第139話 魔獣よりも狂暴な
二度目の接触。刃の音を耳に残し、またも鋼は弾かれた。手には強い反動、痛みと若干の痺れが襲う。衝撃で剣が生き物の様に暴れるもので、こらこら逃げるなと目一杯の握力で抑え込む。
ただ薙ぎ払うだけでこの威力とは大剣恐るべし。要因は剣の重量と、その重量を楽々扱う身体強化だろうか。などと驚いている場合では無かった。大剣が弾いた勢いを上手く使い、今度は真上に持ち上げられたのだ。
地上に影落としズゴゴゴと存在を主張する鉄の塊。その光景を見れば次の一手は容易に読めて。
重力を利用した上段からの振り下ろし。流石にそれは受けたくないと、慌てて背後に飛び退いた。
ドゴォン! と影追うように凶器が降ってきた。土埃を舞わせ地面にめり込む切っ先を見て、避けて良かったと胸を撫で下ろす。
「ひぇえ怖っ」
若干距離が開いたせいでアニー君にはまた構える時間を与えてしまった。
ジリリジリリと摺り足で近づく敵に、一応は剣を構えて応戦の意思を突きつける。
俺は指を微かに開いて閉じて血を送り、握力の復帰を待ちながら、さてどうしたものかと知恵を絞る。
彼の大剣術は見掛け倒しではない。身体強化の段位は纏だろうか。つまり実力で言えば騎士団に居てもおかしくないレベルという事だ。まいった、本当に優秀だぞ。
「まぁまだ悲観するほどでもないけれど」
馬鹿なりに考えた。というか纏は自分でも散々使ってきた技なので弱点は分かりきっているのだ。
纏は魔力の一点集中。部分的な超強化であり、そして多くの派生技の基礎である。
使用用途は様々で、足に纏って爆発的な加速を得たり、肌を頑丈な鱗の様にし攻撃を防ぐ事だって出来る。
でも言い換えれば、特化故にピーキーだ。俺は扱いが難しいので大活性を覚える前に疑似大活性を編み出したくらいだった。
相手は腕に魔力を集めている。局所的な魔力が大活性にも劣らぬ効力を発揮し、大剣を木の棒の様に振るう剛腕を得ていた。けれども、それは防御力も機動力も犠牲の力で。それを理解しているから彼は待ち構え、迎撃に全力を尽くしているのである。
「なら答えは簡単だよな」
魔力の循環量をガンガン増やし、大活性にまで持っていく。無理に打ち合おうとするから悪いのだ。折角会場が広いのだし、足を使わないのは勿体無い。
相手を中心に円を描く様にタタンと駆けた。敵の強みが大剣の長さと重さを活かした強撃ならば、こちらは速さと手数で勝負するまでだ。
イメージしたのは不覚にもヴァン。その身を風に変えるが如く軽快に戦場を駆ける勇者一行の姿だった。
「そのくらい想定してないと思うなよ」
周囲を駆け出した俺に相手は時計の針になったかの様に回り対応する。摺り足の応用か、構えを崩さぬままに視線が追従してくる。
「だろうね!」
あの武器を相手に真正面から挑む奴は少ないだろう。だから俺の行動は十分想定の範囲内のはずだ。それでも。それでもだ、嫌がる事にかわりはない。
「っっ!!」
姿勢を低く肉食獣のように素早く間合いに飛び込む。すかさず出迎えるのは長大な鋼の凶器。狙いを澄まし落とされる鉄塊を今度は打ち合わずに躱す事に専念した。
構えと視線から軌道の想定。肩の動きから拍子の予測。走る刃をココだと避ける。
頭のスレスレを通り過ぎる剣はド迫力。ブォンと頬撫でる風圧は、まるで車とでもすれ違ったかの様で。しかし躱してしまえば次はこちらのターン。
過ぎ行く剣の背後から、オラァと気合を込めて一閃。しかし何故か剣に阻まれた。再び剣を構える時間は無かったはずだと疑問に思う。
「ああ、そういう」
この男、剣を振り防いだのではない。身体を剣の陰に隠し防いだのである。てっきり決まったと思ったので巧い使い方をするものだと感心した。
けれどその防ぎ方で何回防げるだろうかと容赦なく2撃目を放つ。斬撃はまたもギャリンと音立て迎撃された。思わず「ふぇ!?」と変な声が出た。
おいおいおい。そんなのありかよアニー君。
防御が間に合うタイミングでは無かった。けれども彼は咄嗟に大剣の側面を蹴り飛ばした。纏の腕力と蹴りの推進力で、俺の攻撃にギリギリに間に合わせてみせたのだ。マジで凄いぞアニー!
「ふー。まるで魔獣退治でもしてる気分だね」
「へへへ。俺は魔獣よりも狂暴かもよ」
なんか暗に技術のない野郎と言われた気もするけれど、しょうがないね。ここまで技を見せられたら、そりゃ俺なんて獣ですよ。はい。
俺はトトンとその場でステップを刻み、どうしようかと思案に耽る。
敵は構えを崩し大剣を突き出す様に持ち直した。先ほどまでの打者の様な構えに比べたら威力は落ちそうだけど、そのまま突いてよし、唐竹、袈裟斬り、逆胴と攻撃パターンは随分変化が多そうだった。
次は躱せるだろうか。さすがにあの一撃を喰らったら戦闘の続行は難しいだろう。
速さの上では有利だが、速攻を防がれた事実が迷いを生んだ。
一応奥の手が無い訳ではないのだ。
けれどこれで俺の引き出しは最後。ヴァンと戦うならば一つくらいは隠し玉が欲しいなとか考えて。ブンブンと首を横に振る。
ヴァンにも言われたではないか。まずは目前の敵を、だ。
相手は年下だろうが剣の大先輩。俺が力を温存して勝とうなんて何様だという話だ。
「これで決める。いくぞ、
「上等!! 返り討ちだ!」
果たして何度目の構図か。大剣を構える騎士に獣が襲い掛かる。
大活性の生む脚力を加速にだけ用いた、直線だからこそ出せる超速度だ。
フェイントも無い愚直な特攻。けれど生半可な相手であれば、反応する前に切り伏せただろう。
当然に騎士は反応した。選ぶは必殺上段からの振り下ろし。重力を味方に剣の重さを、腕力を、体重を、魂をも切っ先に十全に乗せて。叫び声と共に放たれる全霊の一撃は、相手が一回り大きく見える程の圧を感じる。
闘志は高ぶるが真っすぐで少しもブレない綺麗な太刀筋だった。何百何千と繰り返された研鑽。剣で受け止めようものなら、たちどころに剣ごと真っ二つにされるだろう。甘かった。正直これは避けられないか。
「アパムゥー!!」
ならばもう打ち勝つしかない!
大活性+纏。これが今の俺に出来る最大出力。これで駄目なら俺の負けだと、目一杯の暴力を振るう。
「なっ!?」
一瞬の触れ合いだった。振り下ろされた大剣。しかし切っ先は今天を向く。それでも柄から手を離さないのは騎士の意地か。
けれども敵は万歳、がら空きの胴。今度は防げまいと横一閃。
刃に乗る重みと手首に伝わる感触。手応えはあった。そのままブンと振りぬいて、吹き飛び倒れた強敵を見下ろし、はぁ手強かったと溜息をつく。
「勝負あり! 勝者ツカサ・サガミ!」
「「「うおおおおお!!」」」
ダンダンと打ち鳴らさる銅鑼の音。勝者に降り注ぐ祝福と喝采。
重かった。疲労しきった今では音に潰されるのではないかと思うくらいに、重かった。
俺は振りまく愛想も程々に、腹部を抑えてゆっくりと身体を起こすアニー君の元へ向かう。
「大丈夫? 医務室行くなら手を貸すよ?」
「ええ、ありがとう。貴方強いのね」
余裕があれば健闘を称えて握手でもと思ったのだけど、力強く手を取られて、やたら熱っぽい視線が向けられた。いやいや。俺そんな趣味ないよと困惑するのだけど、肩を貸してくれと言われたら自分から申し出たので断り辛く。
そして、肩を貸して歩き出すと腕に当たる感触で一つの事実に気づいてしまう。
アニー君、女の子だった。俺より背も体格も良いのだけど、間違いなく女の子だったのだ。
大剣を振るう様を思い出し、一瞬ゴリラの獣人かなとか頭を過ったのだけど、賢い俺は当然そんな失礼な事は口にしなかった。
ともあれ本選もまず一勝。
そして次はいよいよヴァンとの戦いである。
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