか知らんが、言葉にはせぬことだな!)


 おっと顔に出たか。ごめんなさい。


「これでも薬の知識があります。良ければ町の状況を教えては戴けませんか」

 

「感謝しますイグニス殿」


 事の起こりは30日程前、町で腹痛を訴える者が数名出たと言う。

 腹痛など症例としては珍しくも無いものだ。最初は何か悪い物でも食べたのだろうと様子を見たが、収まるどころか同じ症状の者は増えるばかりだった。


「大人なら3日もすれば峠は越すのですが、子供は酷く衰弱してしまい」


 原因が分からないので水と食べ物に注意をしつつ、まずは薬だと手を打った。

 と言っても専門知識を持つ者は居ないし、薬を買う現金も無いので隣領であるクーダオレ領に頼ったのだ。しかし、間の悪い事に見合いが破談したばかりで金銭的援助は受けられなかった。


「なのでお金になりそうな物を町の者に持たせて、何とか薬は手に入れたのです」


「というと、現状は?」


「一応収束に向かっているのだけど、正直余り状況は良くなくて。いかんせん原因が分からないものだからどうしようもなく」


 とりあえず水は問題無いようだが、問題は畑の作物だそうだ。

 傾向からして畑で出来たものを食べると腹に障るらしく、今は森の恵みで凌いでいると言う。人馬のお兄さんが森に居たのもそのせいだろうか。


 種類を問わず作物が駄目なので土の病気などを疑っているそうで。

 話の限りでは俺もその線が強いと思う。食中毒と言えば、細菌かウイルスだろう。まぁ本当に毒の物や寄生虫の場合もあるが。


 かく言う俺もこの世界に来て直ぐに適当な植物を食べて当たった事がある。あれは恐らく毒だ。反省。


「いや、流石に私も長生きなので村の皆には食べ物には熱を加えるよう言っているし、便の始末にも気を使わせてはいます」


「ええ、処置としては実に真っ当。しかし、感染を防いでも畑の作物が駄目では食す物が無いという訳ですね」


 こくりと頷き、紫の瞳を伏せる少女。

 無ければ買えばいいのだが、薬に金を果たし、借りる当てもない。

 加えて次の作物も食べれる物で無ければ納める税金も無いそうだ。税金って作物でもいいのか。いや、日本も江戸時代あたりは米だったかな。


「……なるほど。実際に畑を見ても宜しいでしょうか」


「それは構わないですが……」


 というわけで畑に移動した。町を出たらすぐに畑なので歩いて10分もしない。

 景色はまぁ畑だ。サマタイ程の広大な面積とは行かないし区域も飛び飛びだったりと思いつきで増やしたかの様にやけに適当だが、新しく掘り返した綺麗な土から緑の若葉がぴょこりと顔を出していて、将来が楽しみな光景である。


「令嬢が畑なんて見て何か分かるのだろうか」


 シャルラさんの意見には同意だ。普通は専門家でもなければ土を見たくらいでは何も分からないだろう。


 しかし魔女は嗤う。赤い瞳を炎の様に輝かせ、一目を憚る事なく高笑う。

 アレは土の博士ではない。魔女の専門分野はずばり魔法。ならばつまり、そういう事なのだろう。 


(ふーむ? 妙な魔力の流れではあるか?)


 ジグルベインでも違和感を持つ程度であり、俺には魔力の変化などさっぱり分からない。

 シャルラさんも同様に魔力を感知はするようだが首を捻るばかりである。


「ラルキルド卿。成長促進の魔法をご存じでしょうか?」


「エルフが使う、森を広げる時に使うやつでしょう?」


「ええ、その通り」


 古くはエルフの秘術の一つだった魔法。エルフと同盟を結んだ時に開示された魔法であり、現在は多くの町の畑に刻まれているという。サマタイの収穫がやたら多かったのもそのおかげだろう。


 今はそんな便利なものが!と目を丸くするシャルラさんと、こくこくと頷くジグルベインの二人。その反応はまさしく最新の家電に驚くご老……いや何でもない。


「この魔法はね、時を加速させるとかそんな無茶ものではないんです」


 土地からの魔力を集めて、植物に直接浸透させるのだと。これにより植物が栄養を吸う力と成長をする力を促進させる。ようは植物に掛ける身体強化みたいなものだろうか。


 その効果は日光と水さえあれば10日程で出来る作物もあるほどで、高位のエルフは文字通り森を作る事も出来たらしい。


「ふぅん。もしかしてイグニス殿がそれを設置してくれるのですか?」


「やはりご存じないようですね。もうこの土地には刻まれていますよ。歪められた形ですがね」


 その言葉を受け茫然とする伯爵。

 よもや知らぬ魔法陣が刻まれていて、ましてそれが病気の原因などとは思いもしなかった事だろう。


「腹を壊すのも当然です。それは、採れたてなのに腐っているのだから」


 歪な魔法陣が与えるのは浸透と腐敗。土地の栄養を吸い尽くし、あまりに過度に供給をする魔法。成長促進の魔法の失敗作らしい。


 成長の促進は確かにされているのだけれど、バランスが悪いそうだ。供給過多という話から、水のやりすぎによる根腐れや、栄養剤の使いすぎによる土地涸れの様なものを想像する。


「イグニス、それは治せるの?」


「ああ、正規の術式に書き換るだけだ。土は駄目だろうから時間は少し掛かるけど大丈夫だよ」


 その言葉で俺もシャルラさんも胸を撫で下ろす。するとやはり疑問に残るのは、誰が、どうしてだ。これは病気などでなく、明確に悪意のある攻撃に他ならないのだから。


「ラルキルド卿」


「シャルラで構いませんイグニス殿。まさか見ただけで原因を特定なさるとは流石は賢者の血筋。頭の下がるばかりです」


「では、シャルラ殿。少しばかり面倒な話をしなければならない様です」


 見て分かるのは当然で、当時エルフから学んだばかりの頃に失敗した症例として記録があるようだ。


 被害の頃合いを考えて、成長促進の魔法陣があるならばとっくに次が収穫出来ている頃である。なので、イグニスは最初から魔法陣を見に来たようだ。

 確かにいくらイグニスといえど、土や植物の病気までは……分かりそうなのが怖い。



 外に出たばかりだったが、立ち話もなんだと言う事で屋敷に戻る。

 畑の目途が立ったツインテ少女は灰色の房をスキップで揺らしながら酒の瓶を持っていた。


 どうぞどうぞと勧められる赤い液体を、イグニスはいやぁすみませんねぇと口では言いながらも躊躇いなく煽って。俺もご相伴にあずかる。


 薄い。多分ワインの水割りだろう。ブドウジュースと思えば俺は中々好きなのだけれど、酒好きな魔女は綺麗な笑みを浮かべている事から物足りないのだと予想がつく。


「それで、面倒な話とは何でしょうか?」


 どうでもいいが実年齢が300歳以上であろうと、見かけ12歳程度の少女がクピクピと酒を飲む絵面がヤバい。


「金策でクーダオレ領を頼ったとの事ですが、それは実際にシャルラ殿が足を運んだのですか?」


 そう。そこは俺も疑問に思った。

 王都でラルキルド領の話を聞いた限りでは、貴族の息子を侮辱した事により制裁圧力が掛けられているという話だった。


 実際に見合いは破談した様だし援助は受けられなかったみたいだが、援助が無いのと圧力では話が別である。


「いえ、書面のやり取りです。魔族には町を出るなと言ってあるので、代表の私が出るわけにはいかず、もう何百年も領の外には出ていませんよ」


 あっけらかんと答えるがとんでもない話である。

 外に出たくないのか?と聞くのは簡単だが、そんなの出たいに決まっているだろう。


 人の町も壁に囲まれていて、同じ様に外の憧れを聞いたことがある。

 でも、それとは違うのだ。魔獣が怖いから出られないのではない。人が怖いから出られないのである。


 基本町は閉じていて、人間でさえ余所者は嫌われるのだ。魔族の扱いなど推して知るべし。俺は綺麗な紫の瞳が眩しくて、そっと床に視線を逃がした。


「町の噂ではラルキルド領は子爵の息子を侮辱して政治的圧力が掛けられている。マーレ教も動かないし援助すれば貴族に目を付けられる。そんな話になっているのをご存じでしょうか」


「な! 一体どこからそんな噂が!? ブータ殿をオークと見間違えたのは確かですが、お金が借りられ無かっただけで! あれ? これ圧力?」


 一番間違っていて欲しい所は真実の様だ。


「いえ、体面があります。内縁になったならばともかく、破談して直ぐに金銭の貸し借りをするのは外聞が良くないですから」


 それこそ、どこに耳があるか分からない。金銭のやり取りがあれば内内に結婚が決まったと勘繰る者も出ることだろうと。


「そもそもですね。領主程度で教会には圧は掛けられません。彼らを止められるのは三柱だけでしょう」


「ええと、つまり?」


 噂を吹聴している者がいる。

 それもこの領の中にだ。どうやら思わぬところで再び悪意に出会ってしまったらしい。

 

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