第134話 予選2日目



 武術大会予選の2日目である。

 やはり最初に感じる事は会場から選手が一気に減った事だろう。そりゃあ300人近く居たのが70人程度までふるわれたのだから当然か。


 しかし包む空気は寂しさから程遠い。試し場から感じる闘志も観客席から溢れる熱気も衰える事は無く。むしろ俄然の盛り上がりを見せている様に思えた。


「そりゃあ一応は初日を勝ち抜いた連中だぜ。戦いの質は上がる。見てる分には昨日よりも見応えは……いや、昨日のあれほどじゃねえな!」


「うっせえ。あんなの反則だ反則」


 ヴァンがバシバシと俺の背中を叩いてくる。声も表情も悪びれない高笑いだ。

 俺はもう怒る気もしない。他人事なら大爆笑出来るかもしれないが、あの痛みは思い出すだけでも苦痛なものがあるのだ。


(ふぅむ。やはり金玉は痛いんじゃのう。カカカ)


「うひひ。ぬっふぅぅん! だぜおい。面白ろすぎんだろお前」


「ちょっと黙ろうな!」


 馬鹿の鳩尾にエルボーを入れて黙らせた。こんな奴でも喋り相手が居るのは気持ち的に楽なのだけど、如何せんガキだ。ウルガさんに勝ってしまったばかりにウルガさんと居られないとは運命とは悲しいものである。


 なお昨日の金的については馬鹿にされる事はあっても同情はされなかった。ジグもヴァンもカノンさんも、口を揃えて急所を守らなかった俺が悪いと言う。卑怯という感覚が違うのだった。真正面から同条件。ならば目だろうが何だろうが狙って当然という価値観なのだ。怖いよう。


「196番と5番! 196番と5番です!」


「おっともう俺の番か」


 今日は早々に番号札が呼ばれた。六つに区切られた敷地で審判が旗を振っている。

 俺はヴァンにちょっくら行ってくるわと声を掛けてコートを目指す。すると背中に「おい」と言葉が浴びせられた。


「俺以外に負けんじゃねえぞ」


「お前にだって負けねえよ」


 なんのモチベーションも無く参加してしまったこの大会であるが、ウルガさんに勝った。金的少年に勝った。ならほら、代わりに全力で挑まないと失礼じゃないか。


 それに昨日は勝ち残ったと魔女に報告しても反応はふーんで終わりだった。

 本選には応援に行くよなんて気軽に言ってくれたけど、もし明日観客席からイグニスと一緒にヴァンの応援をしなければならないなんて事になったら最悪だ。


 頑張らなければ。

 まぁ色々と言い訳がましくなってしまったが、俺も少しばかり燃えてきたのだ。

 とりあえずベスト16。目指そうじゃないか。



「ラカコドハミキヤオ」


 聞き慣れない言葉を耳にして俺は思わず目を見開いた。

 お相手はまさかの外国人さんらしかった。服装はこの国の物だし、見た目も周囲の人と比べて違和感が無いので正直驚く。


 男性だ。年は二十代前半くらいだろうか。

 特徴と言えば、後ろで結う程の長い栗色の髪。目は若干に細く、瞳は透き通った水色だ。肌は日でこんがりと焼けた良い色で、活発な印象を受ける。


 よくよく注視すれば、高い背の割に骨格は細いだろうか。どこか飄々とした雰囲気なのだが、それが国柄の由来かは判断がつかない。


「は、ハロー。ナイストゥーミートゥー」


 お互いに何を言ってるのかさっぱり分からず首を傾げあう。

 そりゃ英語が通じるわけがないか。まぁ英語を喋られても困るんですけど。


「あー。よろしく。私。ラメールの戦士ね」


「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」


 なんだこの国の言葉喋れたのか。そう思っている間にも、審判より試合の開始が告げられる。俺は若干に腰を落とし、剣を構えながら右足でジャリと地面を踏ん張った。


 今回は相手の獲物も同様に剣だった。ただし、俺が選んだような直刀ではなく、やや湾曲したサーベルに近い片手剣。


 男は両手をダラリと下げて、トン、トン、とリズムを刻みながら跳ねていた。まるでボクサーとでも対峙している気分である。


 これはまた初めての流儀だ。一体どう戦うのかは想像も付かず、けれど見合っていても面白くないなと、こちらから攻め込んだ。


 とりあえずの纏。活性の上から部分強化を脚に施す。せいやと踏み込み、横薙ぎの一閃。予想では後退だろうか。重心が高いので打ち合うスタイルには見えなかった。なので攻撃の後も足を緩めず追撃をする……つもりだった。


 相手が視界から消えた。

 下に逃げた様に思えたが、右にも左にも相手の姿は見当たらない。

 けれども甘いぜお兄さん。こんなの漫画の世界じゃ二番煎じもいいとこだ。

 

「見えない時は後ろぉ!!」


 振り返り様に斬り付けた。残念ながら剣はブンと空気を斬るが、おかげで背後で振りかぶり硬直する敵を見つける。


「おお、怖いね」


「怖いのはそっちだ」


 この男、上に逃げたのだ。確かに頭上を超えて跳ねるくらい、魔力使いの身体能力ならば余裕で出来る事だろう。しかしなんとも盲点。雑技団の方ですかと言いたくなる。


「終わらないかった。じゃあこれ。どうか」


 ヒョイヒョイと身体を左右に振り始める男。

 人を飛び越えるという発想が生まれるくらいには、男の足捌きは軽やかだ。地面に足が付いているのかと疑問に思うほどに体重を感じさせない。


 つま先で、まるで水面にでも触れるかの優しさで移動をし。ふわりと近づいてはチクリと刺してくる。その戦闘スタイルを言い表すならば、正に蝶の様に舞い、蜂の様に刺す。だろうか。


 片手で振るわれる刃はヒュンと軽快な音立て走り、俺はそれを刃で迎えいれる。

 ガンッと鳴り響く金属音と同時、身体に痛みが走った。


「っぐ。なんだ魔剣技!?」


 控え目に言って大したことない攻撃だ。鋭くはあれど、地面に立つ俺と舞う相手では踏ん張りが違う。腰と腕力で振るわれるならば力比べはこちらが有利。と、そう考えたのだけれど、それを覆す魔法の存在。斬撃は確かに受け止めたはずなのに、まるで身体を斬り付けられた様に感じた。


 ヒット&アウェイという奴か。一撃を入れて既に間合いから離脱した男は、目が合うとニコリと笑う。まるでどう対処すると言わんばかりの余裕の顔だった。


「どうしましょ」


 衝撃波とか格好良い事してくれるじゃないか。

 対処の目途は立たないのでギアを大活性に上げて、これならどうだとガオーと襲い掛かった。


 ブンブンヒラリ、そしてチクッ。ウルガさんといい、対人戦闘に慣れた人の戦い方の巧妙な事。俺の素人さもあるのだろうが、暴力のあしらい方を心得ている。


「一発芸だから本当はヴァンに使いたかったんだけどな」


 何度か刃を交わせ手品は見えてきた。イグニス先生から魔法の基礎を習っておいて良かったよ。相手が詠唱をしないならば、これはやはり魔剣技。属性変化なのだ。目に見えぬ衝撃波。風属性を疑うところだが、相手の剣は不思議と躱した時には衝撃がやってこない。


 風などで直接攻撃をぶつけているのではない。ならば、これは水属性の浸透を使った攻撃だ。触れ合う刃を通し、衝撃を流し込んで来ているのではないか。手の内が知れれば、対策は見えてくる。 


「とりゃあ!!」


 力を込めて全力の打ち下ろし。俺もこれが当たるとは思っていない。

 もう何度も繰り返した攻防。闘牛士さながらにヒラリと避けた男は、俺のがら空きの胴を狙って片手剣を振ってきて。


「おお!?」


 剣を合わせる。ガギリと衝突する刃だが、今度は衝撃が訪れない。

 読み通りであれば、簡単な話、相手の魔力が浸透する余地もないほどに、刀身に魔力を込めればいいだけなのだ。


 しかし男は一撃離脱戦法。刃を止めた所で、次には間合いの外に逃げるだろう。

 だからこちらも魔剣を披露する。間合いから逃げられるなら、逃げてみればいい。


 光の魔力が籠り、剣はブゥンと輝きを放つ。


「おおお!?」


 光は刀身を超えて伸びる事2メートル余り。鋼の部分も含めれば3メートルを超える光の刃の誕生である。

 

 食らえと横薙ぎ。離脱に間に合わない男は堪らずにピョンと上に飛び跳ねて光刃を躱し。空中でしまったと顔を歪めた。


 光に両断された審判が、尻餅をつきながら、斬れていないことを不思議そうにしている。

 そう。この光、当たり判定の無い張りぼてなのよね。


「でも、空中じゃもう避けられないねぇ」


 着地点で待ち受けて。相手の足が地面に付く前にどっせいと押し倒した。

 首元に剣を突き当てると、お兄さんは困った顔で「まいったねー。降参降参」と告げて。

 それを確認した審判は、オホンと立ち上がり旗を振る。


「勝者196番! 勝者196番!」


 やったぜ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る