第114話 ラルキルド領の遊戯
習うより慣れろ。そう言われて俺はいきなりコートに放り込まれた。今は開始の直前で殺気もピークに達している頃だろうか。先ほどまでの賑やかな男衆から嘘の様に笑みが消えて、静けさが訪れていた。
この競技はどうやら10対10で行われる球技のようだった。20人が敵味方に分かれ向かい合い、ひりつく闘志がぶつかっている。
ボールは俺達のちょうど中間地点に置かれていた。ボールといっても椰子の実のような表皮の固い果物の殻なのだが、今はまぁボールだ。
開始の笛の音で一斉に球を奪い合い、先に手にした方が先行としてそのまま遊戯を続けるらしい。
今か今か。早く早く。と、男達は腰を落とし、前のめりに時を待っていて。そしてピーと甲高い音が響くと同時、試合は始まった。
「「「ウラアアアア!!」」」
言わずもがな地面に置いてあるボールに一番近いのは足である。これを蹴りこめば相手陣地の深くまで球を運べるわけだが、それを防ぐ為に大柄な男が組合い壁となり、そして衝突する。
ボールまでの距離は5メートル程。獣人、魔族の身体能力であれば、助走などなくても一歩で十分な距離であり、まさしく開戦という言葉に相応しい立ち合いだった。
肉と肉が激しくぶつかり合い拮抗する。腹からひねり出す気合と煙立つ砂埃。見ているこちらにまで熱気が伝わってくるようだ。
中心では球を求め、おしくらまんじゅうの様に人が集う。そんな乱戦を制したのは相手の人蛇だった。長い下半身をくねらせ移動する彼は、どうやら地を這う様に進む事が出来るようで、上手く壁役が作った空間を走り抜けたのである。
「よう。お前初レーグルだってな!」
「お手柔らかに!」
人蛇が中心地を抜けた所で出会うのが俺だった。まずは見てろと一歩引いたところに居たのが功を奏したのだ。
レーグルとは要するに簡易なラグビーだろうか。球の運び方やプレーの中断は一切無し。得点源にキックは無く相手陣地にとにかくボールを運ぶだけ。ルールはとてもとてもシンプルで、そして何より……武器の使用以外の禁止事項は存在しないそうだ。
「んなにぃ!?」
蛇さんは球を抱え一直線にこちらに向かってきた。パスをする素振りは無いので、俺も中腰になり右に抜けるか左に抜けるかと警戒はした。彼の走る低さは本当に厄介で、止めるなら上から押しつぶすしかあるまい。おまけに速度もかなりのものなのだ。
だからこそ次の行動には意表を突かれた。なんと目の前で反転するやいなや、尻尾を振るい巻き付いてきたのである。俺がボールを持っている攻め側ならばともかく、今俺を足止めする理由は全くないはずだった。
「ハッハッハ! 歓迎するぜ外の人! これがレーグルだあ!」
その台詞を言ったのは蛇の人ではない。試合開始に球を取り合っていた奴らが攻めてきたのだ。
シベリアンハスキーの様な顔をした犬の獣人が飛び蹴りを繰り出してくる。避けようにも足は封じられているので腕で防ぐが、左右に揃った足では踏ん張りも利かず後ろに押し倒されて。視界からさっと犬が消えた思った瞬間、次には人豚が大の字で降ってくるのが見えた。
ティグにも負けぬ立派な巨体。しかも横幅も奥行きもあるお相撲さん体系だ。推定体重は余裕で100キロを超えるだろうか。
尋常ならざる光景に思わず「いやー!」と悲鳴が漏れるが、重力とはかくも無情だ。飛べない豚は全体重を掛けて俺を押し潰すのだった。
なるほどなるほど。よく分かった。これがレーグルなのだ。洗礼を受けて良く思い知った。これが反則でもない当然の光景なのである。証拠にプレーは一切滞る事なく進行し、俺の犠牲を皮切りに他所でも怒号と悲鳴が次々と耳に届いた。
「ふふふ。上等じゃねぇか! アイツらぶっ殺してやる!」
(カカカ! なんじゃ愉快な遊びよな)
◆
先は蛇から犬へとボールが渡り、そのまま一点を先取された。
ちなみにコートに線などは引かれておらずコースアウトなどもない。陣地はリーダーが槍投げで決めたもので、敵味方で陣地の距離まで違った。
どうやら投げた槍がゴール扱いらしく、球を持った人が槍をタッチすれば得点が取れるようだ。得点を取ったらまた中央に戻り、以上の繰り返しで先に10点取った方の勝ちらしい。まるで今思いついたようなてきとうルールである。
というわけで点を取られたので中央で仕切り直しだ。
今度は俺も壁に入れとティグが言うので、俺と虎男とゴリラさんで肩を組んだ。俺の身長は一応170センチはあるのだが、巨漢な二人と並んでしまうと俺の華奢さが浮き彫りになるようだった。
「お、今度は壁か! さすがティグの見込んだ男だな。元気なようで安心したぜ」
目の前にはちょうどボディプレスをしてくれた豚さんが居た。俺はおかげ様でなと睨み返し、前のめりになって開始の笛を待った。なぜこれほどの熱気が籠っているのかがよくわかる。この競技の正解はヤられる前にヤれだ。
「ウッラァー!!」
開始の音が鳴り足元が爆ぜる。最初から手加減無しの大活性だ。誰よりも先んじた俺がいち早く球を蹴るも、壁役もほぼ目の前に。結果球は相手の足元からゴロゴロとこぼれて消えたが、今度は相手が球ではなく俺たちの壁として立ちはだかる。
壁は背と力がある者が向いている都合、球が抜けた後も脅威なのだ。援護にいかせない様に強敵を引き付ける役でもあるのだろう。俺は望むところだと人豚さんと真正面から四つに組んだ。
「ぶっひー! ちっちぇえ癖になんつう力だ!」
「しゃあまず一人!」
拮抗などはしなかった。衝突の勢いで2メートルほど押し込んで、持ち上げてから地面に叩き落とした。
オークさんは俺の力に驚いたようだが、正直なところ驚いたのはこちらもだ。
何せ相手の身体強化はまだ活性にすら至っていないのだ。数字で何倍と表すのは難しいが、補正値は確実に俺が上だろう。それでも結構な力強さを感じたのである。素の身体能力であれば比べ物にならないのではないか。
この競技が魔族と獣人ばかりで人間が参加していない理由を察する。魔力を使えない者はもとより、同レベルの魔力使いでもこれでは歯が立つまい。混ざるな危険なのだ。
「へへーん。でも俺の勝ちー!」
俺は豚の屍を超えて前線の援護へと向かう。今ボールを持っているのはどうやら味方の人蜘蛛さんのようだ。複眼で視野が広いのか上手いこと敵を躱しながら前進している。それでも前から迫る3人に危機を悟ったのか、球を掲げパスする相手を探していた。
壁を破ったばかりの俺は幸いにマークがいない。少し後退する事になるが、空いているよと手を挙げアピールをした。
弾丸さながらの勢いで飛んでく球。しかしこの超人競技においてロングパスは鬼門の様だ。反応が早く、また足も速い。うさ耳が生えたオッサン。いや、兎の獣人がなんとパスの軌道に割り込んできた。
「だよねー」
と言うのは蜘蛛のお姉さん。投げられた球にはなんと糸が括り付けられていたのである。兎に取られる前に一瞬空中でピタリと止まるボール。俺は瞬間駆け出して球に手を伸ばす。集まったのは俺と味方の人蜥蜴、そして敵は兎さんに首無しだ。
肩でぶつかり肘で殴り、しまいには蹴りまでもが繰り出される。本当に球を奪うためならなんでもありの競技である。こちらも負けずにラリアットで兎を弾いて首無しさんからボールを奪った。身体能力による暴力である。
「いけいけ! ツカサー!」
「ツカサ殿頑張ってくださーい!」
どこからか黄色い声援が飛んできて、ちらりとわき目を振れば、どうやらフィーネちゃん達やシャルラさんが応援に来てくれたようだ。いや、気づけば町から結構な人数が見学に来ているようだった。
「大人気だな。よし、このまま点取ってこい!」
確かに活躍するならば今だろう。俺はボールを抱えたままゴールに向かい走り出す。蜥蜴さんが援護してくれたお陰でゴール前に居た人馬を躱し、無事に槍へと触れる事が出来た。
「よっしゃあー!!」
初得点ゲットである。勝利の雄たけびと共にボールを掲げ喜んだのだが、何故かみんな静まりかえってしまっていた。何か駄目だったのだろうかと首を捻っていると、ジグがお前さんと、珍しく言いにくそうに声を掛けてくる。
(ボール、見てみい)
「残念。それは俺の生首だ。あー待って。投げちゃいや!」
なんとボールが喋りやがった。紛らわしい事にスキンヘッドで、大きさも丁度球くらいなのである。首無しと組み合ったどさくさに交換されたのだろう。遠くにぶん投げてやった。
「くそが! ぶっ殺してやる!」
その後もゲームは続き、気づけば2ゲーム3ゲームと、時間はあっという間に過ぎ去った。大活性の試運転に丁度いいかなとは思っていたが、どうやら思った以上に熱中してしまったようだ。
これは内緒の話なのだが、友達に遊びに誘われたというのが嬉しかったのだ。
思い返せば団体競技をするのなんて小学生以来の話で、しかもそれは授業である。流石に友達とゲームで遊んだ経験くらいはあるのだが、運動に誘って貰えたのは日本での生活を含めても初めてかも知れない。
そんな理由もあり、ヘトヘトのクタクタになるまで思う存分レーグルを楽しんだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます