第138話 本選開始



 入って早速に会場に漂う独特の空気に当てられた。

 足元は乾いた赤土、周囲は高い壁に囲まれて、降り注ぐは眩い日差しと熱い歓声。

 なんだこれは。学校にある施設だから体育館みたいなものを想像していたのに、これでは闘技場そのものである。


 そしてまだ試合も始まっていないというのに随分な盛り上がりだった。これは、もしかしなくても俺が入場したからなのだろうか。


「なははは」


 緊張と照れ臭さを隠す様に乾いた笑いを浮かべて手を振った。多分だらしない表情までは取り繕えなかったと思う。

 

 予選の時はギルド裏のそれほど広くない会場で、試合を観に来る人達も身内か商人といった層だった。


 けれど本選はどうだろう。子供から老人まで多くの老若男女が集まっている。一角には騎士科の学生か、制服を着た集団が陣取っていて。更に上のほうには貴族らしき身なりの良い人達まで。


 これほどの視線に晒されるのは凱旋パレード以来。そして観衆は、今は勇者一行ではなく、確かに俺を見ているのである。これは無様な試合出来ないぞと、内心で戦々恐々とする。


 そんな時、少しでも勇気を欲したのか、イグニス達はどこかなと、目は自然と知り合いを探す。居た。カノンさんが大手を振ていた。


 見つけたのは貴族達の席でも特別待遇と思われる場所だった。他の席が階段状になっている都合、上に行けば行くほど遠見になるのに対し、上から見たいけれど遠くなるのは嫌だという願望を叶えた様な、テラスの観戦席に座っていたのだ。


 何故そんなところに? と疑問に思うのも束の間の事。「拝聴!!」と突然に響く大声に俺はビクリと背筋を正す。

 

「選手の皆さん、ここに一列にお並びください」


 上にばかり視線を向けていたせいで気付かなかったが、いつの間にか選手が揃っていたようだ。俺を含め16人の戦士が係員の指示によって整列させられる。

 

 チラリと脇目を振ると制服を着ているのは6人ほど。騎士科とはいえ年上のハンター達が混じった予選を勝ち抜くのだから皆優秀なのだろう。まぁその筆頭が勇者一行を務めるヴァンなのであるが。


 そして会場の熱気が嘘の様に静まり返った頃、天よりその声は降ってきた。

 瞬時、声を掛けられた選手一同は胸に手を当て地面に片膝を付く。俺も一拍遅れて真似をした。


「今年も16人の勇士が出揃った様だね」


 生の声では無かった。拡声器。たぶんそれに似た魔道具でも使っているのだろう。

 喋る人物の姿はすぐに見つかる。ちょうどイグニス達の傍から柵に手をかけ選手を見下ろしていたからだ。


「この大会を開くのももう何度目だったか。すっかり夏の風物詩になってしまったけれど、当初の目論見通り、若き芽は順調に育っているようだ」


 歌うように軽やかに演説をそらんじるのは国王様だった。

 まずは騎士科の鼓舞。俺も思った通りに、若くして大人に負けぬ強さを褒めた。

 そして大人達。職業は違えど戦いに身を費やす者は生徒達の模範であって欲しいと説いた。


 演説の最中、丁度時を告げる鐘が遠くから響き、王様は締めだとばかりに声を高めて宣言する。


「戦士よ、見ているぞ。己が誇りに恥じぬよう正々堂々と競うがいい!」


「「「おおおおぉぉぉ!!!」」」


 武術大会の開幕だった。



 王様の開幕宣言の後、選手の入ってきた扉とは対面にある大扉が開く。

 そこから出てきたのは馬である。鎧を着た騎士が4人、馬に乗り入場してきたのだ。


 土埃を舞わせ会場を走る馬を何事だと思い目で追った。騎士は円形の会場で四角を作る様に陣を取って、何やらゴソゴソと道具を設置している。見ていても何をしているのかさっぱり分からないので、これから何が始まるのかと隣にいるヴァンに聞いてみた。


「あれ、なにしてんの?」


「見てりゃわかんよ」


(ほほう)


 変化はすぐに訪れた。パッと空中に映像が投影されたのである。ジグルベインではないが俺もほほうと唸りたくなった。


 映る映像は対戦表である。騎士さんが道具の前で看板を持っている辺り、恐らく魔道具の機能としては、レンズに映るものを拡大投影するものだろうか。そんな魔道具もあるのだなと感心が半分。もう半分は、対戦表の組み合わせのほうだ。


 今回は予選のように番号ではなく、ちゃんと名前が書かれていた。トーナメント形式なので16名の名前がピラミッドの最下層に並んでいるのだけれど、俺では正直自分の名前が辛うじて読めるだけだ。俺は顎に手を当て、なるほどと頷き、さっぱりわからんと諦め顔でジグを見る。

 

(1回戦がお前さん。2回戦がそこなガキよ。つまり……)


 つまりヴァンと当たるのは次という事だった。頭を抱え座り込みたい気分だ。早すぎる。あまりにも。いや、予選で当たらなかったのは幸運だし、いずれ必ず当たるのだけどね。


「出来れば決勝でとか考えてたけど、運悪いなぁ」


「はっ。まずは目前の敵をちゃんと見ろ。負けたら尻を蹴り飛ばしてやるぞ」


「そりゃそうだ」


 軽口を叩いている間にも俺と対戦相手以外は控え室に退くようにと係員から指示があった。控室ってどこだよと、迷いなく移動する選手達を見ていると、するりと壁の中に消えていく。


「ええ!?」


(壁が手前にあるだけじゃ)


 ああ、そうか。壁が重なっていて見辛いだけで、その後ろにはきっと空間があるのだろう。正解とでも言うように、壁と二階席の中間くらいの場所からひょっこりとヴァンの顔が覗いた。

 

「君はツカサ・サガミだね。武器を選んで中央へ。両者準備が整い次第一回戦を始める」


 係員の人にはぁいと返事をして、いつの間にやら騎士さんが用意していた武器を漁る。

 俺に迷う選択肢は無い。どうせ剣しか使えないのだ。コレにしようと、適度な長さの剣を選ぶ。


 俺と入れ替わる様に対戦相手の学生が同じように武器を選んでいた。少年が足を運んだのは槍や斧槍などの長物があるコーナーで、槍使いなのかなと様子を眺めていると、手に取ったのは身の丈ほどの長さの大剣だ。


 なにそれと目を見張る。少年はブンブンと振り回し、満足げに大剣を選んで、俺は悔しさに打ち拉がれた。


「ちくしょー、なんだよあれ。超格好いいじゃねーか!」


(カカカ! まぁ大剣は浪漫よなぁ!)

 


「東! 冒険者、ツカサ・サガミ!」


 中央に立ちまず広いと感じた。予選が6組で同時に戦っていたせいもあるが、2人で戦うには随分と余裕がある会場である。


 上を見れば自分が映し出されている事に気恥しさは覚えるが、それだけだ。歓声は耳に届くけれど、高い壁のおかげ観客は目に入らない。これはきっと設計で相手に集中出来る様に配慮されているのだろう。


「西! 王都国立学院騎士科5年、アニー・ミッタール!」


 対戦相手は大剣を担ぐ少年。貴族院の在籍を表す青を基調とした制服を着ている。

 背も体格も若干に俺より逞しいか。短い柿色の髪は洒落っ気なく、麦藁色の瞳は真剣そのもの。はや力み、勝負の開始を今か今かと待ちわびている様だった。


「御前である! 双方いざ尋常に!」


 ゴウゥンと開始の銅鑼が鳴る。


 相手はまるで打者の様に大剣を振りかぶるも、ジリジリと間合いを計り待ちの姿勢。

 向こうの初手はどう考えても横なぎなので、俺も剣を腰に構えて様子を見る。


「今更だけどさ、ジグはなにかアドバイスとかないの?」


(んん? そうさの。そろそろ戦士として自覚してもいい。勝負をするならば、剣で負ける時は死ぬ時だと、そのくらいの気概がなくてはな)


「りょーかい!」


 ならば勝ちに行こうと飛び出した。


 ダンと地面蹴りつけて、あっという間に斬撃の間合い。相手の反応は早い。大剣の距離に入るや否や、即時に凶器が走る。


 グレートソード。身長程ある刃のフルスイングは、かつてない程の大迫力だった。

 てっきり見かけで選んだのかと思ったが違う。明らかに扱い慣れている。


 腕力だけでなく、つま先から腰を捩じり振るわれる一閃は長大な刃を確かに風に変えた。

 ゴウと音立て迫る大旋風。過ぎ去れば両断されるというビジョンすら明確に浮かぶ。

 

「つぁらぁ!!」


 だからどうしたと迎え撃つ。こちとらアルスさんにシバかれた事もあるのだ。あの剣鬼の殺気と剣に比べれば、こんなものはそよ風でしかない。

 

 刃と刃の接触。金属同士の触れ合いは、小さな火花をカチリと灯す。まるで爆発したと感じた。受ける事も出来ずに弾かれたのである。


 だが、それは相手も同じだろう。

 本線開始の一合目。互いに時を戻されたかの様に、大きく振りかぶる姿に戻されて。


「うおおおお!!」


「ぬぁあああ!!」


 力比べだと言わんばかりに、懲りずに剣が振るわれる。



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