第113話 レーグルやろうぜ!
「おっはよーございまーす! 朝ですよー!」
僧侶の快活な声が廊下から部屋に響き渡った。
ドアはガンガンと叩かれていて、ノックというにはあまりに乱暴だ。加えて返事を返さなければ、そのうち蹴破られるレベルまで発展するので俺もヴァンも寝起きながらに「ふぁい!起きました!」と精一杯に声を張り上げる。
目を瞑ったばかりなので翌朝という表現には些かの不満を覚えるのだが、日が昇ってしまったからには仕方あるまい。軽く伸びをし、日課をこなすべく外に出るのであった。
「はよ」
「お、おう。おはよう」
どんよりとした曇った顔で挨拶してきたのはイグニスだった。俺と一緒にシエルさんと密会をしていたのだから彼女もまた軽く目を瞑った程度の睡眠時間である。
イグニスが朝の鍛錬に参加し始めたのはラウトゥーラの森を出てからだ。
此度の冒険で体力不足を痛感したらしく、カノンさん直伝のフェヌア教基礎体力作りコースを受講している。
コース内容は主に走り込み、筋トレ、そして型稽古だ。
入信する訳でもないのに型稽古は必要なのだろうかと思ったが、身体強化で引き上げた能力を体に馴染ませる行為らしい。脳筋作成教だけありその手のノウハウはお手の物というわけだ。
なお調子に乗った魔女は今なら勝てると無謀な下克上を起こし、威勢よくカノンさんの腹筋に拳を叩きつけては手応えに絶望していた。馬鹿めあの人の腹筋は鋼より硬いわ。
「あんまり余所見してると怪我しちゃうよ」
そして俺の訓練相手はフィーネちゃんである。本当ならばヴァンとも手合わせしたい所なのだが、アイツは俺と戦うのを武術大会の楽しみにしているらしく一人で自主練だ。
「あ、痛ってー!」
「ほらもう、集中集中!」
打ち合っていた木剣がスルリと鎬を滑り、指を打ち付けられる。真剣だったら4本の指を失っていただろう。魔獣との戦闘経験はそれなりに積んだつもりだが、対人戦ではまだこの通りにお粗末だった。
勇者曰く、どうやら俺はとりわけ防御のほうがからきしの様だ。正直心当たりはある。
幽霊であるジグとの訓練では受けの経験を積めないのだ。ひたすらにジグルベイン相手に剣を振るっている為に、いつの間にか攻撃特化の剣になっていたらしい。
「でもツカサくんは本当に成長が早いね。大活性が使えれば騎士団でもそれなりに通用すると思うよ」
「えへへ。ありがと」
そうなのである。俺はとうとう活性から大活性の領域にまで霊脈が成長した。
以前は部分強化の纏を全身に掛ける事で大活性を疑似的に行っていたが、無事に魔力の流量だけで持っていく事に成功したのだ。
やはりと言うか、理由はジグルベインだろう。アイツと交代した後は過負荷で筋肉も霊脈もボロボロになるが、その負荷で成長しているのだと思う。ラウトゥーラでも大暴れしてくれたので、おかげで一歩進めたようである。
「うーん。伸びが良いから何を教えたらいいか迷っちゃうな。基礎も大事な気もするし。そろそろ魔剣技に手を出してもいいかも」
そう言ってフィーネちゃんは指先で俺の剣をパリンと弾いた。
繰り返すが俺は大活性に至った。大活性とは言わば、スーパーサ●ヤ人2である。
体内で魔力を循環させて行う身体強化だが、流量により循環が安定するラインがあるのだ。つまり活性の時同様に、大活性と纏を同時に処理する事も可能となる。
驕るわけではないが、そんな俺の斬撃を勇者は苦も無く止めて見せる。使用している技術はただの纏。いや、防御に使う時は纏鱗と言ったか。以前に習った魔力を盾とする技だ。
俺だって纏を使うレベルになったのでこの技が如何に高等な技術かは伺い知れる。
凝縮するという特性上、魔力が濃いほど強く、覆う範囲が狭いほどに硬さを増すのだ。指先だけともなれば、当たる瞬間に刃の面積だけ魔力を集めているという事。まさにお手本ともいえる最高効率である。
「褒めて貰ってなんだけど、全く勝てる気がしません」
「あはは。まぁ私はもう剣を持って長いし、師匠がね……」
勇者の瞳からふと生気が消え虚ろになった。それでも木剣だけは俺の動きに反応し、カカンと子気味良い音を立てる。なんというか、本当に辛い過去があったのだろう。
俺は話題を変えるべく、魔剣ってあの雷纏う技かな?と振ると、フィーネちゃんはパッと輝かせ「うん、そうだよ」と返事をくれる。隙ありだと思い、脛に打ち込むも足裏で止められ、コツンと頭を叩かれた。
「魔剣はね、属性変化を利用した闘法なの。魔法ほど応用は利かないけど詠唱は要らないし便利だよ」
言うが早いか勇者の構える木剣はバチバチと電気を帯びて、その振るわれる剣を受けた瞬間にこちらの柄にまで電気は回ってきた。俺は突然に走る手のひらの痛みにうっひゃと変な声を漏らして剣を放してしまう。
「こんな感じ?」
「な、なるほどね~」
(うむ。便利そうな技じゃな。儂の時代には無かった技術だ)
何気にフィーネちゃんも実践派というかスパルタンである。
俺が剣を放しキリもよかったので朝練はこれで終了だ。魔剣について詳しく教えて貰いたかったのだが、魔法に関係する事なのでイグニスに聞いたほうがいいよと言われてしまった。
その時のフィーネちゃんの表情は、なんというか悪戯っ子の様な、澄まし顔の裏に隠しきれない笑みが見え隠れしていた。もしかして二人で夜中に抜け出した事に気付いているのだろうか。
「ねぇカノン……あれ大丈夫なの?」
「大丈夫よ。死にはしないわ」
勇者が声を掛けた事でカノンさん達も日課を終わらせるのだが、いい汗欠いたと溌剌な僧侶に対し、魔女は地に伏しぜいぜいと呼吸を整えていた。なんとも声が掛けづらいのだが、水差しの魔道具を渡しつつ恐る恐る訪ねてみる。
「お疲れイグニス。ねぇ後ででいいんだけどさ、ちょっと俺に魔法を教えてくれない?」
「魔法だって!? やっと君もその気になったか! ずっとその言葉を待って……オエェ」
よほど魔法を人に教えるのが楽しみだったのか魔女は食い気味に起き上がり、そして胃の中の物をぶちまけてしまう。寝不足と疲労で貧血にでもなったのだろう。朝食前なのが救いだろうか。
「ふっ。なんのこれしき。朝ごはんが済んだら部屋にくるといい!」
「いや、無理すんなし。寝てろ」
◆
イグニスと魔法の勉強を約束してしまった訳だが、実はラルキルド領に滞在出来る時間はそれ程長くない。そもそもがシエルさんのお陰でラウトゥーラの森の帰り道をショートカット出来たので、送るがてらにシャルラさんの顔を見に来たにすぎないのだ。
だから、と言うべきなのだろうか。
朝食を取った後、灰色の吸血鬼はなんとも申し訳なさそうな顔で俺に話しかけてきた。
「ツカサ殿。その、ルーランとティグが帰ってきたようなのですが……会いたいですよね?」
「え? ああ、はい。そりゃ会えるなら会いたいですね」
質問の意図がよく理解出来なかった。
帰還の予定が夜遅くにでもなるならば、それはリーダーである勇者と相談が必要だろう。けれど今会えるというならば何の問題も無いはずだ。
「ええと、そのぉ。会ってもらえば分かるかなぁ?」
疑問を頭に浮かべながら、どうするべきかと周囲を見渡せばカノンさんが「いいんじゃない。行ってきなさいよ」と後押しをしてくれる。もう玄関に来ているらしいので、ならばと俺も席を立った。
「で、これはどういう事なんだティグ?」
扉の外にはチョビ髭の親父が苦笑いを浮かべていて。脇にはティグを筆頭に体格の良い獣人や魔族がズラリと20人ほど。なんだか初めてこの町を訪れた時を思い出す光景である。もっともあの時はみな農具などで武装していたが。
「おうツカサ。また会えて嬉しいぜ。へへ、実はよ次来た時はみんなで歓迎してやろうって決めてたんだ」
人垣からずずいと前に出てきた虎男は言う。中身がティグなので今更ビビる事もないのだが、2メートル程の大柄な男に頭上で凄まれると威圧感は大きかった。
「や、歓迎って雰囲気かこれ」
「いやいや! 来いよ! お前なら大歓迎だ!」
それは誰が言ったのか人垣から聞こえて、その発言により暑苦しい男達がどっと沸く。
困惑する俺にルーランさんが近寄ってきて、こそりと耳打ちをしてくれた。
「ツカサくん、レーグルって聞き覚えないかな? なんかティグがね、外にその遊びはないって話したら、じゃあ覚えて貰おうって事になっちゃって……みんな君が来るの楽しみにしてたんだよね」
なるほど。それは歓迎なのだろう。要するに俺を遊びに誘いに来てくれたのである。
はてと記憶を探してみても微かにも引っかからない単語なのだが、しょせん遊びだろうと思い快諾する事にした。
「ああ、レーグル。あれね、いいぜやろうやろう!」
「「「ウオオオオオォォォオオ!!!」」」
吠える男達に囲まれて場所を移す事になるのだが、人波に飲まれる直前に玄関に立ち尽くすシャルラさんとルーランさんの顔が見えた。申し訳なさそうな、しかし安堵した様なそんな顔持ちであった。
「これで暫く静かになってくれればいいのですが」
「そうだな。ツカサ殿には悪い事をした」
「え、俺は一体なにをやらされるの!?」
「何ってレーグルだよ。レーグル!」
だからレーグルってなんだよぉ!?背中に二人の視線を注がれながら、すでに俺の頭には後悔の二文字が過ぎっていた。
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