路傍の石 名も無き冒険者
第117話 謁見
「勇者よ。我が国が誇りし勇者、フィーネ・エントエンデよ。どうか面を上げ、その凛々しき顔を見せておくれ」
若く張りのある声だった。よく響き、それでいて通りが良い。声質というよりは、技術だろう。会場の隅々にまでに響きを届かせる発声法をわきまえているのだ。頭上を通りすぎる美声を聴きながら、まるで歌手のコンサートにでも来てしまったようだと場違いな感想を抱いた。
「はいアルフェイト陛下。フィーネ・エントエンデ、ここに無事帰還した事をご報告に参りました」
次に響くは我らが勇者フィーネちゃんの声。高く、澄んで、それでいて力強い、まさに凛々しいという表現がぴったりな声だった。
俺は今、片膝を立て身を伏せている。視界を占めるのは真っ赤な絨毯だけである。
理由は勿論、この絨毯の先に座る人物のせいだ。陛下。その呼び方をされるのは、少なくともこの国には一人だけ。そう国王様である。
俺は王都に到着してすぐに勇者一行の義務として登城する事になってしまったのだ。
勇者のスポンサーが国らしいので仕方がない。どうやら、ひのきの棒を渡して世界を救えとか無茶ぶりはしないようだ。事前に計画を出して必要経費を貰い、義務として事後の報告。結果によっては更に上乗せの褒賞が出るそうな。
この話を聞いた時、それ正直勇者じゃなく冒険家では。なんて思った。
勇者といえば、魔王退治という俺の固定観念のせいだろう。でもそう、以前フィーネちゃんに勇者は何をするのかと聞いた時、人助けだとは答えたが、魔王を倒す事、とは答えなかったのだ。
「皆も顔を上げてくれ。勇者の選びし英雄の顔が見たい」
その言葉を受け、俺は初めて顔を上げる許可が、王の顔を見る事が許された。
玉座の間。王に謁見する事が許される空間は、やはり白かった。天井は高く、奥行きの広い部屋。大きな窓ガラスから光を取り込み、幾つものシャンデリアが吊るされて、この世界では異常とも思われる程に眩い世界。
大扉から伸びる赤い絨毯は、この白の世界の数少ない色どりだ。それが室内を横断する様に伸びていて、伸びて伸びて、段差を一段二段三段と登り、彼らに続く道となる。終点にあるのは椅子である。この空間にただ1つだけ存在が許された、横長の大きな玉座だ。
君臨するのは一組の男女だった。男性のほうは、こう言っては失礼かもしれないけれど、へぇコレが王様かと思う、割と普通の男性だった。想像より若い事に驚きがあったくらいだ。
恐らくは30過ぎ。浅黄色の髪を油でかっちりと固めた、当然ながら身なりの良い人物で。背はそれなりに高く、細身にしては肉付きも良い。顔立ちは顎も鼻もスッキリとした色男。
ではあるのだけど、貫禄が足りないというか、自分は偉い人だと主張する赤いマントと王冠がなければ、自分はきっと王だと認識しなかっただろう。
「おお。話には聞いていたがイグニス嬢も加わったのだな。賢者の子孫が再びに勇者の力になってくれる事を嬉しく思うぞ」
「はい。このイグニス・エルツィオーネ、勇者一行として力の限りを尽くしましょう」
「うむ。流石はフィーネ・エントエンデよ。その人選の素晴らしきかな。騎士団長の息子にしてアルス・オルトリアに次ぐ才と呼ばれる剣の神童、ヴァン・グランディア。フェヌア教にて17という若さで助祭まで上り詰めたフェヌアの再来と謳われる聖女、カノン・ハルサルヒ。魔導の名門、ランデレシアの火竜と名高きエルツィーネ。いずれも次代を担う才能から忠を得るとは。まこと天晴!」
王様べた褒めであった。まぁ勇者は仲間を自分で集める習わしがあるらしい。名誉職なので立候補は多いのだろうが、それでも優れた人物を一行に集めるというのは、勇者としての実力と人格を表すのだろう。集う英傑にご満悦というわけだ。
そして、そしてだ。勇者の考えた最強パーティーに、実は一人要らない子がいます。
如何にも平凡な、顔も名前も知らない子がいるのです。王様は誰お前という顔で、しかし興味深々にこちらを凝視していた。そんな目で見ないで頂きたい。俺には引き攣った笑みを返すのが精一杯だった。
「して、そこに並ぶのは、もしやツカサ・サガミなる者か?」
「ふぇ!? 私めをご存じ……なのですか?」
変な声が出そうになった。いや出たかもしれない。
だって、まさか王様が俺なんかの事を知っているとは思わないではないか。
「名乗れバカ!」
呆けていると隣の魔女から静かな叱責が飛んできた。謁見している最中なので暴力までは飛んでこないが、赤い瞳がギロリと睨んでくる。俺は慌てて礼を直す事にする。王様も怖いが、最近のイグニスはカノンさん直伝の体術で確実に攻撃力が増しているのだ。
「名乗りが遅れた事お許しください。お言葉の通り、私はツカサ・サガミと申します」
「おお、やはりか! 話では記憶を失っているらしいな。異国の話を聞けぬのは残念でならないが、正義はお前の魂に刻まれておるのだろうな」
俺の頭上には?が飛び交い、ヴァンやカノンも不思議な顔で俺を見てくる。そんな中、フィーネちゃんが申しあげますと陛下に直接疑問を投げかけた。
「陛下はツカサの事をご存じなのですね。私も信頼たる人物と確信しておりますが、この旅では客人として扱っておりました。どうか友の話をお聞かせください」
「ほう。知らぬで招いたか。ならばその出会いは運命よ。正しき絆を育むと良い」
どうやら俺の情報の出所はイグニスパパやアトミスさんからのようだった。
曰く、一人の少女の為に盗賊団と争い見事救い出した義の男。
曰く、小鬼の繁殖爆発にいち早く気づき、水際で命を賭し阻止した英雄。
曰く、ラルキルド卿と縁を結び、表舞台へと手を引いた影の立役者。
やだー。間違ってはないけど盛られてるじゃないですか。やだー!
高らかに俺の功績を語る王様の横では小柄で可愛らしいお妃が「まぁ」なんてこれまた可愛らしい声を上げて羨望の眼差しを浴びせてくる。申し訳ないけど俺そんな人知らないんで。
「そして功績にラウトゥーラの森の踏破が加われば、いよいよ惜しいな。どうだ、望むなら市民権と爵位をやろう。私に仕える気はないか? 私は才能を愛すのだ」
「……温情に感謝しますが、故郷を求める風来坊の身の上です」
「そうか。ならばささやかだが懐を温めて行くといい。勇者一行としての正当な報酬ならば受け取ってくれるのだろう?」
「ありがたき幸せ」
なんというか、本当にそれしか言えなかった。これはけして謙遜ではない。
褒められて悪い気はしないけれど、常に人のため国のためを思い行動していたイグニスを思えば、俺はただ巻き込まれて仕方なく、だ。そこに国のためなんて思考は欠片も存在していない。
「よし。そろそろ報告を聞こう」
「はい。ではまずは結果を先にお知らせいたします」
勇者はそう言い、恭しく脇に抱えていた木箱を献上した。跪いたままに持ち上げられた箱を、サッと近衛兵が取りに来て、王のもとまで運ばれる。開かれた箱の中身を確認し、ほうと吐かれるため息がこちらにまで届いた。
「なんと美しい剣だ! とてもこの世の物とは思えぬな」
箱の中にあるのは一振りの剣だった。別段に華美な装飾が施されいるわけではない。それでも目を惹くのは、やはり刀身が透明なせいだろう。まるでダイヤモンドを削り出して作り出したかの様な代物なのだ。
刃として研ぎ澄まされつつ、反射する光は妖艶で。凶器としての危うさと、宝石の色艶を両立した奇跡的な輝きだった。
「その剣の名はクエント・デ・アダス。勇者ファルスの愛用した伝説の剣であります」
勇者は語る。森の深くの泉に沈む剣と、守護するように立ちはだかった人面樹の話。
そして元魔王軍幹部【黒妖】シエル・ストレーガとの出会いを。
「なるほど。黒妖はラルキルド領に腰を据え、和平を結んだか。まこと大儀であった。アレとやり合えば、消費する兵力はもはや戦争だ。いや、ラウトゥーラから人が帰らぬはずである。まさかあんな場所に伝説が住まおうとは」
再びのため息を聞き面白いものだと思った。同じため息でも、感嘆ではなく安堵のものだったのだ。
王はけしてシエルさんに油断していなかった。それも当然なのだろうか。この国は同じ四天王であったラルキルド卿に痛い目に合わされているのだ。だから黒妖の名は生ける伝説であり、同時に災害なのである。
「うん。本当に素晴らしい成果だ。ラルキルド領に収まったのであれば、有事の責任はラルキルド卿に向く。ならば伝説とて無茶は出来ない事だろう。一層に丁重に扱わなければならないがね」
俺も王のその様子には胸を撫で下ろした。大方イグニスの予想通りの反応だったのだ。
領とは即ち鎖である。領主は領を愛する故に領に捕らわれる。
もし仮に国がラルキルド領に手を出そうものならば、領民には多くの死者が出る。シャルラさんはそれを許さない。逆を言えば、領民に死者が出る事を嫌い、シャルラさんも国には手を出せないのだ。
健全な関係かは置いておいて、パワーバランスというものはそう出来ている。なのでシエルさんがラルキルド領に住むならば、シャルラさんが責任を持つ分には国は関与しないだろうと。俺はもはやラルキルド領に情があるので、シエルさんの過去が追及される事がなくて一安心である。
「冒険の詳細も聞きたい所だが、それは祝の席で聞かせて貰おう。吟遊詩人を招き歌にもしなければな」
そうして王様はもう一度名残惜しそうに剣を光に透かすと、おいと近衛兵を呼ぶ。
兵士は箱を受け取ると、その足で勇者のもとへとやってきた。下賜である。なにせその剣は勇者以外に持てないのである。柄を握ろうとしても磁力のように反発するのだからどうしようもない。
「勇者よ。その宝剣は貴殿が持つに相応しい。行進にて掲げよ。我こそ真の勇者であると凱旋するのだ。混沌の魔王を切り裂いた刃にて、民に希望をもたらしてくれ」
「承知」
フィーネちゃんは手元に帰ってきた聖剣に微笑みを浮かべ掲げた。
答えるように刀身は光を放つ。そんなフィーネちゃんの姿は、本当に物語の中の勇者に見えた。
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